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第二十一話 解放

 依然として諦めず斬りかかってくるアークトを、背後へ行かせないよう注意しながら受け流していくうちにレドの考えは固まり、相手を一旦大きく弾き飛ばした上で背後のアルジェナイトに告げる。


「アルジェナイト様、お願いが二つあります」

「なんなりと」

「今から起こることを笑ってお見逃し下さい」


 アルジェナイトがはい、と答えると続けて「セキトに水を。あの子の怪我に一番効きます」と頼み、すぐに意味を理解した彼は既にアークトから離れていたラジェスタに目配せをした。ラジェスタは怪我をしている体をそろりと立ち上がらせ、一番近い城内の水源へと駆けていく。侯子はそのまま弱ったセキトの側に付き添い、レドは「ありがとう」と柔らかに感謝して歪められたエスジータ侯を見据えた。


「アークト様……貴方の歪みを正すのは貴方自身……」

「どけ……どけ……! アルジェに会わせろ……悪魔め」


 今度は斬りかかるのではなく、真っすぐに突きかかってくる。しかしレドは一切構えを取らず、ただ後ろの子供たちをかばうように小さく手を広げた。傍目には打つ手なく降伏したように見えなくもない。


「恐れを……なしたか」

「そう思うのなら、私を貫きなさい。それで全てが済みます」

「良く言った……」


 アークトは力を込め左胸に狙いを定めて剣を突き出すが、銀の主従は恐れることなく力を解放した。


「シュヴァンレード! 歪みを払う力を」

「我が力を貴女に!」


 銀に包まれた胸を貫こうとした刃は硬い感触に遮られ根元から折れてしまう。


「馬鹿……な……」


 アークトは呆然とした表情で折れた剣を取り落とし、後ろから見守っていたアルジェナイトも息を呑んだ。二人の間に立つ銀の悪魔は自失したままの哀れな男に告げる。


「そんなものですか、アークト?」

「何が……言いたい」

「貴方の息子を思う気持ちは剣を失った程度で潰えるのか、と言いたいのです」


 ぴくりと体を震わせた。その通りだった。息子を守らねばならない。それが出来るのは自分だけだと男は思い、拳を握り締める。


「どけ……どけ……息子を……返せ!」

「実力でやって見せなさい!」


 遮二無二殴りかかろうとするアークトの横っ面を平手打ちにしながら告げる。その意思が自分を貫くまでは決して譲らないという思いを込めて。

 そこからアークトの泥仕合が始まった。どうにか前に立つ女を倒すか背後を突いて息子に接近したいのだが、相手がそれを許してくれない。

 殴ろうとすれば殴り返され、蹴ろうとすれば受け止められて転ばされ、投げようとすれば投げ返されて元の位置に戻される。誘いをかけても手に乗らず、不意を突くことさえ許されない。それでも諦めず、歯を食いしばって立ち向かおうとする。

 無様で、それでいながら純粋で懸命な父の姿を、アルジェナイトは何も言わずに黙って見つめ続けていた。

 そうしている間に城門の戦いを切り抜けたユーデとデスクス、城内に向かったラジェスタと散らばっていた部下たちも駆けつけ、いずれも手を出さずに孤独なアークトの戦いぶりを見守っている。

 数え切れぬほど地に這わされて息も絶え絶えになったアークトは、なおも諦めることなくゆらりと立ち上がった。全身に痛みが走り立っていられるかも怪しいのに、立ち塞がっている相手は全く無傷のままである。しかし、諦めるわけにはいかなかった。


「アルジェを……返せ!」

「その有様で何かが出来るとお思いですか、アークト?」


 銀の女は告げる。挑発ではない、単なる確認。


「黙れ……アルジェは、私の息子だぞ! 息子を守るのがなぜ悪い!」

「その守りたい息子を手にかけようとしていたから私が止めたのに?」

「あ……!」


 その瞬間、アークトは心の盾に突き立てられていた邪悪な矛が折られたのを感じ、地に膝をついて崩れ落ちた。


「う……うう……うあああああああああ!」


 今までの行いで本来感じていたはずの罪悪感が一挙に浮上し、アークトの心は莫大な負債の重みに堪え切れず決壊する。

 甘言に惑わされ何人もの家臣を斬り捨て、破滅的な内政を行い民を苦しめ、いたいけな少年に重傷を負わせ、あまつさえ大切だったはずの息子すら手にかけようとしていた。もし目の前の女に制止されていなければ、何一つ知ることなく歯止めの利かない凶行を繰り返し続けていたのかも知れない。

