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第五十一話 古記(こき)

 三日後、レドとデスクスはリアリスたちに見送られ旧同盟地域を目指して出発する。


「エグザトスに寄らなくて良いのですか?」

「ネビク様に一言を、とは思ったけどラルフレートの恋わずらいを再発させたくはないもの」

「……本当にあいつが苦手なんだな」


 デスクスの呆れた声に構わずレドは足を進めた。苦手もあるが、彼を見てしまうとどうしてもナヴィードのことを思い起こしてしまう。今は業歪を追うことに集中したかった。


「ウィゼもそうだろうがニスタからは更に警戒が厳くなるんじゃねえの?」

「ドゥーリッドからソルベイユに回るよりはマシじゃないかしらね」

「ナイカはお前が嫌いだったっけか」

「内懐に飛び込むという考え方もあるけど、下手な動きはしたくないわ」


 ドゥーリッドは旧同盟主体で分割されており、元領主の妻であったレドの顔を知っている人間も多い。迂闊にソルベイユの支配地域に近づけば鎮静化しつつある悪魔騒ぎに再び火が点きかねなかった。それこそナイカの思うつぼである。


「避ければいいってもんでもねえだろうが、まあいいか。別にソルベイユが目的でもねえしな」

「ナイカ様に御目通りするのはことが全て終わってからにしたいものね」


 そんなことを話し合いながら道を進んでいった。ケイニアとウィゼの境は険しい峠道となっており、遠回りではあるもののエグザトスから緩やかな街道が通っているため、往来する旅人の数はそれほど多くない。

 途中で休息を取っていると、一人の男と出会った。いなくなった妻を探して各地を巡っているのだという。


「エグザトスに向かうつもりでしたが、情勢が良くなく往来が厳しくなっていますので……」

「あんたも大変だな。見つけられることを願ってるぜ」

「ありがとうございます。あなた方もお気をつけて……ウィゼはニスタの兵であふれかえり、情勢は悪くなる一方です」


 デスクスの励ましにお礼を言って男は去っていき、見送ったあとでレドは大きなため息をつく。


「……妻の名前はリットリムです、ね……」

「そうやって隙間ができていくわけだ。不安を呼び、乱れていくのを狙われる」

「そういう形で人を選んでいないとは聞いたけど、結果だけならどちらでも変わらないわね」


 業歪本人の語った通りなら必ずしも戦いを望んでいるわけでもないのだろうが、それも時と場合によるのかも知れない。下工作をせずとも混乱を起こるのであるならばそれを利用することに躊躇する相手でないのは明らかだった。


「まあ、そういうことが広がるのを防ぐのも俺たちの仕事だ」

「ウィゼとニスタは早めに抜けてハウゼッツに行きましょうか」

「まずは目の前をどうするかになりますね」


 シュヴァンレードの言葉に二人は頷く。駐屯しているニスタ兵が銀の悪魔を見逃すはずもない。城下を避けるのは当然としてなるべく最短経路でウィゼを通過したいつもりであったが、ニスタ兵は街道の要所を抑えるように配置されていて一筋縄ではいかなかった。


「嫌なところにいるものね……」

「……この辺りに普通の回り道はねえ」


 峠を越えて領内に入るなりニスタ兵が検問を実施していた。東側が無尽の崖で、西側の城に行くにも北に向かうにも検問を通過するしかない。


「崖そばを進むより他にないわね」

「やれやれ、崖そば歩行も久々だな」


 二人は検問を大きく迂回して崖の方に向かい、何もない崖の側を慎重に進んでいく。


「風が強いわね」

「この辺りは西から風が抜けていくからな」

「無尽の崖は単に世界を区切っているだけではなく、恵みの地に溜まった淀みを洗い流すための仕掛けでもあります」


 そのため崖の下にある世界の底では定期的に淀みを消去する仕組みになっていると彼は解説する。


「塵は積もらず山ともならないってことだな」

「やはり、恵みの地は塔の一番上にあるようなものなのね」

「その理解で正しいです。数多くの世界が積み重なった果てに形作られたのが恵みの地なのだといえます」


 レドは幼い頃の疑問にようやく回答を得た。この地は世界の最も高い位置にある場所なのであり、たどり着くこともなく地に埋もれてしまった存在が無数に存在しているのも既に知っている。


「……私はやはり異端なのね。下から積み上げることもなくいきなり頂点に生まれてしまった」

「そうではありません。レド様はこの地から始まった存在なのですから」

「下から見れば高みなのかも知れねえが、そこが頂点かどうかは分からねえさ。まだまだ上があるのかも知れねえし」


 二人の励ましに一応はうなずいて見せたものの、胸中は複雑だった。上ができるということは基本的に恵みの地の終わりを意味している。地の底に落ちるのも良くはないと思うが、更に上を創造されるというのも承服し難い。


