古の盟約
麓の集落から此処まで通じてる私道を十数台の車が登って来るのが見える。
だから此の周辺の山々の管理を任されている私たちは、山の奥の広場に通じる門を開けて彼らの到着を待つ。
此処、南北に約10キロ東西に約8キロに広がる山々は、麓の集落の住民たちの共有所有地。
此の山は私たちにとっても集落の者たちにとっても宝の山。
門に近づいて来た車に手を振り門の中に入るよう促す。
車の助手席や後部座席に座っている女性や子供たちが、私たちに手を振り返して来る。
全ての車が門の中に入ったのを見て私は門を閉じた。
余所者が宝の山に立ち入らないよう、山々を取り囲んで鉄条網が2重3重に張り巡らされている。
だから此の門だけが山の中に入れる場所なのだ。
山の広場、桜の木々で桃色に染まっている広場の手前に十数台の車が止められ、乗っていた人たちが手に手に荷物を持って広場に入って来る。
広場を挟んだ反対側の山の中からは、山を管理している私たちの家族や仲間たちが、春の山菜が山盛りで入っているカゴを背負い広場に入って来た。
広場の真ん中に集落の人たちが持って来た簡易テーブルが置かれ、その上に紙皿と箸にそれぞれの家庭で作ったオニギリや料理が並べられる。
1番端に置かれた簡易テーブルの上にはコンロが置かれ、私たちの家族や仲間が採取して来たフキノトウ、タラの芽、ウドに衣が付けられて次々と天麩羅が作られて行く。
簡易テーブルの椅子に私たちと集落の人たちが座る。
集落の人たちの前には500ccの缶ビールや缶ジュースが置かれ、私たちの前には大人は250ccの缶ビール子供たちの前には160ccの缶ジュースが置かれた。
全員の前に飲み物が置かれると集落の長が立ち上がり、毎度おなじみの言葉を述べる。
「遥か昔に結ばれた私たち集落の者と彼らとの盟約は今年も維持される。
遥か昔に何があって此の盟約が結ばれたのかなんて忘れ去られたが、此の盟約を双方が守り続ける限り、双方に富をもたらし平和が続くのだ。
だから此の盟約を来年も続けられるようにしよう」
要約するとこんな感じの筈。
皆んなの前に置かれたビールやジュースのタブが開けられた。
私たち大人は自分で開けられるが、慣れていない子供たちのタブは近くにいる集落の人たちが開けてくれる。
集落の長が缶ビールを掲げ「カンパーイ!」と言うと、集落の人たちも同じように「カンパーイ!」と口々に言ってから缶ビールやジュースを飲む。
私たち狸はそれぞれ両手で缶を掲げてからビールやジュースに口をつけた。
盟約により私たち狸は、集落の人たちの共有所有地である此の山々で狩られる心配が無いままに暮らせる代わりに、山々を清掃し手入れを行う。
山々は私たち狸によって手入れされる所為で、松茸などの山の恵みが沢山採れ集落の人たちと私たち狸の懐を温めてくれるのだ。