表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/73

第11話「深まる絆」

 特別メニューを限定制にしてから二週間が経った。Cafe Lunaは以前の落ち着いた雰囲気を取り戻し、常連客たちも安心して通えるようになっていた。


「リンさん、今日は『魔法のケーキ』の予約日ですね」


 メルが確認した。火曜日と金曜日の朝九時から受け付ける予約は、毎回すぐに埋まってしまう。


「はい。今日も五組のお客様が楽しみにしてくださっているわ」


 凛は準備を進めながら答えた。限定にしたことで、かえって特別感が増し、お客様により喜んでもらえるようになった。


 午前中、いつものように常連客たちが訪れた。マリー、ギルバート、近所の主婦たち。彼らとの何気ない会話が、凛にとって何より大切な時間だった。


「リンちゃん、最近とてもいい表情をしているわね」


 マリーが微笑んで言った。


「王宮での成功で浮かれることもなく、地に足をつけて頑張っている姿が素敵よ」


「ありがとうございます。皆さんのおかげです」


「それに……」


 マリーが意味深に微笑んだ。


「筆頭文官殿との関係も、よい方向に進んでいるようだし」


「マリーさん!」


 凛は赤面した。確かに最近、ヘンリーとの関係には変化があった。以前のような堅い雰囲気が和らぎ、もっと自然に話せるようになっていたのだ。


 午後になって、予約していたお客様たちが『魔法のケーキ』を味わいに来た。皆、時間差で変化する味に驚き、感動してくれた。


「素晴らしい体験でした」


「こんなお菓子は他では絶対に味わえませんね」


「また来月も予約させていただきます」


 お客様の満足した表情を見ることが、凛にとって最高の喜びだった。


 夕方近く、レオナがやってきた。最近は週に二回ほど、お互いの店を訪問し合って情報交換をしている。


「今日もお疲れ様でした」


「レオナさんもお疲れ様。今日はなにか新しい発見がありましたか?」


「実は、とても興味深いお話があるんです」


 レオナの表情が明るかった。


「王都の菓子職人組合から、正式にお誘いを受けました」


「菓子職人組合?」


「はい。王都の菓子職人たちが技術向上と親睦を図る組織です」


 レオナは説明を続けた。


「そして、リンさんにも一緒に加入してほしいと言われました」


 凛は驚いた。職人組合への加入は、この世界での正式な職人としての地位を意味する。


「でも、私なんてまだ経験も浅いですし……」


「そんなことありません」


 レオナがきっぱりと言った。


「王宮で認められた技術を持つリンさんなら、組合でも歓迎されるはずです」


「組合に入ると、どんなメリットがあるんですか?」


「技術の研鑽、材料の共同仕入れ、それに……」


 レオナが声を潜めた。


「商業ギルドなどの圧力から身を守ることもできます」


 それは魅力的だった。最近、商業ギルドの動きは表面的には静かだが、ヘンリーの情報では水面下で様々な工作を行っているらしい。


「考えさせてください」


「もちろんです。でも、あまり悩む必要はないと思いますよ」


 レオナが微笑んだ。


「リンさんはすでに立派な職人なのですから」


 その夜、いつものようにヘンリーがやってきた。最近は閉店間際の静かな時間に訪れることが多い。


「今日もお疲れ様でした」


「君もお疲れ様。今日はなにか変わったことはあったか?」


 凛はレオナから聞いた菓子職人組合の話をした。ヘンリーは興味深そうに聞いていた。


「それはいい話だ」


「そう思われますか?」


「ああ。職人組合は商業ギルドとは独立した組織だ。正式に加入すれば、君の地位はより安定する」


 ヘンリーはコーヒーを飲みながら続けた。


「それに、他の職人たちとの交流も君にとって有益だろう」


「でも、私の『特別な技術』のことが問題になったりしませんか?」


