第四十話 戦闘
三日後。最後の作戦会議を経て、夜が明けぬ前にリアリス率いる別動隊が街の酒屋跡を目指して出発する。
「リアリス、城攻めのことは案じなくていい」
「そんなこと、ブレッカ様が来たときから心配してないわ。せいぜいアルジェナイトの足を引っ張らないようにしなさい!」
「はっはっはっ、流石はレド様の妹というところか。責任は重大だなラルフレート殿?」
「ユーデ、私に代わり皆を助けてやってくれ……武運を祈る!」
本隊を預かる他の三侯に見送られて夜道を進む。虫の鳴き声すら聞こえないほど静まり返っていた。
「セキト、よく見てろ。連中は夜闇に紛れるなんて初歩的なやり方じゃごまかせねえ可能性が高い」
「了解……でも、怖い気配が多すぎてわけが分からなくなりそう」
街を覆う不吉な気配の多さに少し酔いながらも慎重に先を進む。
「嫌な気配だな。エスジータも似たような状況に陥ってはいたが」
「来てみてわかったわ……この街にはもう人はいない」
リアリスは改めて不明を恥じた。領主という立場を逆手に取られ、城に閉じ込められている間にも事は進められていたのだろう。その手配にマトヤも一枚噛んでいたのは間違いない。
「つくづく私は人を見る目に欠けていたのね……」
「気にすんな。あいつも目指す先にいるはずだ。そのときにしっかりお返ししてやれ」
「失敗を嘆くことはあとでもできます。今は先を急ぎましょう、リアリス様」
ユーデの言葉に頷いて俯かせていた顔を上げるリアリスだったが、その時先を走っていたセキトが立ち止まった。
「どうしたの?」
「すごい数の化け物がこっちに来てるよ。十までは数えたけど……!」
「ちっ、流石に早いな」
「最低限だけ倒して先を急ぐべきか」
「いえ、ここで相手をしましょう。姉さんたちを動かすとも思えないし、後ろに行かせて城攻め部隊を襲撃されては困るもの」
即座に決断する。ここにいる化け物たちを楽にあしらう程度でなければあの悪魔を倒すことなど思いもよらない。
「了解したぜ! 俺向きの選択肢だ」
「ならば、私の剣さばきをお見せいたしましょう!」
「リアリス姉さん、援護するよ!」
「無理はしないのを忘れないで……仕掛けるわよ!」
リアリスの号令のもと、四人は化け物の群れに斬り込んだ。
まずは素早さを活かしてデスクスが固まっている敵の前段を排除しつつ戦力を測る。特別な能力はなく、あくまで身体能力に依存する戦い方であることを理解すると、あとの三人にそのまま来ていいと合図を送る。
リアリスが槍で集団を横に薙ぎ払い、散り散りになった敵をユーデが無駄のない動きで次々と斬り捨て、動けなくなった相手にセキトが急所を突いて止めを刺し、三人が対処できない相手はデスクスが始末するか動きを止めて時間を稼ぐ。
しかし、化け物たちも何もせず倒されていくばかりではなかった。数度戦ううちにリアリスとセキトが狙いやすいことに気がついたのか、次第に二人への攻撃を激しくしていく。
近寄る敵に立て続けに槍を振り回し、少々息が乱れてきたリアリスの隙をついて化け物が殺到し、爪や牙を体に突き立ててきた。
「近づくんじゃないわよ……!」
「危ない!」
斜め後ろの死角から彼女に襲いかかろうとした敵の一体にセキトが針剣を突き刺すが動きは止まらず、やむなく攻撃に見切りをつけ全力で敵の正面に回り込むと彼女に噛みつこうとした敵に自分の腕をかませておいてから喉を突いて動きを止め、その間に円盤が飛んできて頭に刺さり敵は絶命した。
「ううう……!」
「セキト!? しっかりしなさい!」
危ういところを助けられたリアリスが少年を励ましつつ、手を引いて一旦距離を取る。
「大丈夫?」
「傷は何でもないんだけど……何か変な感じがして」
