表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/73

第28話「新たな脅威」

 国際心癒料理研修所の設立準備が本格的に始まってから一ヶ月後、思いもよらない事件が発生した。


「リンさん、大変です!」


 メルが青ざめた顔で駆け込んできた。


「料理を食べたお客様が倒れてしまいました!」


「え?」


 凛は急いで店内に向かった。そこには、常連客の一人である商人のマルコが苦しそうにもがいていた。


「マルコさん、どうされましたか?」


「リン……さん……頭が……激しく痛んで……」


 マルコの顔は異常に青白く、冷汗をかいている。


「すぐに医者を呼んで!」


 凛が指示を出した時、さらに異変が起きた。


「私も……気分が悪い……」


 別の客も同様の症状を訴え始めたのだ。


「一体なにが……」


 混乱する中、ヘンリーが駆けつけた。


「なにがあった?」


「お客様が次々と体調を崩されています」


「症状は?」


「頭痛、吐き気、そして……」


 凛が説明している間にも、さらに数名の客が同じような症状を示し始めた。


「すぐに店を閉めよう」


 ヘンリーが冷静に判断した。


「原因がわからない以上、これ以上の営業は危険だ」


 医者が到着すると、患者たちを詳しく診察した。


「興味深いことに、全員が同じような症状を示しています」


「どのような症状ですか?」


「魔力の過剰摂取による混乱状態です」


 医者の診断に、凛は愕然とした。


「魔力の過剰摂取?」


「はい。通常では考えられないほど強力な魔法の影響を受けています」


「でも、私はいつも通りに料理を作っただけです」


 凛は困惑した。確かに、今日も普段と同じように心を込めて料理を作った。


「リンさん、もしかして……」


 メルが何かに気づいたような表情になった。


「最近、魔法の効果が以前より強くなっていませんか?」


 言われてみれば、確かにそうだった。ノルディア王国から帰ってきてから、料理の魔法効果が格段に向上していた。


「古代の宝珠の影響かもしれません」


 セレスティアが急いでやってきた。


「詳しく状況を聞かせてください」


 事情を説明すると、セレスティアは深刻な表情になった。


「やはり……これは予想していた問題です」


「予想していた?」


「古代の味覚宝珠は、確かに魔法を飛躍的に向上させますが、制御が困難になるという副作用があります」


 セレスティアが古い書物を取り出した。


「特に、強い感情状態にあるときは、魔法が意図せず暴走することがあるのです」


「暴走……」


 凛は自分の状況を振り返った。最近、国際支援の責任感や使命感で、常に緊張状態にあった。


「つまり、私の魔法が強くなりすぎて、お客様に悪影響を与えてしまった?」


「その可能性が高いです」


 そのとき、王宮から緊急の使者がやってきた。


「リン様、至急王宮にお越しください」


「なにがあったのですか?」


「実は……王宮でも似たような症状の人が複数出ています」


 使者が困惑した表情で続けた。


「昨日の晩餐会で、リン様の料理を召し上がった方々が……」


 凛の顔が真っ青になった。王宮の晩餐会は、重要な外交行事だった。


「すぐに参ります」


 王宮に到着すると、緊急の会議が開かれていた。


「リン、状況は深刻だ」


 国王陛下が重々しく話し始めた。


「晩餐会に参加した他国の大使たちが、体調不良を訴えている」


「申し訳ございません」


 凛は深く頭を下げた。


「しかし、これは単純な食中毒ではないようです」


 外務大臣が報告した。


「医師の診断によると、全員が異常に高い魔力の影響を受けています」


「他国からは『魔法による攻撃』ではないかという疑念の声も上がっています」


 凛は震え上がった。自分の意図しない魔法の暴走が、国際問題になってしまった。


「これは一刻も早く解決しなければなりません」


「セレスティア様にご相談を」


 ヘンリーが提案した。


 セレスティアと共に、古代遺跡の研究室で対策を検討した。


「問題の根本は、魔力の制御不足です」


 セレスティアが古代文字の資料を調べながら説明した。


「味覚宝珠の力は段階的に制御する必要がありました」


「段階的に?」


「はい。いきなり全力を使うのではなく、少しずつ慣れていく必要があったのです」


「でも、もう手遅れですよね」


 凛は絶望的な気持ちになった。


「いえ、まだ方法があります」


 セレスティアが希望を示した。


「『魔力調整の儀式』を行えば、宝珠の出力を制御できるはずです」


