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入れない国

作者: 徒然生成
掲載日:2025/12/15

✦入れない国


その国には、もう誰でも行けるわけではなくなった。

問われるのは国籍ではない。

過去だった。


---


★エピローグ


観光客に、SNS五年分とメール十年分の提出を求める国が現れた。

同じ頃、ベネズエラの石油タンカーが「疑惑」を理由に拿捕される。


一見、無関係に見える二つの出来事。

だが二人の男は、静かに“推理”を始める。

犯人探しではない。国家は、なぜ人を選別し始めたのか。


記録が国境となり、評価が人を分ける時代。

行ける者と、行けない者。


この物語は、世界をそのまま信じないための現代推理である。


---


★目次(第一部:記録の国境・完)


第1話 余裕を失った国

第2話 子どもだけは例外らしい

第3話 消しても残るもの

第4話 中にいる人間

第5話 真似をする国

第6話 行けない側

第7話 記録を持たない人間

第8話 未評価という罪

第9話 隙間に集まる人たち

第10話 境界線の外で(完)


---


---


【第1話 余裕を失った国】


その朝、

ワトソンはコーヒーをすすりながら

スマホを睨んどった。


画面の見出しが、やけに冷たく光っとる。


――【速報】米国、観光客にSNS提出義務化

     過去5年分/メールは10年分


「……なあ、これ、どう思う?」


向かいのホームズは返事もせず、

角砂糖を割ってカップに落とした。


「アメリカがな、

 観光客に入国審査を厳格化するらしい。

 SNSは過去五年、メールは十年。

 全部提出せえって」


「ほう」


「ほう、じゃないが。観光よ?

 ただ行くだけで、

 そこまでやるか普通」


ホームズは顔を上げた。


「もう一つ、記事はないか」


「ある。ベネズエラの石油タンカーを拿捕。

 船の名は……スキッパー」


ホームズの口元がわずかに歪んだ。


「同じ朝に読むには

 出来すぎた二本立てじゃな」


「関係ないじゃろ。

 片っぽは審査、片っぽは拿捕だ」


ホームズはスプーンでカップを軽く叩いた。


「人間を見てみい。

 金があるとき、人は穏やかじゃ。

 だけど、金がなくなるとどうなる?」


「余裕がなくなる。

 疑い深くなる。乱暴になる」


「最後にどうなる?」


「……他人を締め出す」


ホームズは頷いた。


「今のアメリカは、国というより

 金がなくなった人間の動きをしとる」


「陰謀論じゃないのか?」


「陰謀論は断定じゃ。これは観察じゃ。

 記録に執着しとる。

 未来より過去を洗いよる」


ワトソンは唾をのんだ。


「じゃあ、タンカーは?」


「見せしめじゃ。

 叩きやすい相手を叩いて

 『まだ強い』と

 自分で確認しとる」


ホームズは静かに言った。


「この二つのニュースは

 別の事件じゃない。

 同じ病気の症状じゃ」


店の外では笑い声がした。


「そのうち、

 何割かは“入れん側”になる」


ホームズはコーヒーを飲み干した。


「国もな、

 腹が減るとろくなことを考えん」


---


【第2話 子どもだけは例外らしい】


ワトソンはスマホを伏せた。


「ホームズ、ひとつ引っかかる。

 今回の審査、子どもは対象外らしい」


「ほう」


「何歳までが子どもか、書いとらん」


ホームズは小さく笑った。


「それはな、

 後で都合よく決めるためじゃ」


「そんな曖昧さ、通るのか?」


「余裕がある国なら通らん。

 余裕がないと“例外”を作りたがる。

 全部締め出したら悪者になるからな」


「子どもを残して、人道的に見せる?」


「そう。免罪符じゃ」


ワトソンは息をのんだ。


「じゃあこの制度、長く続く?」


「続く。

 目的が“安全”じゃないからじゃ」


ホームズは窓の外を見た。


「これは人を選ぶ制度じゃない。

 人を減らす制度じゃ」


「最初は観光客で……」


「次は留学生、次は移民。

 その次は“中にいる人間”じゃ」


「国内の人間まで?」


「制度は一度作ったら、使い道を広げる。」  


「そして線を引くのは人間じゃない。

 記録じゃ」


---


【第3話 消しても残るもの】


歩きながらワトソンは言った。


「投稿を消したら?

