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第二十五話 彼女(レド)


 デスクスとデュンガはかつてのレドについて話を交わしながら歩いていく。


「あいつが組織にやってきたのは八年前だったな、デュンガ?」

「ああ、言葉にするとかなり昔だな」


 レドを名乗る少女が組織に加わったのは偶然に依るところが大きい。当時は呪いにまつわる噂も多くなく、旧き記憶の体制も解呪の研究に重点が移されはじめていた。しかし、刺客役の一人が無尽の崖から滑落するという事件が起き、急遽欠員の補充を模索し始めた中で現れたのが彼女である。


「北方の出身だったっけか」

「彼女はソルベイユ侯家に仕えていた。あそこは悪い噂が多い」


 同盟北端であるランブルックの東南に位置するソルベイユは最後まで同盟の設立に反対していた。同盟成立後も野心を隠すことなく利権の確保に勤しんでおり、先般の諸侯会議においても最後まで強硬な姿勢を崩さず、議長役のラルフレートを辟易させていたという。

 軍備の強化にも余念はなく、皆兵を掲げて老若男女を問わずに兵役義務を課し、武具の改良にも積極的に取り組んでいた。一応は成果を開示することで他意はないことを訴えているものの、自領の民衆にすらその建前を信用されていないのが実情である。


「大した自信だったよな。農場ファーマという称が気に入らないからレドで通したい、とか言い張ってよ」

「だが実績で周囲を黙らせた」

「てめえが惚れた理由はそれか」


 レドはトゥームたちに直談判し、評判が悪く悪魔憑きを疑う領民から依頼の出ていたエグザトスの代官をわずか十日で仕留めて帰還した。短期間で結果を出したことから強い反対もなくなり、レドは元々の名を用いて組織で活動するようになる。ただ、彼女が我儘を通したのはそれきりで、以後は従順に任務をこなし周囲にも穏やかに接していた。


「ああ、あんなに純粋で一途な女性はそういない。知識の普及という私の命題にも賛意を示してくれた」

「なら、突然ドゥーリッドに現れたときにおかしいとは思わなかったのか?」

「思ったよ……彼女がそんなことをするはずがないとな。だからこそ、私が行くべきだったというのに!」


 男は語気を強めるがデスクスは「……それがてめえの現実だ」と流して地上に上がり外に出ていく。



 二人は外に出ると川から離れた平地で距離を取って向かい合い、レドたちはその横に立ち様子を見守っていた。


「水を避けるのは忘れてねえのか」

「忘れられぬから貴様を倒すのだ」

「違いねえな」


 納得したように言うデスクスにデュンガは「狙いは命だけだ」と提案する。彼女の立場からすれば殺すまでのことはないのだが彼は納得できない。思考が硬直していた。


「……気の済むようにやっておけよ」

「大した自信だな。レドがいないのなら一番とでも言いたいか」

「同じことを何度も言わすな。気が済むようにやれって言ってんだよ」


 円盤を構える彼女に対し「後悔させてやろう」と吐き捨て、厚手の手袋を着けた手に筒状の物を持って構える。レドはどこかでそれを見たような気がして記憶を探ろうとするが思い当たる前に二人は動いていた。機先を制したのはデュンガで、やや太めの体に似合わぬ軽快な動きでデスクスの左横を狙うが、彼女も対応するように後を追いつつ距離を詰める。

 その刹那、不意を突くように何かが弾ける大きな音が辺りに響き渡った。音に驚くレドにシュヴァンレードが「危険な兆候です」と硬い声で語りかけ、隣にいたセキトも「この香りは嫌い」と怯えて体を震わせる。彼の言う通り、周りには焦げ臭い匂いが漂っていた。

 デスクスは左手に持っていた円盤を取り落とし、隙を見逃さない男は持っていた筒を投げ捨て懐から短剣を取り出し近接戦を狙う。対する彼女も傷に構わす大きく後退して距離を取り直した。左肩は何かに貫かれたように血が噴き出ていて、捨てられた筒からは煙が出ていた。


「やるじゃねえか……あいつの置き土産だろ?」

「彼女に見せたかったが、お前を殺せば伝えるのには十分だ」

「……まさか、掌砲しょうほう?」


 昔、ソルベイユからの使者がドゥーリッドへの贈物として献上した品の中にそれがあったのを思い出す。火薬を用いてつぶてを飛ばす兵器で、単に投擲するよりも威力が高く非力なものでも扱えるという触れ込みであった。

