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第五十話 前夜

 会議決裂から一ヶ月後、北方三侯はエグザトスを始めとする南西諸侯に断交を宣言し祝福同盟からの追放を一方的に通告した。ウィゼはその中から除外されたものの一日遅れて同盟からの自主的な離脱と外交的な中立を表明している。

 断交された四侯の方も新たな共同体「星と空の連盟リーガ・デス・スターネンヒメス」の設立を宣言し、対決姿勢を鮮明にした。


「星降る空と豊かな大地に生きる者たちの絆……いかにも夢見がちな連中の考えそうな幼稚な名前ですな」

「いかにも。由緒正しく気品あふれる祝福同盟の名を穢した愚か者に相応しい浅知恵に違いない」


 ハウゼッツの城にてグルーとポウロンが敵の浅はかさを笑い合うのをよそに、ナイカは想定とは大分違う展開になってしまったことを苦々しく思っている。

 彼としては同盟からの追放をちらつかせて民心の動揺を誘い、同時にウィゼを完全に陣営に引き入れエグザトスに対し優位を確保した上で降伏を迫る予定であった。四家の連合でエグザトスを落としてしまえば残りの三家に抗う力は残されていない。

 ところがふたを開けてみればラークゼットが言うことを聞かず中立を貫き、ラルフレートたちも素早く新たな組織の設立を宣言し動揺を最小限に抑えている。四家の連合でエグザトスを滅ぼすどころか戦力的にほぼ拮抗した状態になってしまった。

 ケイニアとエスジータに余力が全くないとしてもエグザトスの戦力がまるまる残っている上、イヴネムに速攻でランブルックを抑えられてしまえば警戒せざるを得ない。ウィゼを動かせれば良いのだが、あの調子では今以上の派兵は難しく、力づくで従わせたくともエグザトスと組むと脅されている以上、こちらも慎重な対応を求められる。

 結局のところ、対決姿勢を示したものの南をウィゼに塞がれ北をイヴネムに抑えられれば、彼らが確保しているドゥーリッドを有効に使えない。それどころか南北からの挟撃にさらされることを加味すれば、実質的に身動きがとれないのと変わらないことになってしまう。エスジータとケイニアがいずれ回復することを考えれば、彼我の戦力差は開いていくばかりだった。

 ナイカはこうなってしまった理由はレドのせいに違いないと邪推している。ラークゼットが心変わりしたのもそうだが、それほど仲が良いとも言えなかった南西諸侯が一つにまとまっているのも全ては彼女のはかりごとで、不仲であったはずのラルフレートとリアリスが完全に協調しているのを見てもそれは明白である。


「雑談はそこまでだ。手早く連中を始末せねばな」

「焦ることはないナイカ殿。連中は自ら加護を手放したのだ」

「左様。彼らの下にいる民たちも同盟無き地をさぞ不安に感じているだろう」


 グルーとポウロンはことの深刻さをまるで理解せずにのんきなことを話していた。ソルベイユとウィゼに挟まれ、ドゥーリッドとの境を巨大な渓谷に遮られている彼らにすれば戦いなど他人事なのであろう。旗色が悪くなればあっさり裏切るに違いない。しかし現状では貴重な味方であり、うまくおだてながら利用していく必要がある。

 ナイカは気を取り直して協議を始めた。



 協議が終わり、ナイカやポウロンと別れたグルーは伸びをしながら居室に戻る。


「おかえりなさいませグルー様」

「ディレッテか、ご苦労」


 待機していた秘書官のディレッテ・フェクライドゥンの出迎えをねぎらう。病気がちでしばらく休養を取らせていたのだが、難局が続いている情勢を踏まえて呼び戻していた。長らく仕事から離れていたとは思えない敏腕ぶりを発揮する彼女にグルーの態度も柔らかくなる。


