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第三十三話 不穏

 エグザトスを出発したレドたちは何事もなく道を歩んでいた。順調なら二週間後にはケイニアへ着く見込みである。


「ケイニアってどういう場所、姉さん?」

「いちばん有名なのはアウフスティークね。ここにしかない火を噴く山よ」

「こいつが頻繁に火を噴くもんで、水は汚れて地面は灰まみれと農業はさっぱりだな」


 それで大きなのを買ったんだね、とセキトは背中に背負っている大きな水袋を見て頷く。


「少し重いだろうけど我慢してね」

「それはいいけど、水がないのはちょっと大変かな」

「ま、人が暮らせる程度の水はあるから安心しとけ」


 他にも火山があるなりの見どころはあるからよ、とデスクスは付け加えるが火に敏感な彼にはあまり響かないようでさっさと歩き出した。


「あいつには合わなそうだな」

「本人が植物なのを前向きに捉えてることは良いけどね……今は仕方ないかしら」


 レドは前を歩む少年を思う。彼の呪いもひっそりと進んでいて、背が伸びるだけで終わらず肌が茶色みを帯びてきていた。今のところは呪われた体を存分に活かせているが、先を見据えて他に生きる術を学ばせることも必要かもしれない。

 途中、ケイニア方面から歩いてきた旅商人から食料の交換を行う。今年のケイニアは雨が少なく干ばつの傾向が見られるということだった。


「大変でしたでしょう」

「そうですな。ですがここ数年ケイニア侯の肝いりで貯水拠点が再整備されていくらか楽になっているようですよ」


 しっかりとしている御方です、という商人の言葉に頷く。真面目で手堅いやり方を好んでいたリアリスは、既にあるものを活かすことではレダを凌ぐ才能を持っていた。男に生まれなかったことを生前の父親が何度となく悔やんでいたことが思い出される。

 商人が去ったあとそのまま昼食を取った。


「今更だけど、それもあの子を追い込む原因になったかしら?」

「それはお前を責める案件じゃねえだろ」


 すると、何かに反応したのかシュヴァンレードが小さな声で「呼びましたか」と話しかけ、レドは穏やかに「何か気になったの」と返す。


「呼ばれた気がしたので」

「リアリスさんの話をしていたところだよ」

「勘違いしてました」


 そう言うと引き止める間もなく意識を引っ込めた。無理矢理出すことも出来ないわけでも無いがレドはそれをしない。


「大分子供っぽくなっちゃったねシュヴァンレード。僕より小さな感じ」

「厳しいな。ここ最近は戦ってないからまだいいが、業歪と戦うときにあれで万全に戦えるのか?」

「分からないわ。エグザトスの時にはまだ私の意思で引き出しができていたけど、あの力がそもそもどういう理で成り立つ力なのかも知らないし」


 それまでに例を見ない存在がどういう理屈で力を発揮しているのか。旧き記憶の家でも検討課題に上っていたのだが、過去の解明が優先されたために流されて果たせず終わっている。


「戦いの前ならまだ何とでもなるけどよ、途中で使えなくなったら命に関わるぜ。お前も武器くらい持ったらどうだ?」

「それは遠慮しておくわ」

「なんで?」

「今は怖がらせたくないの」


 幼い心に還ってしまった今のシュヴァンレードは戦いを経なかったことで、逆に安寧に逃避し戦うことを忘れているだけと彼女は考えていた。剣であった記憶が抜け落ちているわけでもなく、今のように誰かの役に立ちたいと気を配る思いも絶えていない。


「甘やかしもほどほどにしとけよ。お前が死んだら結局あいつも消えるんだぜ?」

「だからこそ限界を見極めたいの。無理をして本当にシュヴァンレードが消えてしまったら元も子もないもの」


 厳しく質す声にも引かずに反論する。それを確認したデスクスは釈然としない気持ちを抱きつつもとりあえず矛を収めた。


「……今はそれを尊重しておくけどよ、本当に『子供』を守りたいなら厳しくすることも必要だぜ。忘れるなよ」

「ありがとうデスクス。忘れないようにするわ」


 礼を言うと彼女は視線をそらして、セキトを相手に話し出す。分かりやすい照れ隠しだが、それに救われているところもあると思った。レドは長らく苦楽を共にしてきたシュヴァンレードに強く出られない面があり、隠さず厳しい態度を取れる彼女や真っ直ぐな見方で率直に話してくれるセキトはそれを是正するためにも大切な仲間である。

