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第9話「スイーツの奇跡」

 王宮の茶会まであと三日となった火曜日の朝、凛は緊張と興奮の入り混じった気持ちでケーキの最終試作に取り組んでいた。


「リンさん、もう十分完璧だと思うんですが……」


 メルが心配そうに声をかけた。この三日間、凛は毎晩遅くまで試作を繰り返していたのだ。


「でも、王宮で出すものだから、絶対に失敗できないの」


 凛は手を止めずに答えた。時間差で味が変化するケーキの魔法を完璧にコントロールするため、魔力の配分を細かく調整していた。


「ヘンリー様も『完成度は十分』っておっしゃってましたよ」


「そうは言っても……」


 そのとき、店の扉が開いて意外な人物が入ってきた。レオナだった。しかも、いつものエプロンドレス姿ではなく、上質な水色のドレスを着ている。


「おはようございます。お忙しそうですね」


「レオナさん? 今日はお美しい格好で……」


「実は、お話があって参りました」


 レオナの表情は少し緊張している様子だった。


「王宮の茶会のことです」


 凛は驚いた。なぜレオナが王宮の茶会のことを知っているのだろう。


「もしかして、レオナさんも……」


「はい。私も王宮から正式にお菓子の注文をいただきました」


 レオナは少し複雑な表情を見せた。


「筆頭文官殿から、『この王国を代表する菓子職人二人に依頼したい』とのお話がありまして」


 つまり、今回の茶会では凛とレオナの両方がケーキを提供することになっていたのだ。


「それで、ご相談があります」


 レオナは席に着いた。


「お互いに競争するより、協力し合った方がよい結果になると思うのです」


「協力?」


「はい。私の伝統的な技術と、リンさんの革新的な技術を組み合わせたら、きっと素晴らしいものができると思うんです」


 レオナの提案に、凛は興味を抱いた。確かに、一人で全てを背負うより、信頼できる同業者と協力する方が安心だ。


「具体的には、どのような協力をお考えですか?」


「たとえば、私が基本のケーキやクッキーを作り、リンさんがその特別な『技術』を加える、という分担はいかがでしょう」


 レオナの提案は理にかなっていた。彼女の優れた基礎技術に、凛の魔法を組み合わせれば、確実に最高品質のお菓子ができる。


「でも、レシピの秘密とか……」


「お互い様です」


 レオナが微笑んだ。


「私もリンさんの特別な技術の秘密は聞きませんから、私の技術についても詳しく説明はしません。でも、最終的な仕上がりのために必要な協力はしましょう」


 この申し出は魅力的だった。しかも、レオナは凛の「特別な技術」について、深く詮索しようとしない。


「わかりました。ぜひ協力させてください」


「ありがとうございます!」


 レオナの顔が明るくなった。


「それでは、早速相談しましょう。今回の茶会のテーマや、お客様の好みなどについて、筆頭文官殿からなにかお聞きになっていますか?」


 凛はヘンリーから聞いた情報を整理して話した。


「外国の使節の方々をもてなす茶会で、この王国の特色を表現したいとのことでした」


「外国の使節……どちらの国の方でしょうね?」


「詳しくは聞いていませんが、『この王国でしか味わえない特別な体験』を提供してほしいと言われました」


 レオナは考え込んだ。


「それなら、リンさんの時間差で味が変化するケーキが最適ですね。あれは確実に他では体験できません」


「でも、一人で大量に作るのは体力的に厳しくて……」


「だからこそ協力するんです」


 レオナが立ち上がった。


「私が基本となるケーキを複数種類作り、それぞれにリンさんが特別な技術を施す。そうすれば効率的です」


 二人は具体的な計画を立て始めた。メインとなる大きなケーキを一つ、それに加えて個人用の小さなケーキを人数分。さらに、見た目と味が違うクッキーも数種類。


「これだけあれば、お客様にも十分楽しんでいただけるでしょう」


「でも、本当に大丈夫でしょうか? 私の技術、まだ完璧ではないので……」


「大丈夫です」


 レオナが力強く言った。


「リンさんの技術は確実に本物です。自信を持ってください」


 その日の午後、二人は本格的に協力作業を始めた。レオナがCafe Lunaの厨房で基本となるケーキを作り、凛がそれに魔法をかける。


「レオナさんの技術、本当にすごいですね」


 凛は感嘆した。レオナが作るケーキの生地は、自分が作るものより遥かに繊細で美しい。


「リンさんも十分お上手ですよ。でも、私は十年間毎日作り続けていますからね」


 レオナは手を動かしながら答えた。


「基本技術は経験の積み重ねです。でも、リンさんの特別な技術は、経験だけでは身につかない才能ですから」


 二人の協力は順調に進んだ。レオナの作る基本のケーキに、凛が慎重に魔法をかけていく。今度は体に負担をかけすぎないよう、魔力の配分を細かく調整した。


「この生地、本当に扱いやすいです」


 凛は驚いた。レオナの作った生地は、魔法をかけるときの反応が非常に良い。まるで魔法を受け入れやすいように作られているかのようだった。


「それは……実は、少し秘密があります」


 レオナが照れくさそうに言った。


「生地を作るときに、特別な祈りを込めているんです。『この生地が最高のお菓子になりますように』って」


「祈り?」


「はい。迷信かもしれませんが、心を込めて作ったお菓子の方が美味しくなると信じています」


 凛は驚いた。それは魔法ではないが、ある意味で魔法に近い考え方だった。レオナの「祈り」が、凛の味覚魔法を増幅させているのかもしれない。


「その祈り、とても素敵です」


「リンさんもきっと同じような気持ちで作っていらっしゃるでしょう?」


「はい。お客様に喜んでもらいたいという気持ちを、いつも込めています」


 二人は互いの創作に対する姿勢を理解し合った。技術は違っても、根本的な思いは同じなのだ。


 夕方になって、ついに全てのお菓子が出来上がった。どれも完璧な仕上がりだった。


「完成ですね」


「試食してみましょう」


 メルも加わって、三人で最終確認をした。


 メインケーキは、最初にバニラの味、次にチョコレート、最後にフルーツの味に変化する三段構成。個人用ケーキは、それぞれ異なる味の変化パターン。クッキーは見た目と味が全く違う驚きの仕掛け。


