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第三十話 陰陽

 心のなかで様子を見ていたシュヴァンレードが、ひどく小さな声でレドに話しかけてくる。


「今回の戦いに策はお有りでしょうか?」

「切り札はあるから、無駄に切らないよう注意するくらいね」

「私はお役に立てなさそうです」


 彼の言葉に彼女は意外そうな表情を浮かべた。


「何を言っているの? あなたが私の最後の切り札なのに」

「は?」

「私の大切な支えですもの。ケイニア侯の令嬢でもナヴィードの妻でもない、銀をまとうレド・ファーマなのだから、ね?」


 優しく語りかけ、足取りも軽くレドは前へと進み続ける。



 期限前日となり、執務室でレドたちが城へと向かっているという報告を受けたラルフレートは、残務を翌日以降に持ち越すことで切り上げ、彼女を迎える準備に入った。計画の策定は十日前に終えていて設営も順調に進んでいるのが、待ちかねていた時の訪れについ浮足立ってしまう。


「大事な客人をもてなすのだ。抜かりなく手配するように」

「はっ!」


 接待役を激励して自室に引き上げると、あとは用意しておいた白い礼装に着替えるだけだった。愛しの女性が昔と同じく紅を基調とする礼装を用意していると報告が届いたときから自身は白だと決めている。


「淑女たちの色に合わせるのも主催の務めだ」


 表情は明るい。淑女の中にリュービスは入っておらず、昨日のうちに準備が整ったという報告書を送ってきた彼女の要請もあり、別に使者を立てて送迎を委ねていた。


「リュービスはよい仕事をしてくれたようだし、先走りの件は不問に付すこととしようか」


 手腕そのものは認めていたが多少鬱陶しく感じていた彼女の勝手に、彼も職から追放とは言わないものの首座から格下げするくらいの処罰を与えるつもりではいた。

 しかし、見張りからの報告では問題を感じる行動は見受けられず、むしろ彼女がいることでレドの顔色も良くなっていったという別の報告もあり、彼もいくらか心を軟化させている。


「私も少々無理に使いすぎていた。仕事が出来るとはいえ若い女性だ。良い息抜きになっただろう」


 参議も女性が増加しており、任用については考え直す必要もありそうだとラルフレートは思案を巡らせた。理想から実際を見て、柔軟な活用を模索するあたりが彼の持ち味でもある。しかし、


「何よりレダが笑顔になったのは良いことだ。先日は大分警戒されていたからな」


 一瞬でレダの事に意識が切り替わってしまっていた。彼にとってレダ・ルミア・ケイニアという女性は夜空に大きく輝く綺羅星のような存在であった。妹のリアリスと共に使節団の代表として挨拶に訪れた彼女を見たときに覚えた、全身が痺れるような感覚は今でも忘れられない。

 晩餐会の席上、ラルフレートは迷うことなくレダに将来の結婚を申し込む。当然彼女は戸惑い、側にいた親にも無作法に過ぎると注意され、一旦引き下がったものの心中は既に彼女のことしか浮かんでこない。

 一方で、彼女が見せていた戸惑いは家を継ぐべき婿を待つ身であったのを考慮してのことだとばかり考えていた。しかし実際に心を射止めていたのは弟ナヴィードの方で、自分が彼女に惚れたのと同じように、彼女の方は弟に目を奪われていた事に遅れて気付く。

 弟を彼女から遠ざけるために、父に働きかけレダとの婚姻を正式にケイニアへ持ちかけるように仕向け、背後を固めてからレダと交際を始める。弟の方も決して己を曲げず、当初予定されていたドゥーリッド侯家との婚約を蹴ってまで彼女と交際を続け、何度叱責されても諦めなかった。

 大騒動の末、最後は彼女から一対一で「ナヴィード様を遠ざけたいのでしたなら、私を先に遠ざけ下さりますよう」と訣別の言葉を告げられたことで観念し、あとは弟に任せることで決着を迎える。彼にとっては断腸の思いであったが、見知らぬ誰かに嫁ぐよりはと心を鎮めてきた。