 ひと息ついて空を眺めていると、一旦は隠れたシュヴァンレードの意思が「きれいですね」と気持ちを届けてきて、銀に染まる耳を撫でると彼はまた心の奥に落ちていった。



 レド達が出発して二日後、エグザトスの城にケイニアからの使者が現れて会談の実施を承諾する旨を伝える。


「我が方の使者はどうしましたか?」

「病を得ており、動かすのは危険と判断いたしました」

「水が合わなかったかもしれんな……お心遣い痛み入るとケイニア侯に伝えていただきたい」


 ラルフレートの言葉に無表情で挨拶を返して使者はそのまま退出していった。


「ラルフレート様、彼は……」

「ああ、完全に使者の役をこなしていたな。元々我々の城から使者に出ていたことすら忘れて」


 同席していたリュービスの言葉にラルフレートは険しい表情で応じる。行った使者かそのまま返された訳でも死体にされた訳でもなく、丸々意識を塗り替えられて戻ってきたというのが何よりも危険を感じさせた。使者を確保したという報告を受け取りつつリュービスは思案する。


「行くなとは申しませんが、このまま行くのは危険すぎませんか?」

「ああ、だから打てる手はすべて打っておくよ」


 ラルフレートはあらかじめ用意しておいた二通の書状を使者に託すと早馬で向かわせた。簡単に動くとも思えないが、ここは勝負所だと彼の勘が告げている。


「あの使者は旧き記憶に送りましょうか? 何も変わらぬかも知れませんが」

「そうしてくれ、あまりレドたちばかりを先行させておくのも危険だ」

「あなたこそ危険よってレド様に笑われますよラルフレート様」


 不安を打ち消すように軽口を叩くリュービスに彼も苦笑いを返した。確かに彼女ならそう言うだろうが、それに甘えてばかりもいられない。


「明日ここを発つ。急ぎ手配してくれ」

「かしこまりました。急がせます」

「頼むよ」


 鋭く返事を返しきびきびと動くリュービスを労いつつ、彼は今後の展開を思い描いていた。



 七日後、レド達はエグザトス領の境からケイニアに入り何事もなく来れたものの、それだけにかえって不安が募ってくる。


「気になるわね」

「何か起これ、とは言わねえがな」


 そう頷きあった。時間をかけてエグザトスを出た以上、先行している業歪が何か手を打っていても良いはずなのだが。


「そんなこと考えてると最悪なことになったりしない?」

「お前の言う通りではあるんだがなあ……」

「考え過ぎも毒かしらね。とにかく先を急ぎましょう」


 途中に村があり、水の補給に立ち寄る。村長の家に行くと快く給水を許してくれたが、旅姿のレド達を見て最近聞くようになったという噂を話し出した。


「リアリス様が領土のあちこちで地面を掘り起こさせているらしいのだが、何か知っとるかな?」

「いえ、先日ケイニアへ来たばかりですので」

「地面? ……地質調査をやってるっていうのは初耳だぜ」


 訝しがるデスクス。水源を探すために地面を掘るのはどこでもある話なのだが、様子が妙なのだという。水を掘るには浅すぎる場所で終えてしまい、しかも掘った個所も埋め戻しせずそのまま立入禁止にしているらしい。


「あるいはエグザトスがここに攻め入って来るのではないかと……」

「それはねえだろ? むしろ和解の使者を出すって話になってたぜ」

「いえ、聞くところによるとエグザトスが先日お亡くなりになられたレダ様の遺体を隠し持っていて、それを餌としてリアリス様にエグザトスへ来るよう脅迫しているとか……」

「! ……そう、ですか。それは貴重なお話をありがとうございました」


 レドは動揺をどうにか表に出さず笑顔で挨拶をしてそこを後にする。十分に離れたところで「姉さん……」と顔を強張らせたままのセキトが震えた声でつぶやく。


「元々死んだ扱いではあるけれど、あのように曲解されていると心にこたえるわね」

「いや落ち着いてる場合じゃねえだろ。喧嘩腰どころが暴走してるぞ」

「でも、ほとんど嘘はついてないわ」


 そのひねくれている辺りが妹らしく、無事な証かしらと話すレドに他の二人は呆れてしまう。


「どんだけねじくれてんだよお前の妹は」

「そんなに仲が悪かったの?」

「とても仲良しだったわよ。どんな悪口でも言い合える仲だったもの」


 澄ました顔で答えつつ、それより問題なのはその噂がこんなところにまで聞こえてきていることだと表情を曇らせた。


「どういうこと?」

「簡単よ。私がラルフレートの下にいるのを、リアリスはいつ知ったのかしらね」

「そうか! いくらなんでも早すぎる」


 使者が出たのは二週間前である。ラルフレート同様ずっと監視を置いていた可能性はあるが、それなら監視同士けん制せず、デスクスも気配に気づかないのはおかしかった。


「もしかして……」

「断定は出来ないけど、何かがリアリスの側近くにいそうね」

「今回はエスジータの時より領土が落ち着いてるのも気に入らねえな……あれだけ人を歪ませることが出来るくせによ」


 彼女の言う通り単に混乱させるのが目的ならもっと徹底的なやり方ができるはずであり、恐怖を煽るにしても回りくどい。


「目的が一つとは限らないかしらね」

「アテでもあるのか?」

「地面を掘っているという話よ。地の底に何かがあるのかもしれない」


 デスクスはそう言われて首を傾げる。確かに地下に埋蔵されているという話はあり組織でも極秘裏に調査はしていたものの、相当深く掘らなければならないことだけが分かっていて、浅く掘ったり掘らなかったりでは意味がない。


