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第二十六話 信念

 旧き記憶の家に滞在して三週間が過ぎ、レドたちは呪いの調査や星光にまつわる資料の確認を手伝っていた。デスクスの怪我がある程度まで回復するのを見てということもあったが、まとまった形の情報を仕入れてから城下へ向かったほうが良いとレドは判断している。


「悠長過ぎねえか?」

「私の記憶違いでなければエグザトスは今、辻評会つじひょうかいで忙しいんじゃないかしら」


 辻評会はエグザトス独特の制度で、当初は住民の訴状を公開で代官に届けるだけの場であった。しかし、組織のレドによる暗殺事件をきっかけに住民の代表となる代言人を選出し侯家と団体で交渉する方式に変更され、代言人を選ぶための辻立ちが始まると領内は活気を帯びてくる。


「怪我の功名かしらね」

「上手くやりすぎだったからな。しかも相手は悪魔憑きでもないただの悪徳役人だ」


 代官の暗殺自体は住民から喝采で迎えられたものの、下手をすれば辻評会の廃止や弾圧に繋がっていた可能性も高い。トゥームたちが腕の立ちすぎる刺客を抑えるため、共同生活の中で人並みの暮らしを覚えさせようとしたのも当然と言えた。


「警戒も厳しいし、怪しい人間がいたら即座に拘束される。わざわざ自分から死地に飛び込むこともないと思うけど?」

「……どんだけ会いたくねえんだよ。お前の旦那の兄貴じゃねえか?」

「ナヴィが見てないのなら少しくらい我儘したいもの」


 この件に関しレドは一貫して譲らない。デスクスは勿論、セキトやシュヴァンレードも話が出るたびに意見をしているのだが、右から左に聞き流してしまう。何が嫌で彼に会いたくないのか、周りには全く理解できなかった。


「旦那が生きてたら会いに行くのかよ?」

「それはそうよ。無駄にナヴィの体面を傷つけるわけには行かないし」

「……良ーくわかった。旦那がいなければ会いたくもない相手なんだな」


 やれやれと言うようにデスクスは腹筋のために押さえていたレドの脚を離す。エスジータからここまで鍛錬を欠かさず続けた成果か、動きが大分こなれて力強くなってきていた。そろそろ銀化を行って動きを見ておきたい、と思いを巡らしているとシュヴァンレードが語りかける。


「レド様、そろそろトゥーム様との約束の時間かと」

「あら、そう? 少しのんびりしすぎたかしら」

「流石にもう一人の旦那様のお声がけは無視できねえか」

「中々のお言葉ね。後でゆっくりお茶でも飲みましょう」


 書きかけだったエスジータの地図を完成させるために自室へ向かう彼女と別れ、奥の部屋まで歩き出した。

 途中で刺客役の男とすれ違い挨拶を交わす。先日まで調査のためにケイニアへ派遣されていた彼からは色々な話を聞いていた。


「先日は貴重な話をありがとうございました」

「つたない話ばかりで恐縮です」

「ケイニアが落ち着いていたというだけで私には意味のあるお話でしたわ」


 穏やかに微笑む。彼が戻ってきたのは十日前で、出発までケイニアに目立った異変は起きていなかったという知らせは彼女にとって何よりの朗報であった。入れ違いで業歪が侵入していった可能性も十分あり得るが、それでもまだ妹に危険が及んでいないことを確認できただけでも姉として安心している。

 男が立ち去ったあとで「そう言えばレド様の妹君について今までお聞きできませんでしたが」と質問するシュヴァンレードに、レドはかつての妹の姿を思い浮かべることで回答に代えた。

 小さな頃から負けず嫌いでいつも姉と張り合っていたが、結婚の際には涙を流しながら必死で止めようとし、絶縁され父が亡くなったあとも献上金の納入書に一筆を添えて様子を教えてくれるような気配りもできる。優しい妹。

 だが、シュヴァンレードは思いの途中に紛れていた違和感に気付く。裏側に彼でも分からないほど黒く塗りつぶされた何かが横たわっていた。


「レド様……?」

「言っては駄目。私の中にいるあなたしか見えないことなのだから」


 釘を刺すと以後は無言で通し、彼も主の心から少し距離を取り黙り込む。

 長老の部屋に着くとトゥームが熱心に文書を解読している最中であった。


「来たか。ちょうど『星の軌跡』の第三章を読了したところだ」

「そのご様子ですと、また何か発見があったようですわね」


 決闘の翌日から約束通り解読作業は始められていた。WvGと記された書物は恵みの地で用いられている言語とはやや異なる規則に従って書かれていて、知らない人間には読めない。手引き無しで中身を読めるのはトゥームとフルッケだけで、二人は共同で解読に当たっている。

 最初に調べられていたのは「星の軌跡」で、その内容は全五章で構成されていた。一章は序論、二章は星の光の性質について語られている。


 曰く、世には様々な指向を帯びた力が存在していて、人間は己にあう力を選び扱うことにより世界の中で生きていた。その中で一際まばゆい光を帯びるものこそ星の光、スターネンリヒトと呼ばれるようになる力である。