「シュヴァンレード、世界は何回着せ替えをしたのかしら?」

「成功した回数で言えば1345回ですが、試行も含めれば5000回を超えます」

「よくもまあ飽きもせずにそんなに世界を作り替え続けたもんだな」

「でも、それはここで終わらせる。これ以上かつてのレドやナヴィードのような悲劇は繰り返させないわ」


 レドは決然とそう告げた。これ以上の高みも土台の積み重ねも要らない。



 二週間後、何度か検問をすりぬけてウィゼからニスタに入った。領主ポウロンの方針により全域に道が整備されており、他領ではあまり人が立ち寄らない崖の方まで人が来ることも珍しくない。


「道を整備するのは良いんだが、こうやって人目を避けたい時は厄介だな」


 デスクスがぼやく。危険を省みず崖までごみを捨てに来る人間が絶えず訪れており、少し時間を取られていた。


「みんな考えることは同じね」

「有効利用をしているといえばそこまでですが」


 ただ、そうやってごみを捨てていくとその分だけ洗浄が早まるという。それだけ穢れが多いと判断されてしまう、とシュヴァンレードは語った。


「山にはならなくとも積み重ねはされるわけね」

「そういう記録も残されますので」

「また人が来たな……いや、あいつは変だぞ」


 視線の先にいるのは赤子を抱いた一人の若い女で、ごみを持っている様子はなくしきりに人がいないかを確かめている。


「もしかして……! 出るわよシュヴァンレード!」

「了解です」

「おいまて!」

「覆面はしてるし、無闇に力を振るうつもりもないわ!」


 制止も聞かずに脚部だけ光をまとい、今まさに赤子を崖下に捨てようとしていた女の前に立ち塞がった。


「な……! 誰だいあんたは?」

「あなたこそ、その子をどうするつもり?」

「放っておいてよ! どのみちこの子は死ぬんだから!」


 女は力づくでレドを振りほどこうとするが、力を解放せずとも余裕で抑え込める。


「どきなさいよ! 邪魔しないで!」

「どうしてもと言うなら、せめてその子をここにおいて立ち去りなさい。悪いようにはしないわ」

「大きなお世話よ! あたしが産んだ子をどうしようと私の勝手でしょ!」

「馬鹿!」


 言うことを聞かずに暴れる女を思わず平手打ちにし、誰かに見られる危険は承知の上で全身を光で包み強引に赤子を奪い取る。


「な、何よ……何なのよあんた……!」

「私は子に恵まれなかった……そのまま夫と死に別れた……だから子を産む苦しみ、子を育てる大変さも分からない」


 レドは哀しみを隠さない。侯妃として一番期待されていた役割を果たせなかったことは『自身が新し過ぎて世界の祝福に耐えうる状態になかった』ということを理解できた今も心に暗い影を落としていた。


「けど、だからといっていつか死ぬからと無責任に棄てる命があっていいはずがないわ! 生きられるだけ生きてほしいと思わないの?」

「……うるさい! 私だってそうしたいわ……けど無理なのよ。どうしたってこの子は死ぬんだもの!」

「……病なの? あるいは命令? それとも……呪い? 納得いく理由が語れないのならこのまま子供はいただいていくわ」


 悪魔にさらわれようと崖に棄てようと結果は同じじゃないかしら、と諭す。覚悟もなく崖から落として終わりにしようとするのなら、悪魔の自分に託してみても同じことだと語るのに女は静かになってしばらく考え込み、ややあって口を開いた。


「変わってんのね? 人の道を説く悪魔だなんて」

「人なのに悪魔に近い所業をしようとしたあなたも似たようなじゃなくて?」

「……はは、間違いないね。いいよ、その子と一緒についてきてくれない? あたしはアイジュ」


 レドも合わせて名乗ろうとするが、アイジュは「悪魔の名前になんか興味ないね」と意に介さずさっさと歩き出す。デスクスに声をかけようとするが彼女は既に姿を消していた。

 彼女の家はそれほど離れていない場所にあり風よけの塀を備えるなどなかなか立派な構えをしていて、崖のすぐそばに住んでいるにしては恵まれた生活をしている印象を受ける。となると、ますます彼女が産んだ子を捨てる理由がわからない。

 そんなことを考えながらレドが家に上がると心の中でシュヴァンレードが警告を発する。


(まずいです。この感覚は……!)

(魔性? それとも……)

(……有権者ヴィラです)


 創造主の権限を行使できる存在。以前は古に捨てられた魔性たちと区別ができなかったその気配を感じ取れたシュヴァンレードは警戒をあらわにする。そんな彼の心を和らげつつ、レドがアイジュの立つ部屋の中へ入ると退屈そうな声が響いてきた。


