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第四十一話 姉妹

 悪魔は退屈そうな声で語り続けた。


「お前たちが戦った連中にも新たな進化を与えたが、あのざまだ」

「あれが進化だと! 人にあらざる姿に変えられて!」

「全てが進化に行き詰まり新たな道筋を示せぬ。そこの小僧が受けた祝福を超えることもかなわぬのだ」


 できることは既に終わっていると自嘲する悪魔であったが、デスクスから「ならとっとと失せやがれ」という言葉を浴びせられると静かに両手を掲げる。


「だが、貴様らに進化を与えられぬのなら、その力が私を超えたと示してもらおうか」

「結局戦えと言うことじゃない。さっさと始めなさいよ!」

「貴様らが生きて再び星光を見ることはない。螺旋なき原初へ沈むがいい」


 頭上の空間が歪み、次々と異形の獣たちが現れていった。何かが過剰で何かが足りない、生命の成れの果て。


「随分な化け物を飼っているじゃねえか!」


 飛びかかってくる二つの頭を持つ狼を両手の円盤で切り裂きながらデスクスが咆える。


「貴様の進化など、こちらから願い下げだ!」


 脚が三本しかない鹿の足を払い角を切り落としたユーデもそれに続き、動きを止めない相手にためらいなく止めを刺したセキトがリアリスに呼びかけた。


「ここは僕たちに任せて、早く姉さんを!」

「さあ、道を開けなさい獣共! ……リアリス・ルミア・ケイニアの道を阻むものに容赦はしない!」


 前にいた八尾の狐の体を突き刺し放り捨てると、リアリスは下がること無く突進していく。

 生きて再び姉に会い、言葉を伝えるために。



 ケイニア城前からやや後退した連合軍は同士討ちが収まるのを待った上で改めて前進し、今度はそのまま攻撃を開始した。


「博打気味ですね。大丈夫でしょうか?」

「そうでもないさアルジェナイト。どのみち相手に本気で仕掛けられたら、こちらは対処のしようがない」

「ならば支度を整え終え、策を打つ暇を与えず一気に攻める……前がかりなのも時には悪くない」


 通常の城攻めとは違い、持久戦が有効とは言い難い。中にいる人間はまともな状態ではない可能性が高く、しかも相手の総大将は最初から人間ですら無かった。何を考えているのかは分からないが、待って良いことは少ないと判断している。


「ラルフレート様、先鋒が無事城門に取り付きました」

「よし、次の部隊を投入して様子を見てくれ。策がないようならそのまま仕掛ける」


 報告に頷き指示を出すが、一方では別なことも想定していた。


「問題は迎撃されたときか……」

「通常なら打ち勝てばそれで済む話だがな。五倍の兵力差があるのだ」

「わざわざそれをして来るからには次の策がある、ということですね」


 指揮を取る三人とも同じ懸念を抱く。城にいる人間を出さないようにしていたということは、単純な戦力以上の意味で人間に用があるはずであった。


「深入りせず、奪回できる状態になったらリアリス殿の帰還を待つべきだろうな」

「慎重に行くべきでは? ラルフレート様」

「助言をありがたくいただくよ……リュービス、敵兵が出てくるようならば更に部隊を増派してくれ。数で押し切る」

「承知いたしました」


 それから長く待つこともなく、城の方から争う声が響いてくる。更に間を置かず声はどんどん大きくなっていき、怒号や悲鳴、絶叫の響き渡る戦場の音がすべてを巻き込み広がっていった。



