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第三十八話 思想(おもいおもい)

 リアリスたちは付近の高台に陣を構えると城の奪還に向けて作戦を練りはじめる。


「城兵の総数は?」

「三百人。どこまて無事なのかわからないけどね」

「デスクス、業歪はそのまま酒屋にいる可能性が高そうかい?」

「そこまでは分からねえ。そもそも人間じゃない相手がどこにいるかなんて、考えるだけ損だろ」


 しかも今回はお供を連れている、とも付け加えた。本命と差のない実力の相手が。


「エスジータのときは攻撃の機会がばらばらで連携も取れてなかったから何とかなった。今回はそれが期待できねえし、主戦力のレドが捕まっちまってる」

「要するに著しくこちらが不利、というわけですね……」


 リュービスがため息をつく。現状でこちらの最高戦力というべきデスクスが半分程度匙を投げているのでは話にならない。


「では、兵士が多くても役には立たないのではないか? 城兵を倒しても業歪たちを倒せなければ意味がない」

「さて、そこだ。少しでも勝ちの可能性を高めるためには質を高めるしかねえ」

「策があるの、あなた?」


 半信半疑のリアリスにデスクスは「やらないよりマシな程度だがな」と頷いて、ドールたちの方を向く。


「ドール、アトリ、済まねえがひとっ走りして後続へ使いに行ってくれねえか?」

「何の用だ?」

「騎士を一人こちらに先行させてくれってエスジータ侯に伝えてくれよ」

「目当てがあるの黒髪ちゃん?」

「まあ、な」


 苦笑いしながら片目を瞑った。魔物に気圧されない実力ある剣士を彼女は知っている。いかに腕が立っても精神的に脆ければマトヤの二の舞であった。


「分かった。早急に我が軍の旗と書状を準備しよう」

「頼むぜエグザトス侯。あとはそいつが来るまでに城攻めの準備を万全にすりゃいい」

「それだけで良いの、デスクス?」

「数が必要なのは城攻めだけだ。俺とそいつとセキト、あと一人がいれば万全だぜ」


 そう言いつつ彼女はリアリスに視線を向け、向けられた側は露骨に焦りを見せる。


「嘘でしょ。なんで私なの?」

「城攻めの指揮はそこの色男に任せりゃいいだろ? 俺たちの指揮を取るやつも必要だ」

「なるほど、君たちをひとつの部隊として考えればもっともな意見だ」


 物分かりよく頷いたエグザトス侯に対して、ケイニア侯は不満げな表情を浮かべた。


「わたしの意思はどうなるのよ。逆じゃだめなの?」

「私はレド以外の人質をよく知らない。君なら三人ともこちらが味方だとすぐ分かる」

「……やれやれ、疲れるわね」


 大儀そうにため息をついた。どうやら好むと好まざるに関わりなく別動隊に入らなければならないらしい。


「で、具体的にはどうするの?」

「先発する俺たちが人質救出に動いて、その間に城攻めを始める」


 特にレドの救出は最優先事項だとデスクスは言う。自分たちだけではどうやってもあの魔性は倒せない、銀の力を持つ彼女の復活こそ一番の打開策だと強調した。


「仮にレド様が既に殺されていたらどうなります?」

「そうしたら俺たちはあいつらに滅ぼされるだけだ。分かりやすいだろ?」

「本当に呆れるほど単純ですね……!」


 あえて最悪の仮定を述べるリュービスに彼女は明るく笑って答え、相手に呆れられたものの「それくらいじゃ無きゃやってられねえだろう?」とつけ加える。


「やるだけやって駄目なら仕方ねえさ。だがよ、それも果たさず諦めたら、レドにどんな顔して会えばいいんだ?」

「そうだな。また彼女に糾弾されるのは流石に堪える」

「普段が普段だからよ。余計にな」

「エルザちゃんは溜め込みがちだしねえ」

「姉さんが本気で怒ったら誰も逆らえなくない?」

「セキトくん、それを本人の前で言っては駄目よ」


 リアリス以外の全員が揃って肩をすくめ、それを見ていた彼女はふっと昔のことを思い出した。

 通算三度目となるエグザトスからの帰り道に温泉を浴びていこうという話になり、姉妹揃ってのんびりと旅の疲れを癒やしているところに、心得の良くない兵士の何人かが歩哨のふりをして入浴を覗いていることにレダが気づく。

