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第二十七話 駆引(かけひき)

 一週間後、レド達は旧き記憶の家を出発する。デスクスの傷も無事に回復し、正式に同行を命じられていた。


「決まり事は良いのかよ?」

「危険な存在を目の前にして因習をなぞるばかりでは滅びるだけじゃて」

「業歪が我々のことを知っている以上、ここも安泰とは云えぬ」


 業歪がいつから刺客のレドに乗り移っていたのかは不明なものの、前の任務を終えて慎身しんしん期間中であったはずの彼女が唐突に抜けてしまったのを踏まえると、帰路の何処かで既に操り人形となっていた可能性は高い。その間、無防備になっていた組織に手を入れていたとも考えられる。

 しばらくは組織の点検と立て直しにあたり、前々から接触のあったエグザトス侯と改めて会談を、と長老の二人は述べていた。


「彼はそんなことまでしていたのね」

「前に使者が訪れたときはレダ様がこちらに来る直前でのう。使者の口ぶりからも貴女の訪れを待ちかねておるようじゃった」

「……本当に、困った人」


 うんざりしたようにつぶやいた。昨日までに流れてきた情報をまとめると、彼は早々にエスジータでの出来事を掴んでおり、他侯から再度の諸侯会議開催を要請されたのを「既に侯位の継承は終わりアークトも城から退去している」と一蹴したらしい。表面上は同盟幹事として兄弟領と言えるエスジータとイウネムの顔を立てた形だが、レドからすれば立場を利用して上手く話をまとめ、すぐにでも保護したいという欲望が透けて見えている。


「考えすぎだろ。仮にお前のことばかり見てるんだとしたら、エグザトス侯なんて務まらねえんじゃねえのか? 大体弟がお前の旦那なら、お前に手を出すのもおかしいと思うんだがよ」

「ラルフレートはナヴィがいたから遠慮していただけよ。恋敵が亡くなった以上遠慮する必要はないし、今の私は悪魔だもの。囲っておいて殺したと宣言すれば、あとは好きなように出来るとでも思っているんじゃない?」

「……よほど嫌な目に遭わされたんだな、お前」


 デスクスの言葉には呆れを通り越して諦めが滲んでいた。彼が何をしたのかはさっぱりだが、とにかく会いたくないという強すぎる意志だけは伝わってくる。


「ふむ、ラルフレート殿はそのような悪意のある方ではないと思うのだが」

「トゥーム様、それには同意しておきます。私が絡むこと以外では極めて優秀な領主なのは間違いありません」


 既定路線であったとはいえ、父の急死に伴い駆け足で後を継いだにも関わらず微塵の動揺も起こすことなく領地を取りまとめ、諸侯会議において領主二人が同時期に亡くなる異常事態を上手く切り抜けたのを見ても、彼の才覚は凡庸なものではないとレド自身も認めていた。


「……問題は私が絡むと見境がなくなることなのよ。彼が独身のままなのは知ってるでしょう?」

「おいおい、今でもお前のために体を空けてるってことか?」

「あとは説明するより会ったほうが早いわね」


 そう言うとレドは不意に見送りに現れていた組織の研究者に歩み寄り「私から伝言よ。今からあなたのところへ行くから待っていてとラルフレートに伝えてもらえる」と言いつつ肩を叩く。


「あなた、ラルフレートの所にいた間諜のリーノでしょう? 何度もドゥーリッドに来ていたのに、私が顔を忘れたとでも思っていたの?」

「え、いや……」

「……気づいてたんならさっさと言いやがれ」


 狼狽えるリーノにデスクスが円盤を突きつけた。長老の二人も承知の上なのか何も言わないで様子を見ている。


「……あ、いえ、レダ様……お助けを……!」

「デスクス、離してあげて。わざと見逃してあげてた私も悪いわ」

「で、どうすんだ?」

「リーノには先に城に戻ってもらって、私達はゆっくり辻立ちでも見物してから向かうことにしましょう」


 お互いに準備する余裕も持たないとね、とうそぶくのを聞いてその場の全員が呆然となり、セキトが慌てて口を開いた。


「姉さん……そのままケイニアへ行くなんて言わないよね?」

「流石にそうは言わないわ。彼を馬鹿にしに行くわけでもないのだし」

「ここまでの話を聞いてると、それを真に受けて良いのか悩むんだよなぁ」


 疲れた表情でつぶやくデスクスの視線も気にしないレドに「早く行きなさい」と催促され、リーノは脇目も振らず慌てて山を駆け下りていった。


「レダ殿、せめて査問くらいさせてくれぬか」

「私から彼を戻すように話しておきましょう。そうすれば旧き記憶も色よい返事をしてくれる、とすれば万事解決ね」

「……今日の姉さん、物凄く強引だね」


 呆れたように言う弟分に「彼も似たようなものよ」と苦笑いを浮かべる。

 直接見たわけでもないレドの行動を何の誤りもなく読み切って、すぐに正体が露見することすら前提に置いて旧き記憶へ間諜を派遣している手並みを見ても、やはりラルフレートの力量は尋常なものではない。