「え?」
「手とか足から何かが伸び出していくような感じ。本当に伸びてるのかもしれないけど」
セキトは自分の体を見やっていた。幸いというべきか、目立つような変化の兆候はないものの、呪いのことを考えると安易に結論は下せない。
残った敵を掃討して下がってきた二人も表情を重くした。
「奴らは何らかの毒を宿していると見るべきだな」
「ああ。こいつは推測だがよ、その毒があいつらを化け物に変えちまったのかも知れねえな」
「まさか!」
セキトが無事だったのは普通の人間と体が違い、毒に対して耐性があったからだろうとデスクスは推測する。
「セキト、落ち着いたか?」
「まだ何かムズムズする感覚はあるけど大丈夫」
心配いらないというようにセキトが立ち上がった。最初にいた敵のほとんどは倒れ、残ったものもこの場から離れている。一行は時間を取り完全に呼吸を整えたうえで少しゆっくりと移動を再開した。
「酒屋の跡まではどのくらいだ?」
「そこまで離れちゃいねえ。全体の半分くらいは進んできたはずだぜ」
「まだまだ雑魚が群れてきそうね」
「……きそうじゃなくて来たよ!」
再び敵の集団が現れる。今度は先程よりも数が多く、取り逃がした敵が仲間を呼び集めたのかもしれない。
「怯む暇すら与えてくれないようね!」
「元々怯むつもりはねえ!」
「絶対に姉さんのところに行くんだ!」
「邪魔をするな!」
四人は疲れも見せずに再び戦闘に突入した。
酒屋跡の一室。珍しくレドの様子を見に訪れたヘアクンフトは彼女に告げる。
「どうやら貴様の妹がここに向かっているようだ」
「……リア……リス……!」
「馬鹿な、リアリスが自ら?」
衰弱しきり朦朧とした意識でかすかに反応を示すレドとは対照的に、マトヤは驚きと焦りに顔を歪めた。
「今は我が眷属と争っているようだが、あやつらでは止められぬな」
「……私にやらせてくれないか?」
恐る恐るマトヤは提案するが悪魔はその顔へ静かに手をかざす。
「貴様など不要だ」
それを見た彼女は思わず体を硬くしてしまうが、悪魔は何もせず手を下げる。話にもならない。
「役立たずが……これなら夫をかばい身を挺した妹のほうがよほど頼もしい」
「あ……」
「貴様の絶望など味わう価値もない。祝福すら受けられぬ惨めな女よ」
呆れすら示さずに言い捨てて悪魔はその場から消えていった。残されたマトヤはあまりの惨めさに涙を流しながら崩れ落ちて悲痛な叫びを上げる。
「何故……なんで私だけ弾かれる……なぜ何をしても認められないのよ……!」
苦しい。家族の為、親友の支えとなるため侯家に仕え誠心誠意忠誠を誓って務めてきたがその周囲に人は少なく、リアリスやカザリといった気心の知れた相手とは変わらず親しい間柄であったが、それ以外の人とは距離を取られているように感じられてならなかった。
そうして異常な事態に陥ってみれば、今度は己がいかに無力であるかを繰り返し突きつけられ、挙句の果てに役立たず扱いされ捕まった親友からは憐れまれる体たらくである。
レドやリアリスがそれぞれに命を賭けて戦いを挑み、カザリですら愛する者のために身を捨てたというのに自分は何なのだろうか。小さく縮こまり死を恐れて生き長らえるばかりで、命を捨てることも生きることも満足に出来ない。抜くことが出来ない刀に縋りつくように泣き叫んでいた。
「私は……私こそ……死ぬべきなのに……」
「そんなことはないのよ」
「えっ……?」
慌てて涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。いつの間にか自分は広い野原の只中にいて、目の前にはよく知っている女の姿。
「レダ……?」
