第三十九話 集結
二週間後、ラルフレートとリアリスは近隣から募兵に応じた者たちの訓練を視察していた。
「戦いは個の武勇だけでは決まらない。盾で防ぎ、槍で突きかけ、後方から矢を放ち、抜けてきた相手を剣で打ち払う」
ひとりひとりが弱くとも手を取り合いお互いを信じて戦えば勝利は見えてくると教官役の男は力説する。
「かつての味方とは戦いにくいと感じるかもしれん。それは正しい。しかし、戦わねばより大きな悲劇を招きかねない」
守るべきもののため、自分たちのため、そして操られている敵兵のためにも奮戦を期待する、と話を締めて男はラルフレートたちのもとに下がっていった。
「見事なものだ。エスジータ侯が厚い信頼を寄せているのも頷ける」
「貴方みたいな武官が欲しかったわね? ユーデ殿」
「もったいないお言葉でございます」
エスジータ北師団中尉ユーデ・アーデンは、二侯からの称賛に力強く一礼するがすぐに深刻そうな表情に変わる。
「しかし、私を御召しになられた理由は別にお有りかと存じます」
「勿論だ。君にはより重大な任務についてもらいたい」
と言って彼はリアリスの方を向き、彼女も頷いて話を引き継いた。
「貴方には私の旗下で、囚われている私の姉を含めた人質の救出に当たってもらいたいの」
「アルジェナイト様のご様子から察してはおりましたが……」
「彼自身も受け入れ難いか……無理もない」
ラルフレートはユーデとその主君を思いやった。彼らにとってレドは崩壊する祖国を業歪から救った英雄であり、みすみす敵に捕らわれてしまったとは信じがたい思いだろう。
「私自身も信じられぬ思いではありますが、ここにあの方がいらっしゃらない以上は認めざるを得ません」
「だからこそ私達の役目は重大よ。姉さんたちを助けられなければ打つ手がなくなるわ」
「失敗は許されない、ですか……」
騎士が改めて自身に課せられた任務の重さを噛みしめていると、気楽そうな表情をした円盤の暗殺者が姿を見せた。
「戻ったぜ二侯のお二人さん……臨時教官殿も一緒か」
「戻って早々に嫌味か?」
「そんなところだな」
二人とも冷めたやり取りを見せるがお互いに口振りほど相手を嫌ってないように感じられ、リアリスは素直じゃないのねと思いつつ報告を受ける。
デスクスは城と街中の偵察に行っていた。城の門は閉ざされているが警戒は全く無く、立てこもっているというよりは中の人間を出さないように蓋をしている、と評したほうが良いらしい。
「中の人間を出したくない理由、か」
「あんな化け物が数だけの雑兵を大切にするわけも無いわね」
「まあな。時間稼ぎ用の囮が関の山だ。もしくは、こちらを混乱させるための小道具か」
何れにせよ城を取り返すのは時間は掛かっても達成は難しくなさそうだと結論づける。問題は街中で、人の形をした不気味な怪物が闊歩していたとデスクスは話す。
「どこを歩いても化け物だらけだ。あのヘアクンフトとかいう奴の仕業だろう」
「そこに住んでいた民たちは?」
「……残念だが、全員変えられちまったってことだろう」
震える声で話すリアリスにデスクスは努めて無表情で答えた。改めて相手の強大さが伝わってくる。
「今回も厄介な魔性が相手か」
「直接的な戦闘能力なら魔剣のほうが上かも知れねえが、何分こちらには切り札がねえ。突くのも斬るのもいいが、致命的な一撃を与えられる力がなきゃな」
魔性と対峙した経験を持つ二人はお互いに頷きあった。自ずとすべきことはひとつに絞られる。
「私と貴様で時間稼ぎか」
「セキトも追加だ。そこらの雑兵よりよほど頼りにできる」
「……アルジェナイト様のためにも負けられぬな」
「僕もアルジェに負けられないからね」
作戦決行までの間、リアリスの警護と話し相手を兼ねた小姓として働いているセキトも張り切っていた。
「気負うな。君の姉さんを救い出してからが本番だ」
「無茶してレドやアルジェの奴を泣かせるんじゃねえぞ」
「分かっているよ!」
魔性相手にも全く怯えを見せない勇敢さは大人たちにとっても何よりも有益な励ましであった。場の空気が丸くなったところでリュービスが報告に現れる。
「イヴネムとエスジータの連合軍は早ければ明日にもエグザトスへ入る見込みです」
「そうか。朗報だが、それだけでは済むまい」
「はい……先程入りました情報によりますと、ソルベイユを中心とした北東三候が少数の部隊を率いてウィゼを目指しているということです」
報告を二侯は表情を変えずに受け取った。イヴネムとエスジータを動かした以上、当然彼らも無関心ではいられない。
「狙いはそのまま……今後に備えて味方を増やしたいと」
「ああ。日和見を許さず脅してでも陣営に引き入れたいのだろう」
「……だから嫌だったのよ。ドゥーリッドを分割して、連中が何もしないなんて考えられなかったもの」
リアリスは憂鬱を隠さなかった。ただでさえ野心的で、少しでも勢力を拡充したい彼らの態度がより増長するのは目に見えていた。だが反対に回ったのは彼女とブレッカだけで、結局押し切られてしまったのが今更ながら悔やまれてならない。
