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第七話 今昔

 三日後、酒場に目つきの鋭い男が訪れる。一杯だけ酒を注文して飲み終えたらさっさと代金を払って帰ってしまったが、短い間にも注意深く店内を観察していたと閉店後にドールが警戒を示した。


「お前さんはどう感じた、シュヴァンレード?」

「気配が違う男がいたのは間違いない。貴殿から見てそういう男がいたのならそうなのだろう」


 シュヴァンレードは淡々と問いに答える。まだまだレド以外の人と話すことに違和感を拭えず、気安そうに話しかけられるのも良い気はしないが、今は些事に構っていられない。


「あれは確実にエルザちゃん狙いね。前に黒髪ちゃんがいたときも見回りに来ていたような気がするもの」

「警備隊の斥候というところね」


 アトリの言葉にレドも頷く。時間はかかったが門の中に入る機会が巡ってきたらしい。


「どうするエルザ? 俺は今しばらく泳がせてもいいと思うがよ」

「それでも良いのでしょうけど、万全の体制で待ち構えられても困るかしら」

「……予定を早めさせて隙を誘う。合理的ではありますが……」


 慎重論を唱える男二人をよそに、レドは早くも次の手に思いを巡らせていた。兵士というのは想定外に対しては力の全てを出し切れないものの、事前に想定できる脅威に対してはそれなりに強い。時間をかければ不利な立場に置かれるのは間違いなく、折角得られた機会を逃さず活用しきりたいという主張に一同も覚悟を決める。


「……ご決心は揺るがないようですな。ならば、私も最善を尽くしましょう」

「じゃあ俺も準備をするか。まあ、引き渡しが上手くいくようにするだけだが」

「もういなくなるのかぁ……エルザちゃんのスープが飲めなくなるのはちょっと残念ね」

「ありがとうアトリ……そうそう、最後にあなたの占いを聞かせてもらえるかしら? 明日の私の様子はどうなるのか」


 そう言われた占い師は、レドの顔をしばらく眺め、考える姿すら見せずに「空を飛ぶ鳥は巣に安住をしないものよ」と語った。


「どういう意味なの?」

「貴女は自由に動いているときが一番素敵に見えるということ。牢に繋がれているなんて最悪としか表現できないかしらね」


 その答えにレドはつい大声で笑ってしまう。確かに牢に繋がれているときの気分は最悪だったし、何なら妃であった頃も幸せではあったが、どこか物足りなさを感じてもいた。いっそナヴィードと共に何処かへ駆け落ちでもしていればよかったのだろうか、などと想像してしまう自分が可笑しくてたまらない。


「ああ、面白いわね。目的を達したあとは速やかに逃げ出しましょう」

「……気楽になりすぎも毒です、レド様」

「そのためにお前さんがいるんだろうが。しゃきっとしとけシュヴァンレード」


 いつの間にかすっかり楽天的な考えに染まっている主君へ掛ける言葉が見つからないシュヴァンレードをこつんと小突きつつドールが励ました。仮面が喋ることに一切の疑問を持たない彼らに毒されすぎだとは思うのだが、その一方で短い間であれ自分を人間と同じように扱ってくれたことには感謝の一つも示さなければとも思う。


「……努力はしますよ、ドール殿」


 彼は決意の言葉を述べることで感謝の代わりとし、不器用な彼の示した言葉にレドは嬉しそうに頷いていた。


 更に二日が過ぎて再び酒場を訪れた男が前と同じ酒を注文するとドールは厨房にいたレドへ運んでくるように頼み、布で顔を隠した彼女か酒を運んでくると「客の前で顔をさらさないとは感心しないな」と文句をつけてくる。


