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【全年齢版】冤罪で死んだ前世の自分を劇で演じることになったんだが!?

作者: きぃ
掲載日:2026/01/01

以前公開した作品の描写の見直しを行い、全年齢対象として投稿しております。


 春の訪れを告げるアリーシャの花。神話の女神アリーシャの生まれ変わりと言われる白く美しいアリーシャの花は、風にそよぎ、春が終われば風に乗ってその花を散らす。

 そんなアリーシャの花が広がる野原にひとつの石碑のようなものがある。

 その石碑のようなものは、失われた古語でメッセージが彫られていた。


 人はいう。これは悲劇の死を迎えた人間の墓なのだと。

 人はいう。これは誓いの石なのだと。

 墓場ではなく、野原にこの石碑があることの意味は誰も知らない。

 けれど、そこにあるということだけは変わらぬ事実であり、これから先にもそれはあり続けるのだ。



 ―――――――著-カルロ・ファルガス








「では文化祭の劇はミューデンス家の悲劇で決定です」


 わーっ、とクラスメイトから拍手があがる。その中で溜息を吐く生徒が一人いた。名をケーラ・モルガンと言う。

 ケーラは前世の記憶がある希な人間であった。

 それもミューデンス家の悲劇として語り継がれる話しに出てくる、哀れな女の記憶である。


(なぁにが悲劇よ)


 悲劇なんてものではなかったと記憶はそう言っている。

 信じてもらいたかった人に信じてもらえずに無念のうちに若い命を摘み取られた哀れな人。

 それがケーラの前世への感想の一つである。

 ミューデンス家の悲劇とは、何百年も前の現実にあった出来事だった。

 無実の罪で処刑された女と無罪を信じてあげられなかったその婚約者の話だ。後に無罪が明らかになり彼女を哀れんだ人が、後の世にこの悲劇を伝えなければと本にし、さらにそれを原作として舞台用に作られたのがミューデンス家の悲劇である。


 ティノ・ミューデンスとアーノルド・ガウズステンの悲劇がこうして後世にまで伝わるなんて、当時の人々は思わなかっただろう。

 ぱらりと悲劇が綴られた本を開くと、一文が目に入る。

 それはこの本を著者が書くにあたり、当時まだ生存していたアーノルドに取材した時彼が言ったという言葉だった。


『信じて、一緒に逃げようと、言えばよかった』


 作り話もいいとこだと溜息を吐いたところで聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「じゃあ、アーノルド役のオーウェンから一言」

「はい。ティノ役は是非ケーラで。ケーラじゃなきゃ、やりません」


 ケーラは目を見開いた。クラスメイトからの視線が一気に集まる。

 ケーラはきょとんとし、一拍ほどおいてから


「は?」


 といった。


 ■■■■■■


 オーウェン・ガウズステンは色んな意味で学年一の生徒である。

 ケーラが通うリーバル王立学園は基本的に王族や貴族や資産のあるお金持ちが通う学園である。けれど、生徒の中には一般市民もいる。

 オーウェンの家名、ガウズステンと聞いて察しのいい人間ならば、あぁ、あのガウズステンかと思うだろう。ミューデンス家の悲劇の主役の一人、アーノルド・ガウズステンと同じガウズステンの血を引いているオーウェン。

 ミューデンス家の悲劇が起きた時代よりは没落したが、まだまだ貴族としての力はある。そんなガウズステン家の跡取りとして生まれたオーウェンは、眉目秀麗、一を聞いて十を知るなど挫折を知らないのではないかと思われる程優秀であった。

 対してケーラ・モルガンは商家の生まれである。母は男爵家の出身で、父の一族は貿易商を生業としている。そんなケーラの家は貴族から見れば貧乏、一般の家庭からすれば裕福なほうの家だ。

 オーウェンと違いケーラは平々凡々、令嬢であるのに何処にでもいそうな女の子な姿をしているため学園で目立った事なんて一度もなかったし、目立とうなんて思わなかった。ただひっそりと日陰に咲く花のようにあればいいと。

 卒業を控えたこの学年まであえてそうしていたのだが、この時よりケーラは学年生徒や、下級生から注目を浴びることになる。

 望まない注目を受けて、ケーラはこれまでにないほどいきり立った。


「オーウェン・ガウズステン!撤回して!」


 ケーラを相手役にと言われて一晩。登校中も今現在もざわざわとケーラを見ようと見物客が廊下で溢れている。ケーラはバンッとオーウェンの机を叩いて、私は怒っているんだぞオーラを出していた。

