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第四十九話 青空

 残された三人も憎々しげに敵となった諸侯たちを見ながら退席していき、それを見送ったリアリスたちは全員揃ってため息をつく。


「あーあ、本当に面倒くさい会議だったわ。戦いたいなら戦いたいと、はっきり言いなさいよね!」

「言ってやるなリアリス。彼らの顔を立てるのもこれで最後かも知れないからな」


 不満だらけといった様子の彼女をラルフレートがなだめた。彼女自身も分かってはいたのだか、こうまで下らない話ばかりされてしまうと嫌気が先に出てしまう。彼も似たようなものだったが、リアリスよりは忍耐ができた。


「アルジェ、大丈夫だった? 嫌にはならなかった?」

「ありがとうセキト。ちょっと辛かったけど平気さ」

「済まなかったなアルジェナイト……君は彼と一緒に新鮮な外の空気でも吸ってくるといい」


 ブレッカはそう言ってアルジェナイトとセキトを送り出す。これ以上彼らに大人の汚い面を見せたくないという親心がそうさせていた。子守が似合うというポウロンの評はそれほど間違いでもない。


「ご配慮感謝いたします、ブレッカ様……エスジータには戦う力がほとんど残っていませんからね」

「ケイニアにもあまり余力はないんですけど……」

「君にはウィゼを抑えてもらう必要がある。もちろん最大限援助はさせていただくよ」


 ラルフレートの言葉にリアリスも「今回ばかりは当てにさせてもらうわ」と頷いた。わだかまりは今もなお消えたわけではないが、もう私情で誤った判断を下さないと肝に銘じている。


「でも、ウィゼは決して本気ではなさそうかしらね?」

「彼らに背後を取られて、仕方なく協力しているだけだろう。ラークゼット殿とも話したが、付き合いきれない様子であったよ」

「とはいえ今はまだそれを当てにはできません。彼らはドゥーリッドとウィゼの二方向からエグザトスを落とすつもりです」


 ラルフレートは気合を入れる。北辺のランブルックからイヴネムを狙う可能性もあるが、手間と労力に見合った戦術とは言えない。


「何もせぬわけにも行くまい。整い次第、ランブルックへ進むことにするよ。ランブルックを抑えればソルベイユも我々を無視できん」

「きついところを任せることになり申し訳なく思います」

「気にするな。きついのはお互い様だ」


 ブレッカは苦笑いを浮かべるが、そこであることに気が付きリアリスに尋ねる。


「そういえばレド様は?」

「やることがあると言って……大丈夫だとは思います」

「……単なる説得でもなさそうですが、心配は要りませんよ。彼女ならば」


 三人は頷きあう。戦いではなく、まして業歪の絡む話でもないからには過度な心配はいらなかった。



 ラークゼットが部屋に戻ると、一人の女性が背中を向けて窓際にたたずんでいる。どこかで見たような気もするがすぐには思い出せない。


「誰だ? 私をラークゼット・ユーベ・ウィゼと知ってのことか!」

「はい、貴方様をお待ちしておりました」


 そう言って振り向いた女の体は美しい銀に染まっていたが、顔自体は見知っている。


「レダ殿……」

「いえ、レダは既にこの世界におりません……私が用いていた偽りの名前で、あなた様の思い出を穢したことは謝罪いたします」

「……今はそれを問うときではない。あなたはリアリス殿と?」


 あえて言葉を無視して状況を問う。ナイカの言う通りリアリスの下に彼女がいたとなっては政治的に重大な問題であった。

 しかし、彼女は気にする様子もなく寂しげに笑う。


「元より死んでおりましたが、この度は妹の手で念入りに葬られました。もはやレダと言う人物は世になく、ここにいるのはレドを名乗っていた名もなき女に過ぎません」

「そのような言葉を聞きたくはないものですな。今からでもソルベイユ侯にあなたのことを告げることは出来るのですよ?」


 一応脅してみたが、彼女は表情を変えない。


「既に私の生死など関係なく、世は戦いに向かっているのではありませんか? ……ラルフレートやリアリス、ブレッカ様やアルジェナイト様も覚悟を固めておりました」

「そのようなことはない。少なくともナイカ殿は話せばわかる方だ」

「あの方が私のことをずっと嫌っていたのはご存知のはず……意地が悪いですのね」


 言葉に詰まる。そもそも当初レダの嫁ぎ先として有力視されていたのはナイカの次男で、それをふいにされたことに加え旧友のドゥーリッド侯が追い落とされる原因ともなった彼女を、彼はずっと嫌っていた。軍備増強に勤しむ自身が他侯から白眼視されていることにも配慮してか表立った手出しは控えていたものの、陰で様々な嫌がらせをしていたのは公然の秘密であった。その気に入らない女が城から逃げ出した暗殺者の名を背負った以上、彼がやり方に手心を加える理由はどこにもない。前回も今回も会議で強硬姿勢を取っていたのは、領土的な野心以上に何が何でも憎きレドを抹殺しようという私怨が原因にある。

 呼吸を整えて気を取り戻したラークゼットは改めて彼女にたずねた。


「……目的は私の命ですかな?」

「違います。あなた様の命は私ではないレドに預けられていたものですので」


 またしても痛いところを突かれて動揺を隠せず顔を歪める。同じ名前を名乗っているとはいえ、彼女とあのときの少女には接点らしい接点など殆どなかったはずであるのに、と頭の中が疑問で埋め尽くされそうだった。