「うちの店員がに食わねえんならよそに行っても構わねえんだぜ」

「そうじゃない。むしろ気に入った」


 男はドールに交渉を持ちかけ外へと出ていき、ややあって戻ってきた彼はレドの肩を叩きつつ「お客さんが外でお待ちだ」と告げた。


「店のことは気にするな……しくじるんじゃねえぞ」

「ありがとう……お世話になったわね」


 短く言葉を交わしながらちらりと背後を見ると、接客の準備をしているアトリが片目をつぶって見せてくる。それに頷き前を向くと外に出た。

 待っていた男は頭の布を取るように要求し、素直に仮面を着けた顔を晒すと「ふん、やはり貴様がそうか」と冷たく言い放つ。


「いやにおとなしいじゃないか、悪魔が」

「店に迷惑をかけたくないもの」

「呑気なことだ。奴に売られたというのに」


 ありきたりな揺さぶりに彼女は何も言わない。売られたのではなく進んで売り込んだのだが、そう思われている方が都合が良かった。


「窮屈に隠れて暮らすのにも疲れてしまったわ」

「なら安心しろ。貴様はすぐにでも処刑だ」


 ドゥーリッドのみならず我らの主君をも殺したのだからな、と一方的に決めつけてくる。


「ドゥーリッドはともかく、ランブルックには一切関わっていないけれど?」

「したのだよ。我々がそう判断したからな」


 何とも身勝手な言い分ではあるが、要は領主殺害の罪を着せ自分たちの失態を挽回し、他の諸侯たちへ悪魔を殺した功績を条件に領土の保全を求めようという腹積もりなのが彼女にも感じ取れた。


「また処刑台かしら?」

「そんなものは必要ない」


 男は油断なく背中に刃物を突きつけて前に進むように促した。レドは抵抗せず、仮面にただ耐えるようにと意思を示すと黙ってまま多数の兵士が待ち受ける門前の警備所に連れ込まれた末に「厳しい尋問」を受けた。

 そのまま牢に入れられたレドは「随分下手だったわね」と疲れを隠さずにつぶやくが、仮面は黙ったままで何の反応も示さない。耳を撫でてみると屈辱のあまり泣き叫びたいのを懸命にこらえているのが伝わってくる。彼女は子供を慰めるような口調で「……もう二度としないわ」と諭したあと浅い眠りについた。

 翌日、レドは両手両足を鎖でつながれ城へと連行される。誰もいない街中を歩いていくが、単に人気ひとけがないだけでなくどこか空気が淀んでいるような印象を受けた。まるで何かに怯えているかのように。


(レド様)

(……そうね、もうじき理由は分かるからそれまでは我慢して)


 声を出さずに意思を交わし合いつつ歩き続ける。統治がおざなりになっているのは明らかだが、領主がいなくなったことによる一時的な現象なのか、領主が死んでも解消されない淀みであるのかを見定めたかった。

 服は牢に放り込まれる前に剥ぎ取られていて、薄汚れた長い布を巻き付けているだけの体に容赦なく寒さが突き刺さってくる。用が済めば野ざらしにして凍死させるつもりらしい。

 城の前にたどり着くと、兵士に元々動かせない手足へ上乗せするように取り押さえられた。僅かな身じろぎすら許さないという態度だが、同時に銀化すれば簡単に対処できる程度であることを見抜いた彼女がなすがままに任せていると、よく知っている相手が姿を見せる。