 アカウント閉じたら?

 それでも残るって、信じがたい!」


ホームズは足を止めた。


「川に流した紙くずは消えるか?

 見えん場所へ移るだけじゃ」


「じゃあ誰が持っとる?」


「集めとる者じゃ。

 政府“だけ”じゃないが、

 政府は合法で使える側じゃ」


「ちょっと前までおったろ?

 イエロー・マスクとか

 そんなやつが…」


ホームズは淡々と続けた。


「肝は“見る”ことじゃない。

 判断を人間から切り離したことじゃ」


「AIが決める?」


「AIが“引っかける”。

 白黒じゃない。“怪しい”を拾う」


「間違って引っかかる人も出る?」


「当然。だが反論できん。

 危険度0.73と言われて反論できるか?」


「……できん」


「記録はな、説明せん。

 点数には顔がない」


ワトソンは目を伏せた。


「突然追い出すより、

 “自分から去る”ほうが静かじゃろ」


ホームズは歩き出した。


---


【第4話 中にいる人間】


店に戻ってもワトソンは黙っとった。


「ホームズ。

 外から来る人間だけの話じゃ

 ない気がする」


ホームズの目が細くなった。


「ほう。そこまで来たか」


「やっぱり、国内へ広がる?」


「最初からそのつもりじゃ」


ホームズは言った。


「国が困るのは外が多いときじゃない。

 中が多すぎるときじゃ」


「移民や永住者か」


「それだけじゃない。市民まで含む」


ワトソンが息をのむ。


「まさか自国民まで?」


「一気にはやらん。

 だが制度は必ず広げる。

 そしてこう言い出す」


――公平性のため、

  国内居住者にも同じ基準を。


「“公平”で全員を網に入れるんか」


「そう。“違反”じゃない。

 “基準未達”じゃ」


ホームズは静かに言った。


「人は、

 自分が対象になるまで

 制度を理解せん。」


「気づいた時には、

 もう線は引かれとる」


---


【第5話 真似をする国】


テレビに会見が映った。


――入国管理の高度化

――国際基準との整合性

――デジタル記録の活用


ワトソンは鼻で笑った。


「“国際基準”だとさ」


ホームズは画面を見つめた。


「真似を始めた合図じゃ」


「そんなに広がる?」


「便利だからじゃ。

 “基準に満たない”で拒める。

 政治家は“制度を整えただけ”と言える」


会見が続く。


――あくまで総合的に判断します。


「“総合的”って、逃げ道だな」


ホームズは頷いた。


「悪い制度は、ゆっくり常識になる。

 そして最後は、

 国で分かれるんじゃない。」


そして笑った。


「人で分かれる!」


---


【第6話 行けない側】


夜、店は静かだった。


「ホームズ。

 これは国を守る話じゃない。

 人を選ぶ話だ」


「選ばれる側が見えてきたな」


「若者か?」


「そう。喋る量が多い世代。

 正しさは評価されん。

 量が引っかかる」


「まじめでも?」


「関係ない。

 投稿が多いほど確率が上がる」


ワトソンは苦笑した。


「外れのないくじか?」


「そして一番残酷なのは、

 “行けない”理由が

 確かめられんことじゃ。

 基準は更新され続けるからな」


---


【第7話 記録を持たない人間】


雨が降り始めた。


「最近、

 SNSを最初から使わん若者が増えとる」


ホームズが笑う。


「ついに現れたか」


「でも不利だろ」


「不利じゃ。

 だが彼らは別の計算を始めた。

 一番高くつくのは過去だと」


「過去?」


「記録として残る過去。

 説明できん過去。

 負債になるのは金より言葉じゃ」


ホームズは静かに言った。


「記録がない人間は採点できん。

 ゼロ点じゃない。未評価じゃ」


---


【第8話 未評価という罪】


朝のニュースが言う。


――記録を持たない個人の把握

――安全保障上のリスク


ワトソンが吐き捨てる。


「未評価が危険だとさ」


「“分からん”を罪に変えるんじゃ」


大学はこう言う。


――提出は任意。

 ただし選考の参考にします。


ホームズが続ける。


「拒否できる。

 だが提出しない理由を

 書けと言われる。」


「理由を書いた瞬間、記録が生まれる」


企業も言う。


――価値観との親和性を確認します。


ホームズは淡々と言った。


「誰も殴らん。

 誰も捕まえん。

 だが、居場所がなくなる」


---


【第9話 隙間に集まる人たち】


深夜の店。


「噂を聞いたか?