 その力はいつも世にあるわけではない。人知れず在るべき時が訪れるまで眠ったまま。しかし、世が黄昏を過ぎ宵闇の訪れを迎えると光を放って覚醒し、世を安定させたあとは暁に包まれ静かに消えていく。


 話を聞いていたシュヴァンレードは何とも言えぬ感慨に耽った。自分を指して星光と名付けたかつての主はそういう願いを込めていたのだろうか、と薄れつつある遠い過去を思っている。だが一体誰がこんな物を書いたのかは不明のままで、トゥームもさらなる解読を約束していた。


「三章にはどのようなお話が?」

「うむ、筆者が知っている限りの星光の宿り主が記述されていた」

「……レド様、お目通しを」


 レドはざわめく彼の心を宥めつつ紙に書き出された名前を追っていき、一人の名前に目を止める。


「ダン・アザベルグ……」

「……たどり着いたらしいな」

「この名前だけは……忘れることができなかった」


 シュヴァンレードは過去と今をつなぐ糸が繋がれていたことを安堵し見えない涙を流していた。レドの目からも合わせるように薄く涙が滲んでいる。

 ダン・アザベルグは、WvGでは433年頃の人物としている。聖剣録の記述とも一致しているためまず間違いはないだろうとトゥームは話す。


「いつの間にか聖剣録の解読も進めていたのですか」

「作業に移る前に簡略化した手引きを作っておいたのですよ」


 良い手際ですのね、と褒められて彼は相好を崩した。解読を急ぐ必要が出たため、まずそちらを完成させ円滑な解読を行える体制を整えたらしい。


「ダンはどういう人物でしたの?」

「それは私も知りたいところだ。シュヴァンレード……話せる状態かね?」

「はい……ですが、まずは他者の評を先に引きましょう」


 星の軌跡に書かれたダンと言う人物は、星の頂に至ろうとした者と冠されている。星の光に負けぬほどの輝きを力を借りるまでもなく発揮し、己を星にした英雄であった、と。

 彼はモルケッツィと呼ばれる場所に生まれた。幼い頃から野を遊び回って育ち、十四のときに親元を離れて旅に出たという。


「旅に出た理由は?」

「ここには立身出世を目指してとありますが、私の聞いていた限りでは格別な目標はなかったそうです。単に旅をすればもっと楽しく生きられそうだったからな、とも語っておられました」


 遊び尽くして違う遊びがしたくなった、というのが正直な話であったのかもしれない。ともあれ故郷を旅立ったダンは気ままに各地をめぐろうとしていたが、途中で「力の剣」という盗賊団と争うことになり次第に追い込まれていく。当時は未だ剣であったシュヴァンレードが出会ったのもこの頃のことだった。


「苦しい戦いの最中でありながら、弱音など微塵も吐かない人でした。盗賊の手から奪い取った私を見て、開口一番『俺と煌めく星になろうぜ』と仰るような豪快な方でありましたから」

「あなたはなぜ盗賊たちの手に渡っていたの?」

「不明です。直前とはまるで違う世界に送られて戸惑っていたことしか覚えていません……」


 彼の覚えている限り、ダンの前の持ち主は名前も思い出せないほど特徴のない商人で、戦場にも無縁であったが厄除けとして持っていたらしい。商人は何事もなく人並みの生を全うし、シュヴァンレードもさしたる感慨を持たぬままいつの間にか意識を閉ざしていたため、仮面になったときと同じく状況がまるで把握できていなかった。


「ふむ……シュヴァンレード、それがお前の性質なのかも知れん」

「と、言いますと?」

「星の力は常に時を求めていることは前段にも書かれていたが、あり方まで定義されてはいない。お前はその時に剣であったのかも知れないが、必ずしも姿が剣である必要もないのだろう」


 シュヴァンレードもその考えを支持する。今がその最たる例だが、商人の場合もひと所に店を構え手堅い商売で客に愛され、荒事に巻き込まれることもなく生涯を終えていた。そう考えると、自覚の無いまま全く違う存在になっていても不思議はない。

 一同は脇にそれていた話を元に戻す。ダンと「力の剣」の戦いは、ダンが星光と出会った頃から形勢が逆に傾き始めていた。彼らは名の通り剣を自分たちの欲望と力の証として崇めていて、より強い剣を求めて各地を荒らし回り様々な剣を奪っていたらしい。エスジータで相見えた魔剣と戦ったのもその間のことだという。


「そんな盗賊団を誰も取り締まれないなんて……その地には王も侯もいなかったの?」

「はい、私の認識では最後まで存在しないままでありました」


 自由の荒野フリフェーンス・ビルマークと称されたその地は、長期にわたり統治者が現れず『力の剣』によって暴力的に支配されていたも同然であった。つまり、ダンは世界そのものを相手に戦っていたことになる。


「……彼は、王にならなかったのね」

「権力というものには全く興味のない方でした。戦いの中で数多くの仲間を得て信頼を嬉しく思いつつ、必要以上に頼り頼られあうことは避けていました」


 何よりも自由を愛していた彼は使命という言葉を生涯の中で一度も用いず、他者にも自分の前で使うなと度々公言していた。仲間たちの多くも意向を尊重していたが、それを不満に感じる者もおり関係の歪みは少しずつ大きくなっていく。

