第24話「王都祭典」
アルカディア連邦との文化交流が終わってから一ヶ月後、王都に大きなイベントの準備が始まった。
「リン、今年の収穫祭は例年以上に盛大になりそうだ」
ヘンリーが興奮気味に報告した。朝食のテーブルで、いつもより饒舌に話している。
「収穫祭?」
「ああ。毎年秋に行われる王都最大の祭典だ」
ヘンリーが説明した。
「王都全体が三日間、お祭り騒ぎになる。普段は厳格な貴族たちも街に繰り出して、市民と一緒に楽しむんだ」
「それは素晴らしいですね」
凛も興味を抱いた。異世界に来てから、まだ大きな祭典を体験していなかった。
「今年は王国建国二百周年の記念も兼ねているため、特別に豪華な内容になる予定だ」
「二百周年……長い歴史があるんですね」
「実は、君にお願いがあるんだ」
ヘンリーが真剣な表情になった。
「私に?」
「祭典の目玉として、『王都グルメフェスティバル』を開催することになった」
ヘンリーが続けた。
「王都中の美味しい店を一堂に集めて、食の祭典を行うんだ」
「それは素晴らしい企画ですね」
「そこで、君に実行委員長を務めてもらいたいんだ」
凛は驚いた。王都全体の祭典の責任者など、大役すぎる。
「でも、私にそんな大きな責任が……まだ王都に来て一年ちょっとですし」
「君以上に適任な人はいない」
ヘンリーがきっぱりと言った。
「君は職人組合の名誉顧問でもあるし、市民からの信頼も厚い。それに、商業ギルドとの戦いを勝ち抜いた実績もある」
「それに」
ヘンリーが微笑んだ。
「君の『魔法のケーキ』を祭典の特別企画として提供すれば、必ず話題になる。国内外から注目を集められるだろう」
凛は一晩考えて、翌日に返事をすることにした。
「メルちゃん、どう思う?」
Cafe Lunaで相談すると、メルは目を輝かせた。
「すごいお話じゃないですか! リンさんが王都全体の祭典を取り仕切るなんて」
「でも、失敗したら大変なことになるわ」
「大丈夫ですよ。リンさんなら、きっと素晴らしい祭典にしてくれます」
メルの励ましに背中を押されて、凛は引き受けることを決めた。
翌日、凛は王宮で祭典の企画会議に参加した。
「リン様、この度は実行委員長をお引き受けいただき、ありがとうございます」
王宮の祭典担当官アルフレッド・ブラウンが丁寧に挨拶した。五十代の経験豊富な男性で、これまで数多くの王宮行事を成功させてきた実績がある。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「早速ですが、グルメフェスティバルの具体的な内容を検討しましょう」
会議室には、王都の有名店主たちが集まっていた。高級レストランのシェフから、庶民的な食堂の店主まで、幅広い顔ぶれだった。
「まず、参加店舗の選定ですが……」
アルフレッドが資料を取り出した。
「これまでの祭典では、主に大型店舗や高級店を中心に選定していました」
「できるだけ多くの店に参加してもらいたいですね」
凛が提案した。
「大型店だけでなく、小さな個人店にも機会を与えたいと思います」
会議室がざわめいた。これまでとは全く違うアプローチだったからだ。
「しかし、リン様……」
ある高級レストランのシェフが懸念を示した。
「あまりレベルの低い店が参加すると、祭典全体の品格が下がるのでは?」
「レベルが低いということはありません」
凛がきっぱりと答えた。
「どの店も、それぞれのよさがあります。大切なのは多様性です」
「素晴らしいお考えです」
アルフレッドが賛成した。
「確かに、より多くの市民に参加してもらえる祭典にしたいですね」
「では、参加希望店舗の募集を開始しましょう」
会議では、様々な企画が検討された。
「料理コンテストはいかがでしょう?」
「各店舗の自慢の料理を競い合う」
「食材の展示販売もいいですね」
「王都近郊の農家さんたちにも参加していただいて」
「子供向けの料理体験コーナーも作りましょう」
「家族連れの来場者も楽しめるように」
凛は積極的に意見を出した。すると、最初は懐疑的だった参加者たちも、だんだんと前向きな提案をするようになった。