「完璧です!」


 メルが興奮して言った。


「これなら、外国の方々にも必ず驚いてもらえます」


「本当にそう思いますか?」


 凛はまだ不安だった。


「大丈夫よ」


 レオナが励ました。


「私たちの技術の集大成です。自信を持ちましょう」


 翌日、ついに茶会当日となった。


 朝早くから、ヘンリーの手配した馬車がCafe Lunaの前に到着した。


「準備はできているか?」


 ヘンリーが確認した。


「はい。レオナさんと協力して、最高のお菓子を作りました」


「それは心強い」


 ヘンリーは満足そうに頷いた。


「レオナ嬢の技術は王宮でも高く評価されている。二人の協力なら、完璧な結果が期待できる」


 王宮に到着すると、その豪華さに凛は圧倒された。大理石の柱が立ち並ぶ広間、美しいシャンデリア、絹のカーテン……全てが現代の宮殿以上に豪華だった。


「茶会はこちらの部屋で行われます」


 案内されたのは、窓から美しい庭園が見える明るい部屋だった。既にテーブルセッティングも完了している。


「お客様は何名ぐらいでしょうか?」


「今日は八名だ。隣国エルドラン王国の使節団と、我が国の外務担当者たち」


 ヘンリーが説明した。


「エルドラン王国は我が国と長年友好関係にあるが、最近は貿易協定の更新について協議している。今日の茶会は、その非公式な懇談の場でもある」


 つまり、単なるもてなしではなく、外交的にも重要な意味があるということだった。プレッシャーが増した。


「大丈夫だ」


 ヘンリーが凛の緊張を察して言った。


「君たちのお菓子なら、必ずうまくいく」


 準備が整った頃、客人たちが到着した。


 エルドラン王国の使節団は、団長のアルベルト卿を筆頭に四名。みんな上品で教養がありそうな中年男性たちだった。


「本日は素晴らしいおもてなしをありがとうございます」


 アルベルト卿が丁寧に挨拶した。


「こちらこそ、お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます」


 ヘンリーが応対した。


「本日は、我が国自慢の菓子職人が特別にお菓子を用意いたしました」


 いよいよお菓子の登場だった。


 まず、メインの大きなケーキが運ばれた。レオナの技術で美しく装飾されたケーキを見て、客人たちは感嘆の声を上げた。


「見事な仕上がりですね」


「この装飾の技術は素晴らしい」


 レオナの技術に対する評価は上々だった。


 そして、いよいよ実食の時間。


「それでは、ご一緒に」


 ヘンリーの合図で、全員が同時にケーキを一口食べた。


 最初は普通のバニラケーキの味。客人たちは「美味しい」という程度の反応だった。


 しかし、五秒後──


「あれ? 今度はチョコレートの味が……」


 アルベルト卿が驚いた。


「私も同じです。最初はバニラだったのに」


 他の客人たちも困惑している。


 そして最後にフルーツの味が現れたとき、部屋全体がざわめいた。


「信じられない……一つのケーキで三種類の味が楽しめるなんて」


「どういう技術なのでしょう?」


「我が国にも優秀な菓子職人がいますが、こんなお菓子は見たことがありません」


 客人たちの反応は、期待以上だった。


