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第十二話 会逢(あいあい)

 ブレッカ・ラグナ・イヴネムは乗馬を趣味としている。同盟の領主の一人としては派手さに欠ける趣味だと評する向きもあるが、城の空気ばかり吸っていては体に悪いと意に介さない。身体の鍛錬を怠りなくすることも上に立つものの務めという自負もあった。実際、四十を超える歳でありながら病の一つも得たことのない頑健な体の持ち主である。

 諸侯会議のため領地を空けていたこともあり、しばらく政務にかかりきりであったが昨日まで概ねその処理を終えていた。

 ようやく暇を作れたブレッカは、久しぶりに外へ出ることを宰相のノイゲン・ライドンに伝える。


「お出かけは控えられたほうが宜しいかと存じますが」

「何か不都合でもあるのか?」

「いえ、今日は天候の具合がよろしくないようです」


 先代の頃から仕えている経験豊富な宰相が大げさに話すのを見て目を光らせた。


「それも良いだろう。何かしら珍しいものを見られるかも知れぬ」

「戯れではございませぬぞ。充分ご用心なされますよう」

「噂に聞く銀の悪魔に出会わぬとも限らない、か」


 先日の会議でも話題に上った存在に言及した主君にノイゲンは首を傾げる。


「ネビクめの話は本当なのでしょうか?」

「さてな。全面的に信用はしていないが、お互いの利益にならぬ話を持ちかけるほど愚かな男でもないと認識している」

「それでよろしゅうございます」


 我が意を得たり、と大きく頷く宰相の姿にブレッカは苦笑いを浮かべた。彼が細心に物事を見るからこそ自らは大胆に動かねばならないというのが暗黙の了解である。主従の関係としては良好な形と言えた。


「深追いはしない。ことを見定めるだけで十分だろう」

「早め、かつ穏便に領土から去ってもらいたいものですが」

「そう願いたいものだな。では、出るぞ」


 留守を任せたブレッカは数人の供を連れて城を出る。周辺には草原が広がっていて馬を走らせやすい環境であり、冬から春へと移り変わる時期は風が冷たく感じられるものの野を駆けるには丁度良い。

 普段通りの道筋で馬を走らせていると、途中で遠くの木陰に誰かが佇んでいることに気づいた。


「ふむ、あれは誰だ?」

「確かめてまいります」


 供の一人が馬を走らせて近づいたものの、数度のやり取りをしただけで戻ってきて「風体の怪しげな女であります」と報告する。


「ほう、どう怪しい?」

「頭を布で覆い隠しておりまして、病を治そうと遠方へ旅に向かうと申しておりましたが信用なりません。私が布を取るように命じても病で醜くなった顔はさらせぬとばかり……」


 報告にブレッカは小さく笑った。どうやら事前に聞いていた話に嘘はないらしいと判断した彼は、憤る従者をなだめて「ならば私が行くとしよう」と告げる。当然従者たちは反対するが「慎め。民の一人も持て余しているようでは領主とは言えぬよ」と叱咤して、何かあるまでは決して動かぬように厳命すると女の方へと近付いた。

 馬を近づけると背中を向けていた相手がゆっくりと振り向き、体を伏せる。


「我が名はブレッカ・ラグナ・イヴネム。女よ、ここで何をしている」

「これは領主様……ご勘弁下さいませ。病を得てケイニアを目指し旅をしている途上にございます」

「従者にも同じことを申しておったようだが、まさか私を前にしても顔の覆いは取れぬとは言うまいな」

「領主様。醜く変わり果てた顔をさらすのだけは何卒ご容赦を頂きたく存じます」

「そう申すな。どのような病か知らねばそなたのためにもならぬ」


 そう言いつつ相手の振る舞いを見定めた。彼女の所作からは洗練されたものが感じられ、会話も焦らず、位が上である相手を立てることも忘れない。市井に生きる民の振る舞いとしては余裕があり過ぎる。

 女は少し迷った風に首を小さく動かすと「領主様のお望みのままに」と言いつつ頭を覆っていた布を取り払った。その姿は悪い方向でブレッカの想像を絶している。

 両の耳を中心として銀のような金属に覆われていて、それ以外は無機質な鉄の仮面となっている異様な顔。両側から仮面と本来の顔が溶けて混ざり合っているかのようであった。そのいたましい姿から目を逸らしたくなるのをイヴネム侯は懸命にこらえる。


「これを病と申すのか」

「無知をお許しくださいませ」

「もう偽る必要もあるまい。レダ殿、これはどういうことだ!」


 焦りからその名を口に出した彼に対し、レドは再び顔を隠しながらこれまでの経緯について簡潔に打ち明けた。


「……その、業歪の名は分からずじまい、と?」

「残念ながら……至らぬことばかりで弁明も出来ません」

「お話しされた状況が確かなら、ある程度は止むを得ないかと思います。しかし、そのような存在が恵みの地に存在しているのならば由々しきことです」


 ブレッカは動揺を押さえつけながら異貌の女性が語る内容を整理していた。紆余曲折はあったもののドゥーリッド侯の座に相応しい聡明な人物として、彼なりに期待していたナヴィードがなぜ唐突に堕落してしまったのか彼には理解出来ずにいたが、彼女の語る実態は想像より遥かに危険としか言えない。また自領で呪いを受けて苦しむ者がいたという話も心に重くのしかかる。


「レダ殿、ケイニアに向かわれてどうなさるおつもりかな」

「分かりません。あの地が旅の終着とも考えてはいません。ただ、仮にケイニアで業歪が人々に害をなしているのなら、私は自分を生涯許さない。それだけは確かです」

「やはり妹君……ケイニア侯のことがご心配なのですね」

「絶縁され、なおかつ死んでしまった私が姉を名乗るのもおこがましいのですけれど……」

「あまり自分を追い詰めすぎぬことですな、レダ殿」


 ブレッカは苦笑いを浮かべて、親子ほども年が離れている女性をなだめた。我が身を貶めながらも清々しいほどの気高さを失わない姿に、エグザトス侯家の兄弟が先を争って求愛したのも無理はないと彼も納得する。


「リアリス殿はあなたよりもお強