第十八話 進化
レドとデスクスは魔剣と一進一退の激しい攻防を繰り広げていた。斬像をあまり放たず鋭い斬撃と体術を駆使する相手に対し、二人は防御反撃に力点を置いて立ち回っている。
「どうした? もっと足搔いてみせろ」
「焦っているのはあなたの方ではないの?」
「せっかちな野郎は女にも子供にも恵まれねえぜ?」
「ほざけ! ならば我が奥義を味合わせてやろう!」
言い捨てると魔剣はその場から消え、言葉にするのも難しい刹那の悪夢にデスクスは危険を感じる方角に捨てる覚悟で円盤を投げ、彼女が対応しきれない後方にレドが回り込み殺気を払うべく腕と脚を振るう。直後、投げた円盤は砕け散り銀の女は超高速の斬像を辛うじて全て掃ったものの、衝撃の余波が大きくその場に膝をついた。
「……立てるか?」
「大……丈夫……!」
「くっ……これほどの技をまだ秘めていたとは」
油断なく予備の円盤を取り出しつつ言葉をかけるデスクスに、レドは痛みをこらえつつ体を励まして立ち上がる。シュヴァンレードは動揺を隠せないが、休む暇すら与えぬとばかりに真横へ姿を現した魔剣はそのまま彼女を狙って斬りかかった。やらせまいと迎撃に動くデスクスだったが、いきなり眼前に出現した赤い短剣に一瞬動きを封じられてしまう。
「ちっ……!」
「そこでじっとしていろ! さあ……覚悟を決めよ銀の女、そして星光よ!」
構えすらままならないレドに殺意を形として振り下ろし、彼女は本能的に受け止めようと腕をかざした。
再び死は振り下ろされる。あの時「生きたい」と心に浮かんだのは嘘ではない。願えば叶うなどとは思わないが、まだ出来ること全てを尽くしてはいなかった。天命は揺らぎ定まっていない。生きているこの瞬間を、いまを生きるために使う。
諦めない。
「絶えよ!」
「私は……あなたがもたらす死を認めない!」
死と鮮血を確信して放たれた斬撃は、乾いた音を立てて受け止められた。魔剣は怯むことなくそのまま切り裂こうとするが、逆に押し戻されてしまい止む無く後ろに下がり相手を見る。
斬撃を受け止めた銀の女の腕は、夜の星空のように小さな光が集っていた。
「お、おい……レド」
「……星光をその身に帯びたか」
現れた短剣を処理したデスクスと冷静に事態を分析する魔剣の言葉に、レドはゆっくりと頷いてみせる。
「心配しないでデスクス。今はこの剣を倒すのが先。シュヴァンレード、私を導いて!」
「お任せを!」
「よし、一気にかたをつけようぜ!」
煌めく銀を身にまとい勢いよく飛び出していき、円盤の暗殺者も素早く後を追った。魔剣の方も高笑いを上げつつ斬像を飛ばして二人を迎え撃つ。
「面白い。星光の銀、我が前に屈服させてくれる!」
魔を宿して産声を上げた剣は何度となく破壊と再生を経てきたが一度として戦いで満たされたことはない。魔性の剣として人の血をすすり体を切り裂きながら本性では一介の剣として激しく斬り合い、敵を倒し、凱歌を謡うことも望んでいた。しかし、魔を帯びたその身を満足に扱えるものはおらず、仮初の主を自ら生み出して戦い、最後は満たされぬまま折られ沈みゆくばかりだった。
だからこそ魔剣は戦いを望む。彼の邪魔をした巨石は既に過去となった。代わって前に立った星の光こそ彼が求める相手に相応しい。
勇んで斬りかかる魔剣はレドの拳を斬像で相殺しつつデスクスに斬りかかるが、彼女は銀の主従の方へ大きく飛ぶと差し出された腕を踏み台にして上から持ち主の手首を狙う。
しかし、それに動じることもなく再び短剣を出現させると二刀の構えで迎撃し、長剣の本体で攻撃を止めつつ短剣で相手の体を抉ろうとするもののデスクスは深追いせず後ろへ下がり、入れ替わるように前に出たレドが手刀で短剣を叩き落とし胴に蹴りを放つ。攻撃は体が虚像と化す前に実体を捕捉し吹き飛ばされてしまったが、魔剣はより一層の歓喜をもって受け止めた。
「ふ……ははははは! 見事だ女ども! ますます貴様らを我が手で斬りたくなったぞ!」
喜びの言葉を発し態勢を整えてから再度斬りかかろうとする魔剣であったがその時、背後から何かに虚像を抑えつけられてしまう。
「何ッ!」
動揺を表す魔剣の声に応えるかのように、先程魔剣に斬られた赤眼の体が二つに分かれたまま動き出し、髪で魔剣を吞み込み始めていた。
「アイツ……生きてたのかよ!」
「まずい!」
「攻撃を! 危険な兆候は芽のうちに摘むべきよ!」
レドは自ら前に出ていき、デスクスも追随する。魔剣を助けてどうなるものでも無いが、あれが一つになるよりは良いと直感的に理解していた。その間にも赤眼の侵食は進み、魔剣は必死に声を上げて抵抗する。