 自分の存在が仲間を縛り過ぎていることに気づいたダンは、力の剣との戦いがほぼ終結したところで仲間たちから離れることを決め、戦いに紛れて姿を隠した。


「あえて峡谷に追い込まれて谷底に落ちたのです。落ちる途中に縄を引っ掛け近隣の農夫に頼んで藁を大量に敷き詰めさせるなど、怪我を最小限に抑えるように細工をして」


 しかし、そんな大雑把な作戦がうまくいくはずもなく、脚に決して小さくない怪我を負ってしまう。しかし彼自身はあくまで楽天的な思考を崩さず「谷底でのんびりするのも悪くない」とうそぶいていたらしい。

 そこへ仲間の一人であったニミットという剣士が現れる。策を読み切っていた彼はダンに戻って引き続き皆を導くように促すが「もう脚が動かねえよ」と珍しく自嘲の言葉を述べた上で「お前なら俺の代わりになれるだろ」と水を向けた。


「ニミットは長い間彼を支え続け、腕の怪我で一線を退いてからも後方から仲間を支えていました。その献身こそ王には必要だと考えていたようです」


 話し合いは平行線をたどり、彼は苛立つニミットを悩みから開放するために負傷をおして立ち上がり、思い切って斬りかかる。当然相手も反撃し斬り合いとなるが、脚に怪我を負っている状態では満足に戦えるはずもなく最後は胸を貫かれて落命した。

 全てを終えた二ミットは呆然とした表情を浮かべながらも自分に従う仲間たちへ後処理を命じ、星光も力の剣を裏切ったという盗賊崩れの女によって叩き折られ、意識を失っている。



 レドはエスジータの戦いで業歪が語ったことを思い出していた。


「その女が業歪だったのね?」

「当時は全く気づきませんでした。しかし、改めて状況を考えてみると、ニミットもまた業歪に歪められていたのかも知れません」

「……星の軌跡に残されている王の名はニミットではない。建国した国がどうなったのかも記載にない……そういうことだろう」


 トゥームの言葉が締めくくりとなる。恵みの地と自由の荒野との繋がりについては更なる研究が必要であり、それを待つよりも業歪の動きを追ったほうが良いのではないか、と勧めていた。

 彼にお礼を言って部屋をあとにしたレドは、シュヴァンレードと語り合いながら通路を歩いていく。


「あなたのことをより深く知れて良かったわ」

「謎は更に深まりましたが」

「あなたと同じように業歪もまた世界を渡り人を歪ませ続けている……何故なのかしら」


 そして、全く違う時代の詳細な記録を誰が書き、何の意図があるのか。疑問は尽きないが、今は研究の進展を待つしかない。トゥームの言う通り、そろそろここを発つべきなのだろう。


「……仕方がないわね。今度こそラルフレートへ会いに行きましょうか」

「相当会いたくない様子でしたが」

「あなたもね」

「は?」


 戸惑った声を上げる彼にレドは微笑みながら地上へ出て、川の水面に顔を映す。身に着けていた仮面の形は消え去り、その代わりに頭はすっかり銀色に染まり、髪もまた銀で固められて風にも全くなびかない。銀色は全身へ回ってきており、体を覆いつくすのも時間の問題に見える。


「今の私は誰? レダ? レド? それともシュヴァンレード、あなたなの?」

「それは……」

「お互いに覚悟を決めるときよ、シュヴァンレード。こんな姿であったとしても、私はレダであったレドであり、あなたは私を守るシュヴァンレード」


 誰に対しても、どんなことが起きても、自分を貫き通さねばならない。お互いのことを理解しているからこそ、安易に一つとなることを良しとせず最後まで護り合う。あの日に誓ったように。


「ラルフレートもリアリスもレダをよく知っているだけに、一筋縄ではいかない相手よ。私達が互いを疑っているのを感じたら黙っていられない」


 少しでも揺らげば相手は己の知るレダを取り戻そうとするだろう。それを防ぐためにも自己を保ち続けなければならない、とレドは語った。


「今は私に寄りすぎだけど、あなたはあなたとして私の中に居続けられるはず」

「そうでしょうか?」

「そうよ。いつのあなたも自身で意識を閉ざすまで、あなたであり続けたのでしょう?」


 シュヴァンレードは鈍くなりつつある意識を少し覚醒させる。意識に目覚めてから今に至るまで、体を砕かれたとしても心まで折られてはいない。それが彼の誇りだった。


「……言葉に踊らされていましたか」

「相手は頭が切れるもの」


 レドは静かに水面に向けていた顔を上げる。


「少し水浴びでもしましょう。ラルフレートは香りに敏感なの。会いたくないけど、会うなら万全に振る舞いたいわ」

「極めて紳士的な方なのですね」

「言わずとも分かるようになったじゃない」


 レドは小さく笑って答えると少し下流の水浴び場を目指して歩いていった。


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