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第二十話 父子

 準備を整えたアルジェナイトはラジェスタとセキトを伴い城へと出発した。ユーデは戦闘を終えたレド達が戻ってくることを想定して城門へ迎えに行っている。


「ラジェスタ、抜け道を塞いだのなら先にそう言ってくれ」

「申し訳ございませぬ。万が一にも外敵の侵入を許すわけには行かぬ故」


 侯子の抗議に少将は釈明する。彼は魔剣や怪物の姿をその目で見たわけではなく、知っている範囲で脅威に抗う策を講じるとすれば妥当な考えだと言えるが、脅威を肌で体感している少年たちからすればあまりにも利点のない策に見えていた。


「姉さんたちが見捨てられたと考えたらどうするつもりだったの?」

「だからユーデを城門に遣わしている。もしそなたの姉上たちが生き残っていたなら必ずや城門に向かうはずだ」

「……埋めなければユーデをこちらに回せたのはどう考えるつもりだい?」

「……手抜かりでしたな」


 手厳しい指摘を受けて彼は言葉に詰まる。当たりがきついのは抜け道のことを侯家に黙っていた件が影響しているのは間違いない。とはいえ最も大切な侯子の保護に役立ったのは間違いなく、多少の信頼を損なってでも抜け道を管理してきた価値はあったとラジェスタは割り切っていた。

 周りには三十人ほどの文武官たちが同行している。城の制圧を行う布陣としては人数不足が否めないが、次々に殺されていった官吏たちのことを考えると限界に近い数でもあった。

 城下の部隊が早めに目的を遂げるか、戦いを終えたレドとデスクスが合流すれば少しは楽になるかも知れないが、あてにはできない。


「ねえ、姉さんたちがリットリムを抑えてるってことはないのかな?」

「……考えられなくは無いけど、そこまでレド様たちに背負わせるのは少し酷だよ」


 むしろこちらを早く終わらせて救援を出さないと、と語るアルジェナイトにセキトも「ちゃんと考えてるじゃん」と明るい表情で感謝した。心を通わせた少年たちにとり、仲間への気遣いは当たり前のことである。


「……アルジェナイト様、そろそろ城に着きます。指揮は私にお任せください」

「頼りにしているよラジェスタ。次期の中将として、私に手腕を見せてくれ」


 意識の切り替えを促す少将に、侯子はそれまでの厳しい態度を改め、鷹揚に頷いて私情を挟むことなく彼に指揮権を委ねた。長らく後見していた侯子の成長ぶりに舌を巻きつつも、信頼に応えようと意気を高めている。

 エスジータ城は地上三階の構造となっていて、アークトが居るであろう寝所は二階にあるが、そこへ向かうには三階を経由して降りなければならない。


「ちょっと面倒だね」

「仕方ないんだ。領地を見捨てず最後まで戦うのがエスジータ侯家の家訓だからね」


 アルジェナイトがセキトの指摘に答えていると、突如として頭上から声がかかる。


「ならばなぜお前は逃げた? ……エスジータの血を引く者よ」

「えっ……?」

「誰……?」


 戸惑う二人の少年の目の前で警護に当たっていた武官の一人が首をはねられ倒れていき、ボロボロとなった礼服をまとう男が血に濡れた剣を握りしめて立っていた。


「アークト様……!」

「ラジェスタ……だったか? 良くやった。褒めてやろう」


 エスジータ侯アークト・リデル・エスジータは人を斬り捨てた直後とは思えない茫然とした表情でラジェスタに目をやったあと、自分の息子を静かに見下ろす。


「父上……」

「お前か……アルジェを惑わせたのは?」

「えっ?」


 戸惑うセキトに「お前ではない」と無愛想に言い捨てるアークトの言葉をアルジェナイトは理解できない。動けない彼に剣を振り下ろすの阻止するべく残った部下が斬りかかるが彼らは乱暴に斬り伏せられ、ラジェスタも剣を弾かれてしまった。その猶予の間にセキトがアルジェナイトを間合いの外へと無理やり引きずり出す。


「父上……何を言っているのですか……私を……私の顔を忘れたのですか?」


 先程の意味を理解して声を震わせて問いかける息子の言葉に、父親は茫然としたまま言葉を連ねた。


「知っている……アルジェは私の宝だ。穢れないよう……ラジェスタに任せた」

「どうなされたのですアークト様! アルジェナイト様は貴方様の目の前に……」

「アルジェは、私の宝……このような場所にはおらぬ……大切なものだからな」


 支離滅裂な言葉を並べ続けるアークトの姿にアルジェナイトとラジェスタは愕然とし、業歪という名に込められた意味を真に理解する。

 彼は意識を歪められ、完全に自分を見失っていた。



 レドたちを迎えるため城門へと辿り着いたユーデは狂ったように槍を突き立ててくる兵士たちに苦戦を強いられている。いくら呼びかけても応じず、声すら上げずに襲いかかってくる異様な姿に彼もまた業歪の影響を強く感じずにはいられない。