 次に個人用ケーキとクッキーも提供されたが、それぞれ異なる味の変化パターンや、見た目と味のギャップに、全員が驚きを隠せずにいた。


「本当に素晴らしい」


 アルベルト卿がヘンリーに向かって言った。


「この技術は、まさにこの王国だけのものですね」


「ええ。我が国の誇る職人たちの技術です」


 ヘンリーは誇らしげに答えた。


「このようなお菓子を味わえるとは思いませんでした」


 別の使節が感嘆した。


「我が国の王にも、ぜひ体験していただきたい」


「それは光栄です」


 ヘンリーが答えた。


「機会があれば、ぜひご紹介させていただきます」


 茶会は予想以上の成功だった。客人たちは最後まで興奮しており、「また機会があれば、ぜひこのお菓子を味わいたい」と口々に言った。


「今日の体験は、必ず我が国にも伝えます」


 アルベルト卿が最後に言った。


「このような素晴らしい文化を持つ王国との友好関係を、さらに深めていきたいと思います」


 茶会が終わった後、ヘンリーが凛とレオナを呼んだ。


「素晴らしい仕事だった。完璧だった」


「本当ですか?」


「ああ。エルドラン王国の使節たちは、心の底から感動していた。これで貿易協定の更新も、きっと順調に進むだろう」


 ヘンリーの言葉に、二人は安堵した。


「それに……」


 ヘンリーが意味深に微笑んだ。


「今日の茶会のことは、きっと王都中の話題になる。君たちの店の名声は、さらに高まるだろう」


 確かに、王宮での成功は最高の宣伝になる。


「でも、一番嬉しいのは」


 ヘンリーが凛を見つめた。


「君の技術が正式に認められたことだ。もうだれも君の能力を疑う者はいないだろう」


 凛は胸が熱くなった。ヘンリーの信頼と期待に応えることができたのだ。


 王宮からの帰り道、レオナが嬉しそうに言った。


「本当によい経験でした。協力して正解でしたね」


「私も勉強になりました。レオナさんの技術、本当にすごくて」


「リンさんの特別な技術も本当に素晴らしい。また機会があれば、一緒にお菓子を作りましょう」


 二人の友情は、この成功体験を通してさらに深まった。


 その夜、Cafe Lunaに戻った凛は、メルに詳しく報告した。


「本当に成功したんですね!」


「レオナさんのおかげよ。一人だったら、きっとうまくいかなかった」


「でも、リンさんの特別な技術がなければ、あの驚きは作れませんでした」


 確かに、二人の技術が合わさったからこそ、最高の結果が得られたのだ。


 翌日から、予想通りCafe Lunaには多くの客が押し寄せた。王宮でのことが王都中の話題になり、「筆頭文官殿も認めた奇跡のスイーツ」として有名になったのだ。


 でも凛は浮かれていなかった。この成功は、レオナとの協力、ヘンリーの信頼、そしてメルの支援があったからこそ得られたものだ。


 一人の力では限界がある。でも、信頼できる仲間がいれば、きっとどんな困難も乗り越えられる。


 その夜、凛は満足した気持ちでベッドに入った。明日からもきっと新しい挑戦が待っているが、もう怖くない。


大切な仲間たちがいるから。


<第9話終了>

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