 姉は即座に立ち上がり適当に布を巻いただけで護身用の短剣を手にすると、そのまま「不埒者!」と叫びつつ突撃していった。当然彼らは焦り逃げようとするが他の兵士たちに取り押さえられ、連行されるのを見届けてから悠然と戻ってきた姉は「寒いからもうちょっと入っていましょう」とうそぶいてみせる。妹のほうは頼りになるなどと思う以前に、決して小さくない恐怖を感じたことも良く覚えているが、同時に普段は生真面目なのにどんな無茶でもためらわず行動で示す姉がますます好きにもなった。

 優しくても怖くても結局みんな姉が好きなのだと思うと、何だか気持ちが楽になってくる。


「……たまには私たちが姉さんを助けるのも悪くない、か」

「動けるかい、リアリス?」

「動けるわよ、姉さんが待ってるわ」


 彼女は凛々しい顔で告げた。気持ちが整い、気力がみなぎっている。


「それでこそレドの妹だな」

「覚えておきなさいデスクス。私はリアリス・ルミア・ケイニア、レダ・ファム・ドゥーリッドの妹でありレド・ファーマを殺した女よ」

「忘れねえよ」


 デスクスは真顔で頷いた。あの時の演技からレドを解き放たねば戦いに勝ち目はない。一度死より甦った彼女を再び絶望から救い出すために、リアリスの存在は必要不可欠な要素だと確信している。



 レドは動かない手足のせいで寝転ぶことすら許されずに二日を過ごしていた。疲れはあっても鉛と化した手足がそれを許さない。少しでも倒れようとすれば腕や脚が伸びきれずに千切れてしまいそうである。その有り様をマトヤは退屈そうに監視していた。


「大分厳しそうだな、レダ」

「……そうね。でも仕方ないわ。私は死んでいるもの」


 ドゥーリッドで死ねなかった報いよ、と力なく言う。愛したナヴィードは亡くなり、共に在ろうと誓ったシュヴァンレードは何処かへ隠れ、生きようという意思こそ消えていないが、体のほうが先に限界を迎えそうであった。


「らしくもない。簡単に諦めるのだな」

「……簡単そうに見えるのなら私も努力が足りないわね」

「お前は責めないのか? 簡単に心を折られた私を」


 試すように問うマトヤに「責めても物事は良くならないわ」と返し、それを聞いた彼女は「お前は優しいな」と言いつつ顔を歪める。


「だが優しすぎる。お前に甘やかされたせいでケイニアは変われなかった」

「どういうこと?」

「リアリスを見て何も思わないのか。お前の姿を見ても下々の民ですら動揺しない」


 さんざん悪魔の噂を流しても誰も信じようとしなかったと悔しがる姿に、レドは静かに顔を上げ視線を向けた。


「あなたはいつごろ業歪に会ったの?」

「一ヶ月前、カザリに会いに行ったときだ」


 その時は誘ったカザリ自身にも他意はなく、店に新しい店員が入ったし働きぶりを見に来てほしいと気楽に姉に話していたのだが、行ってみれば店は荒れ果てマーベと名乗る怪しい女が上がり込んでいる。ハトリは操られカザリは土蔵に閉じ込められ、居候していたアトリたちは追い出されてしまっているという有り様であった。


「私が狙いだったらしい。カザリを抑えたのもそのためだ」


 戦おうとはしたものの、ヘアクンフトを喚び出されて手も足も出ずに破れた挙げ句「祝福する価値もないわ」とそのまま生かされ、カザリの命を延命させる条件として傀儡かいらいとなり、城に業歪たちを招き入れてレドを誘き寄せる罠の準備を手伝わされていた。


「……カザリはまだ無事なの?」

「恐らくな……」

「なら仕方ないわ。必要なら遠慮なく斬りなさい」

「……優しく、するな! もっと怒れ! 私はお前たちを売り渡したのだぞ!」


 自分のことなど気にもしないで声をかけてくるレドに耐えかねたマトヤはついに怒鳴り声を上げる。人の負い目を何だと思っているのだろうかと正気を疑っていた。


「もっとリアリスのことを考えろ! お前が死んだらあいつがどれだけ悲しむと思っているんだ!?」

「心配いらないわ。いま危険はないもの」

「生きているからこそ悲しむのだろうが!」


 自身のことを棚に上げてなじる。この幼馴染みは昔から己のことを軽く見過ぎだった。まるで自分などいないかのように振る舞い、それでいながら誰よりも目立ち愛される。当然リアリスやカザリも彼女を慕っていたが、マトヤは内心でそれを妬んでいた。


「真面目ね……真面目な人こそ報われるべきなのに……」

「どうしてお前は自分をかばわないんだ! そんな軽薄な生き方をするのなら斬り捨てるまでもない、このままここで果てろ!」

「そうね。それも良いわ。私は二度死んだ。今更死ぬのを恐れたりしない」


 話を煙に巻こうとするレドを更になじろうとして。マトヤは心に引っかかるものを覚える。レダがレドに殺されたと偽装しその名を捨てたのは知っていて、それを指して死んだというのは分かるのだが、二度目というのは何時のことなのかと首を傾げた。