「協議はいかがでございましたか?」

「いつも通りだ。ナイカがわめきポウロンが媚びる。落ち着かぬことこの上ない」

「お察しいたします。ですが、そのような状況も好機となり得ます」


 ディレッテは主君の労苦を慰めながらも暗い言葉をささやき、彼もそれに頷く。


「うむ、ナイカの奴がソルベイユを空けるまでは辛抱せねばな……あの件はどうなっている」

「調査は間もなく終わります。あとはことが動き出すのを待つのみです」

「それまではポウロンの相手でもしておくか……あの馬鹿も手間を取らせる」


 彼は着替えるとそのまま彼女を抱き寄せ接吻を交わした。部屋が瓦礫に覆われていることにも気がつかず、体を求めてくる彼を冷ややかに見据えながらディレッテは物思いにふける。


(これが最後よレド……戦いの渦をかき分けてでもハウゼッツに来なければ、全ては終わる。新しい世界を迎えるためにも、あなたには負けないわ……)


 既に業歪も彼女がレダではなくレドだと認めていた。定められた規範に囚われることなく世界に生まれ落ち、星光と交わることで過去を越えて新たな世界を作り出す存在として。規範を実行するものである自分は彼女と争わねばならない。

 その一方で、わずかな迷いも生まれているのも自覚している。彼女には今、どのような世界が見えているのであろうか、と。



 同じ頃、ケイニアではレドとデスクスが次の目的について話していた。


「目覚めたときはハウゼッツに?」

「正確にはハウゼッツとソルベイユの境あたりだな」


 彼女は元いた世界でも東に位置する場所にいたそうで、多少縮小されたとはいえ東西南北は昔のまま維持されているらしい。


「周囲になにか残っていないの、シュヴァンレード?」

「私の記録には残されていませんが、彼女のこともあります。切り替えが上手く行っていなかった可能性はありえます」

「創造主とやらも随分なお子様じゃねえか。失敗を記録させねえなんてよ」


 その言葉にシュヴァンレードは「予期しない不具合ですから」と憮然とした声で応じる。判明しなければ記録もされないが、融通が利かないのは認めざるを得ない。


「それは置いておくとしても、業歪が狙う可能性はありそうね」

「実行者は私より多くの権限を行使できます。いち早く不具合をつかみ、手を打っている可能性は高いです」

「まあ、ここで目的を潰した以上残るはウィゼより北だけだ」


 折り悪く戦争直前だけどよ、と複雑な顔をする。業歪が戦争を煽っていたのかどうかまでは分からないものの、巡り合わせが悪いのは確かだった。


「……それにしても、ドゥーリッドを出てからぐるりと恵みの地を一周することになるとは思わなかったわ」

「それも天命なんじゃねえの。都合の悪いことは全部天命のせいだろ」


 気楽に笑うデスクスに聞いていたレドもつられて笑ってしまった。


「そういうものかもね」

「とはいえ、俺たちが東方に出ると言ったらリアリスたちは反対するだろうな」

「セキトをどうするかも問題ね。本人は付いていきたいと言うでしょうけど」


 二人は顔を見合わせる。迂闊に旧同盟を刺激するのは出来たばかりの連盟にとって良いことではない。セキトを連れていきたい気持ちもあるが、彼だけ身体能力が違いすぎるのも気にかかっていた。


「……正直に話すより他にないのでは? 私たちが業歪を追い続けていることに変わりはありませんし、嘘をつくのは不信を招きます。全てを直接的に伝える必要もありませんが」

「まあ、それしかないわな……で、どうするよ?」

「私がセキトと話をするから、あなたがリアリスに伝えてくれるかしら? ……セキトを託されたのは私だし、リアリス相手だと強く出られないの」


 気にしすぎだろう、とデスクスは言ってみるもののこういう時のレドは筋を通さなければ気が済まないのも良く理解している。すっと席を立つと城の奥へと歩き出していった。レドも立ち上がると城の外へと出て、巨人の眠る跡地へと向かう。セキトは最近そこで一日を過ごしていることが多い。

