隣の席の不良な秋津君は言った。「敷島さん、聖女なんて辞めてさ。俺と人類滅ぼそ?」【中編】
オブシディアンは生粋の魔族ではなく母が人間で。オブシディアンの母は魔族と惹かれあい、オブシディアンを産むも。人間と魔族の恋は禁忌であるとしてオブシディアンが幼い時に人間たちに殺されていた。
元々、魔族と人間は同じ世界で生きていたが。人間とは異なる姿と異能故に人間に排斥され。世界の裏側、魔界に追いやられたという過去から魔族は人間を憎んでいたが。
オブシディアンは母を人間に殺されたこともあり明確な憎悪を人間に向ける。けれども人間に残忍さを見せる一方、オブシディアンは配下の魔族には深い思い遣りを見せて熱烈に慕われているし、ゲームのなかでは主人公と攻略キャラの強さを素直に認め。
己が打倒すべき相手と見定め、ゲーム終盤。主人公に倒されたオブシディアンは人間は醜いだけではなく。見所のある存在だと感じ。征服ではなく共存の道を模索するようになる。
そんなオブシディアンを当時若手だった大御所声優が好演したこともあって、母が言うにはキャラクター人気投票で悪役ながら第一位に選ばれたのだそうだ。そのオブシディアンに秋津君は似てると判明。
カラオケにてオブシディアンのキャラソンを歌う秋津君にタンバリンを叩きながら。つまり秋津君は私の推しと言っても過言ではないと気付きを得る。
公式からの供給がないのですごく助かる。キャラソンを歌い終えて秋津君はどうだった?と聞くので最高と親指を立てた。
「敷島さん。俺、敷島さんにリクエストしたい曲があるんだ。ラブソングなんだけど。」
「秋津君。ラブソングはハードルが高い。」
「地上の星で高得点取った敷島さんならラブソングも余裕でイケるよ。」
「そりゃあ地上の星は十八番だからね!!」
「十八番が地上の星な女子高校生かぁ···。」
「珍しげに言うけれど秋津君も天城越えでランキング塗り替えたの見てるからね、私???」
「だって十八番だし?ね、歌って。」
「···下手でも笑わないなら歌いましょう。」
「笑わない。だから聞かせてよ、敷島さんのラブソングを。」
秋津君はそれ以降、公式からの供給がまったくない私に度々供給を施してくれるだけでなく。定期的に私の推し語りにも付き合ってくれた秋津君は私にとってはよき理解者だった。
秋津君が私をどう想っていたのかはわからないけれども、私は秋津君を友達だと思っていた。仲の良い友達だと。
「───だから秋津君には生きていて欲しい。」
修学旅行、島根に向かうその途中で起きた事故で死んだら『宝石騎士』の世界に転生した私は寄宿舎のベッドに突っ伏しながら秋津君の無事を祈っていた。乗っていた高速バスは大破。
酷い痛みのなかで意識を失う前に私の手を掴んでくれた秋津君。必ず助ける。そう言ってくれたから私は死ぬことに怯えずに済んだ。ひとを守る人間になりたいと真っ直ぐに言う秋津君なら本当に助けてくれると信じられたから。
だからこそバスで隣の席に座り、私と同じ怪我を負っていた筈の秋津君が無事に助け出されていて欲しいと強く思う。転生したいまとなっては祈ることしか出来ない。
「それにしても『宝石騎士』の主人公に転生するとか···。うう、喜べない。どの攻略キャラもバッドエンドは死亡エンド!!乙女ゲームという名の死にゲー!ステータス、底辺値。主人公固有スキルの治癒力はあるけど初期レベル!!」
ムリムリ、死んじゃう!いまから退学すれば···?ダメだ、特待生って卒業後は国に奉職する代わりに入学費と三年間の授業料全額免除。
貧乏男爵家のうちは授業料どころか入学費も払えない!!でもアルカナ学園を卒業出来たら男子は出世コース確定で、女子には縁談がばんばか来る!!