しかし、その心はすぐに前を向いている。
「……まあ、あの時から今の状況になるとは考えられないし、後の祭りね」
「君も慣れてきたな」
「辛気臭い顔じゃ戦えないでしょう?」
彼女の返事にラルフレートは微かに笑った。元々繊細さはあっても強さを感じる人物であったが、抱えていた険しさが取れ更にいい表情が取れている。
「にやついちゃって、また姉さんのことでも考えてるの?」
「君だってそうだろう?」
笑い合う二侯に「このあとの会議は真剣にお願いしますよ」とリュービスがたしなめるが彼女もほっとしたような表情を浮かべていた。
「なら、俺たちは出撃準備でもするか……ちょっと肩慣らしに付き合えよ」
「いいだろう。セキト、君も見学しておけ。少しでも動きが見えればいい」
「了解」
デスクスとユーデはセキトを連れて外へと出ていく。
「彼女も素直ではないな」
「一目見れば分かるからこそ、彼女らしいと言いますね」
「間違いないけど、お目は中々高めかしら」
私達は間違いだらけだったけどね、とリアリスが苦笑いしながら話を締めると今後の打ち合わせに入った。業歪をここで倒せたとしても、更に厳しい局面が待っている。
酒屋跡へ閉じ込められたままのレドは衰弱しつつあった。手足を固定され動くことすらままならず、常に緊張を強いられる生活に神経をすり減らし続けているため、体から力が失われ口数も減っている。
「……痛っ……」
倒れ込みそうになるも、鉛の手足が言うことを聞かず何とか姿勢を戻した。普通の人間ならばとっくに音を上げている。
「お前も強情なやつだな……」
ずっとレドの様子を見守っていたマトヤが言った。見張りであると同時に、レドの心が折れた時に介錯するのが役目であると彼女は思っており、そろそろ時期が近づいて来たようだと感じられる。
「私は……まだ……」
「もう諦めろ。お前の力は失われている。ナヴィードのことなら気にすることでもない」
「違うわ……私が……死ねないのは……」
途切れ途切れに反論する。ナヴィードのところに行きたいのならとっくに死んでいた。彼のところに行きたい気持ちがなくなった訳でもない。しかし、彼女は諦めきれずにいる。
まだ生きねばならない。何度も輪廻を経てきた仲間たちの半分すら生きていなかった。業歪に屈して自分を諦めてしまっては、輪廻の果てに命を歪められた者たちにどう顔を向ければいいのだろう。己の真実に辿り着いた精神は少しだけ高い領域が見えていた。
「……お前はもう長くない。そうすれば、私は役割を果たして終わる。死んでカザリに謝れる」
「死ねない……あなたに斬られる……なんて……絶対に嫌……」
「前と言っていることが違うじゃないか。斬られても良いのではなかったのか?」
マトヤは小さく驚きを示す。弱っているとはいえ彼女がこれほど明確に言葉を拒絶するのも珍しい。レドはなおも苦しげに言葉を続けた。
「私は……カザリのために……生きる」
「何……?」
「生き続ければ……あなたも……役割を果たせず……カザリも死なない……」
マトヤは忌々しげに顔を歪める。この期に及んで自分たちの心配をしようというのか。偽善と呼ぶのすらおこがましい。
「いい加減にしろ! カザリのことは私の責任だ!」
「責任を……とって……見殺しにするの……?」
「黙れ!」
正面から否定され激昂したマトヤは我知らず剣を抜き、切っ先をレドに向けた。
自分でも下劣だと感じてはいる。底知れない相手に怯え、妹を人質にとられて逆らえず、隙をうかがおうともせず唯々諾々と命令に従っていた。おまけにそれをしたところで妹が返ってくる見込みもない。
「斬れるの……?」
「斬れるさ、今のお前なら造作もない」
「……業歪が……何故来ないか……わからないの……?」
勝手に動くあなたを咎めることもなく、と言われマトヤは外に意識を向ける。そこに彼らの持つ禍々しい気配は全く感じとれなかった。
「貴女は……相手に……されてない」
「どういう……ことだ……?」
心中を見透かされそうになり焦る彼女へ、レドは決定的な一言を告げる。
「あなたは……死んでいる……生きることを……諦めて……死しか……残ってない」
「う……!」
うめき声を上げ動きを止めた彼女を憐れむように見つめた。業歪は生きるものを利用しようとはするが、既に死んでいるものには興味を示さない。現に乗り潰した相手にはほとんど触れず無視しているし、最初から死人の体に乗り移ることもなかった。自分に興味を示すのも特別な理由こそあれど、膝を屈することなく生きようとしているからだと感じられる。
故に、最初から心が折れて抵抗しようともしないマトヤに目をかけるわけもない。彼女に乗り移る予定はあったのかも知れないが、興味を失って見切りをつけたのだとレドは結論づけていた。祝福に値しない、とはそういう意味である。
「私は……」
「悔しいと……思うなら……前を……向きなさい」
