第十六話 役割
翌日の夕方、城の周りを探索していたレドとデスクスが戻り、材木置場で待機していたアルジェナイトは二人をねぎらった。
「どうでしたか?」
「一か所それらしい場所を見つけたぜ。ただ……」
「……長い間使われていないようでした。必ずしも安全に抜けられるとは限りません」
何処かに抜けられることまでは確認したものの、その先について無闇に確かめる訳にもいかず、調べがつかなかったという報告にユーデは考え込む。
「城は大戦乱以前、ロジボラスタ分裂の際に建てられたものだ。記録上では戦乱の際に造られた抜け道の類は全て廃棄されたことになっているが、有事に備えて内密に一つだけ残していたのかもしれん」
「我々にも無断で、かい?」
不審そうな主の言葉に剣士は言いにくそうに「……代々の少将家でしたらそれは可能でしょう」と意見を述べると、デスクスが横から口を挟んだ。
「侯以外の役職は世襲じゃなかっただろ? んな都合よく抜け道を引き継ぎ出来るもんなのか」
「ラジェスタ様がどうお考えなのかは分からないが、書面でなくとも口頭で申し送りくらいはしているだろう」
ユーデの見立てにデスクスは「余計な心配だったな」と意見を引っ込める。次にレドが「なら、抜け道はどこに通じているのかしら」と問うと、今度はアルジェナイトが口を開いた。
「城内なら私やユーデが気づかぬはずもありません。ですがあまりに目立たぬ場所では有事に対する役には立たぬでしょう」
「道理ですな。目立つのは論外ですが人目に付かぬ場所では危急の際に動転して気づけぬ可能性もある」
アルジェナイトと仮面の意思の会話で、彼なりに答えへとたどり着いたのか黙っていたセキトがそれに触れる。
「もしかして、城の外にあるってこと?」
「そうなるわね。でも城から遠く離れた場所でも意味がないのよ。すぐ行けて、かつ関わる人を極力減らせて、管理する人の目が届きやすい場所になるかしら」
レドの見解を聞いたアルジェナイトは俯きながら「……ラジェスタの屋敷しか考えられませんね」と結論を出した。表情は冴えない。
「ユーデさんの上役だよね。どんな人?」
「……あまり多くは語らないが、一言一言が冷静かつ的確であられる。少将職について十年を超えるがアークト様の信頼は厚く、アルジェナイト様の後見も任されている」
「……」
「……セキト、アルジェナイト様のそばにいてあげて。私たちは場所を変えましょう」
落ち込み気味のアルジェナイトをセキトに任せて、大人三人は少し離れた木の陰に移動する。
「気遣い過ぎじゃねえの?」
「あの子にはこれから辛い思いばかりさせることになるもの。今からこの調子ではとても耐えられないわ」
デスクスの言葉にレドは真顔で答え、傍で聞いていたユーデは憂鬱そうな表情で口を開いた。
「……ラジェスタ様はともかく、アークト様との対決は避けられないのか?」
「ええ。業歪にとっては体の良い操り人形に過ぎないでしょうし」
レドはドゥーリッドでの出来事を念頭に置いている。あの時、業歪は「飽きたから捨てた」と言っていた。アークトが捨てられない保証はない。
「あり得るな。俺の標的とお前の言う業歪が同じやつなら、だけどよ」
「貴様の目的はアークト様のお命ではないのか」
「世間様には誤解されてるが、俺と仲間たちが狙っているのは人じゃねえ……たちの悪い悪霊の類だ」
ユーデの疑念を゙デスクスが否定した直後、仮面の意思は良からぬ気配を察知する。レドは彼の心に広がる悪寒に影響されて体を震わせた。
「おい、どうした?」
「敵です……この前とはまた違う何か、かと」
「ちっ、もう第二陣のご登場かよ!」
シュヴァンレードの警告に、デスクスは迷わず服の下に忍ばせていた円盤を取り出す。ぐずぐずしている場合ではない。