 オーウェンはミルクティー色の髪の間からペリドットのような透明感のある瞳を覗かせてケーラを見た。


「何故?」

「迷惑だから!」


 他国の新聞を読むオーウェンはそれをたたむと机に置いた。立ち上がり、ケーラの赤毛をひと房掴むと、ニッコリと笑った。


「迷惑でももう決定してしまったし、採寸も今日とるって言ってるからもう遅いよ。それに学生生活の思い出になるよ」

「まだ間に合う」

「じゃあ、アーノルド役降りるよ。誰かアーノルド役するー?」


 オーウェンがクラス中に響き渡るような声でそう言うと、ざわついていたクラスや廊下の見物客はピタリと静かになった。

 ケーラは同級生のそこそこ人気のある男子にどうですか!?と視線を送ってみたが、目を逸らされる。

 他の男子生徒も一斉に二人と目が合わないように下を向いたり、遠くを見たりしていた。


「誰もやりたくないってさ」

「だって、オーウェン程アーノルド役似合う奴いないしなぁ」

「ガウズステンの血を引いてるしねー」

「ケーラぁ、諦めなよー」


 クラスメイト、見物人共にうんうんと頷いた。

 笑顔のオーウェン。結局、オーウェンをアーノルド役にするために、ケーラはティノ役をするしか無いのだとクラスメイトに諭されたのだった。これが権力!!と心の中で悔し涙を流した。

 その日の放課後、採寸が行われた。

 出来るだけ当時のデザインの衣装を作りたいという、お針子仕事組は張り切ってキャストの採寸をした。

 演劇部の衣装に似たような物があるとそれを借りて来た生徒もいた。

 それに袖を通し、髪型を当時侍女や中流階級の間の女性に流行っていた髪型にされた。

 そんな、自分の姿を見て、ケーラはため息をついた。

 この姿だと昔の記憶を、前世の記憶を思い出してしまうから―――――――⋯。






『信じてください!私は何も⋯!』

『信じられるものか。お前を妻にしなくて良かった』


 冷たい瞳、汚物を見るかの様な表情。ティノの心を砕いたアーノルド。

 ティノとアーノルドは互いに信じ信じられの関係だった。それは揺らぐ事はない、はずだった。

 ティノは十八の夏に、王女の侍女として王宮にあがった。貴族の娘の嫁入り前の花嫁修業として王宮にあがったわけだが、田舎貴族の娘であったティノは王宮の煌びやかな世界に目を輝かせていた。ティノは二年後の二十歳には幼馴染のアーノルドに嫁ぐことが決まっていたので、期間限定就労のようなものだったが、田舎では体験しない事に毎日が楽しかった。

 アーノルドもその年には立派な武官として王宮に勤めていた。

 二人は時折休み時間に待ち合わせて会っては、たわいもない会話をして、将来の話もした。

 子供は五人位欲しい、屋敷は小さくても構わない、猫も飼いたい、小さな花壇もいい。そんな、たわいもない会話。将来を誓った人間同士、それはティノにとって幸せな時間であった。

 そんな幸せな時間はある日突然パリン、と、ひび割れ、崩れた。


 王女が毒を盛られたのである。

 幸いな事に、毒を盛られた際、王宮付きの医者が適切かつ迅速な手当てをしたお陰でその命が失われる事は無かったが、毒を盛った犯人としてティノの名が上がったのである。

 勿論ティノは無実であった。それはティノ自身よく分かっていたが、周りはそうは思ってくれなかった。

 ティノは直ぐに投獄され、ろくに調べられること無く、捏造された証拠が出てきて、王族を暗殺しようとした罪で処刑される事が決まったのだった。

 ティノは冷たい牢獄で、喉が枯れるまで自分じゃない、違う、と訴えたが誰にも聞き届けられることは無かった。


 その後、犯人はティノとその一族が処刑された一年後に判明する。

 犯人は、王女の命を救った王宮付きの医師だった。

 欲に目が眩んだ医師の仕業だったのである。医師は証拠も捏造し、周りを騙し、自分を王女を救った医師として王宮で力を持つ為に凶行に及んだと自白をした。

 ―――ティノとその一族は無実であった。それは事件から三年後の事だった。彼女の罪は、冤罪だったと公表されたのだった。

 

 ■■■■■■


 文化祭まで一ヶ月、まずは衣装の作成と脚本のシーン追加、シーンの削除が行われた。

 このミューデンス家の悲劇はプロ、素人によって数え切れないほど舞台化されてきた。そこからに少しだけ、原作から監督が入れたいシーンを入れたり、脚本から違和感のない程度に場面を削ったりを行い、このクラスだけの脚本を完成させた

 それから稽古が始まった。これがなかなか難しい。

 オーウェンはさらりとこなしていたけれど、こちとら演技とは無縁の生活を送っているので棒読みを直すところから始めるしか無かった。四苦八苦していると、オーウェンは昼休みに練習したいからセリフ合わせをしないか?と苦戦してるケーラに手を差し伸べた。

 文化祭には今生の家族も見に来る。父母は今まで大人しく生きてきた娘が、学校の舞台とはいえ目立つことをするのにいたく感動し、兄と妹を連れ、絶対!!見に行くから!!!と興奮気味に言われた。舞台の主役をすると報告した翌日に母は家族分の文化祭の入場チケットを買っていた。