 だが、それだけでは救いとも呼べなかった。彼が大切に治めてきたエスジータは荒廃し、家臣も一から順に数えられる程度まで減ってしまった。全ては己の責任であり、心を押し潰された男は膝をついた格好のまま泣き出す。

 恥も外聞もなく泣き続ける父の姿をまじまじと見つめる侯子に、銀の女はそっとその背中を押した。


「アルジェナイト様、今こそお役目を果たすときです」

「しかし……」


 まだ少しわだかまりが抜けない様子のアルジェナイトは躊躇するが、ようやく傷口を塞ぎ終えユーデに介抱されているセキトが彼を励ます。


「約束でしょアルジェ……行ってあげて」

「……うん!」


 アルジェナイトは前に出るとゆっくりと父の方へと歩み寄り、視線を合わせるためにしゃがみ込むと優しく呼びかけた。


「父上、只今戻りました」

「? ……アルジェ?」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げるとそこには息子の姿が、アークトがずっと思い出そうとして思い出すことが出来なかった顔が目の前にある。


「やり直しですね、私たちもエスジータも」

「私は……取り返しのつかないことを……」

「取り返せます。私も父上も生きているのですから」


 死ねばそこで全ては終わってました、と前を見据える息子のことを父親は静かに抱きしめた。今だけは侯家という枷から離れた、ただの親子として。



 事件の処理が始まり、アークトの回復は万全とは言えず所々に歪みが残されていたが騒乱を大きくした責任を問うため牢に入れられていた。一方、事件解決の立役者となったレドたちであったが、全域手配となっている銀の悪魔を大っぴらに歓待するわけにも行かず、城の奥にある侯家の居室に留め置かれて、しばしの休養を取っている。


「たまにはのんびりしねえとな」

「そうね……こうやって鍛錬している状態を、のんびりと言えるなら、の話だけど……」


 解決から一週間後、退屈しのぎに腕立て伏せ二十回を五本軽々とこなしたデスクスが十回二本を必死の思いでこなしているレドに声をかける。


「ご挨拶だな。戦うならこんなもん軽々とこなして当たり前だろ」


 茶化すように言う。臨戦態勢でない限りは空き時間に鍛錬を行うというのも理解できるのだが、体調を回復させたばかりの素人には十回すら苦行であった。見かねた仮面の意思が「手本が上手すぎだ」と意見する。もう少し程度を抑えなければ挫折のもとになるとの指摘に、彼女は渋い顔をして「しゃあねえだろ」と肩をすくめた。


「教えるなんてガラじゃねえし。下地のあるやつに助言するならまだしもよ」


 そもそもお前がちゃんと訓練させてないのが悪いんじゃねえか、とデスクスが切り返すと仮面の方もお前と違って気長なのでな、と譲らない。そこに言い争う二人を眺めていたセキトがのんきな顔で「賑やかだね二人とも」と声をかけてきたため、双方とも返答に窮してしまう。

 レドはその様子に苦笑いを浮かべつつ何とか二本目を終えていた。



 一方、謁見の間ではアルジェナイトがイヴネム侯ブレッカからの使者を出迎えている。


「使者の務め、大儀である。宰相自らがご使者とは驚きであるが」

「恐れ入ります。何よりも事が大きいですからな」


 イヴネム侯家宰相のノイゲンは恭しく礼をして主君からの親書を捧げ、それに目を通したアルジェナイトは頷いて口を開いた。


「なるほど、知らぬ存ぜぬを通せと仰るのか」

「ご賢察痛み入ります。再びの諸侯会議となればエスジータ侯領の解体が必ずや議題となりましょう」


 エグザトスとの境にあり、旧ドゥーリッド領との往来にも都合が良いエスジータの領土は、北東諸侯からすれば喉から手が出る程欲しい場所である。前回のような厳しい争奪戦になるのは間違いない。


