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第五話 終話

「もうすぐ着くから、頼んだぞ?」

『毎回毎回本当に急だな? 今回は何しに来るんだ?』

「お前が求める者だよフラッグ」


 パッカーは乗用車を自分用にカスタマイズしたものを運転していた。車のタイヤが砂を巻き上げて、ガラスを汚す。

 助手席に座るアリスは、ぼーっとした瞳で外の広大な荒れ地を眺めていた。


『俺が求める者? そんなもんは安心できる暮らしだけだ』

「すまんがそれは諦めてくれ。多分しばらくはお前の周りに安心は来ない」

『……一体誰を渡そうとしてんだ? 大したものじゃなかったら突き返すからな』


 そう言われるのも仕方ない。通信相手──フラッグは、今や一つの集落の警備隊長をしている。人の命を預かっている以上、彼は危険なものは引き受けない。


 しかし、今回は例外だった。


 わざわざ近くの集落ではなく、遠回りしてまでフラッグのもとにやってきたのには理由がある。


「アリス・ブラックウッドは知ってるか?」

『知ってるも何も、元国家首相の娘だろ?』

「名前を聞いただけでピンとくる当たり、お前はやっぱり元国軍だな」

『……からかってるなら通信を切るぞ?』


 彼の声の温度が少し下がる。本当に怒る寸前の声質である。

 フラッグが苛立つのも無理はない。アリス・ブラックウッドは十年前に死んだと公に発表されていた。そして、多くの人がそれを真実だと飲み込んでいた。

 パッカーもそのうちの一人だ。だからこそ、彼女が最初に名前を言ったときは引っかからなかった。


 アリス・ブラックウッドの同姓同名なのかな。くらいにしか思っていなかった。


 今でも信じられない。しかし、兵士たちの狙う理由がすべて一致してしまう。

 自分よりも荷重な責任を持たされて、ハンドルを握る手が震えてしまう。呼吸を整えるのがやっとである。


「その、アリス・ブラックウッドをお前に預けたい」


 その言葉を聞いた瞬間、通信の奥で何かをひっくり返す音が聞こえた。


『フラッグ! コーヒーをこぼさないで!』

『す、すまんロード!』

『……まったく、珍しいわね? 何かあったの?』


 通信の奥から聞こえてくる声に、パッカーはから笑いをする。

 そりゃ、そういう反応になるよなと、心の底から同情する。


『……それがもし本当だとして、俺がそんな危険な存在を集落に受け入れると思うか?』

「思うね。というか──お前は受け入れざるを得ない」


 パッカーは、息を深くついて心拍を整える。言葉を選ぶのをやめ、事実だけを投げつけた。


「世界は崩壊したその起点は誰も分かっていない。……だけど、“まだ秩序は生きていた”。お前は体験したはずだぞ? 新の崩壊は、人間たちがもたらした秩序の崩壊だと」

『……っ』

「お前は探してるんだろ? 二回目の崩壊の原因になった“もの”を」


 通信の奥はしばらく静けさに包まれた。車の振動とタイヤの地面をこする音だけが響く。

 フロントガラスの奥には、フラッグのいる集落が微かに見え始めている。


『……分かった。だが、安全は保障できないぞ』

「分かってる。ただ、オレには荷が重すぎるから押しつけたいだけだ」

『……そう言いながら、アリス様を見捨てないあたりお前らしいな』


 言っとけと、笑って返した。


 横目で彼女を見やる。金髪の少女は、荒廃した世界でも目を見張る美しさがある。

 彼女が視線に気がつくと、首をこてんと傾けた。


「了承は取れた。ちょいと気難しいやつだが、腕は確かで信頼できる男だ」

『……フラッグって人?』

「そうだ。世話を焼いてくれるから頼るといい」


 その言葉に、彼女は小さく頷いた。



※※※※※※※※※※



「よおフラッグ。相変わらず顔は隠してんだな」

「軽口を言いに来たなら追い返すぞ」


 集落の前に着くと、腕組みをした男が立っていた。顔は目出し帽で覆われており、目もサングラスで見えない。

 彼の声に苛立ちが混じっているのは、アリスのことは軽口で済ませていいと思っていないからだろう。


「んで、そっちの子が……?」


 フラッグがアリスの方に顔を向ける。彼女は緊張気味に頭を下げた。

 手の震えを誤魔化すように、体の前で握っている。そんな彼女に「大丈夫だ」と、静かに言った。


「にわかには信じられないが……、引き受けた以上は責任を持つ。だけど、この集落には長く置いておけないだろうな」

「……あぁ、分かってる。でも、できる限り集落にいる間は、普通の女の子のように扱ってやってくれ」


 パッカーの言葉に、フラッグは大きく息をついた。


 彼が通信で何事かを言うと、数人の大人が集落から出てくる。アリスは彼らに連れられて、中に入っていった。


「それじゃあオレは帰るわ」

「……少しくらい、あの娘に顔を見せていったらどうだ?」

「やめとく。あいつにとってオレは“捨てた人間”だ。会えば余計に混乱するだろ。──気づかれる前に退散するわ」


 踵を返して手を振るパッカー。


「ハーツは気づいてると思うぞ」


 その背中にぶつかった言葉は、聞かなかったことにした。

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