第四十三話 巨人
悪魔は攻撃を避けようとしなかった。
「新しい世界でまた会いましょう」
「お前は生み出せぬよ。寂しい限りだ」
体を拳で貫かれ原初の名を持つ悪魔はそのまま虚空へと還り、それに従い彼に呼び出された獣たちも次々に後を追って消滅していく。
「……終わり、か……」
「マトヤ……」
寂しげな声で剣を下ろす守護役に、ケイニア侯はこのまま楽などさせないとばかりに強い口調で次なる命令を飛ばした。
「ぼやぼやしている余裕なんてないんだからね。あなたは急ぎ姉さんと城攻めの救援に向かいなさい」
「な……! しかし私は……」
戸惑いを浮かべるマトヤに「あなたにカザリの救出なんて任せられないわ」と、リアリスは切って捨てる。
「そんなこと言って妹を取り返したらまた寝返るかも知れない」
「いや、その……」
「だから、そうではないことを誰しも理解出来るように、姉さんを助けなさいと言っているの!」
叱責とも激励とも取れる主君の言葉にようやく頷く。償いはまだ終わっていない、終わらせてはならなかった。
「リアリス、ここは任せるわ! 私は城へ急ぐから!」
「任せてよ姉さん! マトヤも頑張りなさい!」
「レド様、ここはあなたと勉強をさせていただきます!」
リアリスたちにその場を任せ、レドはマトヤを連れて城へと向かっていく。
封じられていたレドが覚醒したとき、業歪は既に必要な儀式を終えていた。
「流石に無理があったわね。上位権限に接触できる存在を改変して無理やり使役するなんて」
疲労をにじませてつぶやく。かなり強い制約を課していたのもあり、倒されたことの反動は大きい。儀式と併せてかなりの損害を被ってしまっていた。
「……まあいいわ。言葉通り、儀式の完遂まで足を止めてくれたしね」
平静を装って立ち上がる。目的の物を呼び出した以上ここに用はない。外からは重苦しい音と無数の悲鳴が狂い響いてきていた。
「早く来なさい星光。あれに直接対抗できるのはあなただけよ。終わりが近いことを思い知るのね」
そう言うと業歪は体を捨ててどこかへ消えていき、残された体は得体の知れない何かへと解けて崩れていった。
城攻めを展開していたラルフレートたちは城内への侵入口を確保したところで態勢の立て直しを図っている。
「切り崩せましたね、ブレッカ様」
「ああ、そうだなアルジェナイト……だがこちらの被害も無視できない」
二人は苦い顔をして頷きあった。数の優位は揺るがなかったとはいえ理性を失い死を恐れることなく攻撃を仕掛けてくる敵兵にかなり手こずらされ、倒したら倒したで別の問題が生じている。
「……リュービス、旧き記憶の研究者は何と?」
「仕組みはよく理解出来ませんが、戦う前から既に命を奪われていて半ば抜け殻のような状態であったのではないか、と」
「業歪め、好き勝手をしてくれる……!」
ラルフレートは報告に唇を噛む。倒した敵兵が次々に干からびて死んでいくため、兵士たちの心理に大きな悪影響を及ぼしていた。念には念を入れ、と陣中に招いていた旧き記憶の研究者にもお手上げであるらしい。
「落ち着けラルフレート……所期の目的は達したことであるし、ひとまず下がって兵を休ませるべきだ」
「……そうですね、リアリスたちの動向も気になりますし」
言葉に頷く。上手く行っていればそろそろ彼女たちもレドを救出している頃だろう。ならば、焦らず呼吸を整えるのも悪くなかった。一時後退と休息を指示しようとしたその時、地響きが起こり大地が揺れ始める。
「な、なんだ!」
「地震? ケイニアには多いと聞いていたが……!」
「いえ……これは違う! リュービス、直ちに全軍を城から撤退させろ!」
「かしこまりました……!」
戸惑う二侯の言葉を否定し、ラルフレートは躊躇なく命令を飛ばした。ケイニアの近隣であり地震の経験もあるエグザトス出身のラルフレートにはその違いがすぐに理解できる。それに加えて押し潰されそうなほどの悪寒を感じてもいた。
「待ってください、下手に動くのは」
「いや、ここはラルフレートに従うべきだ……何があるかはすぐに解る」
