表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/73

第36話「森界の恐怖と勇気」

 海界から帰国して三日後、凛たちは最後の目的地である森界への出発準備を整えていた。


「森界への入り口は、王国西部の古い森の奥にあります」


 森界の使者シルフィアが説明した。


「しかし、現在その森は恐れのエネルギーに包まれており、近づくだけでも危険な状態です」


 今回の多世界協力チームは、これまでで最大規模になっていた。


 凛、ヘンリー、レオナ、セレスティア、天界のアリエル、地底界のグランドール、海界のマリーナ、そして森界のシルフィア。


「ついに全ての世界の代表が揃いましたね」


 アリエルが感慨深げに言った。


「これほど多くの世界が協力するのは、歴史上初めてのことです」


「でも、森界は他の世界以上に困難かもしれません」


 シルフィアが心配そうに続けた。


「恐れの感情は、他の感情よりも伝染しやすく、制御が困難なのです」


 西部の森に向かう道中、その異常さは明らかだった。


「動物たちがいませんね」


 レオナが気づいた。


 普段なら鳥のさえずりや小動物の姿が見られるはずなのに、森は不自然なほど静まり返っている。


「恐れのエネルギーを察知して、皆逃げてしまったのでしょう」


 グランドールが低い声で言った。


「地底界でも、ときどきこのような現象が起こります」


 森の入り口に近づくにつれて、一行にも恐怖感が襲い始めた。


「なんだか、急に不安になってきました」


 マリーナが震え声で言った。


「まるで、なにか恐ろしいものに見つめられているような……」


「これが恐れのエネルギーの影響ですね」


 セレスティアが魔法で周囲を調査した。


「空気中に恐怖の魔力が充満しています」


「皆さん、しっかりと手を繋いでください」


 凛が指示した。


「恐れに一人で立ち向かってはいけません」


 手を繋いだ一行が森の奥に進むと、ついに森界への入り口が見えてきた。


 それは巨大な古木の幹に開いた穴で、中から緑がかった光が漏れている。


 しかし、その入り口の周りには、見えない壁のような恐怖のオーラが立ちはだかっていた。


「ここから先は、私一人で案内します」


 シルフィアが申し出た。


「森界の住人以外には、この恐れのエネルギーは強すぎるかもしれません」


「いえ、みんなで行きます」


 凛が決然と答えた。


「これまでの経験で学んだことがあります」


「恐れは、一人で向き合うものではありません」


「仲間と一緒なら、どんな恐怖も乗り越えられるはずです」


 一行は手を繋いだまま、恐怖の壁を突破した。


 古木の穴をくぐると、そこには幻想的な森の世界が広がっていた。


 巨大な木々が空を覆い、光る苔や花が美しく光っている。


 しかし、その美しさとは対照的に、住人たちの様子は深刻だった。


「あ、あの……」


 出迎えてくれた森の精霊たちは、皆怯えたような表情をしている。


「どこから来た方ですか……?」


「もしかして、恐ろしい化け物ではありませんか?」


「私たちになにか悪いことをするのですか?」


 質問も全て不安や恐怖に満ちていた。


「大丈夫です」


 凛が優しく微笑んだ。


「私たちは皆さんを助けに来ました」


 しかし、その言葉さえも森の住人たちには恐怖の種となった。


「助けるって……なにか恐ろしいことをされるのでしょうか?」


「きっと騙されるに違いありません」


「信用したら、後で酷い目に遭わされるかも……」


 案内してくれた長老のオークハートも、常に周囲を警戒していた。


「申し訳ございません」


「我々は長い間、恐れと共に生きてきました」


「そのため、全てのことを最悪の可能性で考えてしまうのです」


 村を案内してもらうと、森界の状況の深刻さが分かった。


「外に出るのが怖いです……」


 家の中に籠もったまま出てこない住人が大勢いる。


「新しいことを始めるのが怖くて……」


「失敗したらどうしよう」


「みんなに笑われたらどうしよう」


 学校でも、子供たちが萎縮している。


「発表するのが怖いです」


「間違えたら恥ずかしいもん」


「先生に怒られるかもしれない」


 最も深刻だったのは、森界の中央にある「勇気の神殿」だった。


「ここは本来、勇気と冒険の精神を育む場所でした」


