第二話
アリスは消え入りそうな顔で震えている。しかし、なぜ追われているのかは、彼女の様子からして知っていそうだった。
親指の爪を噛む仕草は、何かを思い出して焦っている証拠だろう。
こんな時代だ。追われている人間は、まず碌な過去を持っていない。若い女の子なら尚更だ。
第一に人身売買された。
第二にどこの誰かを怒らせた。
第三に彼女自身が何かを知ってしまった。
頭の中であらゆる可能性を考えたが、すべて否定した。
鼻につくのは硝煙と血のベッタリとした臭い。まだ乾ききっていない生臭さは、追先ほどまでここで争ったあとだという証明だ。
ここで銃撃戦があったのと、彼女が追われていた理由は結びつくと考えて良いだろう。
つまり彼女の存在を巡って二つの勢力が争っているということだ。
余計なことに巻き込まれたなと、肩を落とす。
こうなるならば、少し損をしてでもいいから、他の連中と足並み揃えて物漁りに出ればよかった。
震えるようなアリスの息遣いが聞こえてくる。縮こまる少女は、無力なものそのものだ。
見える白い太ももは、人間味のある温かさを訴えていた。
視線を吸われたこと自分が嫌になり、頭をかく。
深く息を整えた。
騒動が彼女中心ならば、追手は必ず彼女を知る方法を持っているはずだ。そして、最も考えられるのは──
気が進まない。心の奥底で拒否感が出るが、“彼女が”生き残るためには仕方ない。無視して置いていく選択肢も多少考えたが、関わってしまった以上は最後まで付き合う。
一度気になってしまったら、ずっと考え込んでしまう性格だからだ。
「アリス、服を脱げ」
「……え?」
彼女は目を見開いた。目が揺れて、呼吸が一拍ほど止まる。
怯える体はさらに震えていたが、やがて覚悟したかのようにコクリと頷く。
頬が羞恥を堪えるように、真っ赤に染まっていた。
青色のコートを脱ぐ。白い肩は健康そうに赤みがかっていた。
続けてタンクトップに手をかけようとしたところで、パッカーは慌てて止める。
「言い方が悪かった。上着のコートだけ脱いでくれれば充分だ」
タンクトップの裾まわりに手をかけて、脱ぎかけていた手が止まる。健康そうに引き締まった腰に可愛らしいへそが見えて、慌てて視線を外した。
「その、コートを渡してくれ」
「……わかった」
少し怯えた眼差しをしているアリス。彼女は震えた手でコートを差し出してくる。
今彼女が頼れるのはパッカーだけだからか、従うことにしたようだ。
受け取った手には、先ほどまで彼女が着ていた温もりが伝わってくる。あまり意識しないように、詳しく調べ始めた。
「何をしてるの?」
彼女は不思議そうにこちらを見ている。その視線に晒されながらも、パッカーは作業の手を止めない。
フードについてるファーの部分に手を入れた。指先に掠めたのは、布とは違う冷たい固さ。
取り出すと、それは小指ほどの黒い機械だ。
「……それはなに?」
不思議そうにアリスが見つめてくる。一方のパッカーはやっぱりと肩を落とした。この予感だけは的中してほしくなかったのだ。
「発信機だな」
「……発信機?」
「誰がどう仕掛けたのかはしらんが、少なくとも追手はこれの情報を辿って追ってるらしいぞ」
彼女の目が見開かれる。自分の肩を抱くように手を回した。
浅い彼女の呼吸が、恐怖を我慢しているのを伝えてくる。なのに瞳の瞳孔の開きは落ち着いている。
そのことが、彼女が普通の女の子ではないこと示していた。
発信機を地面に落として踏みつぶす。金属片が砕けて、足裏にわずかな抵抗が生まれる。
不快なノイズ音とともに、何かが途切れるような音が聞こえた。
「あの、これで大丈夫?」
彼女が恐る恐る聞く。瞳の揺れは少し収まり、こちらのことを少し信用し始めている光が見えた。
そのことをわざと見ないようにして、パッカーはアリスへと上着を返す。
「……どうだろうな? まだどこかに仕掛けられているかもしれん」
「そっか……」
彼女の吐息が悲しみに溢れているのが分かった。
正直な話、服は今すぐにでも取り替えたほうがいい。下着のどこかまで取り付けられている可能性だってある。
どころか、それで済めば御の字だ。
最悪、彼女の体内に仕掛けられている可能性だってある。
──そこまでするのは、相当頭がイッてる組織だけどな。
そうなってしまえば、パッカーの手に余る。近くの集落も彼女を引き取ってもらえないだろう。
そのことを知ってるのか知らないのか、アリスの青色のコートを抱える手は強く握られていた。微かな震えは、彼女の緊張を伝えてくるようだった。
「仕方ねぇ、新しい服を探すか」
「……え?」
「近くにショッピングセンターがある。探せば一枚くらいあんだろ? 最悪、死体からはぎ取る」
その言葉を聞いて、彼女の身が少し引いた。死体の着ていたものを着るのは、抵抗があるらしい。
そのことが、彼女はこの世界に慣れていない。つまり、どこかに丁重に匿われていたことを示している。しかし、彼女はそこかしこに倒れている死体には全然ビビってはいなかった。
そのチグハグ感が、彼女の境遇のおかしさを表していた。
パッカーは拳銃を取り出して、遊底を引いた。金属の音が鳴り、薬室に薬莢が送り込まれる。
何ごともなければいいが。
自分の心からの願いは、きっと叶わないだろう。こういうときのパッカーの嫌予感はいつも当たるのだ。




