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第四十七話 結束

 ウィゼ侯家の居城では北東諸侯と当主ラークゼット・ユーベ・ウィゼが会談を行っていた。


「では、まだ生きていると?」

「確認はできていないが、倒れたあとすぐ城に運び込まれたところを見ると、リアリスがかくまっている可能性は高いでしょうな」


 白髪頭のナイカ・イゼル・ソルベイユはラークゼットに頷く。彼は各地に工作員を配置して悪魔の情報を探っていたが、エグザトスに到達して以降はラルフレートが情報を秘匿し始めたために正確な足取りが掴めずにいた。長い空白のあとにケイニアへ向かう姿を確認されたのも束の間のことで、リアリスに刺されて城へ運び込まれた以降の動向は届かず、工作員の消息も途絶えたままである。


「ケイニア城の周辺に怪物が現れたという噂もある。エスジータに続いてケイニアも災いに侵され、もはや一刻の猶予もない」

「さよう。悪魔とそれを取り巻く連中を排除せねば、恵みの地は滅びてしまう」


 瘦身の男グルー・ミューイ・ハウゼッツは懇意にしている隣領ニスタの主ポウロン・ゼデ・ニスタと頷きあった。二人は親戚で幼少から仲が良いことで知られている。


「それで私めに何をお望みか、ナイカ殿」

「望むなどとは畏れ多い。ラークゼット様には、我々が悪魔の穢れを払うのをご見物頂ければと」

「話をぼかすのは貴公の悪い癖だ。要するにラルフレートやリアリスが気に入らんのだろう?」


 鋭く問いただす。ナイカは芝居好きで知られ軍備増強の傍らで芸術振興にも力を入れており、本人の言葉も大仰で芝居がかっていることが多く、聞くに耐えない調子に陥るのも珍しくない。今回もかなりの誇張を含んでいるだろうという訳である。


「そう頑なになられますな、ラークゼット殿。あなたとてエグザトスやケイニアの現状をよく思ってはいないでしょう?」

「ケイニアはともかく、エグザトスとは友好を保っていますが……」

「ラルフレートは悪魔狂いですよ。今回も辻評会の最中に参議首座を伴ってケイニアへ赴いたとか……民心も揺らいでいると聞き及びます」



 渋るラークゼットをグルーたちも説得する。彼らに言われるまでもなく隣同士であるエグザトスやケイニアの状況は逐一把握しているが、かなりの大打撃を受けたケイニアすら支配体制そのものが揺らぐまでには至っていない。わざわざ混乱を助長するような真似はしたくなかった。

 相手が簡単に首を縦に振らないと見て取ったナイカは「まあ悪魔狂いは言い過ぎとしまして……」と間を取る。傍らの二人は強弱の付け方を知らないから交渉事も下手になると内心で軽蔑していた。


「……彼は銀の悪魔に魅入られているのですよ。そもそもあの女が居るせいで今日の混乱を招いているのではないか、と私は思います」


 意見を言い終えたあと、脇の二人に何も言わないようにと睨みつけてからラークゼットを見つめる。

 言った側からしたら別に話を盛ったわけでもない。原因の根本を追及すると、結局レダとナヴィードの二人が反対を押し切りドゥーリッド侯家を継いだことが全ての発端だと考えざるを得ず、当事者の親族としてそれを抑えきれなかったラルフレートやリアリスへの視線も自然と厳しくなる。

 ナイカの言葉を理解した長髪のウィゼ侯はゆっくりと小さく頷いた。


「……なるほど」

「混乱の大元が悪魔となり各地を乱しているのは隠しようのない事実です……そしてこの場にいない四人はそれを隠し、己の利益のためにそれを利用しているのですよ」


 暗くささやくあごひげの男のことを静かに見据える。相手が本物の悪魔なのかはどうでもいい。四人が悪魔を利用しているという話の先にあるのが彼らの大義である、と感じ取ったラークゼットは重い口を開いた


「恵みの地の実りを守るために、悪魔を払いかくまう者を討ち滅ぼす。その後に祝福された者が新たな種をまく、と」

「ご理解頂けて何よりです。ラークゼット様なら正しい理をお導き頂けると思っておりました」


 ほっとしたようにナイカは息を吐きだしグルーとポウロンも露骨におべっかを使ってくるのをみて、ラークゼットは内心で大きなため息をつく。彼らが訪れる少し前にラルフレート直筆の書簡が届いており、悪魔騒ぎにまつわる概略と現在の状況を記した上で「必ず彼らは野心をむき出しにしてくるから、軽挙妄動は慎まれるように」と注意書きがされていた。実際、ナイカの語った悪魔騒ぎのくだりなどはラルフレートの予想通りの言葉しか聞こえてこない有様で、器の差は明白と言える。

 しかし、彼はそれに背を向けた。


「承知しました。今回はあなた方の手腕を見学させていただきましょう」

「ご英断を歓迎いたします!」


 ナイカたちの拍手が虚ろに聞こえる。言うことを聞かないのなら武力で従わせようとしてくるのは間違いなく、ラルフレート側についても彼らの脅威をもっとも多く受けるのは結局境を接するウィゼになる。ナイカたちも当然ラルフレートたちに対する盾として使いたいのであってどちらにせよ結果は変わりないかも知れないが、今は少しでも被害が出ない道を選ぶべきであった。穏やかに暮らす民たちのためにも。

