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第三十四話 確認


 翌日の夜。デスクスが近隣の警戒にあたっている間、レドと二人きりになったセキトが話し出す。


「姉さん、リアリスさん大丈夫なのかな?」

「私はまだ大丈夫だと思っているわ。何か不安なの?」

「姉さんのこと、どういう風に思っているのかな、って」


 嫌いな人の側にいたなんて許せないと思ってはいないのか、という問いかけに彼女は考えながら口を開いた。


「良いようには思っていないでしょうね。それがどのくらいなのかは予測できないけれど」

「……姉さん、やっぱり明日お城に行くのは止めない? ラルフレートさんを待とうよ」

「心配なのは分かるわ。私も全く予測が出来ないところに飛び込むのは不安よ」


 けどあなたとデスクスがいるのなら怖くないわ、とにっこり笑顔を浮かべる彼女を彼は静かに見つめる。


「あなたが行くなと言うなら、私は行かない。私とあなたが行かないところにはデスクスも行かない」

「嘘じゃないよね?」

「嘘じゃないわ」


 それが旅の仲間というものよ、と話すものの少年はなおも不安な視線を解かない。


「本当に不安なら引き返してラルフレートと合流するけれど」

「……ううん、良いよ。明日城へ行こう。姉さんが僕を信じているのなら、僕も姉さんを信じる」


 不安を振り切って前を向いた彼はしばらくして静かな寝息を立てはじめ、それを見計らったようにデスクスが戻ってきた。


「落ち着いたみてえだな」

「ええ、気を遣わせて悪いわね」

「正直、俺もお前には言いたいことがあるんだがよ……」


 改まった表情を作り向かい合うと「なあ、お前は本心では妹をどう思っているんだ」と切り出し、レドも率直に答える。


「……大事な妹、ナヴィードの次に愛していた存在」


 平静を装ってはいるが、そのことを思うたびに心が揺れるのを止められない。


「けど私は自分の愛の代償にあの子を捧げてしまった。最後の日に泣きながら結婚を止めてくれたあの子の思いにも応えられなかった……」


 もう何度悔やんだのか分からなかった。自分は想い人に愛を捧げたが、愛を捧げるために他人の愛を犠牲にしているのは間違いない。他にも犠牲となった人はいるが、その中でもリアリスには特別過酷な役割を担わせてしまっている。


「だから、謝りたい、か?」

「変かしら?」

「そうでもないだろ。同盟の歴史に名を残すのが確実なくらいの大馬鹿をやらかしたんだからな」


 単に謝るくらいじゃ償いの足しにもならねえだろ、といつにも増して容赦のない言葉が飛んできて顔をしかめた。


「今夜は言いたい放題ね」

「良いだろ別に。それに謝るっていうのは賛成だな。謝る相手が元気なのを喜んでから気合入れて謝れ」

「デスクス……」


 百回謝っても足りないのなら足りるまで謝れ。相手がいなければ百回どころか一回も相手に謝罪は届かないと大真面目な顔で語る。


「青空を語ったあいつと交換した言葉だ。俺たちの友情の証みたいなもんだな」

「昔の私に聞かせたいわね」

「お前がレダだったら言ってねえよ」


 その言葉を聞いたレドは声を立てずに笑った。意味が分かれば分かるほど笑えてしまう。


「私も何か言葉を贈ろうかしら? あなたを愛してます、とか」

「遠慮しておく。お前の愛してるは呪いみたいなもんだからよ」

「呪い殺してもいいのね?」

「逆だろ? 俺がお前を殺すんだよ。愛してくれてありがとう、とな」


 手刀や円盤を突き付けあう真似をしながら和やかに笑い合い、良い感じでリラックス出来たとすぐに寝入るデスクスを確認したあとにレドは自分を待っていたもう一人に声をかけた。


