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第四十八話 不屈

 ラルフレートの布告から三週間後。いまだ争いの爪痕が色濃く残るケイニアの城に各侯が集結する。戦いのあと処理も出来ずに放置されている鉄巨人の遺骸を初めて目にする北方連合の諸侯は目を疑った。


「なんとまあ、このような醜いものが世にいたとは」

「このようなものをいつまでも放置するとは、何と無能な」

「問題ですな。ますます追求の手を緩めるわけにはいきません」


 ナイカたち三人が一方的に憤りを抱く中で、先行していたラークゼットは角度を変えながら何度も巨人の体を眺めまわす。彼の目にはどうしても生き物のようには見えないがこんなものを作れる人間がいるとも思えない。


「ラークゼット殿。やはり気になられますか?」


 気安そうに声をかけてきたのはブレッカだった。後ろの喧騒など気にもとめずにまっすぐ近づいてくる。


「……彼らにこそ声をかけるべきではありませんか?」

「挨拶はしましたよ。話は後ほどと」


 軽い表情の彼を見てお互いそのつもりのないやり取りなどそんなものか、と気を取り直したラークゼットは改めて尋ねた。


「あれが話に聞く魔性という存在ですか?」

「機械という仕掛け物だそうですよ。私も耳を疑いましたが」

「馬鹿な、あれが仕掛け物?」


 もう一度躯をよく見ると確かに人のような形の仕掛けと呼ぶ方が正しいような気もしてウィゼ侯はたじろぐ。


「いったい誰からそのような話を?」

「あれを退けた勇敢な女性が相棒の話として語ってくれました」

「信用できる方なのでしょうな?」


 信用していても疑わしいですが、と突き放してみるが相手は動じない。一つうなずくと「あなたの考えはよく分かります」と同調した上で言葉を続けた。


「信じるか信じないかは人それぞれです。見えたものをどう判断するかは妨げられません」

「見たままを受け入れるべきでしょうか」

「それはあなた次第ですな」


 ブレッカは巧みにはぐらかして自分の答えを示そうとしない。ラークゼットも愚かでは無いつもりだがここまで口が固いのには少し苛つく。だがブレッカはその様子を見ながらも背後をちらりと確認して苦笑いを浮かべた。


「あなたとはもう少し語り合いたいところですが、彼らがうるさそうなのでね」


 そこには既に巨人の残骸から視線を外して自分たちのことを険しい視線で見つめるナイカたちの姿があり、核心に踏み込みたくとも出来ない立場のもどかしさに彼は内心で歯ぎしりする。


「今から喧嘩腰では会議に差し障りますからな」

「……お気遣い痛み入ります」


 そういうのが精一杯だった。後ろの三人とは意見を違えているはずの彼が、自ら接触してきたのだから警戒して当然だろう。もう少し詳しい話を聞きたかったが今はここまでらしい。


「なに、そんなに焦ることもございません。お互いにすべきことをしましょう。それではまた後ほど」


 別れを告げるとブレッカは悠然と城の方へ去っていき、それを見計らって近づいてくる姑息な三人にあれこれ詮索をされながら、ラークゼットはぼんやりと遠くを見つめていた。



 入城し休息を取った翌日、さっそく会議となった。予め取り決めた通り晩餐会も催されず、議場は緊張感に包まれている。改めて状況を把握するべく一番最後になるようにゆっくりと部屋を出たラークゼットは、思惑通りに議場に入った。


「遅かったですねラークゼット殿」

「急かすなラルフレート。それぞれに事情もあろう」


 今回も議長となるラルフレートに敬称もつけずにグルーが意見するが同盟幹事はとりあわず「ごゆっくりと」と着席を勧め、素直にナイカの隣の席に座る。反対側にはブレッカとアルジェナイト、リアリスが座りラルフレートを挟んで向かい合う形になった

