第二十四話 外典
やがて通路の奥にある部屋へとたどり着く。そこでは年老いた二人の男が書物を読んでいたが、三人に気づくと顔を上げて視線を向ける。
「……円盤か、そちらの御婦人達が?」
「遅くなったな塔、架橋。レドを名乗った女と、それを護りし仮面……シュヴァンレード、樹果の祝呪を受けたという少年だ」
「良くお出でになられた」
二人のうち背が高いあご髭の老人、トゥームがそう言って出迎え禿頭で肩幅の広い老人、フルッケが柔和な表情で三人に椅子を勧める。
「デスクスよ、エスジータの件はご苦労だった」
「ああ。だが本命は逃しちまった。相手にもされずにな」
「やむを得まい。我々もまだまだ研究が足りないということだ」
報告を受けたトゥームが腕組みをして考え込むのを横目に、今度はフルッケはセキトを見て声をかける。
「少し疲れておるな?」
「歩き疲れているかも」
「体が硬くなった訳ではあるまいな」
母さんみたいな感じじゃないよ、と答えるセキトの言葉に「いずれは母親の様子も見なければならんな」と話した。過去に同様の呪いを受けた人間もいたようで、僅かだが進行を遅らせる方法が無いわけでもないらしい。
「やっぱりそんな簡単に治らないよね」
「そう落ち込むな……その手立てを探るのも儂らの仕事じゃて」
フルッケが穏やかに笑いながら少年を慰めるのを見つつ、トゥームは視線をレドに向けた。
「さて、待たせたなレド殿……それともレダ妃とお呼びしたほうが良いか?」
「どちらでも。ただ話をするに当たっては、私がレダであったほうが都合がよろしいかと存じます」
「よく気の利くお方じゃな」
トゥームとレドのやり取りを見ていたフルッケが感心したように言うと「感心してないでしゃきっとしておけ」と横から声が飛ぶ。謹厳実直なトゥームと物腰柔らかなフルッケが互いの欠点を補い合うことで旧き記憶は組織として成立していた。
「……話を戻すが、貴女が仮面を被ったときに既に祝福は宿っていたと?」
「そうですね。彼……シュヴァンレードはそう言っています」
「……仮面に宿った経緯などは私にもよく分かりません。前に剣であり、戦いに敗れて折られたところまでは覚えているのですが」
銀の主従の言葉を聞いた二人はすぐに口を開かず、間を取ってトゥームがもう少し詳しい説明を求める。レドは自分の心に埋没気味なシュヴァンレードの代弁者として、認識の異なる点に付いてのみ随時彼に訂正してもらう形で説明を行った。
「星光……」
「ご存知なのですか?」
「ああ、知っとるよ。旧き記憶でも儂とトゥームだけしか知っておらんことだがのう」
トゥームの言葉に敏感な反応を示すシュヴァンレードをなだめるようにフルッケはゆっくりと言葉を紡ぎ、それを聞いたデスクスは「何で皆と共有しねえんだよ」と不満を口にした。それに対し老人たちは小さく首を横に振る。
「正直なところ、今日こうしてお前たちが現れなかったら破棄している類の文書だからな。共有していないのは当然のことだろう」
「消失記録か」
「何のこと、デスクス?」
「ふむ、分かりやすく言うとそういう時が間違いなく昔にあったと思われるのに、その証拠が一向に見つからない事柄じゃな」
それなら内容が嘘なんじゃないの、とセキトが指摘するがトゥームは「我々もそう考えたから破棄しようとしたのだが」とため息混じりに話す。フルッケも「しかし、事実なら事実でかなりややこしいことになるんじゃがな」と述べるのに、レドたちは改めて教えを請うた。
「どういうことだ? 俺でも理解できないほどの記録かよ」
「何でもいいよ、話を聞かせて」
「何卒……ご教授をお願いいたします」
「知ることが今の私達には必要です。お話し願えますか?」
二人の研究者は願いを聞き顔を見合わせたが、やがて黙ったまま立ち上がると、奥の書棚から二冊の本を持ってきた。かなり古い本であるのは見るだけで理解できる。
「こちらは『星の軌跡』、もう片方は『聖剣録』という題がついている。どちらも星光についての記述が見られるものだ」
「中々の保存具合だな。誰が書いたもんなんだ?」