「……シュヴァンレード」

「レドさま」

「なにか言いたいの?」

「嘘つきは良くないです」


 遠慮がない。しかし、咎めているのを理解して苦笑いする。


「どこが嘘を付いているの?」

「私が何か言いたいように話しているのが」

「あなたを利用しているつもりはないわ」


 なら戦わないでくださいね、と念を押しシュヴァンレードは心の奥に引き下がっていき。レドは夜闇の中を見張りながらぽつりとつぶやいた。


「……どうやら私は皆に嘘をつき続け、謝り続ける運命にあるようね……」



 朝を迎えて三人は出発し昼にはケイニア城下へ到達する。試しに城門に行くと大勢の兵士たちが警戒に当たっていて、即座に見咎められた。


「止まれ!」

「何か?」

「レド・ファーマだな?」


 誰何の声に「どうやって違うことを証明すれば良いのかしら?」と強気に返すレドに「……簡単よ」とより威圧的な声が投げかけられる。


「あなたは今でもナヴィードを愛しているの?」

「……!」

「本物、ね」


 兵士の間に身を潜めていた短い金髪の女が対応するより早く手にした短剣でレドの胸を貫いていた。


「くそっ……!」

「あ……!」

「やはりあなたね……リアリス……」


 その場に崩れ落ちる銀の女に構わずリアリスは残る二人に告げる。


「立ち去りなさい! 素直にエグザトス侯の下まで下がるのなら命までは取りません……このリアリス・ルミア・ケイニアの名において!」


 傲然と言い放つ姿を見たデスクスは動けないセキトを引きずって来た道を全力で引き返していった。リアリスはレダを……レドという隠れ蓑を殺したのだと直感して。



 二人が去ったあと、リアリスは兵士に命じてレドの体を城の中の検分室へと運ばせる。彼女はマトヤにあとの処理を任せると自身はそのまま退出していき、後を任された守護役は兵を退出させてレドと一対一になった。


「上手なお眠りぶりですね、レダ様」

「……いきなり刺されたから対応が大変だったじゃないの」


 文句を言いつつ起き上がり押さえていた胸から手を外すと、そこは傷になっているが深手ではなくごく浅い。肌は銀には染まっているが赤い血も見えていた。


「筋書きのない芝居に対応できるあたりはお変わりありませんね」

「お世辞を言っても何も出ないわよ」

「お怒りですか?」


 いたずらっぽく笑う。幼い頃から生真面目な彼女相手にいたずらを繰り返していた側にしてみれば、想定の範囲内であった。


「十に満たない子供もいたんだから、もう少し控えて頂戴。デスクスやラルフレートが困るじゃないの」

「後日改めましょう。大体あなただって私達に芝居を打とうとしたじゃないですか」


 言葉に詰まる。こんな形で自分の行いが跳ね返ってくるとは予想もしていないレドに、マトヤはにこやかな顔のままで言葉を続けた。


「そういうわけですから、しばらくはこちらに従っていただきますよ」

「死人で役に立つ案件ならね」

「死人だからこそお頼みしたいそうですよ……詳しくはリアリス様よりお聞きください」


 銀色のお顔も素敵ですよ、と柄にもないお世辞を言い先導する幼馴染みに追随しつつため息をつく。ラルフレートの時にも感じていたが、離れてから六年という時の流れは想像以上に重く思えていた。

 侯の居室の前まで案内すると、マトヤは下がっていく。自分で声をかけろということらしい。呼鈴を鳴らすと中から名乗るように声が飛んできて、一瞬だけ考えてから「レダ・ファム・ドゥーリッド」と返す。最後に別れたときの名前であり、今は捨て去られている死んた女の名前である。


「死人がケイニア侯に何の用なの?」

「生き返ってきたのよ……レド・ファーマが死んだから」

「……入りなさい」


 扉を開けると悠然と椅子に腰掛けたリアリスが手招きをしていた。表情は笑顔だがこういうときは危ないと長年の勘が告げている。


「お帰りなさい。死出の旅から甦って来た気分はどう?」

「甦ったのに送り返そうとしたのはどこの誰なの?」

「同盟内全域手配の重罪人を殺したのよ。褒められて然るべきじゃないかしら」


 揺さぶりを掛けつつ相手に圧力を与え、行動するように仕向けておいて思い通りに動かす。ことと次第によっては傲慢と言われても仕方ないやり口には違いないが、同時に妹が完全に正気なのも理解できた。

