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魔女は最後の恋をした

作者: 織瀬 いと

短編を、書いてみました。

思いついたら勢いで書く、というのは悪い癖ですね。


「やあ、おはよう」


 この家のたった一人の住人であるローズは、寝起きのぼんやりした頭のまま、とりあえず日課の水汲み、井戸から水を汲んで、家の中の水瓶へ移す仕事をやるかー、とドアを開けた。

 誰も来ないはずの山奥の一軒家である。そのドアを開いた目の前に、男が立っていた。

 きらきらしい容貌に、黄金色の髪。細められているけど、その瞳の色は深い海の色。

 よーく、知っている。何度も何度も顔を突き合わせて、作戦を立てたり、文句言ったり喧嘩したりしたんだから、見間違えるはずはない。


 問題は、なぜ彼がここにいるか、ということだ。


「うわあああああ!!」

「朝からうるせえ!」


 慌ててドアを閉めようとしたが、寝起きの頭では反応が一瞬遅れた。

 ねじ込まれた足のせいで、ドアが閉められない。

 その足を何度も蹴りつけたが、相手はがっつりしたブーツだから、室内履きの女性の足で蹴りつけたところで何のダメージもない。


「やだ! アルベルトがなんでここに居るの!? 幽霊!? 化けて出た? 成仏してええええ!!!」

「うるせえ! 生きてるし、死にそうになるようなことはあれ以来やってねえ! やっと見つけたんだ、話くらい聞け、ばか!」

「話なんてない! このストーカー! 帰れ! てか、無理やり入って来ようとするんじゃない、バカ!」

「ストーカーじゃねえよ、ばかやろう!」


 久しぶりに会っても、優しさや気遣いのある会話なんてものから始まったりはしない。二人はいつもそうだった。

 結局、先に根負けしたのはローズの方だ。

 この家はローズの魔力で展開しているマジックハウスだ。ならば展開を解除してしまえば逃げられるのだが、片足なりとも他人が中にいる状態で『片付け』をしてしまうと、接触者ごと片付けられてしまう。魔力として取り込まれてしまうのか、異物としてどこかに飛ばされるのか、怖くて実験したことはない。できるならば、この先もやりたいとは思わない。命の危機を感じたときにはとっさにやらかしてしまうかもしれないけれど、それはごく稀な特殊案件、ということで。今は考える必要のない話だ。


「お茶くらいしか出せないわよ。といっても、隣国の王太子に出せるような良いお茶はないけど」

「嫌がらせの泥水じゃなければ良い」

「嫌がらせに泥水飲ませたことはないわよ! 

「確かに泥水ではなかったがな。嫌がらせかってくらいに、くっそ苦い草の汁を飲まされたことはあるぞ」

「調合どおりの毒消し薬だもん。味の調整とかしてる余裕なかったんだから、そこは王族らしいおおらかな気持ちで許しなさいよ」

「ああ、ああ、わかってるよ。最強の魔女と呼ばれてるお前が。治癒魔法に関してだけはさっぱりポンコツだとか、簡単な毒消しさえ魔法ではできないことくらい、よーく知っている」


 人の痛いところを突いてくるとどうなるか思い知ったほうがいい、と、キッチンで湯を沸かす準備をしながら、ローズはこの間調合して自分でも失敗したなと思った薬草茶を淹れる準備をはじめる。