「誰が……誰が貴様など主と認めるものか! 我が名はハービフォン! 魔に染まり、魔を断ち、魔を喰らう剣なり!」
「……無駄だよ『両断』……お前はもうボクの手の内側にいる」
魔剣の意思に聞いたことのない意思の声が重なる。低い男の声に覆い被さる嘲るような少年の声。そこへ間合いを詰めてきたレドが魔剣を髪の毛から奪い取ろうとするが、赤眼の本体から手が伸びてそれを阻んだ。
「もう少しで終わるから、それまではどいててくれる? 星の光でもボクの邪魔はさせないよ」
「あなた……!」
「寝言は寝て言いやがれ!」
「鬱陶しいな黒髪……お前はどいてろよ!」
先程眼を裂かれた怨みもあるのか伸ばした手で容赦なくデスクスの顔を殴り、遥か後方に吹き飛ばす。
「デスクス!」
「レド様、今は……」
「……我の……獲物を……よくも……」
仕方なく後ろに下がろうとする銀の主従の耳に、弱った魔剣の声が聞こえてきた。
「ハービフォン……!」
「星光の女よ……貴様を斬るのは我だ……我だけだ」
「……だから言ってるじゃないか、ボクが手伝ってやるって」
「黙れ……!」
魔剣の声は小さく消え入りそうになり、その分だけ少年の声は大きく耳障りになっていく。そして、二つに分かれていた赤眼の体が合わさり一回り大きくなり、目しかなかった顔に鼻や口が浮かび上がり、最後に髪に包まれた魔剣をその手に掴んだ。
「ふふふ、そうやって大人しくしているんだね。ボクに振るわれていた方が幸せだよ。剣師たるこのボクにね!」
「……斬れ……」
「斬ってあげるさ、歯向かう全ての敵を!」
それきり魔剣の意思は途絶える。それを握る剣師の眼が赤く光り、対する銀の女もまた静かに構えを取った。
「シュヴァンレード、情けは不要です。私と共に在りなさい!」
「我が名は貴女の護り。魔を祓う力を捧げます!」
より強く意思を通わせ魔剣を操る剣師へと躍りかかった。相手は素早く剣を振るって複数の斬像を放ち、レドはその全てを弾くと体に蹴りを放つ。
「甘く見すぎだよ星銀。この程度の蹴りで」
流れるような動作で構えを直し脚を斬り落とそうとする剣師だったが、その反応は僅かに遅れ体を吹き飛ばされる。レドは即座に追撃し連撃を浴びせるが囮の斬像に阻まれたことで無理をせず離れていき、剣師は構えを変えて呼吸を整え直した。その有り様に「もうお疲れかしら」と挑発する彼女へ、剣師も「君こそ疲れがたまっているだろう?」と切り返す。シュヴァンレードはその主張を肯定しつつも、疲れている状態でも五分であるという相手の力量を推し測っていた。
「ならば、疲れ切るまでに倒せば良いだけのことだ」
「大した自信だね。素手で勝てるとでも思っているのかい」
「かつての私は剣だったのだぞ? その私が勝てると言ったら勝てるさ」
言い切る。まだ一度渡り合っただけだが動きの噛み合いが悪いように彼には感じられ、指摘に苛立つ剣師は次々と斬像を放ち威嚇した。
「舐めるな!」
「侮っているのはそちらだろう?」
シュヴァンレードはレドの体を動かして斬像を撃ち落とし、その後に続いて斬りかかる剣師の動きを読み切って光をまとう拳で顎を撃ち抜く。空へと打ち上げられた相手は焦りを自覚したのか、大きく距離をとって仕切り直しを試みた。
「変だ……! なんでボクがこんなに押されているんだ?」
「……気づかないのか、剣に振り回されていることに」
「何だと!」
いかなる剣の達人であったとしても、得物の特性を理解することなく自在に操るのは簡単なことではない。魔剣の特性を正確に理解せず力任せに振り回しているだけの戦い方では、魔剣が自身で動かしていたときの戦い方にすら及ばない、と言われ剣師の表情は険しさを増していく。
「ボクをバカにする気かい……?」
「魔剣を抑えつけることに力を割き過ぎたな。奴は血に狂っているとはいえ、卑怯な真似を嫌う最低限の誇りだけは捨てていなかった」
貴様のように背後から闇討ちを行うような卑劣な輩に大人しく従う訳もない、と断ずるシュヴァンレードに剣師は怒りに任せて言うことを聞かない剣を振り上げた。
「うるさいな……ならこれを受けられるか!」
剣師はゆらりと姿を消し、周囲の空間全てに殺意が生まれるのを感じ取ったシュヴァンレードは動じることなく真上に跳び上がり、頭上の斬像を弾き斬りかかる剣師の腕を取るとそのまま地面に投げ落とす。無数の斬像によって抉られた場所に叩きつけられた剣師は顔を歪めた。
「く、くそっ……お前たちなんかに……!」
「慢心にも程があるな。腕に覚えはあるようだが、それでは凡百の剣士と大差はない」
