第32話「新たな発見」
闇の魔法使いとの戦いから三ヶ月が経った頃、凛は自分の力に新たな変化を感じ始めていた。
「最近、不思議なことがあるの」
朝の準備をしながら、凛がメルに話した。
「どのような?」
「料理をしていると、食材の『声』が聞こえるような気がするの」
「声?」
メルが首をかしげた。
「うん。『私はこんな風に調理されたい』とか『この人にはこの味付けがいい』とか……」
実際、ここ数週間、凛の料理は以前にも増して完璧になっていた。まるで食材自身が最適な調理法を教えてくれているかのように。
「それは素晴らしいことじゃないですか」
「でも、これまでとは明らかに違うの。まるで……」
そのとき、カフェの扉が開いて、久しぶりにレオナが顔を出した。
「凛さん、お疲れ様です」
「レオナさん! 久しぶりですね」
レオナの表情は少し疲れているように見えた。
「実は、相談があって来ました」
「どのような相談ですか?」
「私のお菓子作りにも、最近変化があるんです」
レオナが困惑した様子で説明した。
「お客様の心の状態に合わせて、自然に最適なお菓子のレシピが頭に浮かぶようになって……」
凛は驚いた。自分と同じような現象が起きている。
「それはいつ頃から?」
「先月の終わり頃からです。ちょうど、あの闇の魔法使いとの戦いがあった後から」
「まさか……」
凛は重要なことに気づいた。
「レオナさんって、私の料理を頻繁に食べていましたよね?」
「はい。研修もありましたし、こちらにもよく来ていたので」
「それです!」
凛が興奮して立ち上がった。
「私の魔法が、あなたに影響を与えているのかもしれません」
「え?」
「詳しく調べてもらいましょう」
二人はセレスティアの研究室を訪れた。
「興味深い現象ですね」
セレスティアがレオナに特別な魔法をかけて調査した。
「確かに、味覚魔法の影響を受けています」
「でも、これは単純な魔法の伝達ではありません」
「どういう意味ですか?」
「レオナさんの中で、独自の『菓子魔法』とでも呼ぶべき力が発達しているのです」
セレスティアが説明した。
「凛さんの魔法をベースに、レオナさん自身の才能と組み合わさって、新しい形の魔法が生まれているのです」
「私にも魔法が?」
レオナが信じられない様子で聞いた。
「はい。特に、人の心の状態を『甘さ』で癒す特殊な能力です」
「これは画期的な発見です」
凛も驚いていた。
「つまり、私の魔法は他の人にも伝達可能だということですか?」
「条件が揃えばそうです」
セレスティアが古い書物を取り出した。
「古代文献に、似たような記述がありました」
「『真の継承者の力は、純粋なる心を持つ者に分け与えられる』」
「『されど、その力は元の形を保たず、受ける者の本質と融合して新たなる力となる』」
つまり、凛の魔法は他の人に完全にコピーされるのではなく、その人の特性と融合して独自の力になるということだった。
「これは重大な発見です」
セレスティアが興奮していた。
「もし意図的にこの現象を起こせるなら、世界中により多くの『心を癒す職人』を生み出せるかもしれません」
一週間後、王宮で緊急会議が開かれた。
「リン、君の報告は実に興味深い」
国王陛下が感心していた。
「この発見により、我が国の平和政策は新たな段階に入れるだろう」
「でも、慎重に進める必要があります」
ヘンリーが注意を促した。
「魔法の力を他人に与えるということは、大きな責任を伴います」
「その通りです」
凛も同意した。
「まずは、レオナさんと一緒に、この力の詳細を研究したいと思います」
翌日から、凛とレオナは共同研究を始めた。
「まず、あなたの菓子魔法の効果を確認してみましょう」
凛の提案で、レオナが特別なケーキを作った。
「心を込めて、お客様の幸せを願いながら作ります」
完成したケーキは、見た目は普通だったが、食べると不思議な効果があった。
「これは……」
試食したメルの表情が、みるみる明るくなった。
「最近の疲れが吹き飛んだような気がします」
「それに、なんだか希望に満ちた気持ちになります」
「素晴らしいです、レオナさん」
凛が感激した。
「私の料理とは違う、独特の癒し効果がありますね」
レオナの菓子魔法は、凛の心を癒す効果とは異なり、人に前向きなエネルギーを与える力があった。
「これなら、落ち込んでいる人や、やる気を失った人の助けになりそうです」
一ヶ月の研究を経て、興味深い事実が判明した。
「凛さんの料理を定期的に食べている人の中で、特別な才能を持つ人に、類似の現象が起きています」
セレスティアが調査結果を報告した。
「料理学院の生徒の中にも、数名該当者がいます」