 ⋯期待されている。

 日陰を喜んで歩いてきた娘が、初めて陽の当たるようなことをするのだと物凄く喜んでいる家族のことを思うと、無様なものにする訳にはいかない。

 演技を直すところがないオーウェンの自主練の申し出は、苦戦しているケーラをみかねてなのだろうが、ケーラはオーウェンのその優しさに甘えることにした。

 家でも仕事終わりの兄を捕まえて、兄を相手に練習を重ねた。そんな練習の成果もあり、二週間を過ぎると棒読みは改善され何とか形にすることが出来た。


 そんなある日、一日だけ稽古を休みにしようとなった。

 さすがに毎日の練習で皆疲れが出たらしい。それはケーラも同じだった。

 放課後、クラスの違う友人たちはまだ文化祭の準備もあるようでケーラは一人街を散策しようと思い立った。クラスメイトに別れの挨拶を告げ、学校を出た。

 連日の練習から一日だけではあるが開放された事に気分がいいケーラは、そうだ久しぶりにカフェへ行ってそこで読書でもして帰ろうと思い立った。足取りは軽く、以前から行きたいと思っていた個人が営業している小さなカフェに入る。

 カラン、と音をたてたドアの先は内装や小物をアンティークなもので固め、どこか懐かしい匂いがした。店内は数人の客のみ、それぞれ読書や勉強をしていた。

 ドリンクとケーキをそれぞれ一つ頼めば1時間ほどはいられると友人が言っていたので、そういう時間の使い方をしている人達なのだろう。

 いらっしゃいませ、とカウンターに立っている店員は「まず注文をお伺いします。そしたらお好きな席へ」と言った。

 紅茶とフルーツタルトを頼み、店内の奥、人目がつきにくいところにケーラは席を取る。

 静かな店内、お湯の沸く音、包丁の音、本をめくる音、紙の上を滑る鉛筆の音、新聞をめくる音、掛け時計の音。それらは最近の慌ただしさからすれば心地よいものだ。

 暫くすると注文したものが運ばれてきた。それらを自分のペースで食べ終わり、ふぅ、とひと息吐いてケーラは鞄からミューデンス家の悲劇の原書を取り出した。

 ぱらり、とページをめくる。 仕方ないと引き受けた主役の座、前世の自分を演じるなんてなんの因果だろう。それでも楽しみにしてくれる人がいるから、とケーラは時間を見つけては脚本ではなく原作を読むようになった。今読んでいるところは処刑のシーンだ。

 本の中のイメージだけでなく、絞首台に登った際の景色、群衆のざわめき、最前列にいる愛しい人、執行人の息遣い、首にかかる縄の感触。今の自分が体験した事でなくとも、ありありと思い出すことができる。

 ティノは処刑される前、かすれた声で一言を言った。これは原作にも舞台用の脚本にも書かれていない。絞首台の間近でティノの最期を見ていた人たちの証言をもとに書かれたはずなのに、その一言はどこにも書かれていない。あえて書かなかったのか、その言葉は群衆のざわめきの中に消えたのか、それとも自分は発したと思っていても実際は発せてなかったか。今となっては何もわからない。

 処刑の合図が鳴ったと同時に眼を閉じ、ふわっとした感覚、その後首にぐっと重さがかかりティノの記憶はそこで途切れる。子供のころはこの記憶が怖くて、よく泣いていたっけ、と小さく呟く。


「相席いい?」


 え?と顔を上げると、そこにはオーウェンがいた。


「オーウェン」

「偶然だね。ケーラと遭遇するなんてびっくりだ」


 そういうとオーウェンは相席の了承もないままケーラの正面に腰を下ろした。


「なんで座っているの」

「たまたま入った喫茶店にクラスメイトがいるのに、親睦を深めないというわけにはいかないかなーって。それに劇の練習の時は違うけど、同じクラスになってからこっち、僕のことあまりいい目では見てないから。この際だからケーラがどう思っているのか聞こうと思って」


 にこりと微笑みながらそんなことを言うオーウェン。


「⋯そんなことは」

「あるとおもう。君は僕に対して線を引いている」


 それは事実だ。学校に入学したとき、オーウェンを見てケーラは自分の目を疑った。オーウェンはガウズステンの末裔だから当たり前と言えばそれで終わりなのだが、どこかアーノルドに似ていた。声も眼差しも全然違うのに。

 アーノルドに信じてもらえなかったケーラの中のティノはオーウェンを受け入れられなかった。愛しさは憎しみと悲しみに代わっていたから仕方ない。自分とティノは全くの別人だというのに、ケーラにとっても苦手な人物として刻み込まれた。

 ケーラはさすがに面と向かってこう言われては、と思い適当に『昔自分に嫌な事をした人に顔立ちが似ているから無意識にそんな態度をとっているのかもしれない』とオーウェンに言った。それでオーウェンが納得するか分からなかったけれど、当たり障りないそんな回答だった。

 オーウェンは顎に指を当てて少し考え込み、そうか、と返した。

 ちょうどそのタイミングでオーウェンが注文したものがテーブルに配膳された。オーウェンが頼んだのは珈琲のようだった。


「オーウェン」

「何?」

「何故、私を指名したの?私じゃないと役を降りるってのもずっと不思議だったの。どうして?」

「どうして、と言われても。アーノルド役に投票とはいえ指名された時、直感でティノ役は君がいいと思った。もし理由がさらに必要なら⋯そうだな、君以外を据えた場合クラス内の女子たちの間で争いになりそうな気がしたから、じゃだめかい?」