 会議は冒頭から紛糾し、グルーが悪魔騒ぎを抑えられなかったリアリスの責任を問う声を上げると、ブレッカが「彼女は責任を全うしていた」と反論する。


「どこが責任を果たしていた、だ。手に負えず貴公たちの手を借りねばならなかったではないか!」

「窮地に手を携え合うことを否定されますか。己の限界を認め、助けを求めたケイニア侯を見殺しにせよと」

「問題はそこではない! 私はケイニア侯の手腕に疑問が湧くのだよ。これでは些事すら任せられぬ」


 グルーはあくまでも強気に主張を続けるが、今度はアルジェナイトが意見を述べる。


「皆様方はあの巨人の骸をご覧にならなかったのですか? あの威容に孤独に立ち向かえと申されると?」

「君にそれを言う資格があるとは思えんな……エスジータ侯?」


 ポウロンが薄く笑いながら嘲った。


「悪魔騒ぎに乗じて父上を追い落とし、その座を掠め取った君になんの権利があって発言しているのか理解に苦しむよ」

「ニスタ侯、不穏な物言いは控えていただけますか? 今はその件を話し合う時ではありません」

「悪魔の仕業という視点では同じことではないか! 貴公らがかくまっている銀の悪魔のな!」


 目くじらを立てて立ち上がろうとするポウロンをその様な物言いでは、と抑えたナイカが「改めて論点を整理しよう」と冷静さを強調しながら対立する諸侯たちに切り込む。


「私の質したい点は大きく二つです。今悪魔は何処にいるのか。そして皆様にとって悪魔とは何なのか……可能ならばお聞かせ願いたい」

「悪魔は私が手討ちにしたとご報告差し上げましたが」

「私が貴公たちの動向を知らないとでも思うのかね?」


 リアリスの反論を顔色を変えずに受け流し、その顔を陰湿な視線で舐めまわした。


「そこに転がっていた巨人は現れたのは君が悪魔を討った日より後の事だ……つまり、悪魔はまだ滅んでいない」

「悪魔とは無関係に現れたとは考えられぬのかね?」

「ならば何故あの巨人は何故ケイニアを脅かしたのかな? 貴公たちの自作自演ならば由々しき問題ですよ」


 結論ありきの主張にブレッカは辟易とした顔色を浮かべるが、そばで聞いていたラークゼットも心を痛めていた。ナイカの主張にも理がない訳では無いが、それなら自作自演というのも憶測でしかない。


「少し落ち着きましょうか。このように煙を追う議論では正しく議論できません」

「ラークゼット殿、お気持ちは理解いたしますがここは物事をはっきりとさせるべき機会です」

「心配されることはありませんよ。今は議論を楽しみましょう」

「……承知しました」


 休憩を動議するも、実質的にそれぞれの派閥を取り仕切るナイカとラルフレートそれぞれからやんわりと制止され彼は何も言わず引き下がる。想像以上の速度で事態は悪化していた。そして、互いの主張が平行線をたどったまま数十分が過ぎたあと、しびれを切らしたナイカがとうとう本音を露わにする。


「さて、はっきりとさせようか諸侯よ……君たちは恵みの地を悪魔に売り渡すつもりだろう?」

「話が違いますよナイカ殿?」

「君にはもう議長の資格はない」


 ナイカは鋭い視線でラルフレートをにらみつけた。エグザトスという大国の座に胡坐をかいている無能な女たらしと、以前から忌々しく思っていた相手である。


「君の差配で何かが良くなったのか? 前回の時点で厳しく取り締まればこれほどの大事にはならなかったはずだ」

「参加者全員で合意したことを否定なさるのですか?」

「君には経験が足りんよ」


 そう言って憐れむような視線をして見せる。同盟最大の領土を誇るエグザトスの主でありながらなんと器の小さい、とでも言うように。表情を変えずに黙ったままそれを聞き入れるラルフレートに代わりブレッカが口を開いた。


「ほう、では私の経験も足りぬと」

「流石にそれはないですな……ですが、あなたには子守のほうがお似合いですよ」


 ポウロンがブレッカの皮肉に侮蔑で応える。暗に評判が良いとは言えないブレッカの息子をなじっているのであるが、自分もナイカという親分に子守をされていることに全く気づいていない。


「……気分が悪くなりそうです」

「ははは、年若い君には荷が重かろう。どうだね、エスジータを手放して楽になっては?」

「ご遠慮させていただきます……」


 露骨にエスジータの解体を迫ってくるグルーに対して、もはや言葉にならないほどアルジェナイトは幻滅する。父アークトやレドたちもこれに苦しめられてきていたのかと改めて深く失望していた。

