第37話「世界の融合」
虹色の光の輪が王都上空に現れてから三日後、世界各地で異常な現象が報告され始めた。
「リンさん、大変です!」
メルが慌てて駆け込んできた。
「王都の東側に、海が現れています!」
「海が?」
凛は困惑した。王都は内陸にあり、最も近い海岸でも数日の距離がある。
「本当に海なんです。それも、海界と同じような美しいサンゴ礁が広がっていて……」
急いで東側に向かうと、確かにそこには広大な海が広がっていた。
しかも、海の中には人魚たちが泳いでいる。
「マリーナさん?」
凛が驚いて呼びかけると、海界の代表が水面に顔を出した。
「凛さん! 実は、海界の一部が突然こちらに移動してしまったのです」
「移動?」
「はい。昨夜、突然海界の東部地域が光に包まれて、気がついたらここにいました」
さらに驚くべきことに、王都の西側には巨大な森が出現していた。
「これは森界の『勇気の森』ですね」
案内してくれたシルフィアが説明した。
「私たちの世界の一部も、なぜかこちらに転移してしまったのです」
「住民の皆さんは大丈夫ですか?」
「はい。幸い、だれも怪我はしていません」
「でも、皆困惑しています」
北側では地底界の鉱山都市が地表に現れ、南側では天界の雲の城が低空に浮かんでいた。
「これは一体……」
セレスティアが古代文書を調べた結果、驚愕の事実が判明した。
「『世界融合現象』です」
「世界融合?」
「五つの世界の境界線が消失し、徐々に一つの世界に統合される現象です」
「古代の予言にありました」
「『真の継承者が四つの世界を救いし時、五つの世界は一つとなりて、新たなる調和を生み出すべし』」
凛は理解した。自分たちが各世界の問題を解決したことで、この現象が始まったのだ。
「でも、これはよいことなのですか?」
「理論上はよいことのはずです」
セレスティアが答えた。
「しかし、実際には多くの問題が生じる可能性があります」
その問題は、すぐに現実となった。
「凛さん、大変なことが起きています!」
アリエルが慌てて報告に来た。
「天界の住民の中に、地上の重力に耐えられない人がいます」
「それに、地底人たちは地上の明るい光に目を痛めています」
「海界の人魚たちも、陸上では呼吸が困難な状況です」
各世界の住民が、異なる環境に適応できずに苦しんでいるのだ。
「急いで対策を考えましょう」
王宮で緊急会議が開かれた。
「現在、四つの世界の一部が地上界に転移していますが、環境の違いにより住民たちが困窮しています」
ヘンリーが状況を整理した。
「このままでは、統合どころか大きな混乱を招いてしまいます」
「なにか解決策はありませんか?」
国王陛下が尋ねた。
「一つだけあります」
凛が決意を込めて答えた。
「『調和の儀式』を行うのです」
「調和の儀式?」
「各世界の特性を保ちながら、共存できる新しい環境を作り出す儀式です」
「ただし……」
凛が言いよどんだ。
「この儀式は、五つの世界の全ての魔法力を一つに集約する必要があります」
「つまり、私たち各世界の代表が、自分の魔法力の大部分を犠牲にしなければならないかもしれません」
沈黙が会議室を支配した。
「それは……命に関わるということですか?」
「可能性はあります」
凛が正直に答えた。
「でも、これ以外に方法はありません」
そのとき、アリエルが立ち上がった。
「私は賛成します」
「アリエル……」
「天界の住民を救うためなら、私の魔法力など惜しくありません」
グランドールも同意した。
「地底界のためにも、やらせてもらう」
マリーナとシルフィアも頷いた。
「私たちも覚悟はできています」
「みんな……」
凛は深く感動した。
「わかりました。みんなでやりましょう」
翌日、準備が始まった。
調和の儀式は、これまで行ったどの儀式よりも複雑で危険なものだった。
「五つの世界の中央点で行う必要があります」
セレスティアが計算した結果、それは王都の中央広場だった。
「ここが最も安定した魔法的均衡点です」
特別な魔法陣の設営には、各世界の住民が協力した。
天界の住民は空中に光の文様を描き、地底人たちは地面に鉱石の魔法陣を刻んだ。
海界の人魚は水の流れで魔法円を作り、森界の精霊は植物で自然の魔法陣を形成した。
「美しい……」
五つの世界の魔法陣が重なり合って、虹色に輝く巨大な魔法陣が完成した。
「これまで見たことのない美しさです」
レオナも感動していた。
「でも、危険ではないのですか?」
「危険です」
凛が正直に答えた。
「でも、やらなければもっと多くの人が苦しむことになります」
儀式の前夜、各世界の代表たちは静かに語り合った。
「もし私たちが魔法力を失っても、後悔はありません」
アリエルが穏やかに言った。
「これまでの旅で、魔法力以上に大切なものを学べましたから」
「そうだな」
グランドールが頷いた。
「仲間の絆こそが、最も強い力だということを」
「私たちが作った友情は、魔法力を失っても消えません」
マリーナも微笑んだ。
「それに、各世界の住民同士の理解も深まりました」
シルフィアが続けた。
「これこそが、真の平和の基盤ですね」
儀式当日、王都中央広場には五つの世界の住民が集まった。