 にぎやかな様子で彼らが退席したあと、ラークゼットは執務室から空を見上げる。曇りがちな夕空に彼は青空の余韻を感じてつぶやく。


「君は実に色々な顔をしているな……命を狙われたときはどうしようかと思ったが」


 九年前。よく晴れた日に塩田の視察を兼ねてお忍びの旅をした際に暗殺者に出くわした。側近以外には誰にも知られていないはずなのに、年端も行かぬ少女は震えあがるような冷たい声で「信じてないし、信じられない。領主様もお目が悪いのね」と吐き捨てるように事実を突きつけてくる。

 当時は侯位を継いでから三年が過ぎていたものの、言うことを聞かない先代からの家臣に振り回され、新しく任用した家臣の不始末にも悩まされていた。息苦しい空間で政務に携わることに嫌気が差した彼は、外への視察を名目に度々お忍びで城の外へ遊びに出るようになる。何度も注意はされたが聞く耳が育たず、言うだけ言わせて終わっていた。

 その報いがこのような形になるとは思ってもみなかったが、刃物を片手ににじり寄ってくる少女を前にして彼は妙に落ち着いた気持ちになり、相手に語りかける。


「今日はいい天気だな」

「死ぬにはお似合いかしら?」

「そうだな、お前も青空の下で死にたいか?」


 すると少女は素っ気なく「無理よ」と返すが、ラークゼットは諦めずに「無理なこともないだろう」と問いかけを続ける。何も考えてなどいなかったが、今はこれで良いと心の中で思っていた。


「無理よ。人を、殺しすぎているもの」

「人殺しかどうかは、空の様子には関わりはないだろう?」


 微妙に戸惑いを見せながらも「あなたを殺しても?」と小さくつぶやく彼女に「ここで刺し違えるのも悪くないな」と彼は答える。本当に殺されても仕方がないと割り切った心からは気負いや虚飾が消え、本来の彼が持つ清明さが戻ってきていた。

 彼女は「呆れたひと」と言いつつも刃物を引っ込めて後ろに下がろうとするが、彼はあえて待てと呼びかけて「少しだけ付き合っていけ」と強引に引き留めて二人で草むらに寝転ぶ。お互い何一つ身の上の話などしなかった。ただひとつ、この青空を忘れないようにしようということだけを分かち合って。


「もし忘れたら地獄からでも殺しにくるから」

「迎えに来なくとも自分から行くだろうさ」


 そこで見せた小さな笑みが彼の見た唯一の笑顔である。直後に顔を合わせることなく二人は別れ、ラークゼットはそれきりお忍びを止めて政務に専心するようになり、彼女が再度殺しにくるなどということもなかった。

 数年後、ソルベイユから罪人が宝を持ち逃げしたから捕らえるようにと手配書が届けられたが、人相などを見た彼はそれを破棄し「所詮我が領土には関わり合いのないこと」と素知らぬ顔を決め込む。それがあのときの少女なのはすぐに分かったが、手を差し伸べようとはしなかった。彼女のほうもウィゼを素通りしてエグザトスに抜けていったらしく、後にレド・ファーマという少女が旧き記憶にいることを知ることになる。


「……私は愚かな選択をした。お前はいずれ地獄から殺しにくるのだろうか」


 そう言っておいて、ゆっくりと頭を振る。


「違うか、お前は今も生きている。お前と、業歪と、あの女性……三人いるレド・ファーマから、私はきっと逃れられない。その日をゆっくりと待たせてもらうよ」


 ラークゼットはそう言うと物憂げに呼び鈴を鳴らして側近を呼び出した。



 それから一ヶ月後、ラルフレートは同盟幹事として正式に諸侯会議の開催を各地に布告している。



「ラルフレートめ、待たせたものだな」

「何らかの策は練っているでしょうね」

「なに、あんな子供たちには何も出来ませんよ」


 ウィゼの城に滞在している北方三侯は頭から相手を見下した口調で強気なことを話しているが、本来の城主であるラークゼットは彼らの態度に顔をしかめる。


「そのように侮られていては自ずから運気を手放すことにもなりかねません」

「ウィゼ侯、恐れてはなりませんぞ。悪魔を防ぎきれず言いなりになっているような連中など恐れるに足りぬ」

「そうですよ。あなた様の双肩に恵みの地の未来がかかっているのですからな」


 彼らなりにラークゼットのやる気のなさを感じ取ってはいるようでしきりに言葉をかけてくるが、戦場の盾として扱う気を隠そうともしない彼等に諦めが強まるばかりで、愚かさもここまでくれば立派なものだった。


「ケイニアでの開催だと言うことです。皆様の兵士たちはいかがいたします?」

「全てとは言いませんが、護衛に必要な人員以外はあなたにお預けいたしますよ。我が兵が無抵抗な自領を通過してはラルフレートも面白くないでしょう」


 ナイカは皺の目立つ顔でニヤリと笑う。形だけあちこちの顔を立てながら、問題は他人に押し付け自分たちだけで利益を独占したいという本音が目に見えていた。それ自体は良い悪いではないが、あまりにも露骨すぎる。元々間違っていると思っていた選択ではあったが、案の定の展開になってきていた。