「違うわ。私はレド」
「でも、レドは……」
そんなことはどうでも良いじゃない、とにこやかに微笑む彼女は涙に濡れた顔を優しく拭ってくれた。
「はい、きれいな顔。貴女に涙なんて似合わないわ」
「顔なんてどうだって……」
「良くない。仮面で隠しても隠しきれないもの」
そう言われて彼女の顔を見ると銀色はどこにも見えず、髪も金髪のままである。
「どうしたの、そんなに私の顔を見て?」
「良い顔だな。見ているだけで気持ちが楽になりそうだ」
お世辞ではない。彼女の顔を見ていると淀んでいた心が段々と流れて澄んで行くようだった。
「良かった。土に埋められそうな顔だとか言われたくないものね」
「今のお前を見てそんなことを言うやつがいてたまるか」
「でも、私にだって辛いときがないわけでもないわ」
少し笑顔が翳る。大切な人を亡くしたとき、救える命を救えなかったとき、捕らえられて暴行されたとき、少年を育てるためにあえて厳しい態度を取ったとき、憎い相手や嫌な相手を前にしたとき。どれもこれも良い顔はしていないはず、とレドを名乗る女は語った。
「お前の悪い顔など想像もできないのだが……」
「本当にそうかしら? それこそ私の被った心の仮面に惑わされているのかも知れないわね」
「えっ?」
不意に眼の前からレドが消え去り、その声だけが響いてくる。
「空を見て。きれいな青空を」
抜けるような青空。ここは部屋の中で夜明けの直前だなどという細かいことはどうでも良くなり、マトヤは呆けたように空を見上げた。
「……綺麗だ」
「この青空が見えたのなら、もうあなたは大丈夫」
行ってらっしゃい、という言葉とともにマトヤは我に返る。そこは先程と同じ酒屋跡の一室で目の前には口をきくことも出来ないほど衰弱したレダ、否、レドの姿。その顔の銀色は輝きを失いくすんでいた。
「……そうだな、私は誤魔化していたんだ。心に仮面を被せて、自分も他人も偽っていた」
座り直し姿勢を正すと、信ずるべき友の一人に深々と丁寧に礼をする。
「……お前の命、時が到るまではケイニア侯家守護役、マトヤ・ジストリノが改めて預かった。我が主リアリス・ルミア・ケイニアの名に誓おう!」
携えていた剣を手に取り、かすかに刃を覗く。涙に濡れ、ヘアクンフトに敗れて以来まともに用いられていないその剣はそんな扱いにもかかわらず曇ってなどいなかった。主の再起をずっと待ち望んでいたかのように静かな光を宿している。
「生きる。そして生かす。皆で生きるために私が守ってみせる……役目を終えたその時こそ必ずお前を助ける。それまで耐えてくれ……カザリ」
守護役が己の使命を取り戻したのと呼応するように、レドの両手足にはかすかな光が宿っていた。
ラルフレートたちの指揮する本隊は、特に組織的な抵抗を受けることもなく城の前に進出している。ただし、徘徊する魔物を見た兵士が何人か離脱していた。
「何とか攻撃を受けずにここまで来れたが……」
「ふむ、その分リアリス殿は苦しい戦いを強いられていそうだな」
「それは祈るしかありません。今は城攻めに集中しましょう」
三侯は頷きあう。城内にいる三百人あまりに対して千五百人と五倍ほどの兵力差があり、よほど拙い指揮でもしない限りはどう戦っても負けようがない。
しかし、話の途中で唐突にアルジェナイトが顔をしかめた。
「どうしたのだアルジェナイト?」
「何か気になることが……?」
「……敵本陣に今のまま進むのは、危険です……」
大人二人が心配する中で彼は思い出す。今感じている嫌な感覚にどれだけ苦しめられてきたのかを。
そこに焦った表情のリュービスが報告に現れた。
「申し上げます! 最前列の兵士たちの間で同士討ちが始まりました!」