「……ユーデ、お前はガキ共を連れて抜け道に行け! 途中に目印はつけておいた」
「貴様はどうするつもりだ?」
「ここで敵をぶっ倒してやんだよ!」
早く行けと言わんばかりに怒鳴る声をレドが引き継いだ。
「相手は魔剣かそれに匹敵する危険な相手のようです……ユーデ様がいなければ二人を守りきれません」
「くっ……!」
「ここは私達が防ぎます。どうにか二人を城内にお連れください」
仮面に銀化を指示するレドに一礼したユーデは、デスクスに素っ気のない言葉を投げてよこす。
「死ぬなよ」
「死ぬかよ」
それを最後に剣士はくるりと二人に背を向け、少年たちの待つ材木置き場へと走っていった。残った二人は身構えたまま周囲の様子をうかがう。
「いい性格しているぜ」
「あなたと相性が良いのかもね」
「城仕えの騎士殿と仲良しだなんてぞっとしねえな」
徐々に感じる気配が強まっていくが、二人は尚も軽口を止めない。
「安定を取るのもたまには良いものよ?」
「十年は遅えよその言葉。お前こそどうなんだ?」
「私はもう済ませちゃったもの。こんな顔じゃ別な貰い手もいなさそうね」
自虐を吐くレドに対し、デスクスは笑みを浮かべ「違いねえな」と簡単に肯定する。
「そこは否定してよ」
「ここを切り抜けたら考えてやるよ」
「そういうことね」
心身の態勢を整えた二人の前に現れたのは、目を赤く光らせる金髪の子供。何ひとつ言わないまま敵意のみを発して二人に向かい飛びかかってくる。
最初に狙われたのはデスクス。武器である円盤を奪おうと手を伸ばしてくるが、彼女は円盤を投げずにそのまま斬りかかる。赤眼はそれをかわすと即座に反転してレドへと手を伸ばし、嫌なものを感じた彼女は伸ばされた手を掴んで背負い投げを仕掛けた。しかし相手は掴まれた腕をするりと抜けて一度距離を取った。
「狙ってやがるな」
「あなたの円盤、私の仮面……」
「……相手の武器となるものを変質させる能力、というところでしょう」
二人の言葉を受けたシュヴァンレードが見方を示した。戦う人間にとっては表情が渋くなる能力に違いない。
「となると俺じゃ分が悪そうだ。円盤を取られでもしたら一気に不利になっちまう」
「でも、今の調子だと体術で致命傷を与えられそうにもないわ」
「投げなくても殴る蹴るならいけるだろ」
レドの見立てでは殴る蹴るならデスクスも相当な部類に属していそうではあるが、生身で相手に触れることを警戒しているのかも知れなかった。やる気を見せない相手にシュヴァンレードが「……全部私任せか?」と不服の声を上げる。
「適材適所っていうだろ?」
「援護くらいはしてもらおうか」
「楽してる、と言われない程度には手を出しとくぜ」
ふん、と鼻を鳴らすような声を出してシュヴァンレードの意識は赤眼に向けられる。レドは何も言わない。ただ、不安を感じることなく戦えるのは良いことだと小さく頷いた。
再び赤眼が動き出し、まっすぐレドの正面に出る。彼女の方も待つことなく迎え撃とうと差を詰め、相手が顔を狙ってくるのに対して同じように顔を狙って殴りつけた。赤眼は空中で急停止しそれを防ごうとするがそれより早く銀の拳が顔にめり込む。
しかし、不意に赤眼の手がぐいっと伸ばされ攻撃直後で動かせない腕を狙い、即座に援護に入ったデスクスが逆に相手の腕を円盤で切り裂いた。二人は相手の様子を観察するために大きく下がる。
円盤に切り裂かれた腕はそのまま消えるが即座に新しい腕が生えてくる。
「化物相手は一筋縄じゃ行かねえな」
「経験があるのか?」
「まあな……お前は豊富そうじゃねえか?」
「それほどでもない……それにああいうのに対する対処は相場が決まっている」
