第五十五話 待伏(まちぶせ)
残響の影響で東側から崩れ落ちていく道を辿り、ハウゼッツ領に入ったレドたちを待ち受けていたのは、ソルベイユの旗を掲げている大軍勢だった。先頭に立っているのは黒く輝く鎧に身を固めた白髪の男の姿。
「お久しぶりでございます、ナイカ様……このような場所でお待ちになられていらっしゃるとは」
「レド……よくも我が前に現れたものだ」
彼は表情を変えずに淡々と答える。何の感情も込められていない、歪んだまま凍り付いた顔。
「顔色が冴えねえなソルベイユ候。それが愛しのレドに会えた顔かよ?」
「レドは殺す。そして私も死ぬ。世界に、いや世界そのものが不要なのだからな」
「そうかよ……!」
デスクスは吐き捨て円盤を構えた。考えなくとも既に正気ではないのが理解できてむしろ安心している。
「あえてお聞きしますナイカ様。何故世界は不要なのですか?」
「世界が我々を求めていないからだ。お互いに求め合わないのならばどちらも消えて当然だろう」
「寂しいお考えであられますのね……かつての私も、あの子も、助け合う仲間を見つけられて救われたというのに」
その言葉を「それが何になる」と冷たく返した。世界が洗い流されれば消えてしまう刹那の絆になど、虚無の空間は埋められぬと言い切る。
「それじゃ仕方ねえな……てめえだけ消えてろナイカ!」
「ナイカ様、その虚ろをお祓いいたします!」
「貴様らこそ消え失せろ。再びの生を享受も出来ぬほど細切れにしてくれる」
それを合図としてナイカの後ろに控えていた兵士たちが一斉に突撃を開始した。レドは全身に光をまとい、デスクスはその隙を補うように前に飛び出して兵士を迎え撃つ。槍を突き立ててきた兵士の喉元に向けて円盤を投げ、相手は喉を裂かれてながらも突進してくるが彼女は慌てない。あれほど歪められた男に率いられている兵士たちがまともなはずがない。背中に備えておいた予備の円盤を取り出しつつ、左手に構えた銀の円盤で伸びてきた槍の穂先をまとめて切り飛ばす。
その後ろからレドが前へ出て、代わって押し寄せてくる剣兵たちを蹴散らした。体勢が崩れない限りは攻撃を体で受け止めて反撃で殴り飛ばし、殴られた兵士たちは倒れた後悲鳴も上げずに朽ちていく。互いの攻撃を交代で重ね合い少しずつ奥に下がったナイカを追う二人だったが、攻撃を終えて位置を変える瞬間を狙って鋭い剣の一撃が体勢が整わないレドに襲いかかった。とっさにデスクスの投げた円盤が勢いをわずかに殺し、刹那の間にシュヴァンレードが召喚した長剣で攻撃を受け止める。
目の前に立つのは目を赤く光らせる長い金髪の子供。
「久しぶりだね、銀の女と円盤使い」
「剣師!」
兵士たちに紛れて漆黒の剣を構えていた剣師が、殺意を漲らせた瞳でレドを射抜く。
「消えたのではなかったの?」
「前の僕は油断して倒されたらしいけど、そうはいかないよ。僕はあんな下手くそじゃないからね」
この剣はなまくらとは違うよ、とふてぶてしい笑いを浮かべる剣師に小石が投げつけられ、避けようともせずに体に当たった小石を踏み砕いた彼は忌々しげに投げた相手を一瞥する。
「なんだい君は? 挑発でもしているつもりかい」
「分かっていて避けれないんじゃ大したこともねえな。円盤だったら一撃だったぜ?」
「円盤ならね。今の君は小石を投げるのが精々みたいだし、避けるまでもないよ」
話にもならないと改めて狙う相手に向き直ろうとして、同じ方向から飛んできた槍の穂先を今度こそ剣で打ち払った。
「……鬱陶しいな、お前!」
「見下した相手に舐められる気分はどうだ? クソガキがよ」
「早死にしたいようだね……面倒だけど一太刀で葬ってあげるよ!」
言うと同時に目にも止まらぬ速さで斬りかかるがデスクスは慌てず背後から襲ってきていた兵士一人と位置を入れ替えて斬撃をかわすと、姿勢を低く取り銀の円盤で相手の腕を撥ねようとするが、剣師も深追いせずに兵士の死体を押し返して後退する。二人の攻防の隙を突き、レドはさらに前を目指して突き進んでいった。
「逃げるな星光!」
「誰が逃げるかよ馬鹿。お前程度を相手にするほどあいつは暇じゃねえ」
「減らず口を聞くのも終わりだ! 斬った後に崖底に沈めてやる!」
「てめえこそ地の底に叩き返してやるよ! 何度だろうとな!」
ほとんど目で追うことのできない斬撃をデスクスは囲んでいる兵士たちの波を利用して押し返し、しかし反撃で投げつけた円盤もまた剣師に打ち払われ両者は一進一退の攻防を繰り返す。
一方ナイカを目指すレドは、シュヴァンレードに感覚を鋭敏にするように指示していた。既に相手の弱点を知っている今のデスクスならば心配ないとはいえ、力のある魔性をあれほど前に出している以上、大将の護衛にはより強い魔性がいると考えるのが普通である。
