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第23話「文化交流」

 職人組合の名誉顧問に就任してから二週間が経った頃、ヘンリーが重要な知らせを持ってきた。


「リン、君に相談がある」


 いつもより真剣な表情のヘンリーを見て、凛は身構えた。


「どのような相談でしょうか?」


「実は、南方のアルカディア連邦から文化交流使節団がやって来ることになった」


 ヘンリーが説明を始めた。


「彼らは我が国の食文化に特別な関心を示している」


「食文化に?」


「ああ。特に、君の『魔法のケーキ』について、正式な技術交流を申し入れてきた」


 凛は驚いた。自分の技術が国際的な注目を集めているとは思わなかった。


「それで、君に使節団との会合に参加してもらいたいんだ」


「私が?」


「筆頭文官夫人としてではなく、王国を代表する菓子職人として」


 ヘンリーの提案に、凛は緊張した。外交の場で自分の技術を紹介するなど、考えたこともなかった。


「でも、私に外交の経験はありませんし……」


「心配いらない。君はありのままでいればいい」


 ヘンリーが励ました。


「君の技術と人柄が、最高の外交になる」


 翌日、凛はアルカディア連邦について調べ始めた。


「メルちゃん、アルカディア連邦って知ってる?」


「南の方にある国ですよね。確か、香辛料の産地で有名だったと思います」


 メルが答えた。


「それに、お菓子作りの技術も高いって聞いたことがあります」


「そうなの?」


「はい。特に、果物を使った菓子が有名らしいです」


 午後、レオナが詳しい情報を持ってきてくれた。


「アルカディア連邦は、菓子職人の技術レベルが非常に高い国として知られています」


「そんな国の使節団が、私の技術に興味を……」


「それだけリンさんの技術が素晴らしいということですよ」


 レオナが説明した。


「実は、組合でも話題になっています。我が国の菓子技術が国際的に評価されるのは初めてのことです」


 一週間後、ついにアルカディア連邦の文化交流使節団が王都に到着した。


「リン、準備はいいか?」


 ヘンリーが確認した。


「少し緊張していますが、大丈夫です」


「君らしく、自然に振る舞えばいい」


 王宮の会議室で、使節団との会合が始まった。


「アルカディア連邦文化交流使節団長のソフィア・デルマルと申します」


 団長は三十代の知的な女性だった。


「この度は貴重な機会をいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、ようこそお越しくださいました」


