第四話
『オメガフォー、応答しろ』
締め倒した兵士がつけていた無線機から、ノイズ混じりの低い声が漏れる。それがパッカーの心臓を早めた。
心の内で舌打ちを漏らす。胸の奥で嫌な汗がにじむ。
このまま反応がなければ、怪しんだ兵士たちが警戒モードに入るだろう。そうなれば暗殺はほぼ不可能になる。しかし、声でバレるためパッカー自身が出るわけにもいかない。
やはり寄せ集めの略奪者と違い、連携がしっかりしている。
ますます、アリスという少女の謎が浮き彫りになってくる。
こんな“兵士たちが動く価値があるほどの少女”なのか?
『オメガファー、どうした? 応答しろ』
時間がない。二人の兵士が持っている懐中電灯が、反応しない仲間を探すように揺れている。
足音が徐々に近づいてくる。
警戒される前にやるしかない。歯噛みをして、拳銃の銃口を向けた。
暗闇の中に響き渡る銃声。発火炎が周囲を刹那に照らす。
銃の反動が手から骨を伝わり、肩へと抜ける。
近くにいた兵士の頭を撃ち抜き、血が飛び散った。懐中電灯を落とし、地面を照らす。
火薬と硝煙の臭いが鼻をかすめる。銃声がいまだに耳に張り付いて離れない。
パッカーは人を殺したと考える間もなく、二人目に銃口を向ける。動揺して揺れる敵の持つ懐中電灯を頼りに、考えるより先に二発目を撃った。
二人目を倒したところで、やっと兵士が動く。手当たり次第にばらまかれる短機関銃の弾は、壁や瓦礫に当たって跳ね返る。石が削れるような音、金属が擦れるような音などが至る所に乱反射する。
「敵接触!」
「クソが! ガキ捕まえりゃよかっただけだろ! なんで弾が飛んでくんだよ!?」
「第三者だ! 姿は確認できない」
二人の兵士たちが罵倒を飛ばしながらも、攻撃を仕掛けてくる。
一方がリロードすると、もう一方がその援護で銃弾をばらまく。無駄のない動きだ、やはり訓練されている。
弾が頭上で掠める中、パッカーは瓦礫の陰に身を深く沈める。背負っていたバックパックから、閃光手榴弾を取り出した。
──これ、決行高いやつなんだけどな……。
服屋のほうへ流れ弾が回らないように、低姿勢で横をすり抜ける。銃弾が彼を追跡するように、追ってきた。
閃光手榴弾のピンを抜く。一秒カウントをして、余裕を保つ。
そのままこちらを向いてる二人に向かって、パッカーは投げた。
※※※※※※※※※※
再び包まれた静寂の中で、パッカーは息を整えた。早鐘を打つ心臓を落ち着けるように、胸部を拳で軽く叩く。
弾を撃ち尽くした拳銃に新しい弾倉を込めてからしまう。
新しく満ちた血の匂いを避けるように、踵を返した。懐中電灯を照らしながら、奥の試着室に向かう。
壁を叩くと、中から息を殺すような呼吸が聞こえてきた。
「俺だパッカーだ。無事か?」
確認すると、おずおずとアリスが出てくる。前に彼女が着ていた服を手の中に抱えていた。
彼女の手は、少し震えている。
「……服はここにおいていけ。また嗅ぎつけられるぞ」
言うと彼女は黙って頷き、着ていた服を手放した。
「……何があったの?」
パッカーの手をアリスが握ってくる。震えを誤魔化すように、力が込められていた。
どこからどう見てもただの女の子だ。笑い、泣き、集落で日常を過ごすような。こんな彼女相手に、よってたかって部隊が殺しにやってくる。
そんなもの、少女の心で耐えられている方が異常だ。
こんな子を追い回すことに対して、心の奥で何かが煮えくる。
そんなざわめきを隠すように、アリスの手を握り返した。
「一人もんだが、これでも顔は広い。お前を受け入れてくれそうな集落を紹介してやる」
「……パッカーは?」
「……オレは無理だ。一人で責任を負うには、お前は荷が重すぎる。オレは浮遊者だ。生活を保証できる立場にはない」
その言葉に、彼女は息を詰まらせた。手に込められる力はさらに強くなる。
肩の震えが大きくなったため。しかし、彼女は泣き出さない。
覚悟を決めたように、大きく息を吐いた。
どこか覚悟を決めたように、重い口を開く。
「……分かった。パッカーが信用してるところなら、信用する」
「ハハ、今日あったばかりの男を信用するのかよ?」
「……ふふ、本当にね。でも、“パッカーが命を懸けて私を守ってくれた事実”は変わらないから」
真正面からそう言われて、気恥ずかしくなって頬を掻く。感謝されるのも悪くないなと思う瞬間であった。
「その前に一つ聞かせてくれ?」
「……なに?」
パッカーの脳裏によぎるのは、先ほどの練度の高い兵士たちだ。並大抵の人間相手なら、何もできないまま殺されていただろう。
暗くてよく見えなかったが、あれは廃墟で転がっていた死体の装備を着ていたように見えた。都市型迷彩で固めている方だ。
パッカーの脳内で装備と兵士の練度を合わせると、彼らは現国家の軍隊並の戦力になる。
「アリスは何者だ?」
その言葉を真正面から受けたアリスは、震えを止めた。手を離して、自分の胸に手を当てるような動作を取る。
佇まいが変わったような気がした。それは気高くも気品があふれている。
「私は──この世界を崩壊させた人間の娘」
重く、淡々と、告げる。