 自らの記憶に残されている少女と同じ名を背負った女は静かに語る。


「レドは心を許していた親友にこう語っていたそうです。青空を見なさい、決して忘れないように、空の晴れ間は心の晴れ間だ、と」

「な……!」


 その言葉に正面から心を貫かれたラークゼットは呆然と立ち尽くした。懐かしい思い出が次々と湧き出てきて止まらなくなる。


「何故です? あなたは彼女ではないのに、彼女の手でナヴィード殿を失ったというのに……?」

「そうですね、レダはそれで死にました。ですが、私はレドとして生きるうちに本当の彼女を知りました。優しさにあふれ、それ故に利用されるばかりだった儚さを」


 レドはそこで初めて儚げな表情に変わる。かつてのレドは自分の誕生により世界に課されてしまった矛盾を解決するために完全に消えてしまったと星光は語っていた。しかし、レドがラークゼットのもとを訪れたのはそれを語るためではない。哀しみを心の奥へ沈めると、手招きをする。


「私と一緒に空を眺めてはみませんか、ラークゼット様? 今日はお日柄にも恵まれ、空が透き通っております」

「あ、ああ……」


 ふらふらと窓辺に近づき空を見上げる。彼女の言う通り、澄み切った青空が目に飛び込んできた。


「美しいものだ」

「ひいき目はありますけれど、私はやはりこのケイニアの空が一番美しいと思います。ウィゼにはお伺いいたしたこともありませんが、きっと同じようにきれいな空なのでしょうね」

「……期待される程でもないですな。北から絶えず圧迫されているようで」


 ラークゼットは自嘲する。領土は位置的な問題でもあるのか北から雲が流れてくることが多く曇りがちで、あのときも前日までぐずついていた。領土も、政治も、心も曇りがちな彼の心に寄り添うように、レドは小さく微笑む。


「それもまた良いですわね。その後に見える青空は何にも代えがたい宝物となるのでしょう」

「レ……ド……様?」

「ラークゼット様はこれからしばし空をのびのびとご覧になられる機会に恵まれぬかも知れません。ですから、ここの青空をお忘れにならぬようお勧め申し上げます」


 震える声で呼びかけるラークゼットに穏やかに頷いて見せる。祝福同盟の崩壊によって平和が失われ、かつての大戦乱に匹敵する闘争の時代に至りつつあった。原因の大半が自分の振る舞いにあることを考えると、彼女も耐え難いほどの罪悪感に苛まれてならない。

 しかし、かつてのレドを変えた彼には侯家同士の私闘に巻き込まれることでいらぬ苦痛を感じて欲しくないと考えた彼女は、リアリスの了承を得てラークゼットと対面する機会をうかがっていた。

 一方、ラークゼットはレドを押し倒したくなる衝動にかられ、抑え込むのに必死だった。目の前の女性を今すぐ自分のものにしたい。誰にも渡さずに独占したいと暗い欲望がうめきを上げるが、それを青空と少女の記憶が押し止める。

 地獄に行くのはまだ早い、と彼は心に淀んでいた鬱屈を自らの手で払い落した。


「……君のおかげで有意義な時間を過ごせたらしい。礼を言うよ」

「もったいないお言葉です、ウィゼ侯」


 嬉しそうに微笑む銀の女をしっかりと見据え、葛藤を超えて彼の中にいるレドは統一される。かつての少女でも元のドゥーリッド侯妃でもない、ましてや業歪などとは全く異なる、美しい星の銀をまとうレドとして。


「私はウィゼに帰り侯として役目を果たさねばならぬが、お前はどうする?」

「私にも戦いが待っています……全てが終わったその時には、再び巡り合うことがあるやもしれません」


 相手は約束を避けた。その決意の固さを感じ取った彼は「そうか」と気にするふうでもなく頷き、彼女から離れる。


「だが、これで最後にはならぬと信じているぞ」

「そうお思いになられますか」

「そなたはこの広い青空のもとで死ぬのが定めだ。このラークゼットが天に約したのだからな」


 それを聞いた彼女は朗らかな笑みを浮かべると星のような光を帯びて身をひるがえし、外へと飛び出していった。

 しばらく後、待たされていた北東諸侯は遅れて姿を見せたラークゼットに不満をぶつける。


「何をしていたのですか、ラークゼット殿?」

「貴公にそのようなことを答える必要はない」

「何を言うか、我らは同志だぞ!」

「いつ私が同志になると言った? あくまで貴公らの動きを勉強させてもらうと言っただけだ!」


 グルーとポウロンの難癖を抑え込むように威圧し、態度が豹変した彼を見てナイカは原因に勘づいた。


「悪魔に惑わされたなラークゼット!?」

「だから何なのかね? 貴公らは好きに動けばいい。エグザトスを攻めるのも止めたりはしない。ただし、我々ウィゼを力で押しつぶそうとするのであれば話は別だ!」


 諸君らにその力があればの話だがな、と付け加える。ウィゼを利用するのであれば対価を支払え、払えぬのであるならば力で従わせろ、その場合ウィゼはエグザトスやケイニアと協調するだろう、と強気に押し込んでくるラークゼットにナイカはしぶしぶ要求を受け入れ、帰ったあとに協議することを約束すると一人先行して考えを巡らせた。


「ついに尻尾を見せたなレド……お前だけは私の手で抹殺する! 今に見ておれよ!」


 誰にも届かないその声は誰の仕業でもなく歪みきり、星の光も届かない暗闇に閉ざされている。

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