 ランブルック候妃、ニーシャ・バル・ランブルックは美しい顔を強張らせ仮面の女を見下ろし「この者が?」と側近に確認すると、無造作に仮面で覆われた顔を踏みつけた。


「なんておぞましい姿なの! このようなものを放置していた罪は重い……警備隊の長は降格させておきなさい!」


 激昂しながら指示を言いつけ、再び足を動かし頭を蹂躙し続ける相手に憤りを隠せない仮面をなだめつつ、自らもそれに耐える。まだ手を出すのには早い。


「まあいいわ。忌々しい黒髪の女の代わりには十分ね。レダを殺した悪魔なら民の心も傷まないでしょう」


 ひとしきり痛めつけられたあと、地面から持ち上げられた仮面の中にある瞳をニーシャが嘲りながらのぞき込む。


「何か言いたいことはあるかしら? 特別に一言だけ発言を許してあげる」

「……」


 レドは口の中に入り込んだ土を飲み込み、心苦しさを感じつつも鋭利な言葉でニーシャを突き刺した。


「……殺す価値も無いと判断された気分はいかが?」

「なっ……!」


 場が凍りつく。ニーシャは怒りのあまり自らの手でレドの頭を地面に叩きつけ、側近たちの制止も無視して体を押し倒すと何度も踏みつけ罵声を浴びせた。


「汚らしい悪魔の分際で私を穢すつもり!?」

「何か言いたいことは、と仰られたのはお妃様では?」

「黙れ! 知ったような口をして、お前に私の何が分かる!」

「お心が凍り付いていらっしゃいますのね……どなたのせいかしら?」


 憐れむような口調で話す女の姿にニーシャの怒りは限界を超え、声を震わせながら兵士たちに処刑を命じる。


「野ざらしなど生温い! この場で切り捨てなさい」

「はっ!」

「そうよね……あなたに責任はないわ、ニーシャ……」


 未だに収まらない怒りを抑えるべく足早に立ち去ろうとする背中にレドはそっと声を投げかけ、それに何かを呼び起こされたニーシャは怪訝な表情で足を止めた。


「……?」

「あなたの気持ちが分かるなんて言えない……私にはもうこんなことしか出来ないもの」


 怪しい動きを察知した兵士たちが剣を振り下ろすが、既にレドは力を解き放つよう仮面に命じている。


「シュヴァンレード、あなたの力を!」

「お守りいたします、レド様」


 即座にレドの体は銀に包まれ、自由を得たシュヴァンレードは体を押さえつけている兵士ごと地面を転がって強引に振りほどき、立ち上がりながら手足を束縛する鎖を引きちぎった。その様を見たニーシャは腰を抜かしてへたり込み、側近や近衛兵が慌てて守りに入る。


「……まさか、レダ? レダなの?」

「レダはもういない……私のせいで死んでしまったから……ごめんなさい、ニーシャ」


 次々と斬りかかって来る兵士を退けながら、レドはひとり残されて寂しさに心を凍てつかせたニーシャに一瞬だけ視線を合わす。

 ただ愛する人と悲しく別れ、虚ろな心をこらえて気を張り詰め過ぎていただけのことだった。一歩間違えれば今の自分の姿にもなり得たニーシャのことを笑うことなど出来ない。

 今が潮時と感じたレドは撤退を指示し、シュヴァンレードも心得てその場を離れる。ニーシャは護衛の兵士たちの合間から去っていく銀色の女の姿を呆然と眺め続けていた。

 風のような速さで城門へ向かい、たむろしている多数の兵士の姿を認めた仮面は主君の意見を仰ぐ。


「一気に駆け抜けましょうか?」

「いえ、あなたの気が済むようにしなさい」

「は?」

「このままでは面子も立たないでしょう? ……但し、不必要に殺すことだけは避けて」

「……はい!」


 意気込んで返事をするシュヴァンレードにレドは思わず微笑みを浮かべた。時折見られる子供のような純粋さが『星光』たる由縁のひとつなのかも知れない。輝かしい未来を持ち主に約束する宝物には、子供らしい純粋さがよく似合うのだろう。

 荒っぽい戦い方ではあったが全員を瞬く間に叩きのめしたシュヴァンレードをねぎらいつつ、レドは脱出したあとはそのまま南西へと向かうよう指示した。


「酒場には寄らなくて良かったのですか?」

「あら、どうして? ……多分誰もいないと思うけど」

「いえ、お召し物が今のままでは」


 その指摘に改めて自分が服を剥ぎ取られ裸に近い格好のままだったと思い至るが、足は止めない。


「私に服を売ってくれる物好きな方がいらっしゃると良いわね」

「レド様、もう少し真剣にお考えください」

「私はこれでも真剣なのだけど」


 まだ何か言いたそうなシュヴァンレードに構わず軽快に走っていく。今回の事態がニーシャから諸侯たちに上奏されれば同盟全体から討伐の対象になるのは確実で、それなら最初から隠すことなく悪魔でいても良いのではないかとすら思えていた。

 今の自分に生半可な服では似合いそうにない。なめらかで美しく、力強さをも兼ね備えた銀のドレスがあるのだから。

 これまで己の心に課していた束縛から抜け出しつつあるレドはきらきらと光る思いを胸に先を急ぐ。




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