「貧乏過ぎてまともな縁談は来ないもんな···。私の場合は聖女として教会で数年間働らかないといけないけど。任期が明けたら結婚相手を探さなきゃいけない。」
絶対にアルカナ学園を卒業したい。死にたくもない。つまりどの攻略キャラも攻略しなければ良い。
「私が目指すのは完璧なモブだ───!!」
そう、意気込んだのは十五才の春のこと。完璧なモブになる。その為にわざと野暮ったい三つ編みに瓶底眼鏡を掛け。公式で、妖精のようだと称された顔にはメイクでそばかすを描き。
絵に描いたようなガリ勉少女を必死に演じた。実際、卒業後のことを考えて途中から演技でなく本気で勉強してたのだが。···私はゲームの強制力を舐めていた。『宝石騎士』の主人公にはステータスが設定されてる。
知力、体力、忍耐力、魔力といったゲームにはよくあるステータスのなかに《魅了》があった。
これ、聖女になったときに生えてきたステータスで。ゲームでは魅了のレベルが高ければ高いほど攻略対象のキャラに好感度も高まるという隠し要素的なモノだった。
攻略キャラを攻略しないと決めた私は当然この魅了のレベルは上げなかった。ゲームでは錬金術で作る専用のアイテム《蠱惑の香》でレベルを上げるけれども。
この蠱惑の香は現実では禁忌指定されていて作ることも所持することも許されていなかったし材料も御禁制の品ばかり。作る理由もメリットもないと放置していたのに何故か魅了レベルがぐんぐんと上がる。
頭に疑問符を浮かべながら、主人公だからか自分のステータスを確認出来るので詳しく調べている内に魅了は治癒力のレベルと連動していることに気がついた。そんな設定はなかった筈だ。
設定集を読み込んでるから断言出来る。困惑すると同時に私は焦った。将来の為に鍛えた治癒力のせいで爆上がりしてしまった魅了は気づいた時にはカンストしていて。
避けに避けまくっていた攻略キャラたちに追い掛けられ、口説かれるようになったからだ。
爽やかな見た目ながらに腹黒なアルビオンの第一王子のサフィール殿下を筆頭に玲瓏な美貌だが嗜虐趣味な宰相の息子のアレクサンドリット。
武骨な見た目に反して遊び人な騎士団長の弟であるグラナート。ショタに見せ掛けて二百才な魔導師団長のペルレ。大の女嫌いな学園一の色男と謳われる錬金術教師のテュルキスという。
一癖どころか二癖もある攻略対象たちに来る日も来る日も追い掛けられたらどうなるかというと。女子の反感、買いました。
私の魅了は異性に対してだけ発揮するらしく女子に魅了は効かない。だから突然、学園中の男子が私を追い掛け。侍り出したら反感を抱くし。なにかしたんだろうって疑われるのはまあ分かる。
攻略キャラの婚約者からしたら私は酷く疎ましいことも理解している。ただ証拠を偽造してまで罪人に貶めて。処刑させようってなるのは流石に予想外というかな。
いや、言い分はわかるんだ。制御出来ない魅了なんて暴力みたいなものだからどうにかして排除したいってのは。でも、そこに私情を混ぜ混むのは違わないかと。
アルカナ学園卒業日に催されたプロムナード。その最中。攻略キャラたちの婚約者たちに御禁制の《蠱惑の香》の使用及び所持の嫌疑を追求されて否定するも。
学園中の女子を味方に付けた第一王子サフィールの婚約者。伯爵令嬢コーラル・フォン・ファルケ嬢は寄宿舎の私の部屋から見つけたと身に覚えのない《蠱惑の香》の瓶を掲げた。···予め控えさせていた兵士たちに連行され、私は王宮内の監獄に入れられた。
弁明の機会は一切与えられることはなく。毎日、代わる代わる学園に在籍していたという女子生徒が面会と称してやって来て私を殴ったり蹴ったりしてくる。ようは拷問だ。
まあ、学園在籍中にカンストさせた忍耐力と頑丈さがあるし。
治癒の力も使えるので暴行されても私はまったく痛くないどころかたぶん私を殴ってる女子生徒の手の方が痛いだろう。
彼女たちは怒りに任せて私を絶望させようと色々情報を落としてくれるので、怯えるフリをしながら情報収集する。
私はどうやら国を傾けようとした悪女として民衆を集めた広場で処刑されるらしい。ちなみに実家は取り潰され、両親と兄弟は国外逃亡したとか。
(無事に国外に脱出出来たなら、いいか。迷惑かけちゃったよなぁ···。)
「そーいえば魔族の侵攻がなかったから最推しのオブシディアン様に会えなかったな。ゲームと現実は違うってことか。」
なのにゲームの強制力で処刑エンドとか、泣けば良いのか笑えば良いのかわかんないや。
「···結構頑張ったんだけど。ぜんぶ無駄だったかぁー。」
牢獄の天井近くにある明り窓を見上げた。今日来た女子生徒だった子爵令嬢は四日後に処刑すると言った。あと三回、月を見たら私は死ぬ。
迫る命の期限。怖い筈なのに不思議と落ち着いているのはまだ実感が湧かないからか。
牢獄にベッドなんて上等なモノはないから隅に座り、抱えた膝に私は頭を埋める。
この国に私を助けてくれるひとは居ない。
居たとしてもそれは魅了に掛かったひとたちだから。助ける代わりになにを見返りに求められるかわからない。
(···好きでもない人に追い掛け回されたり。なにを言っても自分にとって都合の良い言葉に置き換えられて密室に連れ込まれて。無遠慮な視線に肌を撫でられる気持ち悪さを、怖さを。いったい誰が理解してくれるのだろうか。)
魅了の力なんて望んでなかった。生きる為に、誰かの助けになる為に私は治癒力を磨いてきた!!