 レドは困ったように息を吐く。


「……仕方がないわね。そうなったのは私の責任だから何も言えないわ」

「そういうこと、こうでもしないとすぐに何処かへ行っちゃうんだもの……改めてお帰りなさい姉さん」


 リアリスは笑顔の警戒を解くと落ち着いた表情で話す態勢を整え、姉にも椅子を勧めた。


「あちこちで酷い噂が立っているけど、そこまでして私やラルフレートを呼びたい理由は何なの?」

「あいつに用なんて無いけど、自分から頭を下げに来るなら受け入れようとは思っただけ」


 一応お隣で同盟幹事様なんだから、と嫌気を隠さずに言うあたりに根深いものを感じさせるが、それでも来るなと言わないだけ丸くなっている。領主として泣き言や恨み節だけでは成り立たないと学んだのだろうか。


「それより私は姉さんの話を聞きたいわね。ドゥーリッドのことも聞いたけど全然納得行かない」

「どこが一番納得できないの?」

「なぜ仮面を被って死のうとしたの? そんなに自分が嫌だったの? あんなに誰からも慕われていたのに……」


 今度こそレドは心を抉られるような衝撃を受けた。無意識に避けていた考え方である。理屈は後でいくらでもついてくるが、仮面を被らずひっそりと城内で処刑される手も取れたはずで、当時の家臣からもそういう意見が出されていた。


「姉さんのそういうところは大嫌い。全部自分が背負えばいい。他の人に罪はないとお節介を焼いて、その結果がどうなったと思っているの?」

「……」


 何一つ言い返せない。彼女の思いやりが結果として多くの人たちに不幸をばらまいているのは覆しようのない事実だった。ドゥーリッドやランブルックの人々、山の中の老人、アークト……彼女が死ぬことを選ばなければ、それ以前にナヴィードと結ばれてドゥーリッドを継がなければ業歪に呪われて不幸になることも無かったのではないか。その思いは旅を続けていくうちにもずっと心を苛んでいる。自身が一番の被害者として思っていた妹にそう言われてしまえば、弁明の余地などどこにも見つからない。

 負の思念に心の中で眠っていたはずの星光は敏感に反応した。


「レド様は悪くありません!」

「えっ?」

「シュヴァンレード、今出ては駄目!」


 唐突に響いてきた声にリアリスは驚いたように目を見開き、慌てたレドはつい普段より強い調子で諌めてしまう。二人の反応に怯えたシュヴァンレードはより深い心の中へ潜り込んでいき、レドにも分からないほどになってしまった。


「……面倒を見ている子供がもう一人いるのを忘れていたわ」

「今のが仮面の意思?」

「ええ……出会ったときの面影はもう見えないけどね……」


 レドは耳を撫でる。仮面の形は跡形もなく脚の一部を除いて全身が銀色に染まり切ってしまった。近頃では顔だけ隠す意味はあまりないのでは、とセキトにも言われている。


「悪魔の力はどうなったの?」

「……さっきも使おうとはしたし、今も見せるつもりで意識を向けているけど反応しないわ」


 深刻そうに顔をのぞき込む妹に姉は頷いて見せる。


「……私のせい?」

「違うわね。遅かれ早かれこういうことにはなっていたはずよ」


 あの子はまだ消えてはいないわ、と語る。思い当たる領域におらず、ほとんど無意識に近いところまで潜り込んだ感覚はあるが。


「それよりリアリス、私をあんな形にしてまで城の中に連れ込んだ理由があるのでしょう? ……部外者を入れたくない案件で」

「……悪魔を探してほしかったのよ。悪魔を宿したという姉さんに」


 リアリスは疲れたようにつぶやく。姉ではない姉の力こそ彼女が期待していたものであった。

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