 レドは短剣の訓練をしていた彼に声をかけた。


「調子はどうかしら?」

「どうしたの姉さん。休んでなくていいの?」

「ちょっとお話がしたいのよ。このところ忙しすぎていたもの」


 水源で汲んできたばかりの冷たい水を二人で分けて飲み干す。


「ケイニアの水は少し軟らかいんだよね」

「そうね、土地によって差があるみたい。北に行くにつれて硬くなる傾向があるかしら」

「ドゥーリッドはどうだったの?」

「少し硬め、だったかしら。エグザトスほど塩湖の影響もなかったし、飲み難くはなかったわ」


 セキトは水には繊細なところがあったわね、と話すと彼は「イヴネムの水がやっぱり一番美味しいから」ともらす。


「それは誰しも同じじゃないかしら。水は人にとってかけがえのない存在だもの」

「西の生まれの人間には東の水は美味しくないのかなって、最近思うんだ」

「……戦いのことが気になるのね」

「うん……」


 こくりと頷く少年の顔をまっすぐに見つめて、レドは言葉をつなぐ。


「……悩むな、という方が無理よね。私だってドゥーリッド侯妃のままで今の状態に立たされていたら、倒れてしまいそうになるほど悩んでいたと思う」

「今はどうなの?」

「少し差はあるけど、それでも悩ましいわ。領土を預かる立場ではないけど、今の私が変に動けば連盟全体に悪影響が出かねないもの」


 率直に悩みを打ち明けると、少年は所持している針剣を見せてそのまま手渡した。


「これはあなたとアルジェナイト様の宝物じゃないの?」

「いいんだ。もう今の僕じゃ姉さんには追いつけないから」


 寂しそうに話す。悪魔との戦いを切り抜けたものの彼はそこで実力の不足を痛感したのだといい、ここまでは有利に使えていた呪われた植物の体も、きっと活かせなくなることが増えていくだろうとも思っていた。


「セキト……」

「僕とは無理でも、針剣となら一緒に歩けるだろうって思うから……僕とアルジェの二人分の気持ちを連れて行って欲しいんだ」

「それで短剣の訓練をしていたのね」

「うん、次は姉さんについていけるように、全部が終わったあとで母さんやアルジェと笑いあえるように。頑張ったって言いたいんだ」


 胸を張る少年の頭を、レドは優しくなでる。旅立ったときよりも更に大きくなっていて、既に彼の親友よりも大きいように思えた。彼女が知る中でもっとも背が高いのはラルフレートだが、大人になったら彼を追い越すのは確実だろう。その一方で肌の茶色はさらに濃くなり髪や爪が緑に染まりつつあった。彼にも時間は残されていないのかも知れない。


「あなたに隠し事なんてする必要もなかったわね」

「やっぱり行くの?」

「ええ、このまま放置すれば世界は消えてしまうもの」


 あくまで優しく、それでいて決意は譲らないという声の調子にセキトはむしろ安心する。自分が姉と慕う人間は一貫して変わらない。


「頑張ってね姉さん。どこにいても応援しているから」

「今すぐじゃないし、まだリアリスとも話してないわよ?」

「姉さんが行きたいなら嫌って言える人なんかいないよ。リアリス姉さんなら余計に言えないと思うよ」


 太陽のように明るい笑みを浮かべる弟分に苦笑した。二人で城に戻ると門の前でリアリスがひとりで姉を待ち構えている。


「またお芝居なの?」

「何度も同じ手は使いたくないわ」


 話は聞いているから、と頷いた。考えを察したレドはセキトを城の中へ預けると、自身は妹と一緒に復興途中の街中へと向かう。


「こんなところを領主様が歩いていて平気かしらね?」

「姉さんと一緒なら誰も文句なんて言わないわ」


 セキトの時と似たようなやり取りをするうちに目当ての店へたどり着く。


「いらっしゃい! ……これは領主のご姉妹様で!」

「やめてよドール、今までと同じくエルザでお願いね」

「冗談に決まってるじゃないのエルザちゃん。ただ今夜はとっておきが必要みたいよ?」


 ドールとアトリが賑々しく二人を迎える。主を失った酒屋跡の建物を改築して酒場を開いた二人は、ランブルックのときと変わらない明るさで復興に勤しむ人々にやすらぎを提供していた。