 制度の隙間に集まっとるらしい」


ホームズは頷く。


「制度が進むほど非効率が安全になる。

 効率のいい場所には監視が集まる」


そこは勉強会の顔をして、

名簿も写真もない。


武器は――遅さ。


「返事をせん。即断せん。更新せん。

 遅いものは捕まえにくい」


ホームズは最後に言った。


「避け続けたら、制度は“見つけに行く”。

 次の段階じゃ」


---


【第10話 境界線の外で】


朝が来た。

“隙間の集まり”は、どこにも映らん。


「……消えたな」


「消されたわけじゃない。

 見えなくなっただけじゃ」


ワトソンは、ゆっくり息を吐いた。


「ホームズ。結局これ、何が目的なんだ。

 安全保障って言葉だけじゃ、

 どうも腑に落ちん」


ホームズはカップを置き、静かに言った。


「安全が目的なら、やり方が違う。

 これは――

 判定をコストカットするための制度じゃ」


「判定を……コストカット?」


「人間を見て判断するのは難しい。

 時間も、人手も、責任も要る。

 余裕がある国は、それを払える。

 余裕がない国は、払えん」


ワトソンは喉が乾くのを感じた。


「だから、記録で切る……」


「そうじゃ。

 AIは正しいから使うんじゃない。

 速いから使うんじゃ」


そのとき、ワトソンのスマホが震えた。


――【重要】渡航前オンライン確認

  :追加情報の提出をお願いします。


画面の下に、項目が並んだ。


・SNSアカウント(過去5年)

・使用メールアドレス(過去10年)

・家族の氏名/生年月日/出生地

・連絡先一覧(端末同期を推奨)


ワトソンの笑いは、音にならんかった。


「……これ、

 ニュースの話じゃなかったんか?」


ホームズは目を合わせずに答えた。


「君はもう、物語の外におらん」


ワトソンは、

その項目を見つめたまま理解した。


この制度が怖いのは、

悪い人間を落とすからじゃない。


普通の人間が、

自分の過去を差し出すか、

黙って去っていくかを選ばされるからだ。


削除しても消えん。

閉じても残る。

残ったものが、点数に変わる。


そして点数は、説明をしない。


ホームズが低く言った。


「国境はな、もう地図に引かれん。

 空港にも港にもない。

 提出ボタンの向こうに引かれるんじゃ」


ワトソンはスマホを伏せた。


自分が立つ場所が、

すでに“こちら側”なのか

“向こう側”なのか。


誰も教えてはくれん。


ホームズは最後に言った。


「推理いうのは、犯人を当てることじゃない。

 世界が差し出す説明を、

 そのまま信じんことじゃ」


ワトソンは、

胸の奥で何かが冷えていくのを感じた。


境界線は、もう引かれている。

だが、それに気づけるかどうかは――


まだ、こちらに残されている。


---


★プロローグ ー 若者へ


これは、

君たちを責める物語じゃない。


「正しく生きろ」と

説教する話でもない。


ただ、

君たちが生きている世界が、

いつの間にか変わってしまった


その事実を、

一緒に見つめるための物語だ。


君たちは悪くない。

何かを書いたからでも、

声を上げたからでもない。


生まれた時代が、

少しだけ速すぎただけだ。


今の世界では、

言葉が残る。

沈黙も残る。


消したつもりの過去まで、

静かに積み上がっていく。


それでも、

怖がらなくていい。


この物語が伝えたいのは、

ただ一つだけだ。


世界が差し出す説明を、

そのまま信じなくていい。


「みんなのため」

「安全のため」

「普通はこうだから」


「君は常識がない!」

「そんなことも知らんのか!」


そう言われたとき、

一度だけ立ち止まってほしい。


それは本当に、

君のための言葉なのか。


この物語は、

君たちを追い詰めるために

書かれたんじゃない。


あなたが、

自分の頭で考え続けるために

書かれた物語だ。


        (第一部:完)

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