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第三十一話 明滅

 流石に不遜な言動を繰り返す彼を見過ごせなくなったレドは強めに釘を刺す。


「貴方もまだ奥方をお持ちでないのに相手を遠ざけてばかりでは、貴重な縁を逃すことにも繋がりかねないと思いますけれど」

「おや、貴女こそ身を慎むべきなのに旅先で慎まずに過ごされていたようですが?」

「結婚以来、夫の笑顔を忘れたことはありません。そのような風聞に惑わされるとは貴方らしくもない」


 意図的に余裕を崩し不機嫌を示した。彼の指摘に該当する出来事に心当たりがないわけでもなく、本来なら笑って流すところではあったものの、今は不快な顔を見せたほうが都合もいい。案の定、彼は露骨に態度を変えてくる。


「そのような表情は貴女に似合いませんよ……ですが折角の機会です。貴女と弟の思い出でも語り合いたいのですが、いかがでしょう?」

「それも良いかしらね。夫が亡くなって以来、落ち着いて弔いをする余裕もありませんでしたし」

「承知していただき嬉しく思うよ」


 傍目にも明らかなほど気持ちを高揚させるラルフレートを見たデスクスは、どうにか穏やかな表情を保ってはいるものの、レドの手が背後に控えているのでなければ殴りかかってやりたいくらいに憤っていた。

 我慢の限界を迎えそうなデスクスの背後に置いていた手を自分の方に戻したレドは、冷ややかな目で不躾をたしなめる。これ以上彼の勝手を放置する訳にはいかない。


「流石に失礼よ。領主といえど全権を担っている使者を前に私事の話で盛り上がるとは、はしたない」

「……少しばかり行き過ぎでしたね。お気を悪くされたようでしたなら、お詫びいたします」

「わたくしの子供たちが鳴いておりますので、お戯れも程々にお願いいたしますわ、ラルフレート様」


 最後にちらりと牙を見せたもののレドはそれを注意せず、むしろ最後まで手を出すことなく嫌味に耐え抜いたデスクスを内心で褒め称える。

 次いで、本当にレドしか見えていない領主の愚かさに失望を隠せないシュヴァンレードをなだめた彼女は、心の中を憂鬱な気分に染め上げ「本当に手のかかる人ばかりね」とため息をついていた。



 会談を終えたラルフレートは、衛兵にデスクスを最初に出迎えた応接室へと案内させ、自身はレドを伴って私室に入った。


「きれいな部屋」

「無駄は嫌いだからね」


 親しげな口調で話しかける。もう邪魔する相手は誰もいない。躊躇いを表に出されたらどうしようかと気を揉んでいたが、幸いにも自分から来てくれた。

 旧き記憶の使者と付き添いの少年は一先ず留めておくように申し付けている。仮に抵抗された場合でも城の中ならばいくらでも抑え込めると踏んでいた。


「レダ、君と二人で同じ時を過ごせるのが嬉しいよ」

「変わらないのねラルフレート。初めてお会いしてからもう十年以上経つのに」

「十年は軽くない。しかも、そのうちの半分以上は遠く離れ離れの状態だ……」


 彼は苦悩と共に過ごした日々を思い出して言葉を詰まらせた。ある程度それを理解しているレドにさえ、改めて思いの大きさが伝わってくる。


「貴方はずっと夢を追い続けているのね」

「そうだな。しかし今日こそ夢を叶える」

「乱暴を嫌うあなたらしくないわ」


 彼は椅子に腰掛けている彼女の側に立ち、力づくで体を抱き上げた。


「ずっと耐えてきたんだ。これくらい許されてもいい」

「……残念ね、貴方を信じていたのに」

「今は裏切りであっても、いずれ最良だったと君にもわかるさ」


 言いながらも抵抗せず、口元に笑みを浮かべている彼女の顔に唇を重ねようとするが、小さなつぶやきが洩れ聞こえてくる。


「あなたは知らない」

「何を?」

「私が死んで、生まれ変わったことを」


 眼の前の彼女の顔は、完全に銀で包まれ無貌となっていた。


「レダ、君は仮面に逃げるつもりか!」

「あなたこそ、いつまで幻想と踊っているの? レダという死んだ女に」

「君は生きているじゃないか!」


 構わず銀に包まれた顔に唇を近づけようとする彼に、レドは全ての力を開放させ強引に振りほどく。


「これを見てもあなたは私をレダだと言うの? 血と銀に染められたレド・ファーマを!」


 煌めく銀に染まった体を真紅の礼装で包んだその姿に、反論しようとした男は圧倒されて何も言えずに黙り込んだ。ラルフレートが黙ったままなのを見て、レドは冷静に彼から間合いを取る。