「良い酒場じゃない……カザリの調子は?」

「三日に一度くらいの頻度で店に出して、客と話をさせてるよ。奥に引きこもってばっかじゃカビが生えちまう」


 肉体以上に心に大きな傷を負った彼女であったが、少しずつ話をすることで自ら傷を癒やしていっているらしい。


「マトヤも安心しているそうよ。最近は仕事にも気合が入っているもの」

「流石はドールね。私もその節はお世話になったわ」

「まあ良し悪しはあるだろうが、行き過ぎは良くねえさ。片方に偏るなら、誰かがもう一方を引き上げねえと始まらねえよ」


 話しながらドールは、水割りを二人に出す。ケイニアでは貴重な氷入りであった。


「分かってるじゃない」

「領主様来店記念、ついでにエルザの送別会だからな」

「もう知っているの?」


 レドが驚いていると、いつの間にか店員の格好をしているデスクスが現れて「遅いぞ」とニヤニヤしている。彼女に連れられて奥の間に行くと、リュービスとマトヤがカザリを囲んで酒を酌み交わしていた。


「レド様、リアリス様、お元気そうで!」

「駄目よカザリ、ここでは硬い口調は抜きで行きましょう」


 リアリスに注意されてもにこにこと笑顔で「お二人はカザリの恩人でございますから」と礼儀正しく話すのをやめない。


「まあ、大目に見てくれリアリス。自然に笑えるほどに良くなったんだ」

「それもそうね。旅人を送り出すのに湿っぽいのは良くないわ」

「レド様とはお話ししたいことがありすぎですから、今夜は覚悟してくださいね」


 酒が入って陽気になっているリュービスに煽られて、レドは仕方なく上座に座り込む。実は酒が苦手でナヴィードに悪戯半分で酔い潰されて以降、一切飲まないで通していた。ドールはそれを知っていて水が多めの水割りを作ってくれているのだが、デスクスが店員では油断ができない。なるべくリズムを崩さないように心がけ、宴席を楽しもうとする。しかし、


「起きてよ、姉さん」

「……ふぇ……?」


 遠くなっていた意識を戻すと、いつの間にか外は真っ暗で座敷にはリュービス、マトヤ、カザリの三人が眠っている。ただ一人、リアリスだけがレドに膝枕をして穏やかに笑っていた。


「星光の姿ならお酒に強くもなれたんじゃないのシュヴァンレード?」

「……それは本当に楽しいですか?」

「あなたの……差し金ね?」


 呂律の怪しい口調で弱々しく問い詰めるとリアリスは「姉さんの妹ですから」と楽しそうに話したあと、表情を引き締める。


「でも、それは今夜でひと区切り。姉さんがまた旅に出たらケイニア侯に戻るから」

「え……?」

「姉さんが帰ってきたらいつでも妹になるけど、今回はこれで終わりってこと」


 姉さんが業歪を倒す頃には私達の戦いにも決着をつけたいもの、と力強く語る表情をレドは知らない。いつの間にか紛れもなくケイニア侯としての威厳を身に着けていた妹の姿に、彼女はわずかに残っていた力を抜いてすぅっと息を吐く。


「なればリアリス様、エルザはしばしお膝をお借りいたします」

「仕方のない臣下ね……絶対に生きて帰ってきなさい」

「承知いたしました……リアリス、私はきっと帰ってくる」


 姉妹は別れる時間を再会につなげるため、今を愛おしく味わい夜を明かしていった。

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