表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/62

第二十二話 事跡

 翌日、デスクスが頼んでいた円盤が城に献上される。盾用に製作中だった円形の鉄板を突貫作業で作り変えたため作りが雑なのは否めないものの、本人は「仕事が早けりゃそれでいい」と意に介さない。


「得物の仕上げは自分でやれって話だ」

「それはそうだろうな。己の命を預ける友は己で磨けというのがかつての主人たちに共通する姿勢だった」

「なるほど。体の鍛錬に武器の手入れ……戦士の心構えの本質に迫れた感じかしら?」


 デスクスは普段から腰につけている砥石で円盤の縁を研いでいた。これは砥石であると同時に体の重心を整えるための重石であり、すべての円盤を失った際における最後の切り札でもある。


「それで殴りかからなければならない状態にはなりたくないわね」

「まあな。そもそも円盤を使い尽くしても倒せない相手にこいつで殴りかかるのが有効だとは俺も思ってねえ」


 最後まで抵抗しないとならねえときもあるからよ、と苦笑いするデスクスの姿にレドも鍛錬は怠れないと改めて思った。彼女にとって身体こそ磨くことの可能な唯一の武器である。


(レド様、無理はなさらずに)

(心配性になったのねシュヴァンレード)


 仮面と一体になってから半年以上が過ぎようとしていた。その間にも同化は着々と進み、頭はおろか首から下の体すら銀に覆われ始めているが、反比例するようにシュヴァンレードの意思はレドの中に内包され、次第に弱まりつつある。未だ他の人間には気づかれていないが、いま表に出ているシュヴァンレードの意思はレドの意思に支えられてようやく表に出ていられる程度でしかない。

 流石に自分の意思の大きさまで操作することも出来ず、人前でシュヴァンレードに話をさせることで彼の意思を表に出させるように配慮を重ねていたが、これも正解とは言えないかも知れなかった。ドゥーリッドで出会った頃の精悍な彼が次第に弱々しくなっていくのを感じるにつけ、レドはいたたまれない気持ちになる。


「……レド様?」

「おい、ボサッとすんな。ユーデが来てるぜ」

「……えっ? あっ……ごめんなさいね」


 思考に没頭しすぎて周りに気が付かなかったレドが意識を現実に戻すと、円盤を研ぐ手を止めてこちらを見ているデスクスと心配そうな表情のユーデが立っている。


「まだ体調が万全ではなさそうに見受けられますが」

「ご心配なさらず。それよりユーデ様、ご用件は?」

「はい。皆様はいつ頃発たれるご予定でしょうか? アルジェナイト様も気にされておりまして」


 レドは改めて今の状況を整理した。城に入ってから二週間、自分やセキトの体調は回復しデスクスの円盤も補充されている。外に目を向けると牢に入れられたアークトが暴れ出したということもなく、先日もイヴネムからの使者が来訪しエスジータは再興に向けて動き出していた。となれば、これ以上滞在するのも望ましいとは言えない。

 レド自身は当然として、デスクスも表に出て良い立場ではない。セキトは特にしがらみもなくアルジェナイトのお気に入りとして居残ることも可能であろうが本人はそれを望んではいないだろう。


「……三日後にこちらを離れたいと思います。アルジェナイト様に宜しくお伝えいただけますか?」

「かしこまりました」

「妥当だな。その予定で準備しとくぜ」


 ユーデは静かに頷きデスクスも了解して円盤研ぎに戻っていく。


「昨夜はセキトが戻って来なかったですけれど……」

「ははは……アルジェナイト様に離してもらえないようですよ。先程も会いましたが部屋から出られずにかなり退屈しているようでした」

「侯子様の教育に良く無さそうですから、早めに発つのは正解みたいね」


 かなりきつめの冗談にユーデも苦笑いを濃くして「中々手厳しいお考えですね」と話す。実際、まもなく候位を継ぐ予定の人物が庶民の少年に依存し始めている状況を快く思わず、早く連れて出てもらいたいと考える者もいない訳では無い。


「状況が状況でしたからこれまでは黙って見ていましたけれど、いつまでも甘えを許しているばかりではエスジータの安寧にとっては良いとは言えませんもの」

「お前……案外躾に厳しいんだな」

「ケイニア出身の人は大体こんな感じよ。それが侯家の出身なら尚更ね」


 彼女は引き気味のデスクスにけろっとした表情で語った。幼少の頃から嫌になるほど躾を叩き込まれ、そのまま婿を迎えてケイニアを継ぐと定められていたレダにとり躾を厳しくするのは当然の話といえる。


「そんなこと言って、お前セキトには甘いじゃねえか」

「見ず知らずの市井の子へいきなり厳しくも出来ないじゃない? 今後それが求められるとも思えないし」

(……必要ならやるのですか?)