「サンドイッチを買ってきてるんだけど、食べるか? ローストビーフの」

「それは、当然! 食べます! いただきます!」

「美味しいものに罪はないよなぁ?」

「はい! おっしゃるとおりでございます」

「美味しいものを食べるのに、不味いお茶は良くないよなぁ。水のほうがマシだった、なんてことは、美味しい食べ物に対しての冒涜だよなぁ」


 付き合いが長いと、こちらの手の内は簡単に読まれてしまっていた。

 舌打ちをし、渋々お茶の葉を片付ける。

 そんなローズの様子を眺めて、アルベルトはニコニコと笑っている。ただしその目は全く笑っていない。


「そこまで言うなら、飲み物も用意してきてくれればよかったのに」

「うーん……。あるにはあるんだが。朝からワインというのは、どうなんだろうなぁ?」


 振り向いて見ると、ワインボトルがテーブルの上に置かれていた。ついさっきまで絶対にそこにはなかったものなのだから、当然、アルベルトが出したものだ。

 見るからに極上のラベル。ボトルに手をかけたまま、アルベルトがニヤリと笑っている。


「当然いただきますわ! ええ、美味しいものは美味しくいただかないといけませんものね! 朝だとか関係ありませんわね! 人生は短いんですもの」

「だろう? ついでだから、酒の肴になりそうなものも見繕ってきた。ワインも遠慮しなくていいからな。何本か用意してある」


 何度か飲み交わしたこともあるから、ローズがワインを好きなことも、どのくらい飲んだら酔っ払うかも、完全に読み尽くされている。

 アルベルトの顔には、今日は絶対に逃さない、と顔に書いてあるのが見える気がした。

 こうなったら、開き直るしかない。

 運が良ければアルベルトを酔い潰して、放りだしてから逃げれば良い。

 どっちが先に潰れるかは、運次第ではあるが。





「なんで、俺から逃げた?」


 ほんの少し酔いが回って、口が軽くなったのを見計らって、アルベルトがローズに問いかけた。

 アルベルトは、その答えを知っている。なのに、なぜいまさら、それを問うのか。


「契約は、暗黒竜を退治するところまでだったじゃない。竜を退治して、死骸から魔道具の素材になりそうなものを引っ剥がして、ギルドに売って、そのお金を山分けしたところまでは残業だけど、片付けだって重要だからね。二人でお祝いだーって酒盛りしたのは、まぁ……、おまけ? 暗黒竜を倒せたから気分良かったのは事実だし」

「で、俺を酔い潰して、持ち逃げしただろう?」

「持ち逃げとはひどい言い草ですこと。魔石があまりにもおっきいから、割ってしまうのはもったいないってアルベルトに譲ったじゃない。あの大きさは国宝級だったはずよ? 他の素材の売上の計算がほんのちょっぴりザル勘定だったかもだけど、魔石分でチャラってことにしてくれたって良いでしょう?」

「違う。金や素材じゃない」


 わかってる。アルベルトが何を言いたいのかはわかっている。だけど、その言葉に触れたくない。言いたくない。

 だから笑顔で、頭の中はフル回転で話をずらそうと試みる。


「酒場の支払いは、酔いつぶれたアルベルトの代わりに払っといたはずだし。宿屋まで送り届けてあげたじゃない。その謝礼は、時効ってことにしといてあげる。細かい金額は忘れちゃったし」

「そうじゃない」


 何をどう言えばごまかされてくれるのか。――いや、きっとごまかされてくれたりはしない。でないと、ローズを追ってこんなところまで来たりはしない。

 わかってる。わかってるのだけれど。聞きたくないし、言いたくない。


「痕跡を一切残さず、転移魔法を使って。あちこちに移動してるよな。探されないよう、俺の目を撹乱するためか?」


 答えられない。どう答えれば、アルベルトは納得してくれるのか。


「でも、ローズは甘いよな。詰めが甘いんだ。人が動いたら痕跡は残る。魔法痕跡は魔法で消せても、誰かと話した、買い物をした、バラ色の髪の女の子が歩いてたって話も報告に上がってきてたからな。お前は人々に記憶を残しすぎた」

「だーかーらー、そのあたりは気を付けて、一箇所に長居しないよう、馬車移動はせずに転移魔法を駆使して移動してたもん」

「『もん』じゃねえよ、神出鬼没魔女。人の記憶に残らないように気をつけながら、それでもあちこちの病人の世話をして、一人暮らしの老人を看取って、人身売買の組織をぶっ潰して、子どもたちを救い出して。あっちこっちで伝説作りすぎてんだよ。お前以外に、こんなことができる馬鹿げた魔女がいるか?」

「居たらきっとおもしろいわね。いい友達になれそう」

「ばーか。みんな『バラ色の髪の魔女がいた』って証言してんだ。そんなバカほど目立つ場所に、髪色すらごまかさずに飛び込んでいく阿呆はお前くらいしかいねえ。他に居たら面倒だ」


 ひどい言われようだ。しかし、アルベルトの提示した件については記憶があるから、どう誤魔化せば良いのかわからない。髪色を誤魔化そうと思えばできたのだが、そんなつまらないことで魔力を消費して、大事なときに魔力切れを起こしたら面倒だから、という、ローズの雑な性格が起因だ。詰めが甘いと言われれば確かにそうだし、わざわざ面倒なことをするのは、面倒くさいではないか、と思ったりもする。

 こういう時にフォローしたり、先回りして考えてくれていたのが、アルベルトだったのだけれども。


 出会った時、お気楽な三男坊だと名乗ったアルベルトは、実はとある国の第三王子だった。暗黒竜を倒した後、国王への報告の義務があった。

 本来ならば、竜退治の祝宴なんてものも王宮で開かれる予定、だったらしい。だけどローズにはそんなものは向いてない。できれば参加したくないし。貴族に囲まれて武勇伝を語らされるのは面倒なだけだ。

