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第十七話 護衛

 アルジェナイト、ユーデ、セキトの三人は城の北西に位置する小さな石碑へと到達していた。石碑は横倒しにされていて、それが立っていた場所には地下へと続く階段が露わになっている。


「目印と言うよりも元に戻せなくなったのでは?」

「いいんじゃない? どのみち後で塞ぐんでしょ?」

「……勝手に決めるな。それよりいかがいたします?」


 呆れ顔の少年二人を諫めるようにユーデが問う。誰が先頭に立って安全確認をするのかという話であったが、すでに答えを決めていたアルジェナイトは考えることも無くふたりに指示を出した。


「セキト、先頭を頼めるかな? ユーデは私の後ろを守ってくれ」

「任せて!」

「仰せの通りに」


 二人もそうなることを予期していたのか、あっさりと承知する。頼むよ、という声に頷いてセキトはゆっくりと足を踏み入れ、安全であるとの合図を確認したアルジェナイトが続き、最後まで外の警戒をしていたユーデが慎重に階段を下っていった。

 暗い地下道をセキトは灯りも持たずに進んでいく。元々暗がりでもかなり目が利く方ではあったが、呪いを受けてから更に良く見えるようになっていた。視覚に限らず五感全てがそうなっているのだが本人はまだ気がついていない。


「……セキト、前はどうなってる?」

「まだ暗いけど、階段があるからそろそろだと思う……あと、熱いからあんまり蝋燭は近付けないで」

「おっと……ごめんごめん」


 火の気配に敏感な反応を示しながらもセキトは足を速めた。この先の空気は地下とは違って感じられる。

 上り階段まで来たところで足を止めるとユーデが合流するまで待ち、一同はこの先の対処方針を確認した。


「頭上が塞がっているかどうかを針剣で少し突いて確かめろ。手応えが固いようなら深入りせず私と代わってくれ。柔らかいようなら別の場所でも確認して、大丈夫ならば端から慎重に持ち上げて周囲を見るんだ」

「分かった」

「慎重にね」


 ひとつ頷いて階段を上ると蓋になっている部分の端を針剣で小さく突く。柔らかい何かを突き破るような感触だけであとの手応えはない。もう一か所、少し離れた場所を突くが結果は同じで持ち上げるだけならば問題ないと判断したセキトは、先ほど言われたようにそっと端を持ち上げた。板ではなく麻布と藁で覆ってあるだけのそれはセキトの力でも苦も無く持ち上げられる。

 周囲には誰もいないことを確認したセキトは下に合図を送り自身はそのまま外に出る。そこは鶏舎の一角で、突然現れたセキトに気がついた鶏が騒ぎ出した。


「しまった!」

「セキト!」

「来ちゃ駄目だアルジェ!」


 セキトが慌ててアルジェナイトに止まるよう伝えたそのとき、前から重みのある声が飛んでくる。


「アルジェナイト様はいつの間にか随分と頼れる臣下を見出していたようだな」

「えっ……?」

「しかも、その針剣は我がエスジータ師団伝統の武器……良い面構えをしている」


 そこには作業着姿の男が立っていた。どちらかと言えば鎧でも着ていた方が似合っているとセキトには感じられる。


「あと一歩慎重さが足りんな。もちろん歳の頃を含めて言うのならば充分に及第点だが」

「誰……なの?」

「ラジェスタ……我々の出迎えか? それにしては備えが足りないようだが」


 戸惑うセキトの後ろから昇ってきたアルジェナイトが良く知る後見役の名を呼び、呼ばれた方は「お戻りになられることを信じておりました」と恭しく一礼した。

 三人はそのまま屋敷内に通される。家人は居らす、ラジェスタ自身が茶を淹れて侯子とその護衛をもてなした。


「アルジェナイト様、このようなむさ苦しい場所でのお迎えをお許し下さい」

「そのことは良い。まずは現状を報告せよ」


 よそよそしい態度に自身が警戒されていることを感じながら、ラジェスタは憂いのある表情で報告を行う。


「……昨日、城に残っていた文官の一人が処刑されました。残された家臣たちには抵抗は無意味と話し合いを持って我慢を重ねて参りましたが……」


 アークトの態度は改まることなく、昨日の処刑も指示通りの行動をしたにも関わらず指示に反していると自ら手を下したという。城住みで行くあてのないもの以外は登城することも無くなり、残ったものも希望を無くし死に怯える日々を送っていた。


「もはや耐えるのも限界、とアルジェナイト様が帰られるのをお待ちした上で反乱を起こすべく、謹慎の身を利して連絡を取り合っておりました」

「……リットリムの様子は?」

「居場所にしていたらしい場所で内偵を任せていた部下が亡くなっていたが、そこはかなり前から廃屋だった。城内で見かけたという情報はないが、今それを意識できる者は五本の指にも及ばない」


 ラジェスタが首を振って答えるのを見たセキトがためらい気味に口を開く。


「相手はまともな人間じゃないし、幻とか何かで惑わしているような気もするけど……」

「ほう、どういう意味かな……?」

 