 当然よ、と心の中のシュヴァンレードに答えた。何やら態度を恐れているように感じられるが気にしない。


「ともあれ三日後ですね。確かにお伝えいたします」

「今日は良いですけれど、明日にはセキトをこちらに戻すようにとも言付けして頂けますか? 私どもにも支度が必要ですので」

「それも必ず……アルジェナイト様ではありませんが、こうなると名残惜しいですなレド様」


 出会った頃の自身の対応を思い出したのか、しみじみと話すユーデに「なら俺はどうなんだよ」とデスクスが質す。素っ気なく「そのがらの悪さは生涯忘れんよ」と返す彼に、彼女は彼女で「騎士様と肩を並べる面倒な戦いはもう御免だな」と更に切り返した。


「口が減らんな……精々敵にならんことを祈っておくぞ」

「知るかよ……俺の方も槍の集団相手に一人も殺さす粘れる剣士の相手は願い下げだ」


 一通り応酬を終えたユーデはレドに向かって一礼するとデスクスを見ずに立ち去っていき、彼女の方も無表情で研ぎ作業に戻っていく。その様子にレドは苦笑いを浮かべつつ荷物の整頓に取り掛かった。

 三日後、一行は日も昇りきらぬ朝早くに城を離れようとする。ラジェスタの提案によるものであるが少し気を利かせすぎだとレドには思えていた。

 案の定、アルジェナイトは澄ました顔でわざわざ城の前まで見送りに現れている。



「私はたまたま早起きしたところで、城を抜け出そうとするあなた達を見咎めただけです」

「それでは仕方がありませんね」


 続けてデスクスが「もうちょい上手い嘘つけよ」と評したのが全てだろうか。経験が浅い彼だから仕方ないとは言え、当分は苦労しそうだと女二人は苦笑いを隠さずセキトの方も少し呆れたように友人のことを眺めていた。


「アークト様はどんなご様子ですの?」

「昨夜遅く、イヴネムに送りました」

「あら、イヴネム侯の元へお預けなさるのですか?」

「はい、最後に会ったときも落ち着いていましたし『場所を変えてみてはどうか』というブレッカ様の助言に従ってみようと思います」


 それを聞いたレドはブレッカの意図に気づくが、何食わぬ顔で「提案に期待しましょう」と述べ、次いでセキトが口を開く。


「アルジェは寂しがりだから大変だね」

「あはは、君だってお母さんから離れるときは大泣きしたって言ってたじゃないか」

「……言わない約束だったじゃん」


 言われたほうは顔を真っ赤にしてむくれ、それを聞いたデスクスはにやにやしながら「気にすんなよ。そういうのも可愛いもんだ」と頭をくしゃくしゃになで回してから、表情を正して新たなるエスジータ侯に向き合った。


「短い間だが世話になったな」

「いえ、御助力頂いて助かりました……ですが、あなた達の伝手はもう……」

「それについては気にしないでいい。確かにエスジータの伝手が殺された報復で俺が送られたのは事実だが、それ以上の収獲も見つけたからな」


 ここでの出来事については正しく報告しておくからと請け負うが、続けて組織の長からいずれ使者が立てられるため誠心誠意対応してほしいと言い添え、アルジェナイトも真剣な表情で言葉に頷く。


「ドゥーリッドにも伝手がいたらね」

「それは長老たちも悔やんでたな。エグザトスに近いから大丈夫だと考えていたようだが、完全に裏目に出ちまった」


 最も多く他領との境を接するエグザトスは同盟最大の通商拠点であり、人も物も情報も行き交う要衝である。有利な地理的条件を持つが故にエグザトスは他領を大きく凌ぐ国力を持って同盟を主導していた。南端のケイニアからドゥーリッドへと移り住んだレダにとっても幾度となく訪れた場所に当たる。


「まあ仕方がないかしらね。私もナヴィードもそのことに手を回している暇がなかったもの」

「ナヴィード様といえば、エグザトス侯ラルフレート様の弟君に当たるのではありませんか?」

「……そうですわね、レダにとっては義兄に当たる人で色々とお世話にもなっていたかしら」


 レドは努めて無表情を装っていた。ラルフレートに関しては思うところも多く、なるべくなら関わり合いを持ちたくない相手には違いない。


「今の私は仮面をつけた悪魔、レドでございます……エグザトス侯に近づくことは考えておりません」

「あまり思い詰めなさらないように。セキト、君からもお姉さんに言ってあげてくれないか。考え過ぎては駄目だ、とね」


 さんざん自分が言われた定型句を持ち出して注意を促し、任されたセキトの方も「大丈夫だよ姉さん。行く前から心配してたら疲れちゃうし」と励まし、最後にそれを見ていたデスクスが口を開いて結論を述べた。


「んなこと言ってても業歪がそいつに近づいたら嫌でも顔を合わせることになるんだからよ。愛の告白でもする覚悟でいれば良いんじゃねえのか?」

「考えるのも嫌なくらい恐ろしくて、寒気や震えが抑えられないわ……そうならないことを祈るだけしか出来ないけれど」

「……そこまで嫌がることもないのでは?」


 全員の気持ちを代表してシュヴァンレードが主君に諫言する。彼から見えるレドの中のラルフレートはそこまで恐ろしい人物には感じられず、それとなく人柄を聞き及んでいるアルジェナイトとデスクスも首を傾げ、唯一全く話を知らないセキトが「嫌な人なの?」と聞いてくるのには「嫌な人ではないけど、私の目には恐ろしく見えるだけよ」とだけ語り、それ以上は答えようとしない。