シュヴァンレードとデスクスはお互いを試し合っているのか曖昧なことしか口にせず、レドが呆れながら結論を導いた。
「目を狙え、ね」
「仕方ねえな……ぐずぐずして別の奴に襲われたら笑い事にもならねえ」
やれやれと小さく首を振ると、先に仕掛けたレドの後を追いかけた。赤眼は大きく跳躍すると距離を調整して自分の髪を両手で掴み無数の針へと変え、そのまま二人に向けて投げつける。レドは動きを止めて大きく横に避け後ろのデスクスも慌てて反対側に避けたものの、何の合図もせずに避けるなと注意した。
「お前はそれで良いかも知れねえけどよ」
「済まなかったわ」
レドは素直に謝罪すると前を向き改めて敵を見据える。
「レド様……」
「今は働きで証明を」
「はっ!」
仮面の意思に促し、動き出す。強く、早く、貫くように。
レドたちが戦いを繰り広げるなか、ユーデは少年たちを連れて抜け道へと急いでいた。
「姉さんたちはどうするの?!」
「今は祈るより先に自分を守れ、守るために祈りがいるなら走りながら祈っておけ!」
セキトの問いかけを激励で返し足を止めるなと促すユーデであったが、今度はアルジェナイトが不平を述べる
「ユーデ、何故加勢しようとしない!」
「……役立たずと罵倒されてでも、我々は生きねばなりません」
責めるような主の声に耐えながら「急ぎましょう……」と言葉を絞り出すが、主君は納得出来ず声を荒げた。
「ユーデ……!」
「少しお黙りなされませ! 役目を果たせぬまま無駄死にを選びたいのですか!」
「……!」
それまで一度も自分に対して怒鳴らずにいたユーデの一喝に、アルジェナイトは思わず身をすくませて立ち止まり、剣士は厳しい表情のまま彼の目を見据える。
「力無きものを狙うのが戦いの常道。そして我々は化け物に対して戦う力を持ちません」
「だけど……」
「私としても甚だ不本意ではあります……」
ですがあの二人に並び立てる程の強さでも無いことは認めざるを得ません、と苦しげに続けた上でユーデは話を結んだ。
「理想を語られるのは結構ですが、語られるだけの理想は現実を救えません」
「……」
呆然と従者の顔を見るアルジェナイトの肩をセキトが叩いて正気に戻す。その表情は真剣そのものだった。
「行こうアルジェ。僕たちは僕たちなりに戦わないと……」
「分かってるよ……でも」
「将来はエスジータ侯なんだろう? 家臣を信頼しないでどうするんだよ」
アルジェナイトは予想外の言葉に思わずセキトの顔を見つめ、見つめられたほうも笑って頷いてみせる。
呪われた少年に希望を与えた銀の主従はいつも互いへの信頼を絶やさない。あるいは自分の見えない場所で喧嘩をしているのかもしれないが、肝心なときに意見が別れたところをまだ見ていない。主は仮面に信頼を寄せ、仮面は忠誠でそれに応える。図らずも理想的な主従関係のあり方を学んでいた。
「今は姉さんたちを信じようよ。ユーデさんの言う通り、抜け道の先で姉さんたちを待とう」
「……分かったよ二人とも。僕がなすべきなのは直接戦うことじゃないんだね」
アルジェナイトは気を取り直す。身を挺して守ってくれる従者がいるのならば、それに応えて難を避けるのも主の役割。先頭に立つことと身を削り戦うことは、必ずしも同一ではないのだと強く心に刻みつけた。
急ごうと先を促すセキトを今度はユーデが「少し待て」と呼び止め、懐から自身の針剣を取り出して手渡す。
「え? これ……」
「お前に預けておく。あの銀すら貫ける鋭さと頑丈さがあるのだ。生半可な小手や鎧では防げんし、迷わず刺せればお前でも屈強な兵士を退けられるはずだ」
剣士は精悍な顔で小さく笑って見せる。
「もし私がアルジェナイト様をお守りできぬ状況になったら、私に成り代わってお守りしてくれ」
「分かったよユーデさん!」