 針剣で浅く刺した手首から透明な体液が流れるのと見る間に塞がっていく傷を見て驚愕する彼に、少年は自身の知り得る限りの事を話した。


「……リットリムはただの商人、ただの人間ではなく人を呪い侵す業歪ということだ、ラジェスタ」

「では、ドゥーリッドの事件も業歪の仕業と?」

「僕には分からない。リットリムのことも知らないし……でも、嫌な感じはするよ」

「ドゥーリッドは業歪の排除に失敗して滅びの道を歩み、イヴネムでは名も無き民が呪いに苦しんでいる」


 主君の子息とその友人の話に、長くエスジータ侯家において少将の重責を担ってきた男は苦い表情で腕を組み頭を働かせる。この一件が単なる一侯領の乱心事件などではなく、同盟全体、ひいては恵みの地を揺るがしかねない一大事であると認識を新たにした。しかし同時に、どうしてこうなる前に事態を抑えることが出来なかったのかという悔恨も覚える。

 仮面を被り汚名を背負いながらも旅に出て、今もなお魔性の者たちを防ぐために戦っているという前ドゥーリッド侯妃の気持ちを正しい形で理解した彼は辿り着くべき結論を導き出した。腕組みを解くと次期エスジータ侯に対し自身の策を上申する。


「……アルジェナイト様、なにとぞ我々に立ち上がれとお命じ下さいませ。君側の奸を除き我らのエスジータに生気を取り戻すのです」


 その言葉に続き、ユーデもまた自身が仕えるべき主君に「まだ間に合います。心あるものたちがお待ちしています」と訴えかける。しかし、決断を迫られたアルジェナイトはすぐに頷けなかった。二人の言葉に語られるべき言葉が入っていなかったからである。嘘や隠し事に敏感な少年の心はそれを大きすぎる重圧から逃れるための口実に利用しようとするが、その前にことの成り行きを見守っていたセキトが声をかける。


「お父さんが待ってるってさ、アルジェ」

「……セキト?」

「僕もそう思う。イヴネムで皆待ってるんだ、僕が呪いを解いて帰ってくるのを」


 待っている人がいるのだから、その人の為に帰るべきだ。セキトからすればごく当たり前のことを言ったに過ぎないが、その嘘偽りのない言葉にアルジェナイトは息を呑む。二人の大人も呆気にとられたような表情をしてセキトを見た。


「……え? 僕なんか変なこと言った」

「そうじゃないよセキト。君のおかげで私は迷いを振り切ることが出来た」


 きょとんとした表情のセキトに一瞬だけ素直な微笑みを見せると、すぐに表情を引き締め家臣二人に命令を下す。


「ラジェスタ、すぐに城を制圧する作戦の立案と人員の確保を」

「承知いたしました……ユーデ、貴公は伝令として生き残っている文武官たちを我が邸宅に招集してくれ。その間に私は過去の防衛計画書を見直し、討議の準備をしておく」

「了解いたしました」


 大人たちが動き出そうとする中で自分も何かしらの手伝いを、とセキトが腰を浮かせたところでラジェスタが「そこに座っていたまえ」と制止した。


「君にはアルジェナイト様の護衛を任せたい。あとで水差しを用意しよう」

「え、でも……」

「我々には出来ぬ大役だぞ。気を引き締めよ……アルジェナイト様もよろしいですな?」

「ありがとう。セキトが一緒なら私も心強い」


 アルジェナイトは少将の気遣いに礼を言ったあと、セキトの顔を見つめる。彼はさっきからの話の流れについていけず頭を混乱させていた。


「えーと?」

「ここにいて私を守れば良いということだよ」

「いや、分かるけど……いいの?」

「君だから良いんだ」


 君と一緒の方が気が楽だと言って背筋を伸ばすと、くつろいだ表情を作り気さくに話しかける。


「侯子って窮屈なんだ。どこへ行くにも誰かがいて、逃げる時ですらユーデと一緒で一人になんてなれなかったし……いつも様付でしか呼ばれない」

「随分疲れてたんだね…アルジェ」

「君がいなかったらさっきの時点で泣き出してたよ」


 あはは、と面白そうに笑うその顔はエスジータ侯家の子供として振る舞っていた時よりもずっと幼く見えた。


「そういえば、アルジェっていくつ?」

「十一だよ」

「僕より二つ年上なんだ」

「その背で私より年下なのが驚きなんだけどね」


 二人は楽しそうに語り合う。身分の差など全く気にならない。

 そんな子供たちの話し声は準備を続けるラジェスタの耳にも入ってくる。


「……少年よ、アルジェナイト様を頼むぞ。今だけでよい、心身をお守りしてくれ」


 祈る。荒れ果てたこの城下にまだ朗らかな笑い声を響かせている子供たちの存在が、今のエスジータにとっての希望だと強く信じていた。


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