「ここは私に任せ、貴公らは城の救援に向かってくれ! 今の状況ではアルジェナイト様が危険だ」

「貴公はどうする、ユーデ?」

「アルジェナイト様の信任篤い戦士たちを迎えねばならん……私でなければ任を果たせぬ!」


 断言し、ここまで同行していた同僚たちを先に城へ行かせるが、そんな都合などお構いなしに生きた骸たちが迫ってきていた。二人が間に合わねば確実に死ぬだろう。


「さあ、来い! エスジータ侯家北師団少尉のユーデ・アーデンは貴様たち程度に背中を見せん!」


 間合いを整えて剣を構えると突きかかってくる槍兵が持つ槍の穂先を斬り捨てて体を蹴り飛ばし後続の兵士の足を塞いだ。彼は動きを止めることなく別な兵士の槍を封じ、寄り過ぎていた間合いを取り直す。

 しかし、相手は穂先を失ったただの棒を振りかざし、じりじりと離された間合いを詰めてきた。


「やはり斬らねばならんか……!」


 歯ぎしりする。敵として相対しているとはいえ元は味方であり、元に戻らぬとも限らないものを斬るのには躊躇いがあった。だが、場の状況が不殺を許してくれない。

 覚悟を決めて斬りかかろうとしたとき、兵士たちの背後から二つの影が姿を現した。


「レド様とデスクスか!」

「俺にも様をつけやがれ」

「ユーデ様、アルジェナイト様は無事?」

「……今の状況が全てだ。かなり危険なはずだ」


 戦いつつ情報を交換し、ユーデとデスクスはレドに先行するよう促す。


「貴女が今の我々の中で一番強い。雑兵など相手にせず先を急いでほしい」

「手持ちの円盤がちっと心許ないしな。それに侯家の相手はお前向きだろ?」

「ありがとう二人とも。ここはお願いね!」


 レドはその場を二人に任せて駆け出した。アルジェナイトとアークトに、自分とナヴィードの二の舞いを演じさせる訳にはいかない。祈るような思いで道を駆けていく。



 アークトがゆらりと剣を振り上げたとき、アルジェナイトは動けなかった。尊敬し敬愛していた父親が、自分のことを忘れてしまうなどあるはずもない。

 侯子が動けないのを見て取ったラジェスタが狂った主にしがみついて懸命に諌める。


「お止めくださいアークト様! 目の前をよくご覧なされませ!」

「見えているとも……アルジェがいる……私の宝物を惑わせた……アルジェがいる」

「……もはや言葉は通じませぬか」


 覚悟を決めたラジェスタは手持ちの針剣を取り出した。心臓を突くには足りないが、首元を狙えば致命傷を狙える。主君を殺さねばエスジータは崩壊してしまう、と尖端を首元へ突きつけたがアークトは軽々とそれを振りほどき、力尽くで針剣を奪うと相手の肩へ突き刺した。


「ぐっ……!」

「控えていろ。如何に役に立つとはいえ……我慢にも限度がある」


 アークトは肩を押さえる少将の体を蹴り飛ばした末にもう一方の肩をも斬り裂いて無力化した後、再び息子のようで息子に見えない何かへと向き直る。


「待たせたな……隣にいるのは人身御供か?」

「……私の顔が見えませんか、父上?」

「ん……?」


 少年が酷く悲しい顔で目から何かを流しているが、泣いているということを歪められた男には認識できない。


「やはり穢れている……アルジェはそんな顔をしない」

「全てあなたのせいじゃないか!」


 叫び、アルジェナイトは腰の剣を抜くが手は震えていて、様子を見ていたアークトは茫洋とした表情のまま嘲りの言葉を投げつけた。


「腰が引けている……所詮逃げるような奴はそこまでか」

「……黙れ!」

「せめてもの情けだ……ひと薙ぎで葬ってやろう」


 狂った男は妙に重さを感じる剣をゆっくりと振りかぶる。臆した相手に情けを与えているのか、あるいは微かに残った息子に対する優しさなのか、もう誰にも判断ができない。

 終わりだ、と言い捨てて剣を振り下ろそうとするがその前にセキトが飛び出し、針剣でアークトの右腕を貫いた。


「ほう……」

「セキト?!」

「アルジェ、下がって!」


 必死の形相で親友に呼びかけたセキトは針剣を腕から引っこ抜いて次の攻撃を仕掛けようとするが、その前に禍々しい一撃がその腹を薙ぐ。


「あっ……!」

「セキト……セキト!」


 樹液のような透明な液体を吹き出しながら倒れ込むセキトの横にアルジェナイトが駆け寄った。


「しっかりしてセキト! どうして……!」

「友達を守るなんて……当たり前でしょ……大丈夫」


 僕は植物だから、とむりやり笑って見せる。しかし、体は傷口を塞ごうとしているのにも関わらず傷が大きすぎて中々体液の流出を止められない。


「私は……私は、どうして君に何もできないんだ!」

「じゃあ、前を向いて……僕のことはいいから」


 背後を見るとそこには狂った男の姿があった。


「身を投げ出し守ろうとは……いい覚悟だ……そこの役立たずとは違うな……アルジェ……」

「……もう……もう黙れ!」


 少年は深手を負った友をかばうように揺らがない構えを取って剣の先を突きつけ、それがどうしたと言いたげな視線を向けていた相手を怒りの形相で睨みつける。


「ほう……ようやく本気か……それでこそ……私の宝……」

「うるさい! 私を……貴様の宝などと呼ぶな! 人であることを忘れてしまった貴様の宝などであるものか!」

「そうだろうな……アルジェ……ここにアルジェは……いない」


 男は少し体の動きがぎこちなくなっていると思いながら剣を持ち上げた。目の前の少年を斬らなければならないという声が心を揺らす。そうしなければ大切な宝が失われてしまうと、あの女にくれてやらねばならなくなる前に手の内に収めねばならないと、今の彼にはそれしか思い浮かばない。