「レダ、なぜ君は私を拒むんだ。ナヴィードがいない今、君を愛せるのは私だけだ」

「それはあなたに決められることではないわね。私と、私に関わる人がそれぞれで決めることよ」

「私が他の奴と同じだというのか……!」


 エグザトス侯の自分が、と続けようとして流石に傲慢が過ぎると思いとどまり、別な方面へ話の舵を向ける。


「君こそどうなんだ? 君だってナヴィードをドゥーリッド侯の娘から奪ったじゃないか」

「私はナヴィードを愛していたけれど、奪ってはいない。ナヴィードがあの方を選んでいたなら、大人しくケイニアで次の殿方と巡り合う日を待っていたでしょうね」


 ナヴィードと交際を始める前に彼から許嫁の存在を聞かされたレダは、自分が彼に選んでもらえたことによる嬉しさを抑え一度は身を引くつもりでいた。自分が許嫁の立場になったときの辛さが想像を絶する上、それが破綻した時に起きる外交問題を考えると、愛しているからで簡単に済まされるものでもない。しかし、ナヴィードは彼女に「それでも私と貴女のことを語らせてほしい」と願っていた。


「私は様々なことを裏切ろうとしている。父のこと、兄のこと、許嫁のこと、ドゥーリッド侯のこと……身が竦む思いだ。貴女を不幸にさせたくもない。それでも私は愛したい。天命が尽きるその時まで、貴女を」


 レドの語るナヴィードの言葉に、シュヴァンレードは彼女との誓いを思い出していた。ドゥーリッドで交わした言葉。次こそは何があっても最後まで貴方と共に居たいという切実な思い。

 心の中でシュヴァンレードが涙を流すのを感じながら、彼女は引きずられることなくラルフレートに言い放つ。


「私はナヴィードと同じことをあなたに求めない。あなたには辿るべき別の道があるもの」

「……仮面か? それともリュービスか? あの旧き記憶の女か? 誰に惑わされて君はそんなに頑なになってしまったんだ」

「誰かのせいにしかできないの、ラルフレート?」


 レドは銀色に染まりきった顔に表情を戻し、寂しげな微笑みを彼に贈る。


「でも、それは誰しもが同じこと。みんな多かれ少なかれ誰かのせいにして今を生きている……」


 私もナヴィードの死の原因を業歪に求め、うっぷんを晴らしたいだけと話すレドに、ろくな反論もせず黙って聞いていたラルフレートは今の展開を煩わしく思い始めていた。思い描いていた脚本とは違ってしまったが、こうなっては仕方がないと素早く横の机に置いてあった呼鈴を鳴らし、外の兵士に合図する。


「どうするつもりかしら?」

「その仮面の力は知っている。君を力で従えるのは簡単ではない。でも、優しい君は命を粗末にしないだろうね。自分も他人も」


 狡猾な笑みを浮かべ少し余裕を取り戻すラルフレートであったが、やって来たのは彼の予定とは全く違う相手だった。


「お呼びでしょうか、ラルフレート様」

「リュービス!?」


 眼鏡を外した澄まし顔で目の前に立つ参議首座に、エグザトス候は懲りもせず独断先行をしているのかといきり立つ。


「何故お前がここにいる。あの子供はどうした?」

「旧き記憶の女に奪われてしまいました。彼女たちはこちらの警戒を突破して城の外に脱出しています」

「ラルフレート、私の連れに手を出して縛り付けるつもりだったの? ……今度こそ見損なったわ」


 あまりの間の悪さに彼の怒りは臆面もなく目の前に現れた使えない臣下へ向けられ、意識するより先にリュービスの頬を平手打ちにしていた。しかし、彼女も痛みをこらえ恐れることなく分からず屋をにらみつける。


「罰を頂くのは事態の収拾が終わってからです。終わったら解任でも死罪でも喜んでお受けいたします」

「私に意見できる立場なのか、お前は!」

「顔色を伺うためだけに参議となったのではありません!」


 今までなら軽く皮肉をぶつけただけで怯んていた相手が、恐れることなく自分に歯向かってくることに苛立ちが頂点に達したラルフレートは彼女に掴みかかろうとした。しかし次の瞬間に目の前を何かが通り過ぎ、慌てて後ずさる。


「そのように怯えることもありませんわ……今のはそのままでも外れた上に刃無しだぜ、馬鹿野郎が」


 扉脇に両手に円盤を構えるデスクスがいた。その背後から針剣を持ったセキトが現れて心配そうにリュービスに駆け寄る。


「大丈夫、リュービスさん?」

「ありがとう。でも、出来れば針剣をラルフレート様には向けないで差し上げて」


 そう言って彼女は勇敢な騎士の頭を撫でると、再度情けない姿を晒した主君と向き合う。


「目を覚まして下さいラルフレート様。私の命をお求めになるのでしたら事態が終息したあとに差し上げます」

「ここまで私を侮辱しておいてよく言う!」

「ありのままを言って侮辱になるのなら、私は即刻処刑かしらね」


 背後からレドが醒めた声で話すのを聞き、彼は完全に追い詰められていた。部屋の前にいるデスクスを退ける兵士はおらず、リュービスに手を出そうにもセキトが邪魔で、何より背後にいるレドがそれを許してくれず、自分ではレドに勝てない。