落ち着くまでは動くべきではないと忠告しようとするアルジェナイトをブレッカが押し止める。仮にこれが敵の仕掛けだとすれば、一瞬の遅れが破局を招きかねない。程なくしてそれは証明された。
城門が基部から破壊され、地を割って巨大な何かが二つ、体を起こすように上がってくる。
「あれは……!」
「人、か……?」
「笑えぬな、巨人などおとぎ話だとばかり思っていたが……!」
その場にいた人々の悲鳴の中、三侯は呆然とその威容を見上げていた。人の二倍、いや三倍ほどの背丈はあるだろうか。角張った頭らしき個所に飛び出た一つ目が不気味にこちらをにらみつけ、右手には巨大な掌砲らしきもの、左手には長大な刃を構え、足は人とは逆に折れ曲がっている。体には「Weit Perfekt−010」と謎の記号が刻まれていた。
「あれで完全には程遠いとでも言いたいつもりか、業歪は」
「ブレッカ様、そんなに落ち着いている場合じゃないですよ!」
「こうなった以上は覚悟を決めなければならんさ、君も焦るな」
焦りを表に出すアルジェナイトにどっしり構えるように促しつつも、内心では彼も巨人に恐怖していた。
「あれは地から這い出てきた。つまり、他にもあれの仲間が埋まっている可能性はあると言うことだ」
「地面を掘っていたのはそれを探るために……」
「……攻撃を仕掛けましょう」
震えを抑えながらラルフレートは提案し、二侯も迷いながらそれを承諾する。あれを放置することは恵みの地の破滅に直結しかねず、少しでもそれを阻むためには怯えることなく戦わなければならない。
「レド、私の勝手を許してくれ……」
「彼女だけに責任を被せるわけにもいくまい。責任は共同で負わねばならんさ」
「まずはあれの力を知らねば戦いにもならない……死んでいい命はありませんが、その苦痛は生きて残ったあとに償いましょう!」
少年の言葉に頷いた大人二人は陣を下げながらも態勢を整え直し、反転して攻撃を仕掛ける。声も出さずに振るわれる巨人の砲と剣に蹂躙され、危機にさらされながらもその性質と弱点を知るべく戦いを続けた。
巨人の出現はレドたちにも伝わっている。
「馬鹿な……あんなものが地の底から!」
「あれが本命かしら。ヘアクンフトは単なる時間稼ぎに過ぎなかった……使い方が荒っぽいとぼやくわけね」
驚愕するマトヤとは裏腹に、レドは納得したようにつぶやく。明らかに格下の存在を呼び出すため、好き勝手な使役をされれば嫌うのも無理はない。
「あれが奴より格下というのか?」
「……詳しい序列は判りかねますが、直接的な打撃を与える装備以外の力は持ち合わせていないはずです」
「ただ、そのために人の存在を三百人くらい捧げる必要はあったみたいね。結果があれということよ」
シュヴァンレードの言葉をレドが補足し、守護役は自分の浅慮を痛感していた。確かにこれなら自分のことなど眼中になくて当然で、どのみち阻止できなかったとはいえもっと違う道を探れなかったのかと自己嫌悪に陥りそうになる。しかし、銀色に染まる女性がマトヤを気遣うように言葉を贈った。
「今はまだ考えていい時間だけど、もうちょっとで止めておいてねマトヤ」
「レド……?」
「前に言ったでしょう? 死ぬのなら前向きに死のう、と。自分を嫌いながら死ぬなんて最悪よ」
やるだけやり切って駄目なら相手のせいにして自分を守ればいい。死ぬ間際まで己を苦しめ続けることもなかった。それを聞いた彼女は無責任ぶりに呆れてしまう。
「……適当だな、お前は」
「適当かしら? 本当に適当だったらこんな面倒なことなどしていないはずだけど」
「ははは。違いない!」
その言い分に吹き出しながら、マトヤは心が楽になるのを感じていた。以前ちらりと耳に入ってきた業歪の言葉が今なら彼女にもわかる。
レドは何者にも縛られていない希望の形なのだ、と。
城前の本陣は瞬く間に兵の大半を失い追い詰められていた。弱点を探るどころではなかったが、それでも全滅は回避しているように分かったこともある。
「剣や槍を通さない鉄の巨人とは……」
「ああ……だがその分だけ小回りは効かないらしい」
「砲を多用してこないのも幸いですが……まともな補給をできない以上は当然でしょうか」