「皆さん、ありがとうございます」
凛が挨拶した。
「今日、私たちは歴史を変えます」
「五つの世界が一つになり、真の調和を実現するのです」
住民たちから大きな拍手が沸き起こった。
「では、始めましょう」
五人の代表が魔法陣の中央に立った。
凛は地上界の「癒しの力」を、アリエルは天界の「希望の力」を、グランドールは地底界の「勇気の力」を、マリーナは海界の「慈愛の力」を、シルフィアは森界の「調和の力」を発動した。
五つの力が合わさると、魔法陣から巨大な光の柱が立ち上った。
光は空高く伸び、やがて王都全体を包み込んだ。
しかし、その瞬間、想像を絶する魔力の消耗が五人を襲った。
「うああああ!」
凛は今まで経験したことのない激痛に襲われた。
自分の魔法力が急激に失われていくのを感じる。
「みんな! 大丈夫?」
他の四人も同様に苦しんでいたが、誰も儀式を止めようとしなかった。
「最後まで……やり遂げましょう」
アリエルが苦痛に顔を歪めながら言った。
光の柱はさらに大きくなり、ついに五つの世界全体を包み込んだ。
その瞬間、奇跡が起こった。
各世界の環境が徐々に変化し、すべての住民が快適に過ごせる新しい環境が生まれたのだ。
天界の雲の城では、地上の重力が軽減され、天使たちが楽に移動できるようになった。
地底界の鉱山都市では、適度な暗さが保たれ、地底人たちの目が保護された。
海界の海では、特別な魔法により、陸上の住民も自由に呼吸できるようになった。
森界の森では、全ての生物が調和して暮らせる環境が整った。
そして地上界では、四つの世界の良い部分が融合した、これまで以上に豊かな環境が生まれた。
「成功した……」
儀式を終えた凛は、安堵と共に倒れそうになった。
魔法力の大部分を失い、立っているのがやっとだった。
他の四人も同様の状態だったが、皆満足そうな表情をしていた。
「やりましたね」
アリエルが微笑んだ。
「これで、みんなが幸せに暮らせます」
広場では、五つの世界の住民が歓声を上げていた。
「素晴らしい!」
「こんなに美しい世界になるなんて!」
「みんなが一緒に住めるなんて夢みたい!」
天使が地底人と握手をし、人魚が森の精霊と歌を歌い、地上の人々が皆を温かく迎えている。
「本当の調和が実現しました」
セレスティアが感動していた。
「五つの世界が一つになって、それでいて各世界の特色も保たれています」
しかし、凛には一つ心配なことがあった。
「私たちの魔法力が大幅に減ってしまいました」
「これから、どうやって人々を助けていけばいいのでしょう?」
その疑問に答えたのは、意外にもレオナだった。
「凛さん、見てください」
レオナが指差す先では、心の調和学院の生徒たちが各世界の住民と交流していた。
「私は地底界の料理を教えてもらいました」
「僕は天界の歌を覚えたよ」
「人魚さんから、海の泳ぎ方を習ったの」
「森の精霊さんに、植物の育て方を教わったよ」
「そうか……」
凛は理解した。
「もう私たち五人だけが特別である必要はないのですね」
「その通りです」
突然、空から懐かしい声が響いた。
現れたのは、古代の巫女リンナの霊だった。
「リンナさん!」
「よく頑張りましたね、凛」
リンナが優しく微笑んだ。
「あなたの使命は完了しました」
「使命が完了?」
「はい。真の調和とは、一人の力で実現するものではありません」
「多くの人が協力し、お互いを理解し合うことで生まれるものです」
「あなたはその種を蒔き、大きく育てました」
リンナが五人を見回した。
「あなたたちの魔法力は確かに減りましたが、代わりに素晴らしいものを得ました」
「それは?」
「真の友情、相互理解、そして世界平和です」
「これらは、どんな魔法よりも強力で、永続的な力なのです」
リンナの姿が徐々に薄くなっていく。
「私の役目も、これで終わりです」
「後は、あなたたちが新しい世界を築いていってください」
「リンナさん、ありがとうございました」
凛が深く頭を下げた。
「おかげで、本当の幸せを見つけることができました」
光の中に消えていくリンナが、最後に微笑んで手を振った。
その夜、新しく統合された世界で最初の祝祭が開かれた。
「乾杯!」
「新しい世界に乾杯!」
五つの世界の住民が一緒になって、盛大なお祝いをしている。
凛は仲間たちと共に、その光景を静かに見つめていた。
「魔法力は減ったけれど、心は軽やかですね」
アリエルが言った。
「そうだな。重い責任から解放された気分だ」
グランドールも同意した。
「これからは、普通の住民として、みんなと一緒に暮らしていけるのですね」
マリーナが嬉しそうに言った。
「でも、私たちの絆は永遠です」
シルフィアが皆を見回した。
「どんなことがあっても、この友情は変わりません」
「はい」
凛が微笑んだ。
「私たちは家族になったのですから」
新しい世界の夜空には、五色の星が美しく輝いていた。
それは、五つの世界が一つになった証だった。
長い旅路の終わりは、新しい人生の始まりでもあった。
真の平和を実現した凛たちの前には、穏やかで幸せな日々が待っていた。
<第37話終了>