 その言葉の続きにケーラははぁ?といい、オーウェンはそんなケーラを見てににこりと笑った。




 ■■■■■■■■■■■■■■


 とうとう文化祭当日になった。

 劇は午後からなので午前中は早めに学校へ到着した兄と妹で学園内を案内しつつ回る事にした。数少ない友人の1人も一緒に。


「おねーちゃん!おにーちゃん!つぎあそこ!」

「はいはい。ごめんね。付き合ってもらって」

「いえ、噂に聞いている妹さんとお兄さんとご一緒できるのが楽しみでしたから!」


 ケーラの兄はケーラと三つ、妹はケーラと十歳年が離れている。下の妹はまだまだ子どもで目が離せない。

 いずれこの学園に通う事となるのだからと学園の案内も兼ねて毎年学園祭に連れてきてはいるけれど、二年前と変わらずのはしゃぎっぷりだ。

 

 兄の案内は友人に任せてもいいだろう。むしろその方が友人は良さそうだ、とケーラは妹と下級生の出し物のテイクアウトの軽食やスイーツ、ケーラがこれから演じる舞台がある室内運動場で開かれていた下級生たちのオーケストラによる演奏を楽しんだ。

 昼を過ぎるとケーラは劇の準備に行かなくてはいけないため、兄たちと合流し妹を預け準備室へと向かう。室内運動場の近くの教室に用意した準備室はバタバタしており、入った途端身ぐるみをすべてはがされ、ついでに化粧も落とされた。

 スキンケアを終えると衣装を着せられ、整えたと同時にヘアメイクに取り掛かられた。ケーラの髪の長さ微妙かなと思ったけどなんとか再現できる!と編み込みされ、メイクは舞台映えするようにと濃いものにされた。小さなアクセサリーは演劇部から借り、『ティノ』の姿が完成した。顔のつくりは記憶の中にあるティノとは違う。けれど。



 ―――――――――『悪女め』『王女様になんてことを!』

 ―――――――――『死んで償え!』『やっちまえー!!』


 頭の中に焼き付く彼女の声。ケーラの魂の中に焼き付いた声が映像とともに流れてきた。

 ケーラはぎゅっと強く手を握る。小刻みに手が震え、『恐怖』がケーラを支配する。劇で演じるだけなのに、なぜ、こんなに、今更、と呟きながらケーラは内から湧く恐怖を止めることができなかった。

 周りは様子が変わった私を見て緊張しているの?と声をかける。けれどそれに返事をできる余裕はない。


 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。


 胸のところで両手を握り前かがみになる。収まれ、と自分に喝をいれようと試みるがやはり震えは止まらない。ひっこめ、これは自分が体験したものではない、と脂汗が浮き始めた時だった。

 ふわり、と品のいい香りと背中に温かなものあたりケーラを包む。

 はっとして目を開け肩のほうを見ると、綺麗な髪の色が見えた。オーウェンだ。

 オーウェンはケーラの肩に顔をうずめ、ケーラを強く後ろから抱きしめていた。


「⋯っ!オ、オーウェン!は、離して!」

「大丈夫だ、ケーラ。大丈夫、大丈夫だ。大丈夫だから」


 大丈夫、大丈夫、と繰り替えすオーウェン。その繰り返される言葉とオーウェンの熱さが、ケーラの恐怖からくる震えを止めた。震えが止まってもオーウェンはケーラを抱きしめ、ケーラが「オーウェン、もう大丈夫だから、その…」と言っても、解かれることはなかった。

 オーウェンのほうが緊張しているのかー?と同級生の男子にからかわれても、オーウェンはケーラを抱きしめたままで、いつものオーウェンと違う様子にケーラは落ち着きを取り戻し、このままではせっかくのヘアメイクが崩れるし、と同級生たちにお願いして無理やり剝がしてもらう事にした。

 ケーラから剝がされたオーウェンは一分ほど俯いていたが顔をゆっくりと上げ、ごめん俺も緊張してた、と笑った。



 ■■■■■■■■■■


 劇は順調に進んだ。もう終盤、ここからがこの悲劇は重要なシーンだと照明の熱さに汗を滲ませ舞台に立つ。

 王女に毒が盛られ、その嫌疑がティノに向く。状況証拠に加え捏造された証拠が出てティノは投獄される。

 ろくに調べることもされず、お前がやったのだと決めつけられ、そのまま処刑が決まったのだ。

 叫び続け、喉も枯れ果てた。アーノルドがティノを綺麗だ、可愛い、と言ってくれていた頃の面影はどこにもない。それでもティノは自分ではないを言い続けた。

 投獄された際、ティノと親しい関係の人間なら自白するかもしれないと思った王は、彼をこの牢獄に寄越した。

 やってきたアーノルドに無実を訴えかすれた声で「しんじて」と訴える。きっと彼は自分を信じているとそう思って。そうだな君はやっていない、という言葉が返ってくると思って。

 けれどティノに返ってきた言葉は『お前を妻にしなくて良かった』だった。状況証拠に加え、犯人である医師が捏造した証拠を見せられたら庇う余地も無い。アーノルドがそう言うのも無理はなかっただろう。けれどティノは、アーノルドだけには信じて欲しかった。愛した人だからこそ、信じ信じられていたはずだったからこそ、ティノは絶望を味わった。