「同盟の結束は綻び、動乱の時代が近づきつつあります。くれぐれも行動は慎重に、というのが我が主君ブレッカの考えでございます」

「ご忠告かたじけない。ブレッカ様にはよろしく伝えていただければと思う」


 アルジェナイトは礼を述べたうえで次の問題を切り出した。


「……それにしても、孝行とは難しいものだな。あのように父が衰えるまで何一つ重ねることができなかった」

「恐れながら申し上げますが、親に取りまして最大の孝行というのは子が元気に生きていくことかと存じます」


 勿論何かをしてくれるに越したこともございませぬが、と語る老人の言葉には実感が込められている。アルジェナイトはブレッカが何故わざわざ自領の宰相を使者に立てたのか、その一端を理解できたような気がした。


「……となれば、良い場所に御所でも用意して寛いで頂くのも良いかもしれんな」

「左様でございますか。良いお考えであると思いまする。我らが主君も賛成なさるかと」


 ノイゲンが頷いたのを確認して自身も頷いたアルジェナイトは「ときに……」と最後の懸案を打ち明けた。


「野鳥を鳥かごに籠めているのだが、いつ放したものかと思案していてな」

「鳥が居たいというのならば構わぬのではありませぬか」

「ほう?」


 興味深い目で見つめるエスジータ侯子に、経験豊富な宰相は冷静に説く。


「かごの鍵をお持ちになられているのはアルジェナイト様でございます。鳥がどうしようと、かごの持ち主が気にすることでもございませぬでしょう」

「だが、鳥のほうがかごを破って逃げるやもしれぬ」

「それこそアルジェナイト様がお気になさることでもありますまい。手に余るようならば殺すのも良いでありましょうが、生かしたいのならば手出しは無用かと」


 あるいは鳥のほうがかごを恋しくなり再び戻ってくることもありえますぞ、と真面目くさって話すノイゲンの姿につい笑みを浮かべてしまう。確かに彼の言うとおりであった。

 大体、鳥たちはアルジェナイトが捕まえたものでも無く、鳥たちのほうが羽を休めるためにかごへ留まって居るだけの話であり、アルジェナイトが引き止める名分はない。しかも、仮に自分たちが殺されることに気づいたなら、自力でかごを破り逃げ出すことのできる鳥ばかりである。そんなことを考えるだけ無駄なのだと分かり、少年は胸のつかえがとれたような気がした。

 笑顔を見せる侯子の姿を見た隣国の宰相もまた内心で安堵する。過去に彼と話したことのある主君からは大丈夫と言われていたものの会うまでは資質に懐疑的で、実際の彼がその通り立派な侯子で有ることを確かめられたことに満足していた。反面、いまいち凡庸と言うしかない主君の子息が独り立ち出来るよう一層の教育を図らねば、と気合を入れ直してもいる。


「有意義な時を共に過ごせたことは感謝したい。またいつか、とくと話を聞かせてもらいたいものだ」

「まとまりを欠く話でご満足頂けたのでしたなら、何よりでございます。またお目通り頂けるのでしたら謹んでお受けいたします」


 ノイゲンが下がると同席していたラジェスタが近づく。


「流石は名にし負うイヴネムの名宰相でございましたな」

「お前も負けていられないな」

「はっ……」


 頭を下げるラジェスタに指示を下し、彼が姿を消すと今度は警護に当たっていたユーデに声をかける。


「セキトを私の部屋に呼んでおいてくれ……彼の様子は?」

「怪我はすっかり癒えた様子です」

「デスクスの円盤は?」

「明日には献上されると報告を受けています」


 アルジェナイトは表情を崩さないものの名残を惜しむことくらいは許されていいだろうと考えており、ユーデも詮索せず「かしこまりました」とセキトを呼びに行くために歩み去っていった。

 一息ついた侯子は残された政務を行うために執務室へと下がっていく。さっさと片付けて侯子からただのアルジェに戻りたいのが本心であった。


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