三侯は残存兵をまとめて巨人の斜め後方に退避し、先程から背後の取り合いをしていた。相手は首を真後ろにも回せるのだが、動きは人より鈍く、発見されてから動くまでには若干の差がある。彼らはそれを利用して二手に分かれ巨人を幻惑していた。
「アルジェナイト、どう見ている? 打開策は思いつくかね」
「巨人の胴体部に隙があるように思います。手足に比べて明らかに細いです」
再び頭を回しだした巨人の視線を避けるように動きつつ話し合う。
「目の付け所は良いぞ。囮を引き受けているラルフレートも同じことを言うだろう」
「ただ、我々だけではどうしようもありませんね……」
アルジェナイトはため息をついた。城攻めのあとでも千人はいたはずの兵は四分の一程度にまで激減し、怪我人も多いため実働できる人数は更に少なく、レドが駆けつけたとしても援護すらままならない。
「……やりようはある。少しでも勝算を上げるためにも、これ以上の被害は避けるべきだ」
「そうですね、弱気はいけません」
ブレッカとアルジェナイトがそう話を結論づけた一方で、動ける人員を率いて囮を務めていたラルフレートは集中力を切らさずに指揮を取り続けていた。
「本陣の右側にいる巨人が攻撃姿勢を取っています。左側もそれに合わせているようです」
「左側に接近し時間を稼ぐ。生き延びたければ動け!」
号令をかけて駆け出す。落伍した兵はことごとく砲で皆殺しにされているため、敗色濃厚とはいえ統率に乱れは感じられない。
「あんまりな号令じゃねえかエグザトス侯?」
「そう言うなドール。君たちとて死にたくはないだろう?」
「アトリさん、こんな時にあれですけど占いの結果は出ましたか?」
「嘘でも真でも今いる全員が生き残るに決まっているでしょ!」
こんな時に全滅なんて結果認めないわ、と八つ当たり気味に怒鳴りつけるアトリにリュービスは苦笑いを浮かべた。巨人が出たときに逃げるなと引き止めたのを恨みに思っているらしい。
「ははは、まあ怒るなアトリ。今にエルザの奴が来て何とかしてくれるだろ」
だから俺たちが先に死なねえよう粘っているんだろ、とドールはやや前向きに考えて笑ってみせる。
「そんなに嫌ならブレッカ様たちの本陣にいても良かったですよ? こちらが良いというからお連れしたのに」
「どうせ死ぬならあんたを道連れにしたかっただけよ!」
「そうですか、私が背負うべき命が一人分増えました」
あなたを死なせないためにも死ぬわけにはいきませんね、とのんきに話しながらも懸命に動いていた。既に一杯だがそれでも止まらない。
「君こそこちらに来ることはなかっただろうに。本陣でやることはあったはずだ」
「私にはあなた様を見届けるという死しても果たすべき役割かございますので」
「はいはい、甘いもののお代はツケにさせてもらうわよ」
エグザトス侯と参議首座のやり取りを呆れ半分で聞きながらも仕方なさそうに気合を入れる。部隊は本陣左手の巨人を牽制するようにその背後につけるが、その時、右手側の巨人がくるりと体を半回転させてこちらに砲口を向けた。
「何っ!」
「ラルフレート様!」
突然のことに対処が遅れるラルフレートにいち早くリュービスが動いて覆いかぶさるように彼をかばう。
「リュービス!」
「前に来てはいけません! 早く退避を!」
彼女は彼を制止しつつ星に語りかける。貴女との約束を果たせそうにありませんと。しかし、その思いは確かに届いていた。
「諦めないで!」
刹那に目を閉じていた彼女が次に目を開いたときに見たものは、砲口を向けていた巨人の頭を殴りつける銀に覆われた女性の姿。
「……レド様!」
「リュービス、ラルフレート、大丈夫?」
「ああ、良いところに来てくれたよ……!」
安堵のあまり体が崩れ落ちそうになるリュービスを支えつつラルフレートは笑顔を見せる。
「エルザ、挨拶は後回しだ! 最低でも奴らのどちらかを倒さなきゃ話が始まらねえぞ!」
「この状況を輝かせるのはあなた次第よ、頑張ってエルザちゃん!」
「ありがとう二人とも! ここから頑張らないといけないわね」
囮部隊の面々に手を振って答えると、二体の巨人に向かい合う。
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