 城攻めの部隊が激戦を繰り広げ始めた頃、リアリスは援護を受けながら酒屋跡へ向けて少しずつ進んでいた。


「鬱陶しい!」


 群がる悪魔の眷属たちを槍で打ち払うものの、それをすり抜けてきた獣が毒牙を向け飛びかかってくる。だが、小さな円盤が飛んできて獣の顔を切り裂き動きを封じた。


「ぼさっとすんなリアリス!」

「言われるまでもないけど、礼を言う暇くらいは尊重してデスクス!」


 隙を作ってくれた仲間に礼を述べて再び前進を試みるがとにかく数が多い。無理に押さず呼吸を整え左手側の敵を刺しその体ごと横手にいる相手にぶつけていく。

 ヘアクンフトはなおも召喚を続けようとしていたが、ユーデに斬りかかられて一旦手を下ろすと彼に向けて手をかざす。瞬間的に危険を理解して、横に転がっていた獣の死体を掴んで放り投げ後ろに飛び退いた。死体は弾け散り、ユーデの体にもわずかに余波が届くが異常は感じない。


「目に見えぬ飛び道具とは厄介なものだな!」

「良い判断だ剣士よ。争いの時代こそ貴様にはふさわしかろう」

「遠慮させていただく。争いを収め世を平定することこそ我らの本懐だ!」


 再び衝撃波を放つ悪魔に軌道を推測して回避しつつ間合いを詰めようと巧みに立ち回る。

 一方、リアリスの前進を助けるべく囮として獣たちを引き付けていたデスクスとセキトは休む間もない連戦で消耗が無視できない状態に追い込まれつつあった。円盤の手持ちはあと四枚ほどでセキトの息も荒い。

 デスクスの足元を突こうとする犬のような化け物を目を潰して動きを止めたセキトだったが足がもつれて体勢が崩れてしまい、別な獣が見逃さず襲いかかる。眼の前の敵を斬った彼女がとっさにそれを払ったが、その瞬間を狙って新たな獣が背後を狙っていた。それに対して姿勢を整えた少年が顎の下を刺し相手を退けた。


「ごめん!」

「謝るくらいなら水でも飲んどけ!」


 背中を合わせる。良く知る間柄からこそ、できることと投げ合う言葉は決まっていた。

 リアリスは懸命に襲い来る敵を倒して前を目指し、ようやく酒屋の入口前までたどり着いたがそこには長い髪を一つにまとめた一人の女が立っていた。


「……マトヤ」

「本当にここまで来たんだな……」


 疲れ果てた表情の彼女は剣も抜かずにじっと親友を見つめている。リアリスは構えを解くことなく相手を見据えていた。


「あなたに今言いたいことは一つだけ……そこをどきなさい」

「……誰に向かって命令しているんだ、お前は。何をするにも守護役がいないと話にならなかったお前が」


 はぐらかし、ゆらりとした動作で剣を抜く。刃に曇りはない。


「どかないのならここであなたを討つ!」

「そう思ったのならば……言うより先に動け!」


 そう言いつつマトヤは自ら斬りかかるが、リアリスは動かなかった。何かを見定めるかのように静止し、ほんの僅かだけ穂先を動かす。

 剣は降ろされない。立ち止まったマトヤの額にはリアリスの槍が突きつけられている。


「とんだ茶番ね」

「手間を取らせたなリアリス。これだけは済ませておきたかった」

「……さっさとデスクスたちを助けなさい。そこであなたが死んでも帳消しにはならないけど」


 これ以上責を増やしたくないでしょう、と厳しく言い放つ主君に頷いた。既に充分罪は重ねている。


「レドは二階だが、今までとは別な呪いのせいで動かすことすら難しい状態だ」

「なら姉さん自身に動いてもらうしかないわね」

「随分簡単に言うな」


 私はあなたと違って信じているもの、と耳の痛い言葉を返されてマトヤはつい苦笑してしまった。行動は信頼されてこそ成り立ち、信頼は行動で示してこそ活きる。そんな初心すら自分は忘れていた。


「へっぴり腰でな。かえって足手まといになりそうだが」

「これ以上言わせないで! 時間がないのよ!」

「わかっているさ、ケイニア侯……これでお別れです」

「いいえ、また会いましょう……今、ここにある恵みの地の上で」


 穏やかに、しかし有無を言わせない口調に頷いて守護役はその名の務めを果たすべく戦場へと駆け出していき、主君はそれを見ることなく廃屋の中に入ると敵の気配が感じられない階段を駆け上り、すぐに目的へとたどり着く。