「まだ来ないの?」
「ナイカの付近に固まっているようです」
「なら、こちらから出向くしかなさそうね!」
時には剣を、あるいは槍を、どれも使えないならばその拳で、記録から引き出された銀の武器を使いこなして本陣に迫り、馬上から戦況を眺めるナイカの姿が目に入った。
直後、右側面から何かが勢いよく飛んでくる。手で払おうとしたところで「いけません!」と鋭い声が飛び、シュヴァンレードが体を動かして後方に大きく下がる。
改めてレドの目に映ったのは三本の脚で体を支える不気味な巨獣で、上半身を目まぐるしく回転させているその姿は生き物とはとても思えない。しかも、同じ姿の獣がもう一体居る。鉄の巨人と同じ、命無き魔性。
「今の攻撃は?」
「雷をまとわせています。触れたらその場で終わりです!」
「おまけに砲も見えるわね……前のように飛び込めなさそうかしら」
彼女と一緒の方が良かったでしょうか、と弱気になる彼に「そんな弱気じゃ足を引っ張るだけじゃない?」とたしなめ、槍を構えた。迂闊に打って出ては蜂の巣にされてしまう。出方を見ながら隙を突くしかない。
鋼獣が砲を高速連射しながら突進してくるのを大きく横にかわし、脚めがけて突きを放つものの通じず、逆に槍の穂先が折れてしまった。
「銀の武器が通じない!?」
「……下がります。何か仕掛けがあるに違いありません」
シュヴァンレードは主君の動揺を抑えながら動きを補助しつつ考える。過去から今へと進み続ける記録の集合体である銀の武具は、積み重ねてきた情報の差を利用して過去や現在という単一の時にしか存在し得ないものを貫き、そして防いできた。今までは受け止められることはあっても折られることの無かった銀の力が、相手に通じず折られたという事実の意味するところはひとつだけ。
「世界の洗浄を浴び続けながら永き時を過ごしてきた、私と同質の力を帯びる破滅の化身……」
「文字通り、最後の切り札……デスクスを作り変えた人たちが本当に求めていたもの……!」
「レド様、今用いれる全力を出します! よろしいですね?」
「……あなたを信じています、シュヴァンレード!」
光を集束させ、両手に剣と盾を出現させた彼女は今度は待つことなく自ら切り込む。砲を盾で受け止め、雷撃をかわして胴体を薙ぐがやはり通じずにへし折られ、諦めずそのまま折れ残った剣を短剣に変えた。そばを駆け抜けながら頭部を刺そうと試みるもののこちらも通じない。
「こんな化け物がいるなんて!」
「まだです! まだ全ての手を尽くしていません!」
次々と思いつくままに新たな武器を呼び出しながら、シュヴァンレードは考え続ける。自分だけの力では及ばないなら、何かを味方につければいい。その何かを彼だけでなく彼女もまた追い求めていた。
剣師と戦うデスクスは縦横無尽に振るわれる剣と、無秩序に群がる兵士たちに苦戦している。苦手な槍兵は多くないのが幸いだが、あまりに数が多いと捌きながら動くのもひと苦労だった。
「どうした? そんなに僕が怖いのか?」
剣師は周辺の邪魔な兵士を適当に斬り捨てながら刃を彼女に向けてくる。こちらはこちらで好機を何度も兵士に遮られ、中々直撃を狙えず苛立ちを強めつつあった。
「こいつら邪魔だな。命令じゃなければ片っ端から倒していくのに」
「既に片っ端から倒してるじゃねえかよ」
「邪魔なら斬ってもいいとは言われているけど、全てを斬れとは言われてなくてね」
あの人もおかしくなってるよね、と愚痴を述べる剣師をデスクスは鼻で笑う。
「お前が信頼されてねえ証拠じゃねえのか?」
「君こそ平気で兵士を盾に使ってて良心が痛むとかないのかい? 人間のくせに」
人間はお互いに助け合ってようやく力を出せるものなんだろう、とおどけて言う彼に対し「あいにく暗殺者はそういう言葉には縁がなくてよ」と、彼女は凄みのある笑みを浮かべて返した。
「面識も信頼もねえ馬鹿が何人死のうが知ったこっちゃない」
「本当にそうかい? 実際には心が傷んでないかな。レドに触れて君もかなり優しくなったと思っていたのに」
心を揺さぶろうとする。実際以前の自分が戦ったときよりも彼女の殺気は弱まっており、それは人殺しをためらっていることの証だと彼は解釈していた。
「だから俺が殺しをしないようにしている? 笑わせてくれるぜ!」
「嘘つきはほどほどにね。忠告してあげるよ」
剣師は振るう剣の速度を上げ、流れるように迫る。途中で倒した兵を前に蹴り飛ばして牽制するのも忘れない。
「そいつはありがてえな……なら、遠慮なくやらせてもらおうかよ!」
