第27話「国際的使命」
心の料理講座が軌道に乗ってから一ヶ月後、王宮に緊急の使者がやってきた。
「リン様、お忙しい中申し訳ございません」
王宮の外交官が慌てた様子で報告した。
「北方のノルディア王国から、緊急の支援要請が届いております」
「支援要請?」
凛は驚いた。ノルディア王国といえば、厳しい自然環境で知られる北の大国だ。
「実は、ノルディア王国で大規模な自然災害が発生いたしました」
外交官が詳しく説明した。
「火山の噴火により、多くの村が被災し、数千人の避難民が発生しています」
「それは大変なことですね」
「被災者の中には、家族を失ったり、故郷を失ったりした人々が多数おり、深い心の傷を負っています」
外交官が続けた。
「ノルディア王国では、そうした人々の心のケアに困っており、リン様の『心を癒す料理』の技術を求めているのです」
凛は即座に理解した。物理的な支援だけでは、心の傷は癒せない。
「どのような支援を求められているのでしょうか?」
「可能であれば、リン様ご自身に現地に赴いていただき、被災者の方々に直接『心の料理』を提供していただきたいとのことです」
それは大きな決断を要する依頼だった。
「少し考えさせてください」
その夜、凛はヘンリーと相談した。
「ノルディア王国への派遣か……」
ヘンリーが深刻な表情で考え込んだ。
「確かに、君の力が必要とされている」
「でも、危険ではありませんか?」
「火山活動は収まっているが、現地の状況はまだ不安定だ」
ヘンリーが説明した。
「それに、長期間の滞在になる可能性もある」
「でも……」
凛は迷っていた。
「あの人たちを助けたいんです」
「君らしい判断だ」
ヘンリーが微笑んだ。
「俺も一緒に行こう」
「一緒に?」
「君一人を危険な場所に送るわけにはいかない」
ヘンリーが決意を込めて言った。
「それに、災害復興には外交的な調整も必要だ」
翌日、凛は正式に支援要請を受諾した。
「ありがとうございます」
外交官が深く頭を下げた。
「ノルディア王国の人々も、きっと喜んでくれるでしょう」
準備期間は一週間。その間に、現地で必要な物資と人員を整える必要があった。
「メルちゃん、お店のことお願いできる?」
「もちろんです」
メルが力強く答えた。
「でも、リンさんも気をつけてくださいね」
「心配しないで。ヘンリーさんも一緒だから」
レオナも協力を申し出てくれた。
「私も一緒に行きます」
「レオナさんも?」
「はい。心の料理の技術を実地で学ばせていただきたいんです」
「それに、一人でも多くの手が必要でしょう」
料理学院の優秀な生徒たちも志願してくれた。
「僕たちも行かせてください」
「現場で学べることがたくさんあるはずです」
最終的に、凛、ヘンリー、レオナ、そして料理学院の生徒五名の計八名による支援団が編成された。
出発の前日、セレスティアが特別な道具を持参してくれた。
「これは『癒しの調理具』です」
美しく装飾された鍋や包丁のセットだった。
「古代の遺物を参考に作った特製品です」
「魔法の効果を増幅させる効果があります」
「ありがとうございます」
一週間後、支援団はノルディア王国に向けて出発した。
「頑張ってください!」
「無事に帰ってきてくださいね」
多くの人が見送ってくれた。
ノルディア王国への旅路は三日間。馬車での長旅だったが、メンバー同士の結束が深まった。
「現地ではどんな状況になっているでしょうか」
生徒の一人が不安そうに言った。
「どんな状況でも、私たちにできることをやるだけよ」
凛が励ました。
「大切なのは、被災者の方々に寄り添う気持ちです」
三日目の夕方、ついにノルディア王国に到着した。
「お疲れ様でした」
出迎えてくれたのは、ノルディア王国の外務大臣エリック・ハンセンだった。
「遠路はるばる、ありがとうございます」
「こちらこそ。少しでもお役に立てれば」
凛が丁寧に挨拶した。
「では、早速現状をご説明します」
エリックが深刻な表情で話し始めた。
「火山噴火により、五つの村が全壊または半壊しました」
「被災者は約三千人。現在、王都近郊の避難所に収容されています」
「三千人……」
凛は規模の大きさに圧倒された。
「物理的な支援は他国からも受けていますが、心のケアが追いついていません」
「多くの人が家族や友人を失い、深い絶望に陥っています」
翌日、凛たちは最大の避難所を訪れた。
大きなテントが並ぶ避難所には、確かに多くの人々がいたが、その表情は皆暗かった。
「皆さん、本日より心を癒すお料理を提供させていただきます」
凛が避難所の人々に挨拶した。
最初は警戒していた人々も、凛の優しい笑顔に少しずつ心を開いていく。