「作者の記名はないのう。それだけなら破棄するほどのことでもないんじゃが、問題はこれが書かれたとされる年代でな」
そう言ってフルッケが開いた本の奥付に書かれていたのは「WvG1111/02/03」というレドには理解出来ない数字の羅列だった。
「……こいつを年月日だと言いてえのか、二人ともよ」
「言いたくはない。だから言ったのだ……破棄する予定だったと」
何かに苛つくように詰め寄るデスクスにトゥームが硬い表情で答え、その傍らでレドとシュヴァンレードは呆然とした表情でつぶやきを漏らす。
「今は同盟歴63年……それ以前までさかのぼっても判っている歴史は500年前まで……どこにWvGなんて時代が存在していたというの?」
「分からない……何一つ理解できません」
目の前に途方もなく大きな壁が横たわっているような感覚にそれ以上の言葉が出てこない。衝撃から場が落ち着くのを待って、トゥームが再び口を開く。
「デスクス、お前は知っての通りだがこのWvGという記号が使われている書物というのは、これが初めてではない」
「えっ?」
「そういうことだ……が、俺らの中でこの記号は偽書の証とされていた」
デスクスの顔は硬かった。偽書とされている理由は、書かれている内容があまりにも今知られている話と異なっているという一点に絞られる。
「例えば、この『天地の構図』という書物はWvG346に記されているが、そこに書かれている地名は全く現在に残されていないどころか関連性すら見いだせていない」
地理について書かれた本らしく様々な説明がされており、南北に極地と呼ばれる極寒の地の存在が記述されているものの、北はともかく南のケイニアは恵みの地でもっとも暖かい地域であり恵みの地の地理の説明としては噛み合っていない。他にも塩湖ではない「海」の存在についても書かれていて、大地と極地との間はそれによって隔たれている、という恵みの地からは想像もつかない記述がされていた。
「私について書かれているWvGの書物はどのくらいあるのですか?」
「WvGの『番号』で言うならば星の軌跡に書かれている1111が確認できる中でもっとも新しいのう」
シュヴァンレードの言葉にフルッケは改めて本の概要を説明した。聖剣録の番号は472とかなり若く、これが年月だというのなら星の軌跡より600年以上過去の話になり、探せばその中間の記録もあるのであろうが現時点では二冊しかないという。
肝心の内容であるが、星の光と呼ばれる星のように輝く力を持つ存在を追いかけた記録であり、記述そのものがWvGより前の伝承として星の光を扱う少女がいたという話があったというところから始まっていた。
「その星の光がシュヴァンレード?」
「そうかも知れんし、そうではないかも知れん。そもそも星の光が人と話せる存在だとはどこにも記述がなかった」
「そこがまた問題じゃのう……記述の正確性に問題がありすぎる。こうやって実際に確認できたのが奇跡なくらいに理解できないことばかり書かれておるからの」
そもそも事実と噛み合わないことばかり書かれている書物が、それまで確認されなかった存在の証明につながったという状況自体が衝撃と言える。これまで半ば見捨てられてきた書物を総ざらいするのはもちろん、内容を再検証する必要もあった。
「ひとまずその書物の調査になりますか」
「そうなるの。改めて調べ直せば新しく判明することもあるじゃろうて」
「案ずるな星光よ。他の調査に当たっている人員をひとまずWvGの再調査に回そう。我々にとっても由々しき事態だからな」
シュヴァンレードと二人の長老が話し合う傍らでレドがデスクスに話しかける。
「あなたはどのくらい研究に関わっているの?」
「俺の専門は地図の作成で、その手の話にはあまり関わってねえ。だが歴史と地理はお互いに関連性があるからな」
そうして時々手を貸しながら、彼女は組織で随一の身体能力を活かし同盟内を駆け刺客をこなしつつ各地を回って調べを進めていた。
「それで地理に詳しかったんだね」
「ま、殺しの手際の方はお察ししてくれ。二度もヘマしてたら刺客とはとても言えねえ」
「そうも行くまい。かつての農場がいない今、動ける人員であてになる存在はお前くらいだ」