話し疲れたレドは再びかすかな休息に入り、マトヤは呆然と天を仰いだ。しかし、どうすればよいのかがまだ分からない。
そんな彼女の様子をレドの心に隠れている『彼』はじっと見つめている。
同じ頃、城へと入っていた業歪とヘアクンフトはかつてレダの部屋であった場所にて会談をしている。
「……奴を放置して大丈夫なのか?」
「平気よ。まだまだ覚醒にはほど遠い」
「そうではなくあの女だ」
「役立たずには丁度良いおままごとよ」
気にしない、と言って話を切り替えた。
「彼らはそろそろこの城を攻めるみたいね」
「確かに……動きが活発だ」
「多少は遊んでもいいけれど……その間にレダを取り返されるのもね」
考える目つきになる。狙いは城の維持などではないが、あまりに騒ぎが大きいと「儀式」の邪魔になりかねなかった。また彼らでは解呪が不可能とはいえ、レダに必要のない余裕を与えるのも良くはない。
「私がこの城に残っても良いが?」
「……いいえ、あなたは引き続きレダを監視していて」
儀式の遂行が優先だと彼女は鋭い口調で話し、それを聞いた悪魔はゆっくりと頷く。
「本当にあれを使うつもりか? 大げさな」
「私は最初の命令を実行しているだけ」
「そうは見えんがな」
黒い悪魔は皮肉を言った。実行者たる彼女は多くの力を行使できる。世界を創造しながらも自身では決して創造した世界に到れない存在の代わりとして。
「私はあくまで代行者のままよ。錯覚しないでもらえる」
「それで良いのか? 随分焦っているようだが」
「私としても不本意よ。あれを使わずとも恵みの地は終わっていくでしょう」
表情は醒めている。レダをめぐり彼女と星光が動いたことで創造主に定められたはずの秩序は大きく乱れ、それなりに長く平穏であった恵みの地は再び争乱を迎えようとしていた。その後がどうであれ世界の荒廃は止められず、止める必要性も感じない。
「よほどお気に召さないらしいな」
「未だに『次』が見えないもの。私に内緒でことが進められるはずもないのに」
「それが答えか」
ヘアクンフトは興味なさげにつぶやき、実行者も「さっさと終われば良いのだけど」と突き放す。それを最後に悪魔の姿はその場から消え去り、彼女も黙ったまま部屋を立ち去った。自分たちがいたにも関わらず、荒廃することもなかった部屋を少しだけ惜しみつつ。
一夜明け、ラルフレートの陣にイヴネムとエスジータの連合軍が到着する。
「お久しぶりですイヴネム侯。素早いご対応に感謝いたします」
「エグザトス侯自らのお出迎えとは恐れ入る。ケイニア侯もご無事で何よりだ」
「城を失い、情けない姿をさらして恥じ入るばかりです」
「そう気に病むこともありますまい。元より相手は人の理から外れた存在だ」
出迎えたラルフレートとリアリスにブレッカは穏やかな表情で応じる。気難しい宰相からは出馬を反対されたものの、アルジェナイトが出る以上は自分も出なければ盟友アークトに向ける顔が無いと押し切っていた。
「ドール、アトリ、ご苦労さん」
「まあな、お前さんには酒場の給料を払い損ねていたからよ」
「別にいいんじゃないの。お金なら出してもらえてるようだし」
「……だからといって、ただ飯くらいは許しませんよ」
デスクスとリュービスは使者の役目を果たしたドールたちを労いつつ呆れたように釘を刺す。
「ユーデ、先発の役目ご苦労だった」
「お待ちしておりましたアルジェナイト様……ご友人も首を長くしてお待ちになられていたようですよ」
アルジェナイトは信頼する部下の言葉に目を輝かせ、間を置かずに彼にとって一番大切な友が姿を見せた。
「待ってたよアルジェ!」
「セキト、君も無事で何よりだ!」
再会を喜び抱き合う二人。だが、アルジェナイトは早々に笑顔を鎮めて真剣な表情をとる。
「セキト、話は聞いている。レド様は……」
「うん、分かってる。今はアルジェの力が必要なんだ」
「あの方には一生をかけてでも返さねばならない恩義がある。私が断る理由はないよ」
二人の言葉を引き取り、集まった四侯の中で最年長者であるブレッカが一同に告げる。
「少年たちが語ったように、我々は共通の仲間を知っている。彼女の生死は不明だが、今まで彼女が成したことにより我々は救われてきた!」
彼の言葉の後、続けてラルフレートとアルジェナイトが決意を表明した。
「己のために多くの血が流れることを、恐らく彼女は嫌うだろう。だが、我々は彼女を救うべく動くことを恐れてはならない!」
「あの方の思いを無駄にはさせない。恵みの地の豊かな実りを邪なものに奪われることを防ごう!」
最後に一同の前に進み出たリアリスは、槍を天高く掲げて檄を飛ばす。
「私の姉であったレダにして、共通の友たるレド・ファーマを救うため、全ての力を今こそここに!」
周囲から歓声が沸き上がるなか、彼女は心の中に飾られていた姉の幻から巣立っていった。
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