 息子を守りたければ息子を斬れ。それが矛盾していることにすら気づかぬほど彼は歪められていた。目の前にいる息子のことを息子と認識できないのに条件反射で名前で呼んでしまい、余計に思考の混乱を招く悪循環に陥ってしまっている。

 あの女は彼の元を去る前に告げていた。


「アルジェナイト様は苦しんでいらっしゃいますわ。あなたがいないことを悲しんで。だから、取り戻してはいかがかしら? ……あなたの記憶にあるあなただけのアルジェナイトをね」


 その言葉が脳裏を駆け巡り、男は歪んだ思考に動かされる形で剣を握りしめる。自分は守らねばならない。愛する領土と、アルジェナイトを守るため、目の前で剣を握る自分の息子を斬らねばならない。


「臆病者と侮るなよ……私は貴様に負けない! 友のために、我らがエスジータのために!」

「無理ですアルジェナイト様! ここはお下がりを!」

「お前達を見捨てて逃げるのなら、私はここで斬られて死ぬことを選ぶ!」


 アルジェナイトは焦るラジェスタの言葉を一蹴した。この状態ではもはやエスジータ侯領の存続が絶望的なのは間違いなく、全てはロジボラスタ分裂時に武力を持ってイヴネムと袂を分かった時から決まっていたのかもしれないと彼は思う。

 だからエスジータの滅亡は仕方がないと諦めもつくが、それでは済まないこともあった。

 少年の背後でうめき声を漏らしながらうずくまっている友がいる。彼はエスジータに旅の途中で寄っただけで、侯家とはなんの関わりもない。見て見ぬふりも出来たはずなのに、手を貸し側に居てくれ、そればかりか重傷を負ってまで守ろうともしてくれた。彼自身が重い呪いにかかり悩み苦しんでいるはずなのに。

 これ以上どこに逃げろというのか。二度とは得られないかも知れない生涯の友と、不信に耐えて自分を支え続けてくれた臣下。それらを見捨てて逃げるなら、それこそ「父の名を騙る不埒者」の言うとおりとなってしまう。

 逃げずに守り、戦う。アルジェナイトは構えた短剣に自分のすべてを込めて男に突きかかろうとするが、その刹那に声が飛んできた。


「止めなさい! あなたがそのような役割を負うべきではありません!」


 銀色の影が二人の間に割って入り、アルジェナイトは動きを止め彼を斬ろうとしていたアークトは剣を弾かれ一旦間合いを取る。


「レド様……」

「ご無事ですかアルジェナイト様!」


 間一髪二人の間に割り込むことに成功したレドだったが、その後の展開を決めかねていた。とりあえずアークトを止めねば始まらないが、その後彼を正気に戻せるかどうかがまるで分からない。


「どうにかアークト様を殺さずに済ませたいけれど……」

「いえ……あれはもはや父などではありません……」


 迷わずとどめを、と背後のアルジェナイトが強張った声で訴える。重傷を負ってぐったりとしているセキトのことを考えるとそのままでは済まされない気持ちもわかるが、既に業歪は消えており無用な争いは避けねばならない。

 考えを巡らせていると少し苛立った様子のアークトが勢いよく斬りかかって来た。二度三度と立て続けに斬撃を加えてくるが全て弾いて後退させる。


「銀の悪魔よ……預けておいたアルジェを……返せ」

「私はあなた様から何も預けられてはいないし、アルジェナイト様もあなた様の持ち物ではありません」

「アルジェは……私の宝だ……返せ……レダ」


 うわ言をつぶやきながら再度斬りかかるアークトだったが、攻撃は届かない。魔剣の斬撃すら容易く弾く煌めきの銀を身にまとうレドにとり、単なる力任せの斬撃など相手にすらならない。

 子供たちを守りながらレドは思う。彼がアルジェナイトに抱く愛情そのものは嘘偽りないとは感じられるものの、それだけでは満足のいく生活を送れていなかったのかも知れない。それを業歪に突かれた結果が今だった。

 思えば、あの業歪は常に人の心の隙間に付け込んでくる。セノとセキトは人里離れた場所での人恋しさを利用された。ナヴィードも妻と幸せな生活を贈ることも出来ず献上金の捻出に追われる日々を送っていて、そこへ不満がないと言えば嘘であっただろう。誰しもが持つささやかな不安や不満を、業歪は的確に抉り歪ませてきた。

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