 だから、ローズはアルベルトに同行するのはここまでだと告げた。だから別れの前に、二人で祝杯を交わそうと言いながら、アルベルトのグラスに薬を混ぜ、手っ取り早く酔い潰した。一国の王子に薬を盛るなど、犯罪スレスレであるが、バレなきゃ無罪だ……多分。


 そして、昏倒したアルベルトから、あるものを盗んだのだ。


 記憶をたどっていたローズは、アルベルトが椅子から立ったことに気づくのが遅れた。

 痛くはないが、左腕を掴まれていて逃げられない。


「止めて、アルベルト」


 アルベルトが何を確かめようとしているのか、わかった。

 しかしアルベルトは、ローズの制止の言葉は無視して、手首まで覆っていた袖を肘のあたりまで乱暴にまくり上げた。


 その下に現れたのは、白い肌に、真っ黒な蔦のような文様。シミのような、入れ墨のような。見ているだけで怖気が走る。

 それをアルベルトはじっと見つめて、いや、睨んでいた。


「止めてって言った。言ったのに! アルベルトには見られたくなかったのに」


 見せたくはなかったし、見られたくはなかった。

 これが、ローズがアルベルトから最後に盗んだもの。


 暗黒竜の残した呪いだ。


 あのとき、とどめを刺したのは、アルベルトだ。だから、呪いを受けたのはアルベルトだった。

 アルベルトには魔力がない。ゆえに、魔力耐性もほとんどない。受けた呪いはあっという間に侵食し、アルベルトの心臓を止めるはずだった。

 呪いと侵食に気づいたローズだったが、それを消すことはできなかった。

 最強の魔女は、癒やすことについてはちょっぴり苦手ではあったが、呪いを他者へ移す方法は知っていたし、能力的には可能だった。


 だから、アルベルトから、呪いを奪った。自分の身にそれを移すことで。

 普通にアルベルトに持ちかけても、断られることは明らかだった。だからアルベルトの意識がない時に実行した。

 自分の体から暗黒竜の呪いが消えたことには、すぐに気づくだろう。その時にローズが隣にいたら、そこに呪いがあることに気づかれるのは時間の問題だろうと考えた。だから、痕跡を残さずにアルベルトの前から姿を消した。


 それでいいと思ったのだ。


 実際に、暗黒竜の討伐の功績が認められ、建国王の再来だとか、竜殺しだとか、いろんな二つ名を受け、気楽な三男坊から、立派な王族になっている、と風の噂には聞いていた。ローズはアルベルトが呪いの影響なく元気に過ごしていてくれるだけで満足だった。


 ローズは最強の魔女だ。魔力もあるし、魔力耐性もある。呪いの浄化は得意ではないので、今のところ、侵食を止めるのがギリギリという状態だ。魔法を使いすぎれば、呪いの侵食が早まる。それを見極めて、呪いが進行しすぎない程度に、生活に必要な魔法を使ったり、人を救うためのほんのちょっぴりの手助けはした。

 なぜなら、そこがアルベルトの国だったから。

 アルベルトは王ではないけれども。アルベルトの一族が治める国が、ほんの少し居心地いいものになってくれたらいいな、と思ったから。


 だけど、ローズはその国をこっそり出た。

 拮抗していた魔力と呪いだが、いつまでもこのまま拮抗し続けるかどうかはわからない。呪いに食い尽くされたとき、最強の魔女はどうなってしまうのか、自分でもわからない。


 だから、死に場所を探すことにした。

 残る魔力で自分を縛り、何者かに変化したとしても、なるべく迷惑をかけなくて済むように。


 山奥にマジックハウスを置いて、時々気まぐれに転移魔法を使って街へ行き、美味しいものを食べたり、日用品を買って戻って来る。そして、山奥にみつけた魔力溜まりに自分の魔力を混ぜ合わせ、結界を作る研究をしていたのだ。


 アルベルトはどこまで知っているのだろう。

 だけど、この場所をみつけたということは、きっと何もかも気づいているに違いない。


「アルベルトのばかー! ばかばかばかばかー! せっかく隠してたのにぃ」


 とうとう堰が切れてしまった。なんで追いかけてきたの、なんで暴こうとするの、乙女の柔肌を無理やり暴こうなんて不躾にもほどがあるわ野蛮だわ。

 罵詈雑言を思いつく限り並べたが、アルベルトは何も言わなかった。

 何も言わず、そっと左腕の袖を手首までおろし、その上からそっと愛おしむように腕を撫でた。


「ばかー! あるべるとのばかあああああ」


 殴ろうとした手を捕まえられ、引き寄せられ、そのまま抱きしめられた。抵抗できなかったのは、酔っていたせいだ、多分。

 アルベルトの胸を濡らしたのは涙だけではなかったかもしれないが、アルベルトは何も言わなかった。


「俺から奪った呪いを返してくれるか?」

「……絶対やだ。無理」


 何のために、アルベルトを昏倒させてまで奪って逃げたのか。そこんところを理解して欲しい。絶対返さないし、返すわけがない。魔力の差があるから、誰かに力尽くで奪われるようなこともないだろう。