「まずは温かいスープから作りましょう」
凛は生徒たちと協力して、大量のスープ作りを始めた。
セレスティアからもらった特別な調理具を使い、最大限の魔法をかけて調理する。
「心を込めて、一人一人の幸せを願いながら」
完成したスープを配り始めると、避難所の雰囲気が少しずつ変わってきた。
「久しぶりに温かいものを食べた気がします」
「心が軽くなりました」
「ありがとうございます」
人々の表情が明るくなっていく。
しかし、中には深い傷を負って、簡単には癒されない人もいた。
「私の娘は……娘は火山に飲み込まれてしまいました」
一人の女性が泣きながら話した。
「もう生きる意味がありません」
凛は女性の手を取った。
「お辛いでしょうね」
「でも、娘さんはきっと、お母さんに幸せになってほしいと願っているはずです」
凛は特別に『記憶の料理』の魔法をかけたお粥を作った。
「これは、大切な人との美しい思い出を蘇らせる料理です」
女性がお粥を食べると、涙を流しながらも微笑んだ。
「娘の笑顔が……娘が私に『頑張って』って言っているような気がします」
一週間の活動で、避難所全体の雰囲気が劇的に改善した。
「素晴らしい効果です」
ノルディア王国の医療責任者が感激していた。
「心の回復が、体の回復も促進しています」
「これまで食事を拒否していた人たちも、食べるようになりました」
しかし、凛はまだ満足していなかった。
「一時的な効果では意味がありません」
「現地の人たちが、自分たちでも心を癒す料理を作れるようにならなければ」
そこで、凛は現地の料理人たちに技術指導を始めた。
「心を癒す料理の基本は、愛情です」
ノルディア王国の料理人たちが真剣に聞いている。
「技術的な部分も大切ですが、一番重要なのは作る人の気持ちです」
実習では、現地の食材を使った料理を教えた。
「この地域の食材にも、素晴らしい力があります」
「大切なのは、その力を引き出すことです」
二週間の指導を経て、現地の料理人たちは基本的な技術を習得した。
「これで、私たちがいなくても継続できるでしょう」
レオナが安心したように言った。
「現地の皆さんも、とても熱心に学んでくれました」
支援活動の最終日、避難所で感謝の集会が開かれた。
「リン様、本当にありがとうございました」
エリック外務大臣が感謝を込めて挨拶した。
「皆様のおかげで、多くの命が救われました」
避難所の人々も口々に感謝を述べた。
「あなたのお料理で、生きる希望を取り戻しました」
「子供たちも笑顔を取り戻しています」
「この恩は一生忘れません」
凛は深く感動していた。
「私たちこそ、皆様から多くのことを学ばせていただきました」
帰国の途中、ヘンリーが感慨深く言った。
「素晴らしい活動だった」
「君の力が、国境を越えて多くの人を救った」
「みんなで力を合わせたからこそです」
凛が謙遜すると、生徒たちが反論した。
「リン先生の指導があったからこそです」
「僕たちだけでは、絶対にできませんでした」
「でも、皆さんの献身的な働きがあったからこそ成功したんです」
王国に帰国すると、大きな歓迎を受けた。
「お疲れ様でした!」
「大成功だったそうですね」
メルや常連客たちが温かく迎えてくれた。
翌日、王宮で正式な報告会が開かれた。
「今回の国際支援活動は、我が王国の名声を大いに高めました」
国王陛下が賞賛してくれた。
「リン、君の活動は王国の誇りだ」
しかし、その数日後、新たな依頼が舞い込んだ。
「東方のシルバニア帝国からも支援要請が来ています」
外交官が報告した。
「内戦の影響で、多くの難民が発生しているそうです」
「さらに、南方の島国連合からも……」
次々と届く支援要請に、凛は複雑な気持ちだった。
「すべてに応えるのは物理的に無理ですね」
ヘンリーも同意した。
「君一人では限界がある」
その夜、二人で今後の方針について話し合った。
「もっと多くの人に技術を教える必要がありますね」
「そうだな。国際的な教育プログラムを作ってはどうだろう」
ヘンリーが提案した。
「各国から研修生を受け入れて、集中的に指導する」
「それはいいアイデアです」
凛は新たな使命を感じていた。
自分の技術を世界に広め、より多くの人々の心を癒すこと。
それは、古代の継承者として与えられた、真の使命なのかもしれない。
「国際心癒料理研修所を設立しましょう」
「素晴らしい」
ヘンリーが賛成した。
「世界平和への大きな一歩になるだろう」
こうして、凛の活動は新たな段階に入った。
個人から地域、そして国際へ。
その影響力は、確実に世界を変えつつあった。
しかし、大きな力には大きな責任も伴う。
新たな挑戦が、凛を待っていた。
<第27話終了>