「承知いたしました。皆様の手腕にも期待しております」

「案じることはございませんよ。勝つのは我々ですから。天命により恵みの地を預かっている、この我々が!」


 最後の言葉に力を込めて宣言し、ナイカは取り巻き二人と歩み去っていく。既に負けることなど考えてもいない様子だが、展開によっては早急に掲げる旗を変える必要もあった。


「年若いものを侮るのは構わんが、人を見忘れている。ナイカだけにでも気づかせてやりたいものだが……」


 彼は部屋を出ると彼らの態度に辟易する兵士をなだめながら、執務室へと向かう。離れている間の手続きを済ませねばならない。



 二週間後、ウィゼから訪れた使者より北方四侯が出席する旨を受け取ったラルフレートは傍らにいる臨時の相談役に意見を求めた。


「あなたはどう思う?」

「額面通りに受け取ればよろしいでしょうな」


 退屈そうにつぶやく。先読みに長ける彼からすればあまりにも基本に忠実過ぎてあくびが出てしまうのを避けられない。


「まあ、仮にここから目先を変えてきても本気にされないほうがよろしいかと」

「政治は退屈かな、ネビク殿?」

「もう少し虚々実々の駆け引きを見せてほしいのですよ、エグザトス侯」


 形式は形式で大切ですが使いどころが悪すぎます、とにべもなかった。毎日海千山千の手練相手に商いを営んできた彼にとっては、儀礼と体面を押し出しながら現実とすり合わせる政治は面白みに欠ける。


「ニスタを出られたのもそうした事情もおありでしょうか?」

「あまりにも整然とされすぎて薄気味悪いくらいですよ。誰も彼もが同じでないと気が済まない。ポウロンはそういう男でした」

「……的確な評です」


 ラルフレートは苦笑いを隠さない。恰幅の良い丸い見た目に反して、まず形から整っていなければ気が済まない神経質な人物であり、会議でも頻繁に退席しては手順を確かめに入るため、無駄に議事が長引く元凶の一つとなっていた。


「まあ、居心地の良い人間には過ごしやすい場所なのは間違いないですが、私には少々水が清すぎました」

「ではイヴネムは程よく濁っていると?」

「違いますよ。清すぎない程度に美味しく飲める水なだけです」


 ネビクにとってイヴネムは安住の地ではない。今こそ他に行き場所もないが、より良い地があるのならば移ることも視野に入る。しかも、間もなくその機会が思わぬ形で現れることになるかも知れかった。

 彼は最近になり共有され始めた知識についてラルフレートに語りかける。


「この世界は作り物だそうですな」

「ブレッカ様はどう仰られていましたか?」

「今見えるものが事実であり、その事実に一つ但し書きが備わっただけだ、と。あの御方らしい考え方です」


 このひと月の間に、レドはリアリスを通じて自身が知りシュヴァンレードとデスクスが語った事実を、なるべく平易な形で各地で縁を持った人間に伝えていた。


「あなたはどうですか? 今と違う世界があるとしたらどうします?」

「一目でいいからその世界を見たいものです。退屈そうなら見て終わりですが」


 それで終わらすつもりはないでしょうと質すと、私も一人ではありませんのでとはぐらかす。どんな形であれ世界が他にあるという事実に心が躍るものを感じるのは間違いない。


「それにしても、あの方はどこまで理解しているのでしょうかな……己の言葉の意味を」

「そうだな、あまりにも危険すぎる考え方だろう」

「では取り締まられてはいかがですか。今なら諸侯会議に間に合いますが」


 彼らなら喜んで取り締まりますよとネビクがからかうように尋ねるが、ラルフレートは表情を引き締めて「彼らにも誰にもそうさせるつもりはありませんね」と言葉を置いた。


「知らないまま滅ぶのではなく、知って足掻くべきだ。聞けば、前の時代は誰一人知らぬままで過ごして唐突に滅びていった」

「滅びを黙って受け入れるのは御免ですな。それほど潔い人間でもありません」

「我々は生きている。何者かの掌の上だとしても、生きていると感じられる」


 作られた世界であることは絶望ではなく希望の象徴。生きられる世界であることを喜び、魔の手から自ら守ることもできる。


「どうしても防げないのならそれは定め、生き抜いて消えればいい……か」

「レド様には勝てませぬな。ラルフレート様のお眼鏡は確かでしたよ」

「いや、もっと小さく見えていました。私はかなり遠くの彼女を見ていたようです」


 ケイニア侯女としての彼女は型にはめられた一部でしかなかったのだろう、というのが最近の彼の思いだった。次々と自分の想像の枠外へと飛んでいくのに目を向けるだけでも精一杯である。


「あの方がいる間は退屈せずに済みそうですが……面倒事は素早く片付けるに限ります」

「ああ、我々にはすべきことがある」


 二人は改めて対策の協議を入った。



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