 オークハートが説明した。


「しかし今では、恐怖の記憶ばかりが蓄積されています」


 神殿の中は、様々な恐怖のエネルギーで満ちていた。


「失敗への恐れ……」


「拒絶される恐れ……」


「孤独になる恐れ……」


「死への恐れ……」


 無数の恐怖が、まるで黒い霧のように神殿を漂っている。


「これは……」


 凛は身震いした。これほど濃縮された恐怖のエネルギーは、想像を絶するものだった。


「もしかして……」


 セレスティアが重要なことに気づいた。


「これらの恐怖は、他の世界の感情問題とも関連しているのではないでしょうか?」


「どういうことですか?」


「天界の感情抑圧も『感情を出すことへの恐れ』が根底にありました」


「地底界の怒りの爆発も『傷つくことへの恐れ』から我慢していたからです」


「海界の深い悲しみも『立ち直れないことへの恐れ』が関係していました」


 凛は理解した。


「つまり、恐れこそが全ての感情問題の根源だったということですね」


「そうです。だからこそ、森界の問題を解決することが、真の多世界平和への鍵となるのです」


 翌日、最後の儀式の準備が始まった。


「『恐怖の森』の浄化の儀式です」


 オークハートが古い樹皮の書物を取り出した。


「この儀式は、最も危険で困難なものとされています」


「恐怖のエネルギーは、他の感情よりも深く魂に刻まれるからです」


 しかし、今回は違った。


「でも、私たちには四つの世界の力があります」


 アリエルが希望に満ちた声で言った。


「きっと大丈夫です」


 森界の特別な食材集めも、みんなで協力して行った。


「これは『勇気の実』です」


 シルフィアが黄金に光る果実を見せた。


「食べると、心に勇気が湧いてくる特別な果実です」


「こちらは『安心の葉』」


 深い緑色の葉っぱだった。


「煎じて飲むと、不安な心を落ち着かせてくれます」


「そして、これが『希望の樹液』」


 透明に光る樹液を容器に集めた。


「絶望の淵にいる人に、新しい希望を与える力があります」


 レオナも森界の材料を熱心に研究していた。


「この『森のバター』は面白いですね」


 木の実から作られたバターは、深い緑色をしている。


「普通のバターとは全く違う、森の香りがします」


「それと、この『花の蜜糖』も珍しい」


 様々な花から集めた蜜を結晶化させた砂糖だった。


「甘さの中に、花それぞれの個性が感じられます」


「その蜜糖は、恐れを和らげる効果があります」


 オークハートが説明した。


「花々の優しさが、心の恐怖を包み込んでくれるのです」


 準備には三日間かかった。森界の食材は非常にデリケートで、恐怖のエネルギーの影響を受けやすかった。


「森の食材は生きているんですね」


 凛が感心した。


「調理している間も、ずっと私たちとコミュニケーションを取ろうとしています」


「森界の調理は、自然との対話なのです」


 シルフィアが嬉しそうに答えた。


「食材の声に耳を傾け、その望みを叶えてあげることが大切です」


 儀式当日、勇気の神殿には森界の住人が恐る恐る集まった。


「本当に大丈夫でしょうか……」


「もし失敗したら、もっと恐ろしいことになるのでは……」


「やっぱり危険すぎるかもしれません……」


 不安と恐怖に満ちた呟きが神殿に響いている。


「大丈夫です」


 凛が皆に向かって言った。


「恐れることは、決して悪いことではありません」


「恐れがあるからこそ、私たちは慎重になり、準備を怠らないのです」


「大切なのは、恐れに支配されるのではなく、恐れと共に前に進むことです」


 凛の言葉に、少しだけ住人たちの表情が和らいだ。


「では、みんなで一緒に儀式を行いましょう」


 今回は、凛一人ではなく、全ての世界の代表が協力することになった。


「天界の希望の力」「地底界の勇気の力」「海界の慈愛の力」「森界の調和の力」、そして「地上界の癒しの力」。


 五つの世界の力を合わせて、最強の「恐怖浄化の料理」を作る。


 凛は勇気の実と安心の葉を使って「恐れを勇気に変えるスープ」を作った。


 アリエルは天界の光る果実で「希望を与えるサラダ」を。


 グランドールは地底界の強い野菜で「勇気を与えるシチュー」を。


 マリーナは海界の特別な海藻で「心を落ち着かせるスープ」を。