「その呪い、俺のものなんだけど」

「残念でした。もう私のものです」

「ばーか。俺のものなんだよ。もう、その器ごと全部俺のものだ」


「……はぁ?」


 何を言ったのかわからず、驚いて顔を上げる。

 アルベルトの顔はいたって真面目だった。冗談や嘘で言ってるわけではない。

 ということは……


「えええええええ? ばかじゃないの? 私を俺のものだとか、何言ってやがるんですか」

「だーかーら。お前は俺のものなの。何だったら、俺もお前のものになってもいい。お前が望むなら」

「はあああああ? 何いってんの? わけわかんない。あなた王子様でしょうが。しかも竜殺しの称号をもらったんだから、そこら中の美女をよりどりみどりなんでしょ、さっさと結婚して、子供作って、幸せに暮らしてめでたしめでたしってのが定番でしょうが」

「お前がいない『めでたしめでたし』に意味がねえの」

「側室になれとでも? いつ呪いに負けて魔獣化するかもしれないのに。王都へ連れて行こうとするんじゃない」

「連れて行かない。ここで暮らす」

「はああああ?」


 何を言ってるのかわからない。言葉は通じているはずなのに、なぜか、アルベルトが何を言ってるのかわからない。


「近くの街に一軒、家を借りる準備をしている。そこに転移門を置こうと思ってる。で、ここの近くに対の転移門を置けば俺一人でも移動ができるだろう? 転移門をいくつか作れば、あっちの王都まで往復するのも難しくないだろうし。どっか遊びに行っても、すぐに帰ってこれるようになるし。悪くないと思うぞ」

「なんで勝手にそんなこと決めちゃってるのよ、ばか」

「そりゃ、俺がやりたかったから? ついでに、上手く捕まえないと、お前、逃げちゃうだろ?」


 あまりにも図星過ぎて辛い。


「ローズ。愛してる。だから、最後の時まで一緒に居させてくれないか?」

「責任取れるの? 私が呪いで、自分が自分じゃなくなった時に、ちゃんと責任取ってくれるの?」


 抱きしめられたまま、上目遣いに睨んでみたが、アルベルトは柔らかく微笑むばかりで何も言わない。


「アルベルト。ちゃんと答えて」

「……殺したくはないなぁ。ギリギリまで諦めたくない。解呪が得意だという聖女がいないか探してるんだけど、ここまで強力な『呪い』に対抗できそうな聖女がみつからなくてさ。でも、探す。諦めない。諦めたくない。だけど……どうしても間に合わなかったら、他の誰かに任せるんじゃなくて、俺がちゃんときれいにかたをつける。そもそも、これは俺の呪いだから」


 暗黒竜の呪いがどうなるか、本当はわからない。文献では『死んだ』とされているが、ただ死ぬだけなのか、呪われて、新しい暗黒竜になってしまうのか。それとも別の魔獣になるのか。

 アルベルトが死んでしまうかもしれない。魔獣に変わるかもしれない。その時にローズにとどめが刺せるか、自信はなかった。だってそこにいるのはどんな姿であってもアルベルトだから。

 だから、呪いを奪った。

 それなのに。


「ばかあああああ。アルベルトのばかあああああ」

「わかった、わかった。俺は馬鹿です。馬鹿になっちゃうほど、ローズのことが好きなんだろうな。最後の時まで一緒に居たいくらい、ローズのことを愛しちゃってるんだ」

「ばっかじゃないの? ばかああああ」


 とんとん、と、子供をあやすように、アルベルトの手が小さくローズの背中を叩く。眠くなるようなリズムだ。


「ローズ。酔いが覚めても追い出すなよ? 放り出されるのも、かんべんな」

「……」

「やっと捕まえたんだ、だからこれから先はずっと一緒にいる。ローズのそばで。俺の呪いを見届ける」

「服で隠れてる場所のほとんどが呪いに侵食されてて、ひっどいの。そのうち首や顔や手にもアレが現れるかもしれないけど。それでも……?」

「目をそらさず見てるよ。それはそもそも俺が受けるはずだった呪いなんだから」

「この先、何があるかわからないけれど。私が自我を失った時には、アルベルトが殺してくれないと嫌よ」

「誰にも触らせない。俺がローズの望みを叶える」


 ローズは散々泣いて、たくさんアルベルトを罵って、それをアルベルトは笑って受け止めてくれて。

 ローズが泣きつかれて眠って、起きたときには太陽が殆ど落ちかけていた。

 どうやって自分の寝室のベッドへ移動したのかも思い出せないまま、なんとなく降りてきたキッチンでは、オーブンに鶏肉のローストがあったし、ソーセージと根菜のスープも煮えていた。