 しかし、軋みつつある世界において彼が自分にばかり執着しているのは大問題であった。今後のためにも領主として正しい方向へ進ませる必要性をレドは感じている。

 そして、ナヴィードとの結婚によって生じてしまった過ちの清算を行い、業歪と戦うために前へ進みたい。レドは率先して足を踏み出し、旧き記憶の家をあとにした。



 五日後、這々の体で戻ってきたリーノからの報告を受け取ったラルフレートは、彼を休ませた上で旧き記憶へ戻すようにと指示する。


「正体が判じられている者を戻すのですか?」

「構わないさ。レダもそれを前提として動いているはずだからね」


 不審そうな顔をする部下を諭して下がらせたラルフレートは、人目もはばからず華やかな表情を浮かべた。


「姿こそ変わり果ててしまったようだが、貴女が無事であることに変わりはないな」

「ラルフレート様、困ります! まもなく前期代言人の離任式なのですよ!」

「良いじゃないかリュービス。ちょっとくらい女性に思いを寄せるのも駄目なのかい?」


 ラルフレートは控えていた眼鏡をかけた女性に苦笑いで応じるが、彼女は抗議の姿勢を崩さない。


「先日も同じことを仰って、施政会議を三十分も遅らせたのはどなたなのですか?」

「……仕方がないな。真面目にやらねば彼女を迎えることもままならぬ、か」


 ぼやきつつも諫言自体は受け入れて謁見の間に向かう彼を送り出し、リュービスはため息をつく。


「いつまでレダ様のことをお考えになられているのですか。これからも領主として同盟全体を支えなければなりませんのに……」


 小さくため息をつき「馬鹿なんだから……」という愚痴をそっと流したリュービスは、後を追って誰もいない広間をあとにした。



 翌日、レドたちは城下に向かう途中に人だかりが出来ている場所に出くわす。そこでは辻立ち人が侯家の兵士に監視されながら水の保全を求める考えを表明していた。


「水を守るって?」

「ここは塩湖に近くて、地下水にも影響してるのか、塩味を感じやすいってことだ」

「井戸を頼れない以上、川の水は重要なの。旧き記憶でも極力川を汚さないように注意されていたでしょう?」


 不思議そうな顔の少年に年上の二人が分かりやすく解説する。恵みの地では南に行くに従い真水の確保が難しくなっていくのを考えると、彼のためにもより大きな水袋を用意する必要がありそうだった。

 主張を終え、住民たちが言葉を交わしながら離れていき、見張りの兵士もいなくなったことで家に戻ろうとした男は、遠くから様子を眺めていたレドたちに気付く。


「旅の方でしょうか?」

「はい、エグザトスの城下を目指しております」


 顔を隠したままのレドにも気さくに挨拶を交わした男はケンツと名乗り、普段は酪農を営んでいると話した。


「水を大切にするってのは大切だな。声援くらいしか出来ないが、あんたも頑張れよ」

「ありがとうございます。最近は怪しげな商人紛いが出没しているという話もあり、少しでも仲間が安心していられるようにしたいのですよ」


 レドはにこやかな笑みを口元から絶やすことなく「近頃は多いそうで」と相槌を打ち、ケンツも「先頃も塩商人を名乗る不審者が現れたと噂されています」と嘆かわしそうに応じる。


「この辺りにも出るのかな、おじさん?」

「ははは、大丈夫だよ。今は辻立ちの最中だしな。ラルフレート様も治安には力を入れていらっしゃる」

「エグザトス候は民にもお優しい方ですから、皆様も幸せに暮らせているようで羨ましい限りです」


 嘘か真かの判別すら出来ないほど、すらすらと美辞麗句を並べたてるレドの対応にシュヴァンレードは意識を引きつらせ、外の二人も知らないふりを装う。目の前の相手が自分たちの領主を徹底的に避けていることなど彼が知る由もない。

 ケンツは「あなた方と話しているうちに何だか自信がついてきました」と嬉しそうに語りそのまま去っていった。


「これも人助けかしらね?」

「……すまん、もう話についていけん」

「姉さん、流石に怖いんだけど……」

「レド様……もう少しお気遣いをお願いします」


 口々に注文を付けてくる一同に当の本人は「言ったでしょう? ラルフレートを馬鹿にしに行くわけではないと」とすました顔で話す。


「彼のお膝元で悪く言うわけにもいかないじゃない。あの方も満足されたようだし、これでいいのよ」

「……初めて本気でお前を悪魔だと思ったよ」

「シュヴァンレード、姉さんはどこもおかしくないよね?」

「セキト、私に何を言わせるつもりだ……?」


 レドは様々な声に耳を傾けた上で「本人に会うまで悪く言うつもりは全くないから安心して」と請け負った。別に嘘をついているわけではないが、二人はなおも疑わしげに彼女を見ている。


