第25話「新事業構想」
王都祭典の大成功から一週間が経った頃、予想外の訪問者がCafe Lunaにやってきた。
「失礼いたします」
入ってきたのは、上質な服を着た中年の男性だった。商人風の雰囲気だが、普通の商人とは格が違う印象を受ける。
「いらっしゃいませ」
凛が挨拶すると、男性は丁寧にお辞儀をした。
「王都商工会議所会長のアーサー・グリムウッドと申します」
凛は驚いた。商工会議所の会長といえば、王都の商業界のトップではないか。
「このたびは、素晴らしい祭典をありがとうございました」
「恐縮です。皆さんのおかげです」
「いえいえ、リン様の手腕があってこその成功でした」
アーサーが席に着いた。
「実は、本日はご相談があって参りました」
「ご相談?」
「はい。リン様の技術とリーダーシップを活かした、新しい事業について」
凛は興味を抱いた。
「どのような事業でしょうか?」
「『王都料理学院』の設立です」
アーサーが説明を始めた。
「現在、王都には料理や菓子作りを本格的に学べる機関がありません」
「確かにそうですね」
「そこで、リン様を学院長にお迎えし、王国初の本格的な料理学院を作りたいのです」
凛は驚いた。自分が学院長など、考えたこともなかった。
「でも、私はまだ若い職人ですし……」
「年齢は関係ありません」
アーサーがきっぱりと言った。
「リン様の技術は王国随一、それに人を指導する能力も祭典で証明されました」
「学院の規模はどの程度を想定されているのですか?」
「最初は生徒数五十名程度から始めて、将来的には二百名規模にしたいと考えています」
アーサーが詳細を説明した。
「料理コース、菓子コース、そして経営コースを設ける予定です」
「経営コース?」
「はい。技術だけでなく、店舗経営のノウハウも教える総合的な教育機関です」
確かに、それは王都に必要な機関かもしれない。
「少し考えさせていただけますか?」
「もちろんです。ただし……」
アーサーが付け加えた。
「王宮からも正式に要請が来る予定です」
その夜、凛はヘンリーと相談した。
「料理学院の学院長か……面白い話だな」
「でも、私にそんな大役が務まるでしょうか?」
「君なら大丈夫だ」
ヘンリーが励ました。
「それに、これは王国の未来にとって重要な事業でもある」
「どういうことですか?」
「優秀な料理人を育成することで、王国の食文化が向上する」
ヘンリーが説明した。
「それは経済的にも、外交的にも大きな意味がある」
「外交的にも?」
「ああ。アルカディア連邦との交流でも分かったように、食文化は重要な外交ツールだ」
確かに、その通りかもしれない。
翌日、凛は職人組合でも相談してみた。
「料理学院ですか! 素晴らしいアイデアですね」
エドワード組合長が興奮した。
「ぜひリンさんに引き受けていただきたい」
「でも、組合の名誉顧問との兼任は可能でしょうか?」
「もちろんです。むしろ、学院長になることで組合の地位も向上します」
レオナも賛成してくれた。
「私も講師として協力したいです」
「本当ですか?」
「はい。みんなで王国の食文化を発展させましょう」
午後、メルにも相談してみた。
「すごいお話ですね!」
メルが目を輝かせた。
「リンさんが学院長だなんて」
「でも、そうなったらお店はどうしましょう?」
「私が頑張って守ります」
メルが力強く言った。
「それに、学院ができれば優秀な生徒さんたちがお店のお手伝いもできるかもしれません」
一週間後、凛は正式に料理学院長就任を受諾した。
「ありがとうございます」
アーサーが深々と頭を下げた。
「これで王国の食文化が大きく発展するでしょう」
「微力ながら、精一杯努めさせていただきます」
学院の設立準備が始まった。まず必要なのは、適切な場所の確保だった。
「王都中心部に、ちょうどいい建物があります」
アーサーが案内してくれた建物は、元貴族の邸宅を改装したもので、厨房設備も充実していた。
「素晴らしいですね」
「改装費用は商工会議所が負担いたします」
次に、カリキュラムの作成に取りかかった。
「基礎料理技術、応用調理法、食材学、栄養学、そして経営学」
凛が項目を書き出していく。
「衛生管理や接客マナーも重要ですね」
「それから、実習も重視したいです」