「何故だ、何故みんな私を遠ざけるんだ……私は」

「別に誰もあなたを嫌ってはいないわ。あなたが他の人を遠ざけているだけ」

「私は民も家臣も大切にしてきた。君のことだってずっと忘れずにいただろう?」

「あなたはあなたにしか優しくないのよ。優しくされないことが不安で、すぐに誰かへすがりつこうとする……」


 言葉を切る。次の言葉を言うと心が怒りで燃えつきてしまうかも知れない。しかし、彼女は恐れを振り払い誰にも隠していたこと、シュヴァンレードにすら触れさせてこなかった暗い気持ちを吐き出した。


「だから……だからあなたはリアリスを捨てたのよ! 私に捨てられたと泣きつき抱いておきながら、君は自分に優しくないと恥ずかしげもなく言ったそうじゃない! ……あの子がどれだけ絶望したのか、そんなことも想像できないくせに、身勝手な愛を押し付けないで!」


 それまで誰一人として聞いたことのない怒りに満ちたレドの言葉と、語られた内容の救いのなさに周りの人物は全員が凍りつき、扉の前で戦っていたデスクスと兵士たちも一瞬で手を止めてしまう。激しい怒りを突きつけられたラルフレートは小刻みに震えだした。


「レダ……?」

「私が何も知らないとでも思っていたの? ドゥーリッドはケイニアと関係を閉ざしていたけど、献上金の進呈に手紙を添える程度のことはしていたわ」

「……約束違反じゃないか! リアリスめ」

「力におごって口止めまでしていたの? 情けないにもほどがあるわね……」


 レドはもう嫌悪を隠さない。最初のやり取りでそのことを告白する手紙を読んだときの彼女の衝撃は筆舌に尽くしがたいもので、当然ナヴィードにも相談したが関係を閉ざしていたエグザトスに赴くことすらままならず、姉は無力感に苛まれながら哀しみと孤独と重圧で崩壊寸前の妹に、書面で言葉を尽くすことしか出来なかった。

 夫婦は自分たちだけの幸せを優先した結果が最悪の事態を招いてしまった愚かさに打ちのめされ、同時にあまりにも低俗かつ残酷な仕打ちを行ったラルフレートを明確に嫌うようになる。元より断絶していた関係であったが、彼から正常化を持ちかけられたとしても簡単に応じるつもりはなかった。


「違う、私は……私はエグザトスを守ろうと……」

「今更領土のためと言いたいの? 馬鹿にしないでラルフレート!」

「てめえ、舐めんなよ……そんなやつと手を組むなんてこっちから願い下げだ!」

「そんなのないよ……自分の都合で人を捨てるなんて!」


 口々に責め立てられたうえ、部屋の中に入り込んだ兵士たちにすら嫌悪の視線で見つめられ、耐えきれなくなったラルフレートは唯一何もせず沈黙を貫くリュービスに助けを求める。


「リュービス、君からも説明してくれ。私は何も間違っていないと」

「かしこまりました」


 淡々と求めに応じた彼女は、レドの隣を素通りして窓の前に立つ。


「……?」

「リュービス・カテドラル、ラルフレート様がそのような愚か者で無いことを、ここより身を投げて証明いたします」


 一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかったラルフレートは彼女が窓枠に手をかけてからようやく気づき、慌てて制止した。


「やめろリュービス! 私はそんなことをしろとは言っていない」

「そうですね。私もあなた様には愛想が尽きましたし……今後は好きなように生きていきたいとも思いますけれど、最後に一つだけご恩を返して旅立とうと思います」


 彼女が窓から身を乗り出すのを見た彼はそちらへ駆け寄ろうとするが、そこにレドが立ち塞がる。


「退いてくれレダ!」

「私を愛するのにあの娘が必要なのかしら?」


 試すように問うレドに一瞬だけ戸惑い、動きを止めてしまう彼の姿を目にした彼女は、寂しげな微笑みを浮かべて別れを告げる。


「……あの閲兵式での恩をこんな形でしかお返し出来ない無知な私をお許し下さい……大好きです、ラルフレート」

「……! 待ってくれリュービス!」


 その言葉に体が震えたラルフレートは、弾かれたようにレドを押しのけて駆け寄ろうとするが、それより早くリュービスは身を投じレドも後を追いかけ飛び出していった。


「あああ……ああああああ!」

「情けねえ声出してんじゃねえ! それでもエグザトス侯かよ!」


 崩れ落ちるラルフレートをデスクスが一喝する。


「し、しかし……」

「あれで二人が死ぬだなんて思うのか。今のあいつらがそんなにヤワだと思うのかよ?」

「……」


 沈黙する彼の相手などしていられないと言わんばかりに「行くぞ、お前の姉さんをお出迎えだ」とセキトを連れて行こうとする彼女であったが、彼に「……私も行こう」と弱々しい声で呼び止められた。


「あん?」

「ここにいる兵士はともかく、下にいる者たちを避けては歩き難かろう……」

「……少しはらしくなったな」


 デスクスはニヤリと笑って、いくらかやる気を取り戻したエグザトス侯に恭しく一礼する。


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