デスクスは迫る死体を首だけ切り落とし後ろへ下がろうとしたが、行動を読んでいた剣師の一撃がそれより早く右腕を捉えていた。一瞬だけとはいえ傷を与えたことに剣師はようやく余裕を見せる。
「やるじゃねえか」
「その傷は僕の意思を刻み込んだからね。もう右手に円盤は持てないよ」
「別に左手まで駄目になったわけじゃねえぞ」
右腕をだらりと下げつつ左手で銀の円盤を構えるデスクスを彼はあざ笑った。
「そんなお守り程度、斬るのはわけないよ」
「前置きはいいからさっさとしやがれクソガキ……こんな手負いも殺せないほどの三流だって笑ってやるよ」
「……死ね!」
挑発を止めない彼女に苛立ちが頂点に達した剣師はその左胸を貫こうと強烈な突きを放つ。デスクスは避けようともせずにに待ち受けているように見えたものの、あと少しと言うところで足元に転がっていた槍を足で跳ね上げて牽制した。槍のせいで微かに軌道が逸れるが、それで狙いを外すはずもない。剣先が人間一人分位の間合いまで迫ってきたところでようやく彼女は左腕を振るい剣先を斬り落とす。
剣師にとっては想定の範囲内だった。自らの一部である剣を即座に再生すると無防備になった体に襲いかかるが、相手は力を入れられないはずの右腕で腰に着けていた砥石をむしり取り、再生されたばかりで固まりきっていない剣先を受けてへし折った。
驚く彼に彼女はヒビが入った石を投げつけ、再度左の円盤で右手首を斬りおとした。
「ぎゃうっ!」
「まだまだ、だ!」
予想外の反撃を受けて大きく後ろに下がる剣師に追撃の銀円が放たれたが、彼は打ち払うことなく回避に徹する。
「く、くそ……調子に乗るなよ黒髪! お前なんかに……」
「背後がお留守だぜ、馬鹿野郎が!」
後ろを振り返るより早く、かわしたはずの銀円が弧を描いて飛来し背中をえぐられ、剣師は小さな悲鳴を上げた。
「ぐえっ……! だ、だけど銀の武器はこれで終わりだろう。君にもう打つ手はないはずだ!」
背中に刺さった銀円を内側から押し出して踏みにじりながら吠える。確かにデスクスがレドから託されていた円盤はその一枚きりである。彼は傷つけた箇所に念を込めて今度こそ完全に動きを止めた。少々彼女を侮りすぎていたことは否定できないが、二度も仕損じることはない。
「死ね黒髪! すぐに銀の女も後を追わせてやる!」
今度は突くのではなく真上から両断するべく跳躍して刃を振り下ろそうとするが、不意に彼女は微笑む。
「ようやくか。待ちくたびれたぜ!」
デスクスは左手で使い古した小さな円盤を取り出し、迷わず剣師の首を狙って投げつけたが相手は無視して剣を振り下ろした。円盤ごと斬り捨てれば問題は無いはずであったが、何故か剣の方が斬り落とされ円盤はそのまま剣師の首にめり込む。
「な、なんで……?」
理解できなかった。断ち切られた剣を再生することも出来ず、致命傷を負い力を失った彼の頭をもう一つの砥石を使って殴り飛ばし、とどめを刺す。
「銀は……一つでは……?」
「あれは俺の一番古い相棒でよ。唯一ここに持ち込めた、特別な一枚だ」
前の時代からこちらへと残されるとき、彼女は餞別として四枚の円盤を与えられていた。しかし目覚めてみれば他の三枚は揃って錆果て使い物にならなくなっており、彼女はその一枚だけで各地を渡り歩いた。前時代から引き継がれたその一枚には彼女自身と同じく、限界まで持てる力を引き出し魔を払うほどの力が込められている。
「腕が……動かないのも……誘い……?」
「俺の体には過剰なほど前時代の記憶が詰め込まれているんだぜ、かすり傷程度のちっぽけな情報なんか傷にも入らねえよ」
余白だらけのレドと違い強引に過去の情報を詰め込まれた彼女には、大半が使い物にならなくなったとはいえ新たに他者の情報が介在する余地など殆ど残されていない。過去と今の己を象徴する二枚の円盤を拾い上げる姿に剣師は呪詛を吐き捨てた。
「お前は……洗い流されて、消えるだけ……だ。自分であることすら……失う……」
「それがどうしたよ? 俺には今があれば良いさ。過去から今へ、今から未来へ、生き切りながら続いていくのが歴史ってもんだろう?」
お前みたいに最初から諦めたやつとは違うんだよ、とぶっきらぼうに言葉を贈ると彼はその姿が薄れていく中で小さく笑った。
「なら……僕は……君を……諦めない……いつか……また……」
最後まで言葉は続かず、剣師の姿は風の中に消滅していった。
「俺は御免だがな……次には化けて出るなよ……」
今の戦いで大分数を減らした兵士たちを蹴散らしつつ、彼女は先行したレドとの合流を目指す。疲労は感じているが弱音を吐くのは後でいい。
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