「……」

「姉さん……!」


 リアリスが見たものは、衰弱しこちらに気づくことすらできない無惨な姉の姿だった。


「よく……眠っているのね、姉さん」


 いくら呼びかけても姉が反応が示さないのを見たリアリスは「邪魔するわ」と語りかけて隣に座り込む。


「随分のんびりしてるね。外ではみんな戦ってるのに」


 世間話でもするように話す。思えば城での再会のときは威圧的に有無を言わせず自分に従わせる感じだったかもしれない。何もわからない疑心暗鬼に陥っていて、苛立ちと不安を姉にぶつけるしかなかった。


「でも仕方ないよね。私達が戦っていない間、姉さんは一人で頑張っていたんだから」


 今もそうだが、よくよく考えてみれば姉は結婚以来戦いの連続だった。結婚の代償とはいえ献上金の支払いに追われ、落ち着いたと思えばナヴィードが亡くなって城を追われてしまう。自らの顔を仮面で覆い、必ずしも背負う必要のなかった罪を着せ、その罪をあがなうかのように各地を巡っていた。


「あのときは嫌いだなんて言ったけど、私も優しい姉さんが大好きよ。姉さんがいたから皆少しずつ前へと歩き出せた」


 ドゥーリッドを出てからも自身が手配される身でありながら行く先々で人助けを続け、デスクスやセキト、ブレッカにアルジェナイト、あのラルフレートに至るまで全員が、多かれ少なかれ姉に触れることで自分が変わったと話している。一人の人間が背負える限度をはるかに超える信頼を抱えてレドは生きていた。


「過去を引きずっていた私も再会して変われた。そんなすごい姉さんの妹であることを誇りに思う。でもね、その裏でどんなに姉さんが苦しい思いを重ねていたか……考えたこともなかった」


 声が詰まり気味になる。辛くないわけがない。あらゆるものを犠牲にしてようやく結ばれたナヴィードを呆気なく殺されてしまい、自身が責任をすべて負う形で仮面を被って自分を貶め、奇跡的にそこから逃れてみればあちこちで兵士に追われた。それからも彼のことを悼む暇もなく業歪を追って戦い続け、周囲の期待に身を削って応え続けた結果が今の姿なのだとしたらあまりにも報われないと言うしかない。


「姉さんは……もっとわがままでも良かったのよ。結婚のことだって色々あったけど、最終的にはみんなが納得してたのに」


 結婚に最後まで反対し続けた父親は自決する直前リアリスに「もし再びレダに会うことがあれば言ってほしい。どうなってもお前は愛する娘だ」と想いを託していて、同じく反対姿勢を崩さなかった前ドゥーリッド侯も先頃の諸侯会議で「私も彼らを追い詰めすぎていたかもしれないな」と力なく語ったのをよく覚えている。


「なんで辛いって言ってくれなかったの。わたし達……こんなにいろんなことを抱えて姉さんに押し付けているのに……姉さんは嫌な顔ひとつしないで引き受けて……」


 いつしか声には涙が連れ添っていた。そうしなければとてもやりきれない。


「卑怯だよ……姉さん。それこそ結婚のときのドタバタなんか比べ物にならない。このままじゃ恩返しの一つも出来ないじゃない……そんなの……いやよ。絶対に嫌なんだから!」