「実際の店舗での研修も組み込みましょう」
レオナが提案した。
「学院内だけでなく、実際の現場で学ぶことも大切です」
講師陣の招聘も進んだ。職人組合から優秀な職人たちが協力を申し出てくれた。
「私も週に二日は講師をします」
「調理技術なら任せてください」
「経営学については、商工会議所から専門家を派遣します」
充実した講師陣が集まった。
三ヶ月後、ついに『王都料理学院』が開校した。
「本日は歴史的な日です」
開校式で凛が挨拶した。
「この学院から、王国の未来を担う優秀な料理人が育つことを期待しています」
第一期生は三十名。年齢も経歴も様々だったが、全員が料理への熱い情熱を持っていた。
「よろしくお願いします!」
「頑張ります!」
生徒たちの熱意に、凛は責任の重さを改めて感じた。
「では、最初の授業を始めましょう」
凛が実習室に向かう。
「まず、料理の基本中の基本から学んでいきます」
「包丁の持ち方、食材の切り方、火の扱い方……」
生徒たちが真剣に聞いている。
「でも、技術だけではよい料理人にはなれません」
凛が続けた。
「一番大切なのは、食べる人への思いやりです」
「思いやり?」
「はい。どうすれば美味しく食べてもらえるか、どうすれば喜んでもらえるか」
凛が自分の経験を話した。
「技術は練習で身につきますが、心は簡単には育ちません」
「でも、心を込めて作った料理は、必ず相手に伝わります」
生徒たちが感動した表情で聞いている。
「私たちと一緒に、素晴らしい料理人を目指しましょう」
授業が終わった後、生徒の一人が質問してきた。
「学院長、私は小さな村の出身で、都会のことがよくわかりません」
「大丈夫よ」
凛が優しく答えた。
「私も最初はなにもわからなかった。でも、周りの人が助けてくれました」
「困ったことがあったら、いつでも相談してください」
その生徒が安心した表情を見せた。
一ヶ月後、学院は順調に運営されていた。
「生徒たちの上達が早いですね」
レオナが感心した。
「リンさんの指導が素晴らしいからです」
「みんなが真剣に学んでくれるからよ」
実習での生徒たちの作品も、日に日に上達していた。
「最初は包丁もまともに持てなかった生徒が、こんなに上手に」
「やはり情熱があれば、技術は後からついてきますね」
三ヶ月後、第一期生の中間発表会が開催された。
「皆さん、今日までの成果を発表してください」
生徒たちが自分の作った料理を披露する。どれも三ヶ月前とは比較にならないクオリティだった。
「素晴らしい出来ですね」
招待された王宮関係者も感激していた。
「この調子なら、優秀な料理人が育ちそうです」
「学院長の指導力が素晴らしいからでしょう」
半年後、学院は第二期生の募集を開始した。
「応募者が百名を超えています」
事務担当者が嬉しそうに報告した。
「選考が大変になりそうですね」
「でも、それだけ注目されているということです」
学院の評判は王都全体に広がり、他国からも視察団が来るようになった。
「我が国にも、このような学院を作りたい」
「ぜひ技術交流をお願いします」
国際的な注目も集まり始めた。
「リン、君の学院が話題になっているな」
ヘンリーが嬉しそうに言った。
「隣国からも、正式な交流要請が来ている」
「本当ですか?」
「ああ。君の教育理念が、多くの国で評価されているようだ」
一年後、第一期生が卒業を迎えた。
「皆さん、一年間お疲れ様でした」
卒業式で凛が挨拶した。
「この学院で学んだことを活かして、それぞれの道で活躍してください」
卒業生たちの多くが、王都の有名店に就職が決まっていた。中には自分の店を開く者もいる。
「学院長、本当にありがとうございました」
「私たちの人生が変わりました」
生徒たちの感謝の言葉に、凛は胸が熱くなった。
その夜、ヘンリーと祝杯を上げた。
「素晴らしい一年だったな」
「はい。たくさんの人に助けられました」
「君の功績だよ」
「これからも、もっと多くの人を育てていきたいです」
凛の新たな挑戦は、大きな成功を収めていた。
料理学院という新しい形で、多くの人々の夢を支援できるようになった。
これからも、この気持ちを大切に歩んでいこう。
愛する夫と仲間たちと共に。
新しい未来を切り開くために。
<第25話終了>