「お前の考えでは何があると思うんだ」

「……私を確実に殺せる何か、かしら?」


 レドはいつものように耳を撫でるが、これまでにないほどの強い危機を感じていた。



 ケイニアの城では、リアリスがエグザトスに向かった使者が未だ戻らないとの報告に怪訝な表情を浮かべている。


「聞き違いかしらね……もうじき二週間よ」

「エグザトス侯のことですから、こちらをけん制したいのかも知れません」

「ラルフレートがそんな生ぬるい手を使うとでも思ってるの?」


 苛立ち、きつく当たってくる主君に対して守護役マトヤは冷静に「もう一度使者を送りましょう」と提案した。


「使者がラルフレートに拘束されているなら無駄ではなくて?」

「もしこれで動かなければ他の諸侯に対して名分が立ちます」

「あんな連中に頼りたくもないけど……それでも圧力をかける程度に留めておくわよ。干ばつの予兆が出ているし、昨今の世情を鑑みても戦機ではないわ」


 承知しております、と言うと茶髪の女は後ろに束ねた長い髪を揺らしながら下がっていき、私室に引き上げてきたリアリスは悩ましげに息を吐き出した


「どこまで本当なのやら。最近はみんな怪しく見えるわね」


 自分の見えない場所で誰かが何かをしていることは分かるのだが、打つ手のことごとくが潰されてしまう。ケイニアの主でありながら城に縛られているかのようであった。


「来るなら早く来てよ……呪われていようが悪魔だろうが、来ないと何も始まらないわ……姉さん」


 その声は悪意に妨げられて誰にも届かない。自分の部屋の中だけが今の彼女に許された自由の範囲だった。



 ケイニアの城まであと二日ほどのところまで来て、レドは何とも言えない胸騒ぎを感じるようになる。シュヴァンレードが震えているのも伝わってきた。


「エスジータの時みたい……すごく嫌な感じ」

「セキトも私も感じる悪寒、ね……」

「いよいよ、ってところか」


 デスクスが気合を入れる。前は相手を掴めずに仕留め損なったが今度は逃さない。


「でも、いきなり戦いとも思えないから情報収集はしっかりしないといけないわ」

「どこ行ってもあの話ばかりだったよね」


 何度か村に立ち寄って話を聞いたが、どこに行ってもエグザトスとの関係が悪化して戦争になるのではないか、その準備としてあちこちの地面を掘っているのではないか、というのが気になる話題として挙げられていた。


「本人に会わないと何も言えないけど、流石にここまで不安を煽るのも問題かしら」

「業歪がやってるにしてもここまで大規模にやっているとあっちゃあ、ラルフレートの奴も迂闊に動けねえだろう」

「そうね……デスクス?」


 視線を向けるレドにデスクスは首を横に振る。


「お前だけ先行したい、って提案ならお断りだ。それならラルフレートを待って全員で行くのが筋ってもんだろ」

「姉さん」


 二人に険しい目で睨まれて苦笑いを浮かべる。普段ならまずしない提案だけに想定済みの展開だった。


「そんなに怖い顔しないで。私が斥候を務めたいの。生まれ育った故郷だもの」

「ならそいつに離れられた俺たちはどうなるんだよ?」


 皮肉を言われる。少年も珍しく刺々しい雰囲気をまとっているのが感じられた。


「落ち着いて考えろ。お前も万能じゃねえんだ。誰か一人でやるんじゃなく全員が分担してやるべきだろ」

「……悪かったわ。ちょっと先走りすぎだったわね」

「姉さん本当に反省してる?」


 そう問われて「もちろんよ」と答えるレド。もとより提案は蹴られるだろうと彼女は考えていた。あんな噂を聞けば誰でも先行きに不安を抱く。知らない人の不安を煽ると同時に知っている人間を揺さぶる二重の罠であり、用心をするに越したことはない。二人が警戒するのも当然と言えた。

 レドはもう一度だけ「ごめんなさいね。変なことを言ってしまって」と謝るとゆっくりと歩き出した。


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