「儀式?」


「古代の魔法使いたちが、強力な魔法具を制御するために使っていた技術です」


「ただし……」


 セレスティアが言いよどんだ。


「この儀式には大きなリスクが伴います」


「どのようなリスクですか?」


「最悪の場合、魔法の力を完全に失う可能性があります」


 凛は言葉を失った。自分の魔法を失うということは、これまで築き上げてきた全てを失うことを意味した。


「でも、このまま放置すれば、もっと多くの人に危害を加える可能性があります」


 ヘンリーが凛の肩に手を置いた。


「君はどうしたい?」


 凛は深く考えた。自分の魔法を失うリスクと、他人を傷つけ続けるリスク。


「儀式を受けます」


 凛は決意を込めて答えた。


「多くの人を傷つけるくらいなら、私の力なんて……」


「凛……」


 ヘンリーが心配そうに見つめた。


「大丈夫です。もし魔法を失っても、料理への愛は失いません」


 三日後、古代遺跡の特別な部屋で儀式が行われることになった。


「本当に大丈夫なのですか?」


 メルが心配そうに尋ねた。


「大丈夫よ。きっと上手くいくから」


 凛は微笑んで答えたが、内心は不安でいっぱいだった。


 儀式の前夜、ヘンリーと二人で静かに語り合った。


「後悔はないか?」


「ありません。でも……」


 凛が振り返った。


「もし魔法を失ったら、あなたはがっかりしますか?」


「なにを言っているんだ」


 ヘンリーが凛を抱きしめた。


「俺が愛しているのは、魔法使いの君じゃない。凛という人間だ」


「ヘンリーさん……」


「どんなことがあっても、俺たちの絆は変わらない」


 儀式当日、古代遺跡には多くの人が集まった。


「皆様、ありがとうございます」


 凛が挨拶すると、メルが前に出た。


「私たちは、どんなリンさんでも応援します」


「そうです。魔法があってもなくても、リンさんはリンさんです」


 常連客たちも口々に励ましの言葉をかけてくれた。


「それでは、儀式を始めます」


 セレスティアが厳かに宣言した。


 特別な魔法陣の中央に立った凛。味覚宝珠が胸元で激しく光っている。


「『調和の言霊』を唱えてください」


 セレスティアの指導で、凛は古代の呪文を唱え始めた。


 すると、宝珠の光がゆっくりと穏やかになっていく。


「上手くいっています」


 しかし、そのとき、突然強い光が部屋を包んだ。


「きゃあ!」


 眩しい光の中で、凛の姿が見えなくなった。


 数分後、光が収まると、凛は意識を失って倒れていた。


「凛!」


 ヘンリーが駆け寄った。


「大丈夫です。ただ、魔力を調整する過程で疲労しただけです」


 セレスティアが安堵した。


「儀式は成功しました」


 凛が目を覚ますと、胸元の宝珠は以前より穏やかな光を放っていた。


「どうですか? 気分は?」


「……不思議です。とても落ち着いています」


 凛は自分の変化を感じていた。魔法の力は残っているが、制御しやすくなっている。


「試しに、簡単な料理を作ってみましょう」


 セレスティアが提案した。


 凛が作ったスープは、確実に魔法がかかっているが、以前のような過剰さはなかった。


「完璧です」


 セレスティアが満足そうに頷いた。


「これで安全に魔法を使えるでしょう」


 翌日、カフェを再開すると、多くの人が心配して訪れた。


「リンさん、大丈夫でしたか?」


「今度の料理は安全ですか?」


 凛は丁寧に説明し、新しく調整された魔法で料理を提供した。


「美味しいです。そして、とても優しい魔法ですね」


「前より自然な感じがします」


 客たちの反応は上々だった。


 一週間後、王宮からも正式な報告があった。


「他国の大使たちも完全に回復されました」


「今回の件は『制御技術の実験的導入による一時的な副作用』として処理されます」


 国際問題にはならずに済んだが、凛は大きな教訓を得た。


「力には必ず責任が伴うということを、身をもって学びました」


 ヘンリーが頷いた。


「だが、君はその責任を果たした」


「自分のリスクを顧みず、他人の安全を優先した」


「今度こそ、安全に国際研修所を設立できそうです」


 凛は新たな決意を胸に秘めた。


 今回の件で、古代の力の危険性を理解した。これからは、より慎重に、より責任を持って力を使っていこう。


 そして、同じ過ちを繰り返さないよう、他の人たちにも正しい技術を伝えていこう。


 真の平和への道は、まだ始まったばかりだった。


<第28話終了>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