「寄り道は終わりにして、早めに城下へ行きましょうか」

「今更かよ」

「後期辻評会の開会には先んじたいの。あんなところで惚気を出されたら困るもの」

「振られて涙顔になってる姿なら良いの?」

「……セキトも鋭く急所を突けるようになったものね」


 想定外の切り返しを受け、レドは一瞬言葉に詰まりながらも次の話題に移った。


「城下へ着いたら仕立屋に向かいましょう」

「おいおい、俺は城に行くつもりはねえぞ」

「そうもいかないの。あなたが旧き記憶の代表として私に同行するのだし」

「そう来たか……」


 がっくりと肩を落とすデスクスを見ながら「僕も一緒に行かないと駄目?」と不安な顔のセキトに「居たくないなら宿で休んでいても良いんじゃない」と断ったうえで何か不安でもあるのかと聞いてみる。

 彼はもじもじしながら「お城の水が塩辛いんじゃないかって……」と漏らし、どんな時でも水のことを忘れない少年に二人は苦笑を隠せない。


「そんな訳ないでしょう。安心しなさい」

「でもまあ大事なことを忘れねえのは良い考えだな。勉強になったぜ」


 デスクスはセキトに片目をつぶってみせる。人の態度に一喜一憂するよりも出たとこ勝負で挑むのが自分らしいと思い直していた。


「何か言うことがあるのなら今のうちよ、シュヴァンレード?」

「レド様を信じています……それだけです」


 欲が無いのねと残念がるレドにデスクスが「やっぱり夫婦じゃねえかよ」と茶化し、セキトが楽しそうに笑うのを彼は心地良く感じている。かつてダンと過ごした日々も充実していたが、今という時もそれに劣るものではない。

 誰にも知られぬまま星光は純粋な有様に近づいていた。



 四日後、順調に旅を続けたレド達はようやくエグザトスの城下町へと辿り着く。同盟一の大都市だけあって人も多く、セキトはその賑わいぶりに圧倒されていた。


「凄いね、こんなに大きい街があるなんて」

「以前より更に大きくなったかしら。見事な街並みね」

「そうだな。俺たちの仕入れも楽になったしよ」


 旧き記憶の物資は各地の商人を経由して集められているが、最近はエグザトスからの品物がより多くなっているらしい。同盟中央部に位置していたドゥーリッド領が解体されたことも手伝い、拠点を置いていた商人たちが商売をしやすいエグザトスへと移りつつあるのがうかがえた。


「で、仕立屋に行くのはいいが金はどうするんだよ。ツケにする訳にも行かねえだろ」

「普通に行っても相手にされないでしょうね。目当てはあるから、まずはそこを当たりましょう」

「お前の目当てはまずいんじゃねえのか」


 デスクスは念を入れて確認するが、レドは「心配はいらないわ」と頷いて言葉を続ける。


「無茶な結婚で疎まれていた私へ快く礼装を仕立ててくれた方ですもの。顔が銀色になったくらいで怯えるような人でもないかしらね」


 勿論代金はラルフレート持ちだから安心して、と気楽そうに話す彼女へ「お前の知り合いは変人ばっかりかよ」とぼやく。


「何というか、ここまでまともな侯家関係者に出会った試しがねえな」

「アルジェたちを忘れないでよデスクス」

「あいつは例外だ」


 セキトの心には配慮したものの、イヴネム侯の息子も有能な父親とは対照的に道楽息子振りで知られているし、手にかけたランブルック侯も悪魔憑きを疑いたくなるほどの放漫な統治ぶりを見かねた上での依頼であった。殺したのはやり過ぎにしても、もう少しまともな人間はいないのかと思わずにいられない。

 レドにも彼女の考え方が分からないわけではなく、むしろその一人であった自分の不徳を強く反省してもいるが、それはそれである。


「今はするべきことをしないとね。髪型を整えたり化粧したりができない私は、服しか工夫できないもの」

「お前、好きな色は何色だ?」

「赤よ。婚礼のときも真紅だったわ」

「なら俺は淡い青にでもしとくか。白は柄じゃねえし、黒じゃ暗すぎる」


 布地の算段を始める二人の横で、セキトは残り少なくなった袋の水を大事に飲み干し、シュヴァンレードは「血の色のように紅いのはレド様に合わないような……」と要らない心配をしていた。



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