「星か。貴様のせいで面倒な事になったのだぞ」

「……貴方に言われたくはない。いつの間に恵みの地を喰らっていたのですかね、粒喰ゲタイドフェッサー?」

「知ってるのかいあんた? それにその声……?」

「どうやら、私の中の悪魔と知り合いみたいよ」


 部屋の中で膨れ上がった腹をむき出しにして座り込む巨体のわにの怪物を見ながら、アイジュの問いに答える。


「一緒にいるお前が新生した女か。確かに今までは居なかったようだな。中の余白が多すぎる」


 食べるにはもったいない、と粒喰は下品に笑いかけてくるがそこに悪意は感じられない。アイジュは憂鬱そうに経緯を話し始めた。


「こいつが赤子を捨てるな、だとさ」

「なるほどな……星よ、実行者を止めるつもりか?」

「無用な犠牲をレド様は嫌いますので」

「粒喰と言いましたね? あなたのお話を聞かせていただけるかしら」


 少しだけご厄介になるかもしれないわ、とアイジュに声をかけると、粒喰の真正面に光を解いて腰を下ろす。


 粒喰が家に現れたのは数週間前の話だという。適当にそこにいた人間に乗り移り与えられた役割を果たそうとしたところで、事情があって嫁ぎ先から戻ってきたアイジュと子供に出くわした。


「俺の役割はこの世界の情報を喰らい、洗浄を円滑に行うための露払いだ。だが、今回はどうにも気乗りがしなくてな」


 そこでこの家の人間と同じように喰らうつもりだったアイジュたちに、あえて時間を与えてどうするかを選ばせる。どのみち死ぬのならば好きな死に方を選べと語り、崖から落ちれば自分の手にはかからずに済むという言葉も添えて。


「それはそうですが言い方がずるいですね。あくまで貴方に殺されないだけでより酷い結果につながるじゃないですか?」

「そうかも知れん。だが、普通の人間にとっては本質が消滅するのかどうかなどどうでもいいだろう?」


 次の世界の事など今を生きる人間にはどうでもいいことだからな、と粒喰は話す。彼に喰われれば本質は保たれるが生きた記憶はすべて消され、崖から落ちれば本質が消えてしまうが恵みの地という時代における記録の中で添え物として証は残る。


「……実際聞いてみても違いがよく分からなくてね。とりあえずこいつに殺されるくらいならと崖まで行ったところであんたに止められたってわけ」

「何とも言えないかしら。だますつもりはなかったのでしょうけど、私たちにもそれより分かりやすい説明は出来そうにないわね……」


 一般には理解し難い難題を突きつけられ、レドは頭を抱えた。市井に生きる人々にとってはその日の暮らしこそ一番の関心事であり、世界の終わり、あるいは着せ替えや洗浄などといった事象を深く考える余地はないのも分かる。


「そういうことだ。だが、俺は今すぐ動き出すつもりはない」

「……あなたが与えられた役割に退屈を感じるなど珍しいですね」

「まあな。自分でも驚いているよ。ただ喰らうだけが役割の俺がこんなに役割を面倒に思うとはな」


 眷属と思われる硬貨のような粒を侍らせつつ話す粒喰の言葉には偽りは感じられない。ただ喰らうだけという分かりやすいあり方故に、語られることも素直なものであるのだろうか。


「貴方は業歪……実行者との関わりはあるのかしら?」

「今回の行動に関しては、あいつの権限による呼び出しだ。ただし、つらは見ていないし出てからも接触はない」


 嫌そうに出過ぎた腹部をなで回す。そういえば、全てを喰らう彼がこんなに肥えていて良いのだろうかとレドが尋ねると、意外な答えが返ってきた。


「今は待機時間だからな。行動が間違いであると判明したときに備えて、喰らった情報を消化しないで蓄えるだけに留めているわけだ」


 一応原型は保ってあるつもりだが、と付け加える。そうでない状態を考えると気持ちが悪くなりそうであるがとにかく復元は可能だと言うことにレドは安堵したが、シュヴァンレードは更に粒喰に問いかけた。


「呼び出されたのならば実行者には抗えないはずでしょう。なぜためらうのですか?」

「お前こそどうなんだ星光よ。この時代は本当に今滅ぶように定められているのか?」


 疑わしそうな目で話す。本来は定められた機会に世界をならすのが役割である。中途に呼び出された以上今がその時でないことは自身がよくわかっていた。


「……恵みの地は定められた歴史から大幅に逸れつつあります。同盟が破綻し、連盟が設立されるなどありえないはずでした」

「零の水面のときもそうだが、最近は歴史の破綻が多すぎる。貴様が直前に現れた自由の荒野も本来ならば奴が王位に就き亡くなるまで統治が続くはずだった」

「ええ、彼はそれを望まずに死を選びましたね」


 本来ならばダンの後にも歴史が続くはずだった世界は彼という軸が失われたことで急速に崩壊していき、そこで打ち切られる。零の水面が消されたのも発展が過ぎて舞台の仕掛けに気づくものが出たことによる強制終了だった。


「なあ、一体何のことを話しているんだ。あんたにはわかるの?」

「……怪しいものよ。ほとんど彼任せ」


 話についていけずきょとんとしたままのアイジュに、レドは肩をすくめて見せる。話のスケールが大きすぎて未だに慣れずめまいを覚えるもののなんとか理解が追いついていた。

 話し疲れたのか粒喰は大きく欠伸をして座りなおす


「奴がどういう理屈で動いているのか知らんが、もう限界だよ。とても全てを喰らいきれん」

「食べ残しをしたのか……まさか……!」


 シュヴァンレードは声を硬くする。レドもまた表情を変えた。

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