「何だと! すぐに抑えるんだ」
「それが、止めに入った兵士が逆に暴れ始める始末で、収拾がつかないと……」
その報告にそれぞれの顔が緊張感で覆われる。
「アルジェナイト殿、これが……」
「間違いありません、業歪の力です」
「戦うまでもなくこちらを崩せる、か……やむを得んな、自然に収まるまで少し後退しておくとしよう」
ブレッカの決断は早い。症状が伝播し群れを作る以上、切り離して隔離するのが最善の策であった。
「リュービス、すぐに手配を。それから後退が終わったあと、本陣の位置を中段から前方に移す」
「危険ではありませんか?」
「じりじり消耗させられるよりは危険が少ない」
承知して彼女は駆け出す。この場合、危険なのは状況の把握ができなくなることだった。それに初手からこちらの混乱を狙うということは、自身では極力戦いたくないという考えの現れだとラルフレートは踏んでいる。
「……戦場での読み合いで引けをとるつもりはない。業歪め、楽に崩せると思うなよ」
彼は冷静さを崩さずにつぶやいていた。
城壁から一人で連合軍が引いていくのを眺めていた業歪は肩をすくめる。
「……引っかからないか。流石に一時代を築ける存在が三人も揃うと対処が早いわね」
表情は硬い。無論先程の混乱は彼女が仕掛けたものだが予想よりも早く対処されてしまっていた。やろうと思えばより多数を歪めることも可能だが、その分だけ本来の目的達成が遅くなる。
「まあいいわ、見せておけば安易に近づけないはず。狙いにまでは気づけてはいないでしょうし」
城内に戻っていく。ヘアクンフトがどれだけ働いてくれるのかによるものの、早急に儀式を執り行うほうが良いと感じていた。
リアリスたちは街中の大通りを走っていた。少し手間取ったが、ここまでは全員ほぼ無傷で切り抜けている。
「セキト、あれから変化はないか?」
「大丈夫だよユーデさん」
「良いことだな、そろそろ酒屋の前に着くぜ」
「ええ、あれを突破できれば、だけど……」
四人はそこで足を止める。目の前に忽然と黒き悪魔が姿を現していた。
「やはりあの程度では止められぬな」
「貴様が!」
「ようやく現れやがったか、ヘアクンフトさんよ」
緊張をみなぎらせるユーデの気持ちをほぐすように、デスクスが軽い口調で相手の名を明かす。
「貴様に名乗ったことはないが、まあいい。我が名はヘアクンフト。原初に混沌を与え、進化の螺旋を築きしものだ」
「どういうこと?」
「世界を混乱させて、より良いものが生き残っていく形を作りあげた……」
セキトの疑問にリアリスが解釈を示し、悪魔はそれを肯定した。
「そうだ。この地ができたとき、争いはなかった。だが争いのない世界は変化が起こらず停滞し滅びていく。故に我が現れ、進化の種を播き、人を変えて存在を揺らがせ変えていったのだ」
「争いがないことのどこが悪いの!?」
「常に戦い合う世界も滅びることは間違いない。だが波紋なき世界も滅びているのと同義だ。いや、初めから生まれてもいない。何もないのと変わらない」
少年の疑問に丁寧に説明を行うが分かりやすいとは言いがたく、じれったくなったデスクスが噛みつく。
「要するに、てめえが争いをそそのかすことで恵みの地に生きる者たちの素を作り上げたと言うことかよ」
「そうだ。もっとも、思い通りにすべてが進んだわけでもないがな」
「何だと?」
「私に与えられた権限はそこまでだ。お前たちか業歪と呼んでいるあれに比べて、その力はあまりに乏しい」
淡々と目の前のリアリスたちに話しているように見えるが、自分の境遇を嘆いているようにも見えていた。
読んだ感想、誤字報告、いいねや評価、ブックマークはお気軽にどうぞ。とても励みになります。