 言い争いとなってからそこまでで口を開かないでいるのはラークゼットとリアリスの二人だけとなり、一同の視線を集めたラークゼットは静かにリアリスへ問いかける。


「リアリス、君は悪魔と関わったことを後悔しているかね?」


 その言葉を聞いたナイカたちは首を傾げ、ラルフレートたちは黙ってことの成り行きを見守り、ラークゼットの視線を正面から受け止めてリアリスは答えた。


「後悔などしていません。悪魔のお陰で私は己の非力を悟りました」


 それを聞いたナイカはぎらりと目を光らせて嘲った。


「ほう、自らの非力を理解したならば座を退けばよいのではないかね?」

「なぜですか? 非力を悟ったからこそ皆様からより多くを学ばなければならないと思ったまでのことです」


 座を退くのはそれからでも遅くありません、と話すリアリスにグルーとポウロンは呆れかえった、と言わんばかりに罵倒する。


「その必要はない。力無き者は恵みの地に不要だ」

「君にはもう侯である資格も無い。大人しくどこかで休んでいると良いだろう」


 リアリスは黙っていた。うつむくでもなく怒りをあらわにするでもなく、ただまっすぐに前を見据えている。


「どうしたのかねケイニア侯。我々に何も言えないほど疲れているのかな」

「……あなたたちの言葉に付き合うほど暇ではありません。早急にお帰り頂けませんか」


 頭から見下していた相手に時間の無駄だと言い切られ、三人は一気に顔色を変えた。


「我々を侮辱するつもりか?」

「侮辱しているのはどちらでしょうな?」


 金切り声を上げるポウロンをブレッカが厳しい顔でにらみつける。語るに落ちた、と。


「誠心誠意教えを請い学ぼうと礼を尽くす若者を拒絶しておいて、相手にされなくなったら威嚇するとは恥知らずも良いところですな」

「ブレッカ殿、この難局に未熟者の力など不要なのだ!」

「ほう、何処にそのような未熟者がいるというのでしょうか? 手を取り合うべき仲間はいますが、足を引っ張り合おうとする愚か者の姿など私の目には映りませんな」


 はて、貴方がたはどこからお話しされているのでしょうなと芝居がかった仕草で耳を寄せるのに、自分を揶揄されていることにも気づかないナイカは皮肉を吐き捨てる。


「……なるほど、あなたも衰えたようですなイヴネム侯。随分とお耳が遠くなったらしい……どうやらあなたにもご隠居願わねばならぬようですな」

「あなたにそのような権利があるのですかソルベイユ侯! お身内だけでお話し合いをされたいのなら、皆様のほうが下がられるべきです」


 我慢がならないとばかりにアルジェナイトが正面から食って掛かるが、ナイカは「君のような幼い子供には大人の言葉遣いは理解できんよ」と鼻で笑い飛ばした。


「……父が疲れていたのも頷ける。このような汚い意見に囲まれていては心が弱る」

「それに耐える気高い心が必要なのだよアルジェナイト……君にはまだこの席は早かったな。惜しい話だ」

「……では、この席にいるべきはあなた達だけと、そう仰られるのですかナイカ様」


 それまでやり取りを最後まで黙って聞いていたラルフレートが最終確認をするように問いかける。


「その通りだ。もはや貴公らには恵みの地を治められぬ。統治者は誇りを守り責任を全うできる我々だけで十分だ」

「今すぐここから去るがいい! この世界に貴様らは不要だ」

「案ずることはない。あとは我々が美しく汚れなき政治で恵みを活かそう」


 三人が傲慢極まりない言葉を吐き出すのをリアリスたちは冷ややかに見つめ、ラークゼットはうつむくのを抑えるので手一杯だった。

 彼らを翻意させるのは不可能だと判断したラルフレートは、諦めたようにため息を吐いて一同に告げる。


「そうですね……では諸侯会議は解散といたしましょうか」

「帰ったら退位の準備でも始めるのだな。もっとも出来ねば我々の力を思い知ることになるだろうが……」

「あら、皆様方も随分と甘いようですこと……ここをどこだと思っておいでなのかしら?」


 リアリスが冷たく言い放って手元の呼び鈴を鳴らすと議場の扉が開かれ、控えていた北方諸侯の兵士たちを全員縛りあげたデスクス、ユーデ、マトヤの三人が現れた。


「てめえの城でもねえのに馬鹿にし過ぎだろお前らよ」

「馬鹿な! たった三人に抑え込まれるとは……」

「これが精鋭だとは思いたくないものですな。装備を揃えるだけでは戦に勝てませぬぞ」


 みっともなくうろたえるナイカをデスクスとユーデが冷たく突き放す。


「まさか貴様ら、我々を……?」

「ちょっとした見世物でございますよ。実りのない会議だけではいささか物足りぬかと」


 声を震わせるグルーにマトヤは素知らぬ顔でとぼけてみせ、それにいきり立ったポウロンが状況を読まずにリアリスに詰め寄ろうとするが、


「卑劣な手を! 貴様らのような輩がいるから悪魔が……」


 とまで話したところで慌てて動きを止めた。視界の先に針のような短剣を持った少年が立ちふさがっている。


「な、何だ貴様は?」

「リアリス様をどうするつもり? ここは話し合う場じゃないの?」

「セキト、大丈夫よ。どうせ何もできないわ」


 リアリスはいたずらっぽく笑いかけると針剣を収めさせて下がらせた。


「ケイニア侯、あなたはこんな無作法な子供を野放しにしているのか!」

「私の友人です。ですが、救国の英雄にして、忠節厚い騎士に対して随分な物言いですね……子供らしく友達と遊んでみたまでのことです」


 アルジェナイトは相手の物言いを逆手に取り、余裕の表情で気に入らない大人たちを眺め回す。


「……ここで我々を殺せばどうなるか分かっているのか?」

「わかっていますよ……ですから、素早くお引取り願いたいものです。場から立ち去るのはあなた達の方だ」


 ラルフレートはそういうとデスクスたちに命じて兵士たちを城外へと連れて行かせ、その上で改めて退去を求めた。ナイカたちは揃ってラークゼットのことを見つめ、何かを話すようにと縋りつきだす。水を向けられたウィゼ侯は彼らへの落胆をぎりぎりまで抑制しながら口から言葉を発した。


「今は曇り空ですが、いずれ雲は晴れていくでしょう。その時に笑い合いたいものですな」


 言い終えると反応を待たずに議場を後にする。これ以上は耐えられそうになかった。

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