「リン様のおかげで、素晴らしい企画になりそうです」
高級レストランのシェフも、今度は笑顔で言った。
午後、凛はCafe Lunaで祭典の準備について仲間たちと相談した。
「すごいじゃないですか、リンさん!」
メルが興奮した。
「王都全体の祭典の責任者だなんて、夢みたい」
「でも責任も大きいのよ。失敗したら……」
「大丈夫よ、リンちゃん」
マリーも応援してくれた。
「リンちゃんが実行委員長なら、みんな参加したがるわよ」
「近所の店主たちにも声をかけてみるわ。きっと喜んで参加してくれると思う」
ギルバートも協力を申し出た。
「食材の調達なら任せてくれ」
「特別価格で提供するよ。祭典が成功すれば、俺たちにとってもプラスだからな」
「でも、当日はお店をどうしましょう?」
凛が心配すると、メルが力強く答えた。
「私に任せてください。一人でも頑張ります」
「そうはいかないわ」
マリーが割り込んだ。
「近所のおばちゃんたちも手伝うから。みんな、リンちゃんの成功を願ってるのよ」
翌週、参加店舗の募集が始まると、予想以上の反響があった。
「申し込みが殺到しています」
アルフレッドが嬉しそうに報告した。
「既に百五十店舗を超えました。これは過去最高の参加数です」
「それは素晴らしいですね」
凛も驚いた。
「会場の配置を工夫して、できるだけ多くの店に参加してもらいましょう」
「王都中央広場だけでは足りませんね」
「近隣の通りも使わせていただけるよう、交渉してみます」
レオナも職人組合を代表して参加することになった。
「私たちも全力で協力します」
「菓子職人だけでなく、パン職人や料理人の仲間たちも参加したがっています」
「一緒に素晴らしい祭典にしましょう」
エドワード組合長からも全面的な支援を約束された。
「組合員総出で参加させていただきます」
「これは単なる商売の機会ではなく、職人としての誇りを示す場でもありますから」
準備が本格化する中、凛は特別企画の『魔法のケーキ』について悩んでいた。
「祭典用の特別なケーキを作りたいんですが……」
セレスティアに相談した。
「なにか特別な意味を込めたいんです」
「どのようなケーキをお考えですか?」
「王国建国二百周年にふさわしい、歴史と未来への希望を表現したケーキです」
「素晴らしいアイデアですね」
セレスティアが興味を示した。
「では、王国の歴史を表現するような味の変化はいかがでしょう?」
「王国の歴史?」
「建国当初の質素だが希望に満ちた味から始まり、発展と繁栄を表す豊かな味、そして平和で幸せな現在を表す優しい味へと変化する」
「それは素晴らしいアイデアです!」
凛は早速試作に取りかかった。王宮の図書館で建国の歴史を調べ、それぞれの時代にふさわしい味を考える。
「建国当初は戦乱の世で、人々は質素な食事しか摂れなかった」
「最初は素朴な黒パンの味にしよう」
「その後、平和が訪れて交易が盛んになり、様々な食材が手に入るようになった」
「次に香辛料や果物が加わった豊かな味」
「そして現在は、平和で豊かな時代」
「最後に現在の平和を表す、みんなが笑顔になれる優しいクリームの味」
試作を重ねる中で、完璧なレシピが完成した。セレスティアも試食して大絶賛してくれた。
「これは確実に感動を呼びますね」
「王国の歴史を味で表現するなんて、だれも考えたことがないでしょう」
祭典の一週間前、リハーサルが行われた。
「皆さん、準備はいかがですか?」
凛が各店舗のブースを回って確認した。
「完璧です!」
「こんなに多くのお客様に来てもらえるなんて、楽しみです」
「リン委員長のおかげで、やる気満々です」
参加者たちの熱意に、凛は胸が熱くなった。みんなが一つになって、素晴らしい祭典を作り上げようとしている。
「当日の天気予報も良好です」
アルフレッドが報告した。
「三日間とも晴れの予報が出ています」
ついに祭典当日を迎えた。
「リンさん、準備完了です!」
メルが元気よく報告した。Cafe Lunaも祭典に参加するため、特別ブースを設けていた。近所の人たちが手伝いに来てくれて、心強い。