 誰に言っても聞かれない言葉を言い続け、とうとう処刑前日になる。その頃にはティノは叫び続ける気力も、体力も無くなっていた。

 つめたい石と鉄の牢獄、格子がはめられた窓から見える新月の星空、それを見るティノ。

 カツン、カツンと見張りすらいなくなった牢獄に響く音がしてティノは首だけゆっくりそちらに向けた。

 ゆっくり視線をあげるとそこにはアーノルドが立っていた。

 アーノルドが来た、とティノは鉄格子を掴む。ティノは意味が無いと知りつつも自分はやっていないと、アーノルドに小さな枯れた声で言う。

 それを聞いたアーノルドは、『お前と恋人になったのが間違いだった』と言う、そのはずだった。

 実際彼女はそう言われたし、脚本にも書いてある。そのはず、だったのだがアーノルドのセリフが一向に返ってこない。

 鉄格子を掴んだまま、オーウェンが演じるアーノルドを見上げると逆光で表情が見えない。

 しかしオーウェンは黙ったままで、俯いたままで、ケーラは小さな声でセリフ忘れたの?とオーウェンに問う。オーウェンはそれでも黙っていて、クラスメイトもまさかセリフを忘れたんじゃ!?と舞台袖で騒ぎ始める。

 クラスメイトが舞台の裏側からセリフを教えようとした時、オーウェンは思わぬ行動をした。俯きながらしゃがみ、勢いよく鉄格子を掴んだのだ。は!? と思ったその時。


「逃げよう」


 そのセリフにクラスメイト、観客、はポカーンとする。

 え、セリフ違くない?と客席とクラスメイトが騒めく。それはそうだ、この国に住むならこの劇は必ず見聞きするし、よほどの場合でなければ内容を殆ど知っている。まさかセリフが飛んだとしてもそれに近いことアドリブで何とかすればいいだけの話で。

 オーウェンのまさかのセリフにケーラももれなくポカンとしていたが、舞台袖から『何とか進めて!』とカンペが出ていてハッとする。


 思わずケーラは、⋯逃げる・・・?と返す。オーウェン、いやアーノルドは鉄格子を掴んでいた左手を外し、ティノの頬にそれを当てる。手袋越しでも分かる程にそれは冷たく震え、その表情は歪んでいた。


「逃げよう、ティノ。逃げよう!」


 これもセリフにない。完全にアドリブだ。こんなアドリブでどう繋げるの?!と舞台袖を再び見ると、裏側にいるクラスメイトがもうアドリブでいいから続けろ!と指示をするので、ケーラは仕方なくオーウェンのアドリブに付き合う事にした。

 ケーラは当時ティノがアーノルドから与えられた絶望感を知っている。もうこうなりゃやけだ!と立ち上がりティノの気持ちを代弁することに決めた。最期の叫びだ、と。


「信じなかったくせに!!!何故今更そんなこと言うの?!私はずっと無実だと言ってきた!でも、誰も⋯!1番信じて欲しかった貴方が信じてくれなかったじゃない!!酷い言葉も、吐いたじゃない!!それなのに⋯!今更逃げようだな「逃げよう!!!」


 オーウェンは顔を上げて、そう叫けぶ。その瞳には涙が浮かび、悲痛と怒りが綯い交ぜになった表情をしていた。目が、離せない。


「⋯この手で1度突き放しておきながら馬鹿だと君は思うだろう」

「信じなかった俺は馬鹿だ」

「ティノがそんな事をする訳無いと、あんな事をするような度胸が無いという事も知っていたのに」

「信じて、⋯いてくれていたのに」

「今でも間に合う、逃げよう」


 その言葉に対する答えと行動を、ケーラは返すことが出来なかった。

 何を、言っている?


 アドリブのアドリブが入った場面はこれ以上展開が難しいと監督が判断したらしく、パッと舞台が暗くなる。処刑台の準備が闇の中行われ、キュルキュルとオーウェンとケーラを隔てていた牢獄も他の大道具のように袖へはけていく。舞台に立ったままのオーウェンを役目を終えた配役の子が上手へ連れていき、私は下手へ急いで向かう。


「オーウェンったらなんなのあのアドリブ!」


 処刑シーンはすぐだ。大道具の配置が終われば暗転中ナレーションが入る予定だ。その間までに処刑の衣装とヘアメイクへの着替えを行う。

 下手にいたクラスメイト達は案の定、あのアドリブは何なのだと騒いでいた。

 ヘアメイクの子が、ケーラはあのアドリブ事前に聞いてた?と聞いてきたので、私もびっくりした、と言うとやっぱりオーウェンの独断かぁ困ったね、と互いに苦笑いした。

 暗転した中、ナレーション担当が舞台に上がり元の筋書きに戻るよう、アドリブがきいたナレーションを自然なように繋ぐ。支度も丁度よく終わり、急ぎ配置された処刑台へ急いだ。