 だが、不甲斐ない弟と彼女のその後を思うと怒りが湧いてきて抑えようがない。


「ナヴィード……ナヴィード! 何故彼女だけに苦難を背負わせてお前は逝ったのだ!」


 二人の結婚から一年後、ラルフレートは自身の後見を務めていた父の逝去に伴う形で正式にエグザトス侯として即位する。各候への手前もありドゥーリッドに厳しい対応を取らざるを得なかったが、間諜からの報告では無難に所領を治め仲良く暮らしており、彼の未練もようやく一区切りを迎えていた。一連の騒動で失われた信頼の回復にある程度の目処がついたなら、ドゥーリッドとの関係を修復して夫妻の心労を少しでも和らげようと思案を巡らせることも多くなる。

 しかし、一年半前から急激に弟の様子がおかしくなり、挙げ句に素性も知れない女の手でレダ共々殺されてしまったと聞いた瞬間彼は絶句し、次には怒りで報告書を破り捨て即時の諸侯会議の開催を手配するよう側近に怒鳴りつけていた。

 仕え始めたばかりのリュービスが怯えながらも迅速に話をまとめるのを見て居室に下がったものの怒りは収まらず、しばらく不機嫌なままで過ごしている。


 その後同盟幹事として改めて事態の調査に当たり、名を偽ったレダが生きていることを確認して安堵したものの、彼女自身が提案したとはいえ杜撰な計画に反対も行わず保身しか頭にない家臣達を許せず、諸侯会議に先立つ裁判で一人残らず処刑していた。まともに統治もできないほど歪められた領主を制止出来なかった彼らを擁護する意見も出ず、会議の冒頭から険しい視線を送るブレッカやアークト、語るに落ちたと言いたげなリアリスのことなど気にもならない有様だった。

 悪魔の始末に対し強硬論が幅を利かせている状況へ危機感を強めたラルフレートは、彼女を救うべく総力を挙げて足取りを調べ上げ、事件の前後から接触のあった旧き記憶の力も借りた末、遂に北回りでイヴネム城下へと到達したのを突き止めるに至る。

 直前にエスジータで異変が起きていることも掴んでいた彼は、他候から内政干渉と批判されるのも覚悟の上で出兵すら視野に入れていた。しかし、自分の都合しか頭にない領主の暴走を見かねた重臣や参議から総反対に遭って断念せざるを得ず、違う手を模索し始める。

 その後伝手を殺された旧き記憶が調査と報復を兼ねて刺客の派遣を検討しているとの報告を聞き及び、彼は派遣する刺客に事件の渦中にあったレダの保護も行うよう申し入れた。彼らも彼女の確保を優先事項のひとつとしていたため簡単に話もまとまり、本人が無事に領内へと入ったのを確認すると、事前に要望されていた彼らの調査を優先させることで報酬の代わりとしている。


「紆余曲折はあったが貴女はここまで来てくれた……やはり私と結ばれるべきなのだ」


 レダを城から出すつもりはない。既に彼女は過大なほどの艱難辛苦に耐えてきていた。弟亡き今、彼女を愛することが出来るのは自分だけだと信じて疑わない。呪いについても報告は受けていたものの、エグザトスの国力をもってすれば解決は容易いとの自負もある。旧き記憶を援助していたのも布石のひとつにすぎなかった。


「呪いも業歪も関係ない……私の全てを貴女に捧げよう」


 独白を終えたところで衣装係が現れ、着替えたラルフレートは期待に胸を躍らせる。自分よりずっと彼女の身近にいて、心に寄り添う星光の存在など気にもしていない。



 レドたちは宿で着替えを済ませ、用意された馬車に乗り城に向かっていた。


「姉さん、この服動きにくいよ」

「少し我慢してて」


 着慣れない黒の礼服を着て窮屈そうにしているセキトに注意する。宿に残す選択肢もあったが仮にラルフレートとの話がこじれたり、ここまで姿を見せていない業歪の奇襲を受けた際に彼を孤立させていては対処も難しい。