 リアリスは動きもせず口も聞けない姉の体に抱きつく。その体は冷え切っていた。内側に沈んでしまっているぬくもりを引き上げようと強く強く抱きしめ、涙を流す。

 だが、そこに黒い影が現れた。


「美しいものだな、姉妹の情と言うものは」

「……ヘアクンフト?!」


 すぐに姉から体を離し、立てかけておいた槍を手に取る。


「デスクスたちは……まさか!」

「案ずるな、奴らなら別な私とまだ戦っている最中だ」

「何ですって?」


 首をかしげるリアリス。その意味を把握できていないのを理解した悪魔は言葉を注ぎ足した。


「私は原初、単一にして複数の可能性を秘めるもの。可能性の数だけ私は存在する」

「……無限に存在する、ということ……!」

「理論上はな。だが先の話の通り私の権限は狭い。本来なら先に現れた私しか現出できぬはずだった」


 それを聞いた彼女は槍の先をもう一人の悪魔に向ける。


「……業歪の仕業ね!」

「全く使い方に節操がない上に乱雑だ。お陰で私には単純な身体能力以外の力を与えられていない」

「こき使われているじゃないの」


 薄っすらと笑みを浮かべた。そんな余裕はどこにもないのに何故だか笑ってしまう。


「貴様こそ姉に晴れ姿を見せたいだけだろう。花のように儚く散るさまをな」

「どうかしら、私にも星光の加護はあるわよ?」

「無知にも程がある。貴様はその女の妹であるだけだろう」

「それで十分。ケイニア侯であることよりもずっと嬉しい」


 そう告げると、背後の「二人」に覚悟を告げる。


「あとはお願いねシュヴァンレード……終わったらまた一緒に温泉にでも入りたいな、姉さん」


 その言葉の後、一瞬でリアリスは槍を折られ呆気なく壁に叩きつけられ失神した。レドの手足に集った光は怯えるように瞬く。


「哀れだな星光よ。物も語れぬほどに退化したか」


 ゆっくりと悪魔は三人に近づいていく。光の明滅が激しくなる。


「進化は必要ないそうだ。進化を促す光を断つのは好みではないが、私に許された役割はそれだけなのでな」


 悪魔が手を伸ばしたその瞬間、完全に光が消えた。息を飲むように静まり返る。



 光は生まれたときに声を聞いていた。思いのままに過ごし、現れた世界に星を与えよと。

 幾多の世界を巡る。多くは争いに満ち、星を得ようと先を争い、次第にその熱は光を剣を象らせ、輝きに妖しさを宿らせるようになった。

 その後、しばらく光は戦いから遠ざかる。使われぬまま長き時間を過ごしていくうちに光の曇りは晴れ、己が為すべきことを求めはじめた。選ばれるのではなく選ぶ、可能性に輝く星となれと光を与えて王とする夢想を抱く。

 程なくそれは果たされた。広き荒野の世界で生まれた巨星に巡り合い、光は思う存分力を示し見事世界を救ったものの、無意識に光の驕りを悟った彼はそれを払うために闇に飲まれその役割を終える。目論見を崩された光もまた強引に意識を閉ざされてしまった。

 失意に沈む光は更に過酷な状況に置かれる。意識のある間は常に武器としてあったのにも関わらず不気味な仮面にされた上、持ち主の女性は今にも処刑されようとしていた。仮面を外せなくなった相手を救うため光は輝きそれを支えるが、直後に業歪が現れ人としての存在を歪められた彼女と光は一つとされてしまう。

 呪いの元凶を追い求め共に旅をするうちに、光は宿主が祝福を捧げるに相応しい素質を備えていると気づく。今までに出会ったことのない生まれたての純白に光を彩ろうと気合を入れ直していた。

 しかし、その純白はあらゆる可能性を受け入れるまばゆい輝きに満ちていた。与えられた歪みすらも彩りとして受け入れる彼女に対し怯えを感じ始める。自分の光など彼女にとっては端役に過ぎない、という恥ずかしさを覚えていた。

 否定されることを恐れた光は次第に弱っていく。口先では今まで通りと言いながら怯えと妬みが力を削ぎ、自身で輝くことすら忘れ彼女の心に甘えるばかりの幼児へと変わり果てていた。

 あるいは、業歪によって歪められていたのは光の方であったのかも知れない。怯えや嫉妬を与え、元々のあり方を忘れさせ、光を人間の程度へと堕落させる。

 しかし、消えていくはずだった光を主は決して見捨てない。彼女は彼と出会った時から心を決めていた。


 彼もまた自分のひとつなのだ、と。

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