「師を名乗るならば座に安住することなく研鑽を積まねばね。今のような芸のない真似では振るわれる剣も立つ瀬がないかしら」
敵からの容赦ない指摘に赤く光る目を剥きだす。剣を扱うために喚ばれた彼にとり剣の扱いで劣ると言われることは屈辱以外の何者でもない。全てはなまくらな剣のせいで自分は悪くない、傲慢な赤眼はそう結論づけると八つ当たり気味に強く握り、二度三度と振りかざすと強烈な殺気を発して重い斬像を放つ。
「死ね!」
「甘い!」
シュヴァンレードの叫びが剣師の呪言を打ち消し、飛んできた斬像を両腕でそのまま剣師に向け反射する。反射された斬像を切り捨て、その後を追撃してきたレドの攻撃を違う斬像で迎撃し隙を誘った剣師はそのまま相手に斬りかかる。
「終わりだ星銀!」
「……終わるのはてめえだ!」
いつの間にか吹き飛ばしから立ち直っていたデスクスが完全に不意をついて横から襲いかかり、両手の円盤を振るって目を潰した。
「グギャア!」
「今だ! さっさと止めを刺せ!」
「承知よデスクス!」
弱点の目を潰され身動きの取れなくなった剣師の懐に飛び込んだ彼女は、魔剣だったものを奪い取り膝でへし折り止めの一撃を腹に叩き込む。赤眼の体は静かに崩折れ、足元からゆっくり土へと還っていく。
「う、嘘だ……ボクが……」
「……礼は言わん……」
醜く歪んだ声と悟ったような声が重なって響いた。
「消える……消える……!」
「……我と貴様の由縁は切れぬ……」
折れた魔剣が一瞬だけ赤く明滅する。
「あ……あああああ!」
「……貴様も道連れだ小童……」
悲鳴と遺言を最後にその空間から赤色は消え去り、見届けたレドとデスクスは体力の限界に達し二人そろってその場に座り込んだ。
「あー、しんどいな全くよ……」
「はぁ、はぁ……デスクス、あなた大丈夫なの?」
「ん? ああ、殴られる瞬間にちょっとだけ顔を反らせてたからな。お前こそ大丈夫かよ、大分息が荒いぞ」
言葉を待つまでも無く銀化を解除してレドは荒くなった息を整える。仮面との同化は更に進み、後頭部の髪の一部が銀色に染まり顔の方も頬の半分ほどが融けて混じり合い、仮面として残る部分のほうが少ない姿へと変わり果てていた。
「見た目はともかく、その状態で大丈夫な訳ないだろ」
「シュヴァンレードの力を使い過ぎかしら」
「いえ、そのようなことは……」
「やせ我慢すんな。前より明らかに気配が弱くなってるぞお前」
デスクスが冷たく告げると主従ともに黙り込み、彼女はやれやれと肩をすくめながら「常に全力出す必要はねえだろ」と助言を贈る。
「レドもそうだけどよ、お前さんも常に完全防御することもないんじゃねえかシュヴァンレード。力の出しどころをもっと抑えてみろ」
「?」
「例えば仮面部分から全身を包み込んでいるのを首から腰まで、あるいは肩から二の腕までの展開に抑えるとかできねえのかって話だ」
その助言に二人は呆気にとられた。
「……意識になかったな」
「何で気づかなかったのかしら?」
「最初にやった行動で上手く行き続けたらそりゃ思いつかないだろ。お前もさっきの馬鹿に言ってやったろ? 成功にあぐらをかいてる奴はもろいってよ」
自分の言っていたことを自分でできていなかったことに気づかされて、レドは恥ずかしさのあまり赤くならない顔を赤く染めてしまう。
「言いなれないことを言うものではないわね」
「分かってりゃあいい。んなことより、次が問題だ」
デスクスは表情を正して姿勢を改め、レドも背筋を伸ばす。
「今頃、アルジェナイトはラジェスタとかいう奴の所へ行ったはずだ。いなくなった侯子が戻って来たんならやることはひとつしかねえだろ?」
「反乱、ね」
「ああ、城内にどれだけ人が残ってんのか知らねえがまともなら一瞬でケリがつくだろ。まともならな」
そう言うと目を光らせる。赤眼と魔剣を倒したとはいえ業歪の手駒が二つだけとは限らず、やすやすとアークトのところまで辿り着けないかも知れない。他にも懸念はある。
「アークト様の状態も気がかりね。想像よりずっと悪い可能性もあるわ」
「まあな、傍目でも狂ってるのが分かるくらい正気を失っているみたいだしよ」
二人はゆっくりと立ち上がる。
「もうちょっと無理をさせてもらうわデスクス」
「今は仕方ねえさ。だが、これが終わったら少し特訓だからな?」
再びその身を銀で包み込んだレドはデスクスと共に抜け道へと走っていった。
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