「文句言わない。私だってこの姿でいたくないんだから」

「そう言いつつ準備万端じゃないですかデスクス」


 覚悟はしていたものの、やはり嫌になってきたデスクスに対しリュービスが笑って背中を叩いた。背中と脚を見せる意匠の青い礼装に、腰の左右に一枚ずつ円盤を吊り下げ、腹に一枚刃のない小振りなものを忍ばせている。


「リュービス様、その方の格好は本当に宜しいのでしょうか?」

「……この方のことはラルフレート様に報告済みです。あなたにも特に問題はないと仰られているはずでしょう?」


 リュービスは一瞬で表情を引き締め注意を促し、使者も何も言わず黙って先を急いだ。使者はリュービスの部下ではないが、実際にラルフレートからも口を挟まないよう指示されていたため、彼女の注意も当然として受け止めるしかない。

 それを見ていたレドは、公私をきっちり線引きした上で適切に物事へ対処できる敏腕ぶりに目を細める。最初に会ったときの彼女は完全に思考が行き詰まっていて、間接的にそうさせていた自分も悪いと度々省みていた。


(レド様のせいではありませんよ)

(シュヴァンレード、気遣いをしてくれるのなら表に出て声で伝えてもいいのよ?)


 自身の考えに触れるシュヴァンレードへ呼びかける。最近は心の奥へ下がることが多く口数も減り気味なだけに、なるべく人目を気にせず声に出してほしいのだが、無理強いもしたくない。


(要らぬ気遣いでしたか?)

(それほど心配なら、一つだけ私の質問に答えてくれる?)

(はい?)


 落ち着かない様子を感じた彼女は穏やかに今の自分をどう思うかを問うと、彼は迷うことなく(美しく綺麗です)と伝える。


(貴方に言ってもらえるほど頼りになることもないわ)

(ナヴィード様に怒られませんか?)

(それは別の話よ)


 彼の口からナヴィードの名を出されたことでレドは改めて気を引き締めていた。もし彼が生きて状況を見ていたとしたら、身を削ってでも会うのを止めようとしたに違いない。

 レダとして全てを失った後、レドとなることで自分は新たに様々なものを得たが、ラルフレートの思考は失恋してから止まったままである。今日を良い機会として彼の考えを修正し正常に戻す必要があった。

 城に到着した一行が城内の控室で休憩を取っていると、ラルフレートが側近すら連れずに部屋へ現れる。


「良く来てくれました。このラルフレート・ウェンリオ・エグザトス、あなた方の訪問を歓迎しましょう」

「……ラルフレート様、只今戻りました。これまでの勝手な振る舞いをお許し下さい」

「いや、ご苦労だったリュービス。確かに独断で動いたことは問題だが、罪は今後の働きをもって償ってほしい」


 寛大な処分に深々と頭を下げる彼女をみやりつつ、彼は三人の客人の方に顔を向けた。


「レダ、君は何を着ても美しいね。そちらの女性が旧き記憶の方だとして、その子供はどちらの方かな?」

「旅先でお世話になった方から預かった子です。このような幼さでも、エスジータでは侯子を己が身を挺してお守りした勇敢な騎士ですの」


 レドに促されたセキトは友情の証である針剣を見せ、ラルフレートは少しだけ驚いた表情を見せる。


「少々意表を突かれました。そうと分かっていれば、こちらも相応しいもてなしをご用意しましたものを」

「この子はイヴネムからも呼び声がかかる身なので勧誘するのなら下準備が必要よ、ラルフレート?」

「はは、そんな手抜かりをすると思うかい?」


 言ってはみたものの、エスジータ騎団の象徴である針剣をアルジェナイトから直々に賜るほどの子供がいるという話は聞いていない。旧き記憶に置いていたリーノから報告がなかったことはともかく、エスジータの担当は当地で何を見ていたのかと言いたくなる。