「動きながら使い方を教える。よく聞いておけ……アルジェナイト様、お待たせ致しました」
促されたアルジェナイトは率先して走り出した。自分が多くの人間から信頼されていることに内心で感謝し、何としてでも事態を食い止めなければならないと改めて決意する。
父親と刃を交わすことになろうとも。
レドたちと赤眼の戦いはレドたちに流れが傾きつつあった。レドが肉弾戦を挑みデスクスが隙間を狙い援護を行う形が戦うごとに馴染んできていること、赤眼の攻撃手段を早めに見切れたことが幸いしている。
赤眼は動きこそ軽快さを維持しているが同じ攻撃の繰り返しで、手詰まりを起こしているのは明白であった。
懲りずに飛ばしてくる針をすり抜けたレドの蹴りが首元に決まり、赤眼が横に吹き飛ぶのをデスクスが逃すことなく追撃し両手に携えた円盤で目を狙う。
赤眼は体勢を崩しながらも後退を試みるがそれより早くデスクスの手は動き左眼を裂いていた。怪物は石板を引っ掻いたような悲鳴を発しながら遠くへ飛び退く。
「お疲れさまは、まだ先ね」
「奴の気配は衰えていません」
「後ろに下がっただけなら逃げにならねえ……まあ、踏ん張りどころだな」
レドとデスクスは油断なく言葉を交わし合い、張りつめていた神経を解した。
順調ならばアルジェナイトたちが抜け道へ到達していても良い頃で、自分たちも早めに相手を倒して合流すべきかとレドが考え始めた矢先、より警戒すべき敵が現れる。
赤黒い剣が赤眼を真二つに斬り捨て、背後から体を黒く塗りつぶされた男が姿を見せた。斬られた赤眼の体はそのまま地面に倒れる。
「待たせたな、銀の女と円盤使い。児戯だけでは物足りぬであろう……? 我の人薙も味わってもらおうか」
「遠慮させてもらえるか? お前は趣味じゃねえし」
「案ずるな、後ろからでも味わいは変わらん」
相変わらず殺意しかない相手に「逃げるなと言いたいなら素直にそう言え」とぼやきつつデスクスは円盤を構えなおし、次にレドが語りかけた。
「臣下には向いてなさそうね。使い主は同じでしょう?」
「知らぬな。あれは我を汚泥から拾い上げたが、斬る以外の命令など興味はない」
「汚泥とは何のことだ? 何故貴様はそんなところにいた?」
「……ふ、ははははは! 成程、貴様は忘れているか『星光』! 埋もれていくだけのこの世界を!」
魔剣は高らかに哄笑する。聞いているものの背筋を凍らせるような不気味な声だった。
「答えろ!」
「そう焦らぬことだ。斬り合ってからでも遅くはあるまい」
「でめえ……答えねえなら力ずくで吐き出させてやるよ!」
「ここは落ち着いて、二人とも……」
不満げなシュヴァンレードとデスクスを抑え、レドが一歩前に出て魔剣に問う。聞き方を変えれば何かを引き出せるかもしれない、という予感があった。
「すぐに冥土へ行くのは心残りも大きいの……土産の一つも献じて頂けないかしら?」
「……中々に弁が立つ。なれば一つだけ鍵をくれてやろう」
頷いた魔剣の主は構えを取りつつ敵を見据え、ごく簡潔に告げる。
「恵みの地なぞ……世界の上澄みに過ぎん」
「何っ……!」
「それはどういう意味!?」
「貴様らに手向ける言葉は終わりだ! 冥土へ落ちよ!」
「てめえ一人で行きやがれ!」
無駄な時間は終わりとばかりに嬉々として斬りかかってくる魔剣に、レドは身をひるがえして回し蹴りを放つが実体を捉えきれずに終わる。隙を補うべくデスクスが側面から仕掛けたものの、横への剣の一振りであしらわれてしまい、仕方なく円盤一枚を囮として投げつけ距離を取り直した。
連戦を強いられた二人であったが闘志に衰えはない。
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