「ありがとう、みんな」
王都中央広場は、色とりどりの屋台で埋め尽くされていた。百五十を超える店舗が参加し、まさに食の祭典という雰囲気だった。
「すごい人だかりですね」
早朝から多くの市民が集まっている。
「開会式を始めます」
凛が舞台に上がった。大勢の市民が集まり、期待に満ちた表情でこちらを見ている。
「皆様、王都収穫祭グルメフェスティバルにお越しいただき、ありがとうございます」
会場から大きな拍手が起こった。
「今日から三日間、王都の美味しい食べ物を存分にお楽しみください」
「このフェスティバルは、大きなお店も小さなお店も、みんなが主役です」
「そして、特別企画として、王国建国二百周年記念の『歴史のケーキ』もご用意しております」
市民たちがざわめいた。凛の特別なケーキを楽しみにしている人が多いようだ。
「それでは、祭典の開始です!」
会場が一気に活気づいた。各店舗に長い列ができ、美味しそうな香りが広場全体に漂う。
「リンさん、大成功ですね!」
レオナが嬉しそうに報告した。
「どの店舗も大盛況です。小さな個人店にも長蛇の列ができています」
凛も会場を回って各店舗の様子を確認した。
「美味しそうですね」
「ぜひ食べてみてください」
店主たちが誇らしそうに自慢の料理を紹介してくれる。
「普段はこんなに多くのお客様に来ていただく機会がないので、本当に嬉しいです」
小さな食堂の店主が感激していた。
「この祭典、本当に素晴らしいです」
市民の一人が声をかけてきた。
「こんなに多くの美味しい店があるなんて知りませんでした」
「それが一番の目的でした」
凛が微笑んだ。
「王都にはたくさんの素晴らしい店があるんです。普段は見落とされがちですが」
午後、特別企画の『歴史のケーキ』が公開された。
「それでは皆様、王国二百年の歴史を味わってください」
凛の合図で、集まった人々が一斉にケーキを口にした。
最初の素朴な黒パンの味に、多くの人が懐かしそうな表情を見せた。
「これは……昔おばあちゃんが作ってくれたパンの味だ」
「質素だけど、温かい味ですね」
次の豊かな味で、人々の表情が明るくなった。
「香辛料の香りが素晴らしい」
「発展していく王国の活気を感じます」
最後の優しいクリームの味で、会場全体が幸せな雰囲気に包まれた。
「平和って素晴らしい」
「みんなで分かち合う幸せですね」
多くの人が感動の涙を流していた。
「素晴らしいです、リン委員長」
王国の大臣も感激していた。
「これぞまさに、王国の誇りです」
三日間の祭典は大成功に終わった。
「参加店舗の売上も過去最高でした」
アルフレッドが嬉しそうに報告した。
「来場者数も例年の三倍、延べ二十万人を超えました」
「それに、小さな個人店への注目も大幅に高まりました」
「皆さんのおかげです」
凛が謙遜した。
「私は少しお手伝いしただけです」
その夜、盛大な打ち上げパーティーが開催された。
「リン委員長に乾杯!」
参加した店主たちが口々に感謝を述べた。
「おかげで素晴らしい祭典になりました」
「また来年もお願いします」
「もちろんです」
凛が笑顔で答えた。
「来年はもっと素晴らしい祭典にしましょう」
帰り道で、ヘンリーが感謝を述べた。
「素晴らしい祭典だった。君の手腕に感服したよ」
「皆さんが協力してくれたからです」
「でも、君がリーダーシップを発揮したからこそ成功したんだ」
ヘンリーが誇らしそうに言った。
「君は本当に素晴らしい女性だ。王国の宝だよ」
その夜、凛は達成感に満たされていた。
王都全体を巻き込んだ大きな祭典を成功させることができた。多くの人々の笑顔を見ることができた。
これこそが、自分が本当にやりたかったことなのかもしれない。
料理を通じて人々を幸せにし、地域全体を活性化させる。大きな店も小さな店も、みんなが輝ける場所を作る。
新たな使命を見つけた気がした。
これからも、この気持ちを大切に歩んでいこう。
愛する夫と仲間たちと共に。
<第24話終了>