「心配ない」


 ヘンリーが安心させるように言った。


「職人の世界では、企業秘密は尊重される。だれも無理に技術の詳細を聞こうとはしないはずだ」


 ヘンリーの言葉に、凛は安心した。


「ところで……」


 ヘンリーが少し照れくさそうに言った。


「来週末、王宮で小さなパーティーがある。君に同伴をお願いしたいのだが」


 凛は驚いた。王宮のパーティーに、ヘンリーの同伴者として参加するということだろうか。


「同伴って……」


「正式な招待状も用意してある」


 ヘンリーが懐から美しい封筒を取り出した。


「王国外交官夫妻の歓送迎会だ。君の『魔法のケーキ』が好評だったエルドラン王国の大使も出席する」


 凛は迷った。王宮のパーティーなど、場違いな気がする。


「でも、私のような者が参加していいのでしょうか?」


「君は王国認定の菓子職人だ。十分に参加資格がある」


 ヘンリーが真剣な表情で続けた。


「それに……」


 彼は少し赤面した。


「個人的にも、君と一緒に出席したいんだ」


 ヘンリーの告白に、凛の心は激しく動いた。これは明らかに、仕事を超えた個人的な関係の発展を意味している。


「お返事は明日でも構わない」


「いえ……」


 凛は決心した。


「ぜひ参加させていただきます」


「本当か?」


 ヘンリーの顔が明るくなった。


「ありがとう。きっと素晴らしい夜になる」


 その夜、凛は眠れずに考えていた。ヘンリーとの関係が新しい段階に入ろうとしている。彼の気持ちは明らかだし、自分も彼に特別な感情を抱いていることを否定できない。


 でも、筆頭文官という地位の人と、異世界からやってきた自分が本当に釣り合うのだろうか。


 翌日、メルに相談してみた。


「素晴らしいじゃないですか!」


 メルは大興奮だった。


「ヘンリー様がリンさんを特別に思っていらっしゃることは、だれの目にも明らかでしたから」


「でも、身分の違いとか……」


「リンさんは王国認定の職人で、王宮でも認められた方です。身分の違いなんて関係ありません」


 メルの励ましに、凛は少し勇気をもらった。


「それに」


 メルが嬉しそうに続けた。


「ヘンリー様は、リンさんの身分ではなく、リンさん自身を愛してらっしゃるんです」


「愛って……」


「見ていればわかります。ヘンリー様がリンさんを見つめる時の表情は、特別です」


 午後、マリーも同じような意見だった。


「あの方は本気よ」


 マリーが断言した。


「筆頭文官という立場の人が、軽い気持ちで女性をパーティーに誘ったりしないわ」


「でも、私は……」


「リンちゃんも、あの方のことを大切に思っているでしょう?」


 マリーの鋭い指摘に、凛は頷くしかなかった。


「なら、素直に気持ちに従いなさい」


 その日の夕方、レオナも相談に乗ってくれた。


「恋愛に身分なんて関係ありません」


 レオナがきっぱりと言った。


「大切なのは、お互いを尊重し合えるかどうかです」


「でも、私は普通の女性ではないんです」


 凛は異世界から来たことは言えないが、自分の特殊性について悩みを打ち明けた。


「だれだって、なにかしら特別なところがあります」


 レオナが優しく言った。


「リンさんの特別な技術も、それがリンさんの一部なのでしょう?」


「そう、ですが……」


「なら、それも含めて愛してくれる人なら、きっと大丈夫です」


 レオナの言葉に、凛は希望を感じた。


 パーティーまでの一週間は、あっという間に過ぎた。


 マリーとレオナが協力して、凛に適切なドレスを用意してくれた。淡いピンクの上品なドレスで、凛の美しさを引き立ててくれる。


「とても似合ってますよ」


 メルが感動して言った。


「まるでお姫様みたいです」


 パーティー当日の夜、ヘンリーが馬車で迎えに来た。彼も正装しており、普段以上に凛々しく見えた。


「美しいな」