 絞首台。そこから垂れ流された紐を胴体に括り付け、見せかけの紐を首にくくる。これで床が抜けたら首を吊って見えるという古くからの舞台用の演出だ。

 準備が終わると照明役へ合図が行われ、パッと舞台が明るくなる。

 絞首台は舞台の床から2メートル程の高さで作られていて、観客席を全て目に収めることが出来た。観客席の中央に家族がいるのが見える。ティノの最期の光景にも少し似ているな、とケーラは思う。自分に注目している多くの視線。ただ違うのは、瞳に宿る感情だろう。

 言い残すことは?と処刑人に聞かれる。

 史実ではティノは最期の言葉を残さなかったという。けれど舞台用に書かれた脚本ではこの場面、舞台監督や女優らが最期のシーンを独自に演出するのが慣例となっている。

 殆どが憎しみの言葉や無言で涙を流すという演出が選ばれるが、それは、演じる役者により彼女の最後をより美しく、より悲劇的に、見せるためだった。

 けれどケーラは知っている。ティノが()()()()()()()()()()()()()

 あまりにも枯れ果てすぎた声は民衆に届かなかったのだろう。けれど処刑人には聞こえていたはず。後世に伝わらなかったのは原作者があえて弾いたのか、処刑人が話さなかったのか。どちらにせよ、その言葉はティノとケーラと処刑人しか知らない言葉だ。

 そうだ、とティノは口を開くのを止める。オーウェンがあんなアドリブをしたのだ。クラスメイトが考えたこの最期の言葉を、自分もアドリブという名目で、どうせなら本人が言った言葉を言ってやろうじゃないかとケーラは目を閉じ俯いた顔を空を仰ぎ見るように上げた。

 そして息をゆっくりと吸い、目を静かに開けた。

 ケーラの表情に、観客はザワつく。

 ケーラはこれから行われる事への恐怖や今までされて来た事への悲しみとは真逆の慈愛に満ちた表情をしていたのだ。

 観客の一部がゴクリ、と息をのむ。

 彼女の最期に誰もが魅入る。

 自分に視線が集中しているのを感じ、ケーラはティノの最期の言葉を口から紡いだ。


『愛してる』



 その言葉は、枯れ果てたはずの喉から出たとは思えない程静かで、けれど愛おしさに満ちていた。その言葉を言い終わった瞬間、絞首台の床は開きティノの絞首刑は執行される。再び暗転し、絞首台から下ろされ大道具と共に上手へはける。

 そして最後のシーン。

 アリーシャの花が描かれた中の石碑の前に立つ年老いたメイクをしたオーウェンが立っていた。


「⋯君が、死んで、どれくらい経ったのだろう。ずっとずっと後悔している。君を、信じなかった自分を」

「愚かな俺は、君のことを正しく語るのが償いだと、ここまで生きながらえてきた。けれど、そろそろ天に帰る時が近いようだ。そしたら、君に会えるだろうか」

「君は嫌だろうなぁ。でも、願わくば、来世に彼女と縁があらんことをと思う」

「アリーシャの花のように白く、美しい君のそばに俺は似つかわしくないけれど、それでも」




 緞帳がおり、劇は終わる。

 そのあと客席から拍手が沸き起こった。

 後半のアドリブだらけの演出は新しいと評価され、クラスメイト達はヒヤヒヤした!と言いながらオーウェンとケーラを褒めたたえたのだった。


 なんやかんや上手くいった劇の後は後夜祭だ。

 後夜祭はイブニングドレスを着ていいところの坊ちゃんお嬢様が通う学校らしくボールルームダンスで締めくくられるそんな後夜祭だ。

 煌びやかな女子たちや正装した男子たちにケーラはあちこちでもみくちゃにされながら後夜祭の人混みの中を抜け、1人、図書館へと足を運ぶ。

 暗闇の中ランタンを持ち、広い図書館の中探し物をみつけるためだった。

 悲劇の原作本は図書館の片隅にあった。

 それを探し出し机に持っていき、ケーラは1人ランタンの灯りの中ページをめくる。牢獄のシーン、やはり脚本通りの内容だった。


「一緒に逃げよう、だなんて、あの時のアーノルドは言わない。言うわけない」

「その時はね。アーノルドが愚かだったから言わなかった」


 静かな空間に聞き慣れた人の声が響く。

 ケーラが振り返ると後ろからランタンらしき光とカツカツと足音が近づいてきた。

 光に照らされた人物はドレスアップしたオーウェンで、さも当たり前のようにランタンをケーラのいる机に置くと、オーウェンはケーラが読んでいた本をそっと取り上げ本を閉じ、立ったまま言葉を続けた。


「アーノルドは、馬鹿だった。ティノと親しかったから痛めつけられて、捏造された証拠を信じて、この世で一人と決めた愛した人を信じなかった。愛していたなら、何が何でも、地位を失ってでも、ティノの言うことを信じて、ティノを庇っていれば、その手からティノを失う事はなかっただろう。ねぇ、ケーラ。どうして最期の言葉で、用意していたセリフでなく、『愛してる』なんて言ったの?」