「……レドだった私はリアリスに殺されてしまったわ」

「何だと……!」

「あの子やあなたの言う通り、私は自分の優しさを他人に押しつけている。そのために不幸を呼び、ことによっては目の前で死んでいった人までいたわ」


 銀に体を染め抜かれた女は寂しげに微笑む。


「罪滅ぼしとは言わない。だけど、辛い思いをさせてしまったあの子のために、レダでもレドでもなく姉として一度やり直してみたかった。だから……ひどい嘘だと思ったけれど、あの時に演技を合わせたの」

「くだらない……!」

「かも知れないわね。けど、演技に合わせた時点で私たちの中では分かち合えたと確信してる」


 ちょっと甘くしすぎてこんな有様だけどね、と自嘲した。姉が来てからのリアリスは過剰に甘える姿を晒していたものの、業歪の作戦はそれ以前から進められていて、どちらにせよ状況が掴めずにいたレドのせいとは言い難い。相変わらず自分のやり方を変えない彼女にマトヤは再び怒鳴ろうとするが、今度は別の話題を出されてしまった。


「今頃リアリスはラルフレートと合流して私たちを助けに来る相談でもしているかしらね」

「馬鹿な! 勝つ当てもないのにか?」

「どうせ死ぬならば前向きに死にたいじゃない?」


 あなたも前を向いたらどうかしら、と最後に急所を突いてレドは痛くないよう体を少し緩めて心を休める。かつて体を植物とされた女性から聞いていたことが助けになっていた。

 声をかけても返事をしない彼女の様子を見てとり、マトヤはため息をついて前のめりになっていた姿勢を正す。


「全く、私をなんだと思っているんだ……こちらの気も知らないで……だからお前が嫌いなんだ」


 ぶつぶつと愚痴り、脳裏に浮かぶ姿に言葉が零れた。


「私だって、カザリのお姉さんでいたいのに……」


 非力を嘆く女性にとって、目の前の存在は傷つくほどに大きく見えている。



 高台の陣で募兵の手続きを進めていたリアリスは、ドールとアトリを見送って戻ってきたデスクスを見て、一時手を休めると声をかけた。


「ちょっと良い? 聞きたいことがあるんだけど」

「後でと言いたいが、最新の地図を見せてもらえるなら今でもいいぜ」


 本当に地理の研究者でもあるのね、と了解しつつ気になっていた話を切り出す。


「私が姉さんの救出に必要なのって……やっぱりあのときの悪戯が影響しているの?」

「……それだけじゃねえが、あれが決め手だな」


 真剣な顔で頷いた。それまでも妹のことになると弱気というか心配がちな顔を見せていたが、シュヴァンレードも合わせるようにその力を弱めてきているように彼女には映っていた。芝居によってレドが本来心にある自分を殺してしまい、結果として彼女の合わせ鏡とも呼ぶべき星光も自らを閉ざしてしまったのでは、と推測してみせる。


「そんなつもりじゃなかったわ。姉さんならああいうのも笑ってくれるかなって」

「俺もあんたを責めたいわけじゃねえ。だが出た結果は受け止めねえとな」

「それは……言う通りね」


 リアリスは素直に応じた。もう姉のことで必要以上に神経質にはならない。


「だからこそあんたの言葉が大切だ。謝るでも怒るでもいい。自分を見失っちまってるあいつの目を覚ましてやれ」

「何でも良いの?」

「知るか。俺はあんたじゃねえしあんたの姉でもねえんだからよ」


 お前が一番心に響く言葉なら文句は言わねえよ、と小さく笑うデスクスにリアリスもニヤリと笑ってみせる。


「なら私があなたと結婚しちゃうとでも言おうかしら?」

「……俺たちにその気があったとしても、あいつならあっさり笑って流すだろうよ」


 そもそも本気にしねえ言葉でどうする、と呆れ顔で話す円盤の女に、女侯は「私じゃなくてあなたが惜しまれるほうよ」と陽気な言葉を告げて自分の仕事に戻っていき、置いていかれた方はラルフレートに報告するため居場所へと急いだ。


「俺も変わっちまったな……こんな仕事、性に合わねえって言ってたのによ」


 そう言いつつ空を見上げる。ここ数日曇りがちな空だったが、明日からは青空が見えそうだった。


「本気で死ぬつもりはねえだろ? だったら妹の話をちゃんと聞いてやれ」


 デスクスの言葉はレドを目指して風に流れていく。



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