 レオナは森の材料で「恐れを優しさに変えるケーキ」を。


 そして、シルフィアは希望の樹液で「新しい希望を与える飲み物」を作った。


 六人が同時に調理を始めると、神殿全体が美しい光に包まれた。


 しかし、その瞬間、森界全体の恐怖のエネルギーが一斉に押し寄せてきた。


「きゃああああ!」


 凄まじい恐怖の波に、一行は押し倒されそうになった。


 ありとあらゆる恐怖が同時に襲いかかってくる。


「でも、私たちは一人じゃない!」


 凛が叫んだ。


「みんな、手を繋いで!」


 六人が手を繋ぐと、それぞれの世界の力が合わさって、恐怖を跳ね返す強大な光となった。


「これが……真の協力の力!」


 光は神殿全体を包み、さらに森界全体に広がっていく。


 恐怖のエネルギーが浄化され、代わりに温かい安心感が森を満たした。


「あれ……?」


 森の住人たちが驚いた。


「恐くない……」


「むしろ、勇気が湧いてきます」


「新しいことにチャレンジしてみたくなりました」


 子供たちも目を輝かせている。


「明日は学校で発表してみる!」


「新しい友達を作りたい!」


「冒険に出かけてみよう!」


 儀式の成功により、森界は劇的に変化した。


 恐れは完全に消えたわけではないが、それが健全な注意深さとなり、無謀な行動を防ぐ知恵となった。


「素晴らしい……」


 オークハート長老が感動していた。


「恐れと勇気は対立するものではなく、バランスを取り合うものだったのですね」


「適度な恐れがあるからこそ、本当の勇気が生まれるのです」


 一週間の滞在で、森界の住人たちは恐れとの正しい付き合い方を学んだ。


「恐れは、私たちを守ってくれる大切な感情なんですね」


「でも、恐れに支配されてはいけない」


「恐れを感じながらも、それでも前に進む。それが本当の勇気なんですね」


 帰国の日、森界の住人全員が見送りに来た。


「ありがとうございました」


「私たちは恐れを恥じることをやめました」


「そして、恐れを乗り越える勇気を学びました」


「今度は、私たちも多世界平和のために協力します」


 シルフィアも一緒に地上界に来ることになった。


「森界の代表として、末永く協力させていただきます」


 王国に戻ると、大きな歓迎を受けた。


「お疲れ様でした!」


「ついに四つの世界すべてを救われたのですね」


 メルや心の調和学院の生徒たちが喜んでくれた。


「これで、真の多世界平和が実現しますね」


 しかし、凛は何か重要なことを忘れているような気がしていた。


 その夜、ヘンリーと二人で語り合った。


「素晴らしい成果だったな」


「はい。でも、これで終わりではないような気がします」


 凛が窓の外を見つめた。


「四つの世界は救えました。でも、真の平和にはもう一つなにかが必要な気がするんです」


 そのとき、空に不思議な光が現れた。


 これまで見たことのない、虹色に輝く巨大な光の輪が王都の上空に浮かんでいる。


「あれは……」


セレスティアが急いでやってきた。


「大変です! 新しい次元の扉が開かれました」


「しかも、これまでとは全く違う種類の光です」


「新しい世界?」


「いえ、これは……」


 セレスティアが古代文書を調べた結果、驚愕の事実が判明した。


「『統合の時』が来たのです」


「統合の時?」


「五つの世界が一つになり、真の調和を実現する時です」


「しかし、この過程では未知の困難が待ち受けているとされています」


 凛は理解した。


 四つの世界の問題を解決したことで、ついに最後の段階が始まったのだ。


 真の多世界平和への最終試練が。


<第36話終了>

<第8章「進化する力」完>

第9章予告:「最終的な大きな危機への対処」

四つの世界の感情問題を解決した凛たちに、最後の試練が待ち受ける。五つの世界の統合という前代未聞の現象が始まり、それに伴って新たな脅威が現れる。世界の境界が曖昧になる中、各世界のバランスが崩れ、存在そのものが危機に瀕する。凛は全ての世界の代表と協力し、真の統合を成し遂げなければならない。しかし、その過程で明かされる古代の最大の秘密とは?世界を救うために、凛が払わなければならない最後の代償とは?壮大なクライマックスが今、始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