 オーウェンの目は、答えるまでティノを逃がすつもりはない、という目をしていた。

 ケーラは、オーウェンもアドリブをしたじゃないか、自分なりに考えて、ああ言ったアドリブをしたまで、と答える。


「それに、あの言葉はいい意味の愛してるじゃない。いつか自分の罪が冤罪だったと明らかになる日が来た時、過ちに気がついた人々への、呪いの言葉よ。愛していたもの全てに、自分を信じてくれなかった人達へずっと残るようにと思って、その言葉にしただけ。それ以上の意味はない」

「⋯⋯」

「わたしは、この話が嫌い。私なら罪を着せられた時点で自害してる。だからこの話が、ティノが嫌い。信じて欲しいとずっと喚き立てる馬鹿で哀れな女の話だもの」


 その言葉にオーウェンはケーラの肩を掴み、身体をオーウェンの方へと向かせる。


「そんなことは、ない!哀れなんかじゃ…!」

「何ムキになってんの」

「⋯どうして君は、⋯あぁ、そうさせてしまったのは、俺か」


 泣きそうな顔をして、オーウェンはくしゃりと歪めた顔で髪をかきあげる。

 顔のいい男の動作はどんなものでも絵になる、とケーラが思ったその時、オーウェンは、ケーラを担ぎあげた。

 いきなりの事にケーラは反応が遅れるが、暴れようにもドレスが邪魔でそれも上手く行かない。

 図書館を出るとガウズステン家の使用人がいて、中の始末をとオーウェンが命じると、図書館へと入っていった。

 オーウェンの足は止まることなく、どんどん進んでいく。


「オーウェン!?下ろして!!」

「それは無理だ。後悔をするつもりはないとさっきも言った。ケーラ、僕は君に話すことが沢山ある。だから一晩君の時間を貰うよ」


 ■■■■■■


「うう、くるし…っ!オー、ウェンッ!」


 ————むりやり連れ出された先は学園の外、学園から馬車で10分ほどのホテルだった。ここはガウズステンが経営しているホテルの一つだったはず、と思っていると強い力で腕を掴まれ階段をあがる。オーウェンの足が止まった部屋はホテルのルームではなく、執務室とプレートが打ち付けられた部屋だった。

 オーウェンは当たり前のようにドアを開け、デスクと椅子と資料のある棚しかない部屋の中にあるドアへ進む。馬車に乗った時点で抵抗しても体力の無駄だと思い、ケーラは黙って彼の行動に従っていたが彼の行動の意図が読めなかった。

 ぎぃ、と開けられたドアの先は人一人が暮らせるようなワンルームだった。ベッド、机、キッチン、小さな本棚と、男物の服がかかった衣装ラック。生活感が少しだけ垣間見えるような部屋だ。

 電気もつけず、オーウェンはケーラをベッドの縁に座らせ、自分はその前に片膝立ちをしケーラの手を取ってこう言った。


「ケーラ、僕はね、他人には言えない事が一つだけある」

「な、なによ。こんなところに連れてきてそん」

「僕はね」


 窓からの月明かりがケーラに影を、オーウェンに光を当てる。月明かりの中照らされたオーウェンの瞳は劇で見た時の瞳とよく似ていた。

 目を逸らすことが出来ない。

 ただただ彼の瞳を見るしかできない。視線を逸らすなと本能が言っている。


「アーノルド・ガウズステンの記憶を持っている」


 ヒュッとケーラの喉が鳴った。

 なにを、言っている?とケーラは目を見開き、オーウェンを見続ける。


「僕は幼い頃からどこか心に穴が空いていた。それが何かは分からなかった。けれど、学園で君を見た時、心のどこかにいる誰かが叫ぶんだ。あれはずっと求めていた人だ、って。そこからアーノルドの記憶が断片的にだけど頭の中に流れてくるようになった」


 ケーラが視界に入る度あれはティノだと、姿かたちは違うけれど、オーウェンの魂はケーラをティノとして感じていた。


「ティノの最期だけはハッキリと回想できるんだ。彼女の最期の言葉は君が言う通り、アーノルド・ガウズステンには効果抜群だったよ。⋯アーノルドは、死ぬまでその言葉に苦しんだ。来世の、僕の記憶に残るくらいに」


 オーウェンは目を伏せた。


「だからといって君とどうこうするつもりはなかった。彼は彼、僕は僕だし、彼の記憶が呼び起こされたとしても僕は僕として生きてきた人生があったし彼とは違う価値観で生きているんだから。でも今回の劇をするにあたって自分がアーノルドをするなら、ティノはケーラがいいと思った。でね、牢獄のあの場面の時に僕はハッキリ思い出したよ。後悔の日々を、愚かな事をしたという罪悪感が。そしたらね、思わず口に出ていたんだ、逃げようって。アーノルドが、願ったんだよ、だから言ったんだ。()()()()

「そ、んなこと」

「ケーラ」『ティノ』

「・・・ッ」


 オーウェンは目をゆっくりと開いて手の甲に唇を落とす。


「君をずっと見てた」『もう間違えるものか』

「好きだ」『過去も今も、その先も』

「今生は」『何があっても』


「『キミと添い遂げたい』」


 その言葉に、何故か瞳から一雫涙がこぼれでる。

 きらりと月明かりに照らされたそれはオーウェンの手の甲に落ちた。





 ■■■■■■■■■■■■■■■



 それから。

 学園を無事卒業しオーウェンは大学へ、私は家業を手伝うためにまずは社会経験を積むため職に就いた。

 あの劇から私たちは友達として関係を始め、数年かけて恋人になった。学生と社会人という立場からなかなか付き合いは難しかったけれど、破局することも無く関係は続いていて。