自嘲気味に話す彼女を励ますようにトゥームが話すのを、レドは複雑な思いで聞いている。自分はレドを名乗っていた女性のことをよく知らない。最初に出会ったときにはもう業歪に侵されていて、それ以前がどのようであったのかを知るのは旧き記憶の人間だけであった。
「無断で名前を借りたのはまずい手だったかしら?」
「今更気にしちゃいねえよ。お前がレドを名乗ったから結果的に話が上手く行っている面もあるしな」
「ふむ、どうやらレダ様は誰かに恨まれている様子じゃのう」
「……デュンガの奴か!」
「あれほど忘れろと言ったのだが……こだわりを捨てきれぬか」
「そうだとも……俺はそこの醜い女を認めない!」
殺気のこもった声に全員が視線を向けると、そこには怒りの形相でレドを睨みつけるデュンガの姿があった。組織の長である二人の老人は彼を咎めるような視線を送る。
「お前をここに呼んではいないが?」
「そんなことはどうでもいい。その女を俺によこせ……どうせ後で始末するつもりだろう?」
「勘違いしておるな……言い方は良くないがレダ様は貴重な検体で、我々の目的とは全く違う存在だと言ったはずじゃ」
初対面のくせによく言えたものだ、と男は聞く耳を持たない。どうしてそんなに甘いのかとでも言いたげな表情を見たデスクスが苛立たしげに吐き捨てる。
「下らねえな。てめえはレダのせいでレドが死んだって言いたいだけじゃねえのかよ?」
「貴様も貴様だ。ランブルックやエスジータでなんの成果も出せずにおめおめと戻ってきた挙げ句に汚物どもを連れ込みおって……よくレドに顔向けできているものだ」
「そんな言い方しなくても良いじゃないか!」
聞いていられなくなったセキトが抗議の声を上げるが、相手にしていないのか彼の方を見ようともしない。あまりの傲慢さに、流石のレドも不満を抱きその真意を問い質した。
「何がそんなにお気に召さないのかしら」
「全てだ。貴様がレドを名乗るせいで誰の記憶からも彼女の存在が消えていく」
「てめえの逆恨みだろうがよ、そんなもん!」
死んだ存在に執着し今を見ようとしない自分勝手な態度にデスクスが怒声を浴びせ、二人の長老も表情を険しくした。
「お前は自分が何を言っているのか理解しているのか、デュンガよ?」
「下らん話だ。消えても良かったというのか?」
「彼女は立派に生きていたじゃろう? 血塗られた過去を克服し常に前を向いていた。それに引き換えお前はどうじゃ? それでレドが喜ぶとでも思っておるのか?」
「何故俺を外に出さなかった! 俺がいれば何も狂わなかったのだぞ!」
ひときわ声を張り上げると、それを聞いた組織の人間が一斉にこの場所へ集まってくる。デュンガにとってレドは一人しかおらず、彼女に成り代わって同じ名を騙るレダは醜悪な偽物でしかない。そんな異物を受け入れる組織そのものにも不満の矛先は向けられていた。
「デュンガよ、どうするつもりだ? この人数を相手にしてはお前も持つまい?」
「確かにな。だかここで俺が死ねばせっかくの資料に悪い影響も残るだろうな。今ある星光の書物をみすみす失いたくもないはずだが?」
ここで流血沙汰ともなれば、資料が劣化したり血の湿気で傷んだりする可能性もあるだろうと脅してくる。二人の長老は救い難い頑迷さにため息をつき、怒りの臨界点を超えたデスクスは一息で表情を消し去り眼前にいる馬鹿な男に告げた。
「……ちょっと面を貸せよ馬鹿野郎。賭けと行こうぜ?」
「ふん、今更命乞いか」
「どうとでも言え。俺の失敗だと言いたいのなら俺を先に倒すのが筋だ」
デスクスは長老たちに禁止されている私闘の許可を請うと。考える仕草すら見せずに揃って許しを出している。
「既に私闘をしている状態じゃからの。禁止も何もあるまい」
「レダ妃よ、お見苦しいところを見せることになりそうです」
「構いません。デスクスが終わったら私の順番でしょうから」
トゥームの謝罪にレドも表情を隠して答える。何かを言いたげなセキトに指を口に当て黙っているように合図し、シュヴァンレードへいつでも銀化出来るよう準備を指示すると二人の後を追った。