「ローズ。目が覚めた?」


 アルベルトの顔を見るなり、数々の失態を思い出して逃げたくなった、が、ここがローズの家なのだから、逃げたところで戻って来るのもここしかない。マジックハウスなる貴重な魔道具を置いて逃亡するのは、懐の事情からして難しい。ついでに、この山奥の魔力溜まり以上に、なにかあった時にローズ自身を封印するのに適した場所は今のところない。


「ローズ。左手を貸して」

「はい?」


 握手でもするのかと、何気なく出した手を返し、アルベルトは自分の左手の上にローズの左手を置いた。そして右手で、ローズの薬指に、そっと指輪をすべらせた。

 チッ、と小さな魔力が弾けて、溶けた。

 ゆるいように思われた指輪が、ローズの薬指に合わせてぴたりと収まる。

「魔力が反発したわよ。これ……対の魔道具があるわね?」

「ご明察。ローズの居場所を探せるように作った、魔道具なんだ」


 これでローズの居場所を見失う可能性が減った、とアルベルトは微笑んだ。


「こうなったら、なんで私にここまで執着するのか、じっくりゆっくり語ってもらいましょうか。これから時間はたっぷりあるだろうし。娯楽なんてものはないし」

「ゲーム盤くらいは今度持ち込んでも良いかな? 時間はたっぷりあるだろうし」


 そうして、二人は見つめ合って、笑った。


「まずは、食事から、かな? 二人でご飯を食べよう。ローズ、食べれそう?」

「美味しそうな匂いがしてるから、すごく気になってたの。でも、朝の残りもあるよね、あれも食べたいかも」

「今日は俺が用意するから。待ってて」


 ローズが寝ている間に、台所を掌握してしまったらしい。勝手知ったる自分の家という様子で、料理の仕上げをしている。

 アルベルトの言葉に甘えて、料理が出てくるのを待つことにした。

 美味しそうな食事の匂い。誰かと一緒に御飯を食べるなんて、アルベルトを昏倒させた時ぶりだ。


 袖口にちらりと見えた黒い模様を、慌てて袖を引いて隠す。

 いつまで続くかわからない。だけど、今はアルベルトとの時間を楽しんでも良いのだと、思うことにした。


 王子様と末永く幸せに、なんて綺麗事は無理かもしれないけれど。

 ローズにはローズのやり方で、王子様を幸せにしたかった。それだけだ。


「さあ、ご飯を食べよう」


 アルベルトは馬鹿だ。こんなところまでローズを追いかけてきて。しかもローズといっしょに居たいだなんて。バカもいいところだ。

 でも、やっぱり。

 笑ってるアルベルトを記憶の中で追いかけるより、目の前で笑っているアルベルトのほうが良いな、と思ってしまったのだから。ローズも馬鹿なのだろう。

 バカでもいいや、と思ったのだ。アルベルトにバカだと言うのは、自分だけで良いし。ローズにバカって言っても許せるのはアルベルトだけ。

 それでいいと、思ったのだ。


一応、ローズさんは治癒魔法もできます。毒消しもできますが、とんでもなく効率が悪いというか、体力と魔力をごっそり削られてちょっぴりしか回復しないので、「毒食らった? とりあえず毒消し草食べといて。後で状態に合わせて薬を調合するわ」になりがち。体力回復も薬を使った方が効率的らしいです。動かせない怪我人がいるとか、どうしても薬を飲まない赤ん坊や子供には治癒魔法を使うことはあります。アルベルトには絶対使いません。怪我するような無茶をするなとは言えなくて、腹いせに苦い薬を飲ませてる可能性はあるかもしれません。

魔法的に不得手なのはちゃんと自覚してるので、魔法薬の調合はたくさん勉強してますし、効果は高いものが作れます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 呪いが解けてハッピーエンドではなくて、解けないけどずっといっしょエンドなのがよかったです。 よくある愛の奇跡やなんかも、なかなか実際には難しそうですからね。 解けても解けなくても最後まで共…
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