 ただし、恵みの地ではケイニア以外の場所で硫黄が産出されないことから原料の調達が難しく、ソルベイユでも試作はしたものの火薬の安定供給が不可能であることから使いあぐねていたらしい。

 使えないものをわざわざドゥーリッドに持ち込んだのは、渡したところで脅威とはなり得ないのを理解してのことだった。ケイニアを通さねば火薬が作れないにも関わらず断交状態にあり、どうやっても扱えるはずがない。陰険な嫌がらせにナヴィードもレダにため息を見せつつ死蔵させたままで終わっている。

 しかし、現実に使用されるところを見てしまうとそれを死蔵させていたことはむしろ正解であったかも知れない。こんなものが誰でも使えてしまえば戦いがより悲惨なものになってしまうのは明らかであり、仮にエスジータに実用可能な掌砲があり、それを侯家親子が使っていたらどうなっていたのか、レドは背筋が凍るような気持ちに襲われていた。


「……レド様」

「今は見守るときよシュヴァンレード。あなたの不安はその時になってから」


 らしくもなく弱気な意思を窘める。性質上突きに弱いと思われる銀の力では動くより早く飛んでくる攻撃に対してかなりの苦戦を強いられるのは間違いない。だからこそデスクスの動きをしっかり見守らねばならなかった。


「待っていろ偽物の女。次はお前だ」

「もう勝った気かよ……驕ってんじゃねえのか?」

「貴様こそ肩の傷はどうなんだ? 少なくとも円盤は扱えまい」


 なら良く見ていやがれ、と彼女は言って右手で拾い上げていた円盤を左手で持つ。震えはない。そして、狙うならここだと左胸と頭を指し示した。


「どうせまだ抱えてるんだろ? やるなら初撃必殺だろうが」

「わざわざ遊んでやってるのが分からんとはな」

「……道理で振り向いてもらえねえわけだ」


 女の台詞に明確に顔を歪めた男は、短剣を下げて懐から違う筒を取り出し砲口を向ける。


「望みどおりに……してやるぞ!」


 そう吐き捨、て筒の後方にある引鉄を引こうとするがそれより前に円盤が飛んでくるが、デュンガは焦らずその場に腰を落として円盤をかわす。強がってはいるが実際に動かせないから二枚同時に投げなかったのだと彼は思い、事実デスクスは左手の円盤を持ち替えつつ接近してきた。もたらされた頃はまだ実用に遠い掌砲であったが、改良を重ねてきた今なら急所を撃ち抜けば相手を殺すことも夢ではない。

 長老たちからは行き過ぎぬようにと諫められていたが、現在の組織において最強と言える彼女を打倒すれば有用性を認めさせられる上、忌々しい偽物を殺す許可も得られるはずだと、愛しい女性と自分の思いを込めた掌砲に貫けぬものはない、と彼は妄信していた。

 額を撃ち抜こうと狙いをつけている最中に再び円盤が飛んできて手元を狙っているが構わず引鉄を引く。当たる前に当てれば確実に殺せると思ったが、何故かもう一枚円盤が飛んできた。


「何だと!」


 途端に焦って狙いもつけずに掌砲を放とうとするが引鉄を引いても何故か反応せず、混乱する彼は子供のように筒を振り回すが通じるはずもない。飛んできた円盤に両腕を切り裂かれ絶叫を上げるデュンガの喉元をデスクスは正確に刈り取る。


「……気が済んだか馬鹿野郎……愛しのレドがお待ちかねだぜ」


 彼女の瞳の中には何も映っていない。ただ静かに自分のことを見守っていてくれた、かつての仲間の名を背負った女の心配そうな視線だけを感じていた。



 デュンガの遺体は手持ちの掌砲を全て回収した上でその場で焼かれ、レド達はデスクスの手当のために一足先に拠点へ戻っている。


「大丈夫デスクス?」

「そんなに心配すんなセキト。この程度で音を上げるんなら刺客になんざなってねえ」

「強がりは程々にしなさいね……結構な深傷よ」


 レドは釘を刺すように傷口へ治療用の清酒を振りかけ消毒を行い、デスクスは強引な態度に顔をしかめた。


「おいおい、もうちょっと手加減してくれよ」

「この程度何でもないんでしょ? それに石があと少し深くめり込んでたら、取り出すためにもっと痛い目にあっていたかしらね」

「……ひょっとして、怒ってるか?」


 心当たりが無いわけでもない。最後の瞬間は掌砲の火薬が汗で湿気ていることを前提にして動いており、結果としてデスクスは生き残ったが、仮に掌砲がそのまま放たれていたら死んでいたのは彼女の方である。