「本当ですか?」
「はい。ただし、全員が同じ能力ではありません」
一人は「記憶を鮮明にする茶葉の魔法」、別の一人は「体力を回復させるスープの魔法」、さらに別の人は「心配を和らげるパンの魔法」といった具合に、それぞれ異なる特殊能力を発現していた。
「これは……」
凛は興奮と同時に責任の重さも感じていた。
「私の魔法が進化して、他の人にも影響を与え始めている」
「でも、これは危険でもあります」
ヘンリーが心配そうに言った。
「悪意のある人が、この力を悪用する可能性もある」
「その通りです」
凛も真剣に考えていた。
「だからこそ、正しい指導が必要です」
二ヶ月後、凛は「心の調和学院」の設立準備を本格化させた。
「この学院では、単なる料理技術だけでなく、魔法の力を正しく使う心構えも教えます」
設立委員会で凛が説明した。
「入学の条件は、技術的な能力よりも、人格的な資質を重視します」
「具体的には?」
「他者への思いやり、責任感、そして平和への強い願い」
凛が続けた。
「この三つの条件を満たす人だけに、特別な力を授けることにします」
レオナも委員会のメンバーとして参加していた。
「私も、凛さんと一緒に後進の指導をさせていただきます」
「菓子の分野から、心を癒すお菓子作りを教えたいと思います」
学院の設立は、各国からも注目を集めた。
「我が国からも、是非研修生を送らせていただきたい」
ノルディア王国の大使が申し入れた。
「ただし、厳正な選考を通過した者のみに限定していただきたい」
凛は慎重に検討した。
「わかりました。ただし、各国での予備選考を経て、最終的にはこちらで面接をさせていただきます」
三ヶ月後、ついに「王都心の調和学院」が開校した。
第一期生として選ばれたのは、厳しい選考を通過した二十名だった。
「皆さん、ようこそいらっしゃいました」
開校式で凛が挨拶した。
「ここで学ぶのは、単なる技術ではありません」
「人の心に寄り添い、真の幸せをもたらす方法です」
生徒たちの目は、真剣さと希望に輝いていた。
「私たちは、世界平和の一翼を担うのですね」
一人の生徒が感激して言った。
「大きな責任ですが、やりがいがあります」
授業は、理論と実践を組み合わせたものだった。
午前中は「心理学」「栄養学」「食材学」などの座学。
午後は実際の調理実習で、凛やレオナが直接指導した。
「料理をする前に、まず相手のことを深く思ってください」
凛が生徒たちに教えた。
「その人がどんな状況で、なにを必要としているか」
「そして、心から『幸せになってほしい』と願ってください」
レオナも菓子作りの授業で同様の指導をしていた。
「お菓子は特別な食べ物です」
「日常の疲れを忘れさせ、明日への活力を与えることができます」
「その力を正しく使えるよう、心を込めて作りましょう」
開校から一ヶ月後、驚くべきことが起こった。
生徒の一人が、明らかに魔法的な効果のある料理を作ったのだ。
「これは……」
凛が試食すると、確実に心を和らげる魔法がかかっていた。
「素晴らしいです。もう魔法の力が発現し始めています」
しかし、全ての生徒に同じことが起こるわけではなかった。
「魔法の力を得る人と得ない人の違いはなんでしょうか?」
質問した生徒に、凛は正直に答えた。
「魔法の力は、必ずしも必要ではありません」
「心から作った料理には、魔法がなくても十分に人を幸せにする力があります」
「大切なのは、相手を思う気持ちです」
この答えに、生徒たちは深く納得していた。
三ヶ月後、第一期生たちは素晴らしい成果を上げていた。
魔法の力を得た者も、得なかった者も、皆が確実に人の心を癒す料理を作れるようになっていた。
「これなら、世界各地に分校を設立できそうですね」
レオナが満足そうに言った。
「はい。でも、急ぎすぎてはいけません」
凛が慎重に答えた。
「一歩ずつ、確実に進んでいきましょう」
その夜、ヘンリーと二人で学院の屋上から星空を見上げた。
「順調に進んでいるな」
「はい。でも、これはまだ始まりです」
凛が遠くを見つめた。
「いつか、世界中の人が心を通わせ合える日が来ることを願っています」
「きっと来る」
ヘンリーが凛の肩を抱いた。
「君がいれば、不可能なことはない」
凛は微笑んだ。愛する夫、信頼できる仲間、そして志を同じくする生徒たち。
これ以上の宝物はない。
新たな力を得た凛の前には、まだまだ多くの冒険が待っていた。
しかし、もう恐れることはなかった。
多くの人の愛と支えがある限り、どんな困難も乗り越えられるだろう。
明日もまた、新しい一歩を踏み出そう。
世界中の人々の幸せのために。
<第32話終了>