 凛が丁寧に挨拶した。


「早速ですが、あなたの『魔法のケーキ』について、詳しくお聞かせください」


 ソフィアが興味深そうに尋ねた。


「我が国でも、時間差で味が変化するお菓子の話は聞いていますが、実際にどのような技術なのか」


 凛は準備していた説明を始めた。


「基本的には、複数の味覚要素を層状に組み込み、時間の経過と共に異なる味が現れるよう工夫しています」


 もちろん、魔法のことは言えないので、技術的な説明に留めた。


「素晴らしい発想ですね」


 使節団の菓子専門家が感嘆した。


「我が国にも似たような技術はありますが、これほど明確な変化は見たことがありません」


「実際に体験していただけますでしょうか?」


 凛は事前に準備していたケーキを取り出した。


「こちらが基本的な三段階変化のケーキです」


 使節団の全員が一口ずつ味わった。最初のチョコレート味から始まり、バニラ、そして最後にフルーツの味へと変化していく。


「信じられない!」


「本当に味が変わっていく!」


「これは魔法のようです!」


 使節団の驚きと感動は本物だった。


「この技術、ぜひ我が国でも学ばせていただきたい」


 ソフィアが熱心に頼んだ。


「技術交流として、相互に学び合うことはできないでしょうか?」


「もちろんです」


 凛は即座に答えた。


「私も、アルカディア連邦の菓子技術を学ばせていただきたいです」


「それでは、具体的な交流計画を立てましょう」


 ヘンリーが仲介に入った。


「まず、我が国の菓子職人をアルカディア連邦に派遣し、その後、アルカディアの職人に来ていただく」


「素晴らしい提案です」


 ソフィアが賛成した。


「期間はそれぞれ三ヶ月程度を予定しています」


 翌日、凛は使節団を自分のCafe Lunaに案内した。


「こちらが私の店です」


「とても温かい雰囲気ですね」


 ソフィアが店内を見回した。


「お客様との距離も近くて、親しみやすい」


「いらっしゃいませ!」


 メルが元気よく挨拶した。


「こちらは私の大切なパートナー、メルちゃんです」


「よろしくお願いします」


 メルが丁寧にお辞儀をした。


「この子も、とても技術が高いんです」


 使節団は店の雰囲気と、凛とメルの自然な接客に感動していた。


「我が国の菓子店とは雰囲気が違いますね」


「どのように違うのですか?」


「我が国では、もっと格式高い雰囲気が一般的です」


 ソフィアが説明した。


「でも、この親しみやすさも素晴らしいと思います」


 午後、常連客たちもやってきた。


「リンちゃん、今日はお客さんがいるのね」


 マリーが興味深そうに言った。


「アルカディア連邦の方々です」


「まあ、外国の方!」


 マリーが興奮した。


「南方のアルカディア連邦より参りました」


 ソフィアが丁寧に答えた。


「リンさんの技術を学びに来ました」


「リンちゃんは私たちの自慢なのよ」


 マリーが誇らしそうに言った。


「こんなに美味しいお菓子を作る人は他にいないわ」


 ギルバートもやってきて、使節団と楽しく会話した。


「リンちゃんの料理は、心も温めてくれるんだ」


「それが一番大切なことですね」


 ソフィアが深く頷いた。


「技術も大切ですが、心を込めることが最も重要です」


 夕方、使節団は大満足で帰っていった。


「本当に素晴らしい一日でした」


「明日は、我が国の菓子職人組合を訪問していただく予定です」


 凛がエドワード組合長と打ち合わせていた内容を伝えた。


「楽しみにしています」


 翌日、職人組合での交流会が開催された。


「皆さん、本日はアルカディア連邦との歴史的な技術交流の日です」


 エドワード組合長が挨拶した。


「我が国の誇る技術を、存分に披露してください」


 組合の職人たちが、それぞれ自慢の作品を持参していた。


「こちらは伝統的なフルーツタルトです」


「これは季節の野菜を使った創作菓子です」


 アルカディア連邦の専門家たちも、自国の菓子を紹介した。


「これは我が国特産の香辛料を使ったケーキです」


「こちらは南国フルーツのムースです」


 相互の技術交流は大いに盛り上がった。


「この香辛料の使い方は素晴らしいですね」


「フルーツの酸味の活かし方が絶妙です」


 職人同士の純粋な技術論議が続いた。


「では、リンさんにも実演していただきましょう」


 エドワード組合長が促した。


 凛は準備していた特別なケーキの実演を始めた。


「まず、基本のスポンジを三層に分けて……」


 手際よく作業を進めながら説明していく。もちろん、魔法をかける部分は「特別な技法」として曖昧に表現した。


「最後に、特別な技法を用いて味の変化を組み込みます」


 完成したケーキを全員で試食した。


「やはり素晴らしい!」


「この技術、ぜひ学ばせていただきたいです」


 アルカディア連邦の職人たちから、熱烈な賞賛を受けた。


 交流会の最後に、ソフィアが重要な提案をした。


「リンさん、よろしければ来年、我が国で開催される国際菓子コンクールに参加していただけませんか?」


「国際菓子コンクール?」


「はい。世界各国の優秀な菓子職人が集まる大会です」


 ソフィアが説明した。


「リンさんの技術なら、必ず上位入賞できるでしょう」


 凛は迷った。国際的な大会への参加など、考えたこともなかった。


「少し考えさせてください」


「もちろんです。でも、ぜひ前向きに検討してください」


 その夜、凛はヘンリーと相談した。


「国際菓子コンクールか……面白そうだな」


「でも、私に国際大会なんて……」


「君なら大丈夫だ」


 ヘンリーが励ました。


「それに、これは個人的な挑戦だけではない。王国の威信もかかっている」


「王国の威信?」


「我が国の菓子技術が世界レベルであることを証明できる」


 ヘンリーの言葉に、凛は使命感を感じた。


「わかりました。参加してみます」


「素晴らしい決断だ」


 一週間の文化交流期間が終わり、使節団は帰国の途についた。


「本当に有意義な交流でした」


 ソフィアが感謝を込めて言った。


「来年のコンクール、楽しみにしています」


「私も頑張ります」


 凛が決意を込めて答えた。


 使節団を見送った後、凛は新たな目標に向かって歩み始めた。


 国際菓子コンクールでの優勝。それは個人的な挑戦であると同時に、王国の名誉をかけた戦いでもあった。


 でも、もう怖くない。多くの仲間に支えられ、愛する夫と共に歩む道なら、きっと乗り越えられる。


 新しい挑戦が始まろうとしていた。


<第23話終了>

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