 ヘンリーが率直に言った。


「君のその姿を見ていると、俺は本当に幸運な男だと思う」


 凛は顔を赤らめた。


「私こそ、こんな素晴らしい機会をいただいて……」


「今夜は肩書きを忘れよう」


 ヘンリーが微笑んだ。


「今夜の俺はただのヘンリーで、君はただの凛だ」


 王宮のパーティーは、想像以上に華やかだった。美しく装飾された大広間に、王国の要人たちが集まっている。


「緊張しているか?」


 ヘンリーが気遣ってくれた。


「少し……」


「大丈夫だ。君は堂々としていればいい」


 エルドラン王国の大使が、凛を見つけて近づいてきた。


「あの素晴らしいケーキの職人さんですね」


「はい、ありがとうございます」


「あのケーキの感動は、今でも忘れられません。我が国の王にも、ぜひ体験していただきたいと思っています」


 大使の言葉に、他の出席者たちも興味を示した。


「そちらが噂の『魔法のケーキ』の職人ですか」


「素晴らしい技術をお持ちだと聞いています」


 次々に声をかけられ、凛は最初の緊張を忘れていった。皆、心から彼女の技術を評価してくれている。


「どうだ?」


 ヘンリーが誇らしそうに言った。


「君はすでに王国の宝だよ」


 パーティーの後半、静かなテラスで二人きりになった。


「今夜は本当にありがとうございました」


「俺こそ、君が来てくれて嬉しかった」


 ヘンリーが星空を見上げた。


「君と出会ってから、俺の人生は大きく変わった」


「私も同じです」


 凛は正直に答えた。


「ヘンリーさんがいてくださったからこそ、今の私があります」


「凛……」


 ヘンリーが振り返った。その瞳には、深い愛情が宿っている。


「俺は君を愛している」


 ついに告白された。凛の心は激しく動いた。


「私も……ヘンリーさんを愛しています」


 二人は自然に近づいた。そして、静かな夜空の下で、初めてのキスを交わした。


 それは、二人の新しい関係の始まりだった。


 翌日、Cafe Lunaに戻った凛は、幸せに満ちていた。


「リンさん、とてもいい表情ですね」


 メルが嬉しそうに言った。


「きっと素晴らしい夜だったんでしょうね」


「ええ……本当に」


 午後、レオナがやってきたとき、凛は菓子職人組合への加入を正式に承諾した。


「素晴らしい決断です」


「ヘンリーさんも応援してくれました」


「そうでしょうね。あの方はリンさんの一番の理解者ですから」


 夕方、ヘンリーがいつものようにやってきた。でも今度は、恋人同士として。


「昨夜は本当に素晴らしかった」


「私もです」


「これからもよろしく」


「こちらこそ」


 二人の関係は新しい段階に入ったが、Cafe Lunaでの時間は変わらず大切なものだった。


 その夜、凛は満足した気持ちでベッドに入った。


 異世界に来てから数ヶ月、多くの困難があったが、今は心から幸せだった。愛する人、信頼できる仲間、そして自分の居場所。


 すべてが揃っていた。


 明日からもまた、新しい挑戦が待っているだろう。でも、もう怖くない。


 大切な人たちがそばにいるから。


 Cafe Lunaは、凛の新しい人生の拠点として、これからも多くの人々に愛され続けていくのだろう。


<第11話終了>

<第3章「魔法のスイーツ」完>

第4章予告:「困難と絆」

恋人同士となった凛とヘンリー。菓子職人組合にも加入し、順風満帆に見えたCafe Lunaだったが、新たな試練が待っていた。商業ギルドが仕掛ける本格的な妨害工作、王宮内部での政治的対立、そして凛の魔法能力をめぐる謎の深まり。さらに、凛の正体を探る謎の人物の出現により、これまで築いてきた平穏な生活に暗雲が立ち込める。愛と友情を武器に、二人は最大の危機に立ち向かう……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