(秋津君みたいに誰かを守れるひとに私もなりたかったから!!)
襤褸きれ同然の簡素でごわごわしたワンピースに涙はよく滲んだ。泣いても、喚いても。意味はないのだ。
私の叫びは誰にも届かない。ましてや此の世界に居ないひとに助けを求めたってどうにもならない。けれども意外にも柔らかな。優しい顔で笑うひとのことを思い出して、小さく呟いた。
「秋津君──。助けて欲しいって言ったら助けに来てくれるかなぁ?」
四日後、聞き覚えのある足音に牢獄の隅で膝を抱えていた私は顔をあげて立ち上がる。兵士を引き連れ、現れたコーラル嬢が己の罪の深さをようやく思い知ったみたいねと扇で口許を隠して。柵越しに私を眺めて笑った。
「───私は牢獄に入れられるような罪は犯してない。大事な友達に顔をあわせられなくなるような恥ずべきことはしないと決めているんです。」
「まさかまだ自分になんの罪はないとでも言う気かしら?呆れ果てるとはこのことね。まあ、良いわ。サフィール王子たちに掛けた魅了を解く方法を教えるのならば修道院送りで留めてあげてもよろしくてよ。」
「貴女は私が蠱惑の香を使ってない事をよく御存知では。最初から私を助ける気なんて貴女にはないのでしょう···?」
木製の扇が軋む音が響いた。怒りに顔を歪めながらコーラル嬢はどんな手を使ったのとひしゃげた扇を牢獄の柵に叩き付けた。兵士たちが息を飲むなかでコーラル嬢は俯きながら私を睨み付ける。
「サフィール様たちに蠱惑の香は使われてはいなかった!!誰も彼も貴女を好くなんておかしいのに!!そうよ、こんなのまるで神のご意志みたいじゃない···!!」
貴女が神に選ばれた聖女だから?笑わせないで!!そんな理由で!そんなどうしようもない理由で私の十八年間の努力を台無しにされるなんて絶対に認めないわッ!!
「貴女が聖女であることも!!貴女は、お前は!悪女よ!」
「だから私を殺すの?」
私は貴女がどんな苦労をして、どんな想いで生きてきたのか知らない。でも嘘をついて無実の人間を死に追いやった事実がこれからずっと貴女に付きまとうってことだけは分かる。
「清々する?ざまあみろと。ほんの僅かな後悔も抱かないで腹を抱えて笑えると言えるのならば貴女こそ悪女の素質があるよ。」
人の上に立つ。為政者ってそういうものなのかもしれないけれど。私情で罪人に貶めて。
「自分の立場を使って私を殺そうとする貴女は上に立つべき人間には見えないな───!!」
「ッ黙りなさい。私はなにも間違えていない!魅了の力は人心を乱し、国を傾け、荒廃に導く恐ろしい力──!!そう、魅了された人々の目を醒まさせる為にも。お前は惨たらしく惨めに死ぬべきなのよ!この女を広場に連れていきなさい!!」
牢獄から出され。手足を拘束されて処刑場だという広場まで私は歩かされた。既に詰め掛けた人々の悪意の滲んだ好奇の目に晒されながら。真っ直ぐに前を見て広場の中央に据えられた丸木の柱に向かう。
石が投げられた。額が切れて血が流れる。罵詈雑言を浴びた。民衆に紛れた学園の生徒たちにゲラゲラと笑われる。
それでも俯かない。丸木の柱に鎖で括り付けられる。震えそうな身体を意志だけで抑え込む。足下の薪に油が撒かれて火が着く。
「───、──!!」
息を吸う。縺れそうな舌で言葉を紡ぐ。広場に集まる人々のざわめきに負けないような大声で私は歌う。ラブソングを。
「───、」
死ぬのは怖い。悪意が怖い。此の世界が怖い。誰かに助けて欲しくて。それが無理だと分かっているから。せめて優しい記憶に包まれて死にたいと何時か秋津君に歌ったラブソングを奏でる。
広場奥の特等席で処刑を眺めるコーラル嬢と王族たちが。黙らせようと兵士に指示を出して薪にまた油が撒かれた。
「けほ、──、ッア!」
熱い、痛い、苦しい!それでも泣いてなんかやるものか──!!意識が薄れる、喉がもう音を出せなくなる。
(ああ、死ぬのか。···やっぱり死ぬのは怖いなぁ。生きてたいなぁ。君に助けて欲しいって思っちゃうよ。)
「···助けて、助けて秋津君──!!」
「俺を呼んだね、敷島さん?」
《後編に続く》