 微妙な雰囲気になったため「まあその話は道々でごゆっくり……」とアルジェナイトが話を切り替えた。


「そうそう、セキトに贈りたい物があるんだ」

「えっ、なに?」


 そう言うと側近に持たせていた小さな箱をセキトに渡す。中に入っていたのは真新しい針剣だった。


「良いの?」

「ユーデの持っていた物は彼に返したんだろう? この先で再び業歪と戦う際に、君だけ全くの丸腰では戦いにくいだろうしね」


 本当はレドやデスクスにも用意したかったんだけど、とアルジェナイトは話す。エスジータ師団の標準装備品をセキトに与えたのは、アークトの凶刃から自分をかばった功績だけでも表彰しておきたいという彼なりの友情の証である。同時に事件の間ずっと自分を支えてくれた友に対して、侯として示せる最大限の感謝を表してもいた。


「こいつを勧誘か?」

「そうしたいのはやまやまだけど、イヴネムからもお声がかりがありそうだし……何よりその話は業歪を倒して呪いが解けてからでしょう」

「いい感じじゃねえか。将来の名君さん」


 辛くても心を潰されるな、と気取らない助言を贈るデスクスにセキトも「また城の外で会いたいな」と揺るぎない友情を示し、最後にレドたちが別れの言葉を告げる。


「短い間ながら有意義な時を過ごせました。別れは惜しいものですが」

「……失礼いたしますエスジータ侯。恵みある地の繁栄を願いまして」

「さようなら、恵みの地に生きる仲間たちよ」


 独り立ちを始めた若き侯に別れを告げ、レド達はエグザトスへ向けて旅立っていった。




 城から何処かへと連れ出されたアークトは見知らぬ場所で馬車から降ろされる。今までいた場所よりも空気が冷たく感じられた。

 民家があるものの戸に鍵がかかっていて人の気配は感じられず、周囲を歩いているとごく小さな小屋を見つけ近寄ると奇妙な女性が椅子に腰掛けて佇んでいる。暗くてよく分からないが、植物のように身動きひとつ見せない。


「あら、こんな夜更けにこのようなところへおいでになる方がいるなんて」

「貴女は……?」

「セノと申します。訳がありましてここから動くことが出来ませんの」


 女性は穏やかな声で話しかけてくる。


「貴方のお名前は?」

「……名乗る程の者ではありません。住居を追い出されてしまいまして」

「まあ」


 相手が前エスジータ侯であるとも知らず、小さく驚く。アークトはその反応にうなだれながら言葉を続けた。


「……息子に暴力を振るおうとして妻に止められ、家を放り出され……お恥ずかしい話です」


 アークトの認識では、自分を止めた相手は昔に死んだはずの妻である。銀の悪魔という言葉を起点として歪められた彼の意識は今も事件を正しく認識出来ず、関係する言葉は違うものに置き換えられていた。再度の崩壊を防ぐために無意識が下した防衛規制に近い。


「それはまた大変なことですのね」

「親とも思えぬ振る舞いをしてしまい……息子や妻に合わせる顔もありません」

「顔をお上げになって。私は貴方の子供でも奥様でもありませんもの」


 落ち着き払った言葉に俯いていた顔を上げると、そこには年月を経た大樹のように揺らがない穏やかな表情があった。


「私も息子を大変な目に合わせてしまいました……何の罪もないのに辛い思いをさせてしまって」

「貴女も……?」

「今、子供は旅に出ています。いつか戻ってきたとき、笑顔でその時を迎えられるよう毎日ここで祈りを捧げております」


 彼ははっとする。思い浮かぶのは愛しい息子の笑顔であり、まばゆい程の光に包まれた妻の姿。そこに悪意は全く感じられない。


「息子は別れの寂しさを克服して笑顔で離れていきました。色々お抱えになられているかと思いますけれど、家族のつながりは何よりも強いものです」

「……家族も、私の帰りを待っているのでしょうか?」

「お答えは致しかねますが、今の貴方はとても優しい顔をなさっていますもの」


 遠からずその日は訪れると思います、というセノの言葉に小さく頷く。先のことは彼にも分からない。しかし、いつその日を迎えても良いよう己に出来ることをしなければ、と考えたアークトは改めてセノに提案を持ちかけた。


「……貴女にも不自由が多いことでしょう。私にお手伝いをさせていただけませんか?」

「あら、そのように気を遣っていただかなくとも。家にお帰りにならなくて大丈夫ですの?」

「道に迷った挙げ句、ここに参りましたので」


 彼女は「呆れた方ね」と言いながらも、家の鍵が横に置かれた小物入れに入っていることを教える。


「改めてお伺いしてもよろしいかしら......貴方のお名前は?」

「……アークト、です。セノ様、しばらくご厄介になります」


 アークトは深々と一礼し鍵を借りて家へと向かった。のちに歪みや呪いに苦しむ人々がここへ集うようになっていくのを、今の二人は知る由もない。

読んだ感想、誤字報告、いいねや評価、ブックマークはお気軽にどうぞ。とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