 苛立ちがちな様子を見て取った参議首座は控えめに提案を試みた。


「ラルフレート様、ひとまず場所を改めてはいかがでしょう?」

「そうだな。レダと旧き記憶の御婦人は喫茶室にお招きし、茶でも飲みつつお話を伺いましょう」

「では、私はこちらでこの子を預かっております」

「頼むよ」


 レドとデスクスがラルフレートに従って部屋を退出したあと、残されたセキトがたまりかねたように水を求め出す。


「喉がからからだよリュービスさん」

「分かってるわ、すぐに水を用意してあげる」


 衛兵に水を頼み少年の服を少し緩めてやった。着慣れない服に加えて、体が植物に近くなっている彼にとっては乾燥していて日の当たらない城内の環境は過酷なのだろう。


「エスジータの時もだけど、どうして城の空気ってこんなに悪いのかな?」

「そう言うと別な意味に取られちゃうから、あまり言っては駄目よセキトくん」

「姉さんと同じことを言うんだね」


 分かりやすい一言についつい笑みが浮かんでしまった。彼がいると世話を焼くのには事欠かないし性質を知れば知るほど同じ対応にもなるのだが、レドに似ていると言われるのが妙に照れくさく感じられる。

 恨めしく感じていた彼女のことを、いつしか憧れの眼差しで見ていることは自覚していた。何処までも自由で、優しくて、気高さを秘めた女神のごとき存在。まぶしいほどの高みにいながら、優しく人に寄り添い今を生きている。

 レドは自身の大きさを完全に把握しきれていない。その愛は呪いとは違う意味で人を狂わせやすいのだとも考えられる。ナヴィードはそれを受け止めきれず業歪に歪められ、共に旅をしていたシュヴァンレードも消えかけていた。

 しかし、ラルフレートにはレドの入る余地などないと彼女自身が語っている。


「あの人の中には最初からあなたしか居ないんじゃないかしら。お城に迷い込んだ可憐な蝶を逃してしまった自分を悔い続けているの」


 何から何までお見通しであることに嫉妬することさえ忘れてしまい、励まされると燃え上がるような勇気が湧いてきた。今はことの成り行きを信じるだけでいい。


「姉さんたち、大丈夫かな?」

「心配いらないわ。あの二人なら何があっても大丈夫よ」


 美味しそうに水を飲む彼を見守りつつ、リュービスは眼鏡を外し髪を整える。


 喫茶室に通された二人は、ラルフレートと共に茶を飲みながらの会談に臨んでいた。


「……今後も我々と共同歩調を取っていただける、と?」

「わたくし達の代表は、そう申しております」


 使者として協力を申し出るデスクスの言葉に、ラルフレートは想定以上に話が良い方向に向かっているのを感じ、満足げな表情を浮かべた。


「随分と嬉しそうね。貴方も色仕掛けには弱いのかしら?」

「冗談がきついなレダ。君以外の人間に言われていたら腹を立てていたところだ」

「レド……あまり殿方をからかうのも良くないわ」


 彼に便乗して呑気なことを言うレドにデスクスが口を挟む。畏まり過ぎて切羽詰まっているのを察して、合間にひと呼吸入れてくれる彼女に感謝してはいるのだが、余裕の差があり過ぎるのには文句をつけたくなる。


「貴女も十分に魅力的ですよデスクス様。良き時に恵まれましたなら、理解ある殿方に巡り会えることもございますでしょう」

「お褒めに預かり恐縮でございます」


 表向きだけの丁寧さでは男性の眼鏡には適わないのでは、と暗に言われたデスクスは苛立ちを強めたが、レドしか見えていない彼に腹を立てても仕方がない。

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