「怒ってないわよ。生きているのに怒るはずないじゃない……死んでも怒ることは出来ないけれど」


 有無を言わせない口調だった。生きていることは喜びつつも死ぬことを織り込んだ賭けへ出たことには怒っている、という考え方にデスクスは肩を竦める。


「……生きろ、って一口で言うのは簡単だけどよ」

「だからこそ言えるときに、なるべく簡単に、生きなさいと言っているの。どうあがいても助からない人に生きろと言うほど虚しいことはないわ」

「俺が悪かった……」


 ぴしゃりと言い放たれて流石に返す言葉もなく、素直に謝罪する。父の死に目に立ち会えず、夫の遺言すら聞けず、命を救ってくれた恩人が死んでいくのを為す術もなく見守るしかなかったレドにとって、生きて欲しいという願いは他の何よりも切実だった。彼女自身、自らの命を粗末に扱ったことがあるからこそ、その大切さを良く理解している。


「なるほど、貴女がレドを名乗ったのは偶然に違いないが、よく出来た偶然なのかも知れませんな」

「そうじゃのう。あの子も生きることに全力じゃった。少々急ぎすぎなところもあったがの」


 トゥームとフルッケは二人のやり取りを見て懐かしむように言葉を交わし合った。

 彼女は親の顔もろくに覚えていない幼子の頃にソルベイユ侯家の執事に拾われ間諜として育てられたと語っていたそうで、侯家における汚れ仕事の全てを担っていたらしい。


「だが、あいつもそういう生活が嫌だったらしくてよ。何度も『大人になりきったら用済みになって殺されてた』と真剣な表情で言ってたな」


 日の当たらない場所でしか生きられないことに限界を感じた彼女は十五のときにソルベイユから脱走する。掌砲を持ち出したのはそれを手土産に他領へ保護を求めるためであったが、目論見に反して使えない武器を受け入れる余地はないと相手にされず、逆にソルベイユからの刺客に追撃される羽目に陥った。

 進退窮まった彼女はエグザトスまで南下し、危ういところを旧き記憶に拾われて生き永らえる。その時に彼女を介抱したのがデュンガで、恩義を感じた彼女から掌砲を託された彼は許可を得てその実用化に取り組むようになった。


「ただ、あいつは正直デュンガのことを持て余してたみたいでな。あんまりむきになって研究しないでほしい、ってな」

「デュンガの人柄は見ての通りで、彼女の理想とはずれるところがあったのだろう」

「生きることに懸命な分、優しく包み込むような相手を求めているようじゃったの」


 生い立ちが生い立ちなだけに世渡りが下手で、年齢に見合わない子供っぽさの残る彼女を安易に外に出すのは危険と判断した長老たちは、たまたま帰還したばかりのデスクスに世話を命じ、二人は同じ部屋で暮らすことになる。初めこそ明るい性格のデスクスを苦手としていたという彼女だったがゆっくりと打ち解けていき、お互いに学び合う良い関係になっていった。


「確か、植物に興味があるって話していたな」

「農場という称に恥じぬよう、人の役に立つ作物の研究をしたい、とあちこちから種を持ち込んでは質問してきてのう。良い子じゃったよ」


 聞けば聞くほどに彼女の優しい性格が伝わってくるようで、その名を背負ったレドも彼女の儚い人生を思いやる。暗く辛い生活から必死の思いで抜け出して、ようやく出会えた仲間たちのもとで自分を開花させようとしていたというのに、運悪く業歪に心を潰され体だけがドゥーリッドに行き、最後はナヴィードとともに死んでいってしまった。出てしまった結果は変えられないが、忌むべき名としてあえて名乗った名前はまた違う意味を持ったことを自覚する。

 業歪に歪められ、その人生を狂わされていった全ての人の無念を込め、改めて名を戴いた。


「出来るならナヴィードの側にいてあげて……いつか必ず貴女の名前は返すわ、レド」


 誰にも聞こえないほど小さな決意をシュヴァンレードだけが聞いている。わずかに残っていた仮面は、その言葉に反応して静かに溶けて消えていった。


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