「お嬢様、御髪はこれで良いですか?」

「ええとても素敵よ」


 卒業してからバッサリと切った髪はその手軽さからずっとボブのままでとても簡単なのだが、それでも整えてもらい、ライラックの白いラインが首周りと裾に入ったスクエアネックのワンピースを着てバッグを持ちおかしな所がないのを確認して家を出た。

 玄関を出て門のところまで行くとラフな格好のオーウェンがそこに立って待っている。約束の時間にはまだ早いのになぁと小さなため息を吐く。


「早いわよオーウェン」

「だってケーラに早く会いたくて。二週間は長いよ~」


 するり、とオーウェンは私の左手に右手を絡めてくる。初めの頃は止めて、と言っていたけれど慣れは怖い。今はもうなんとも思わない。


 私たちは明日結婚をする。

 だからこれが結婚前の最後のデートだ。


「どこ行くの?何も聞いてないのだけど」

「内緒、あっ、今日の服装似合ってるよ、素敵だ」

「ありがとう」

「明日のドレスも楽しみだなぁ、俺全然ドレス知らないから」

「お楽しみだよ」


 オーウェンのエスコートのもと、家からどんどん離れて行く。

 そして行き着いたところは。


「ここは」

「うん」


 石碑だ、アリーシャの花が咲く草原にある、あの石碑がある場所だ。今ここは観光地にもなっていて、たくさんの人が草原にいる。


「結婚前にね、ここはどうしても来たくて。ケーラはこの石碑に何があるか知ってる?」

「いいえ、でも墓石だのって言われてるのは知ってるけど実際には誰もこの石碑の意味も成り立ちも知らない」

「・・・そうだね、誰もこの石碑の意味は知らない」


 オーウェンに手を引かれながら丘をゆっくりと上がる。緑の匂いとさわさわと吹く風が心地よい。

 石碑がある所までたどり着くとオーウェンはそこを指さした。


「でも僕は知ってる」

「どうせアーノルドの遺体とかいうんでしょう」


 貴方から聞く昔の話はもう驚かないわよ、とケーラは呆れたように言う。

 オーウェンはケーラの耳に唇を寄せ、ケーラにしか分からないようにしてそれを言った。


 ──────ここにはティノが眠ってるんだ。


「─────は」


 ゆっくり耳元から離れたオーウェンは苦笑いしていた。


「な、んで」

「結婚した後でもいいと思ってたんだけど、でもやっぱり言うべきかなって」

「そんなの」

「王族に手をかけた人間の遺体なんてろくな扱われた方じゃなかったけど、アーノルドは見つけ出した。で、自分の全財産はたいてこの土地買って、ここにティノを埋葬して、アリーシャの花でここをいっぱいにしたんだ」

「・・・・・・」


 ぎゅ、っとオーウェンの手を握る。オーウェンはそれを握り返した。


「ここはティノとアーノルドの思い出の場所に似ていたから、少しでも彼女が安らげばって思ったらしいよ」


 ざぁ・・・と強い風が吹く。


「ここで、もう一度誓わせて欲しいんだ」


 あの日のようにオーウェンは躓き、ケーラの手を取ったままケーラの目をみる。


 ────君を生涯愛する。何があっても愛する。子どもは五人位で、家は小さくていい。家庭菜園もしよう、猫も飼おう。死が二人の間を分かつまで、ずっとずっと君と共に。





 ■■■■■■■■■■






 ギィ⋯と重たいドアが開く。

 父親の腕にそっと手を添えて、バージンロードの先を見る。

 白のタキシードに身を包んだオーウェンが微笑んで待っているのが見えた。

 プリンセスラインのウェディングドレス、アリーシャの花があしらわれたヘアコーム、ベールにもアリーシャの花の刺繍が施されている。ブーケの中もアリーシャの花を少しだけ使ったものにした。

 一歩、一歩、踏み出す。あんなことがあったな、こんなこともあったな、なんて思い出しながら。

 前世の記憶があるとはいえ、別にその思いを引き継がなくてもいい、と劇が終わって暫くしたあとオーウェンに言った事がある。今生は添い遂げたいと言ってくれただけで、自分の中のティノは少し救われたからと。

 けれどオーウェンは首を横に振った。オーウェンの気持ちはきっかけでしかない。この気持ちは僕のものだと。

 ケーラの心が友情から恋慕へ変わるのに時間はかかった。

 けれど諦めなかったオーウェンがいたから彼女はウェディングドレスに身を包み、バージンロードの上にいる。


 そしてオーウェンの前に着き、彼の手をとる。

 オーウェンの目は潤み、頬は見たこともないくらい緩んでいた。


「きれいだ」

「うん」


 そして誓いの言葉を交わし、ベールを捲られる。

 重なる唇に目尻から頬に涙が伝う。


 ─────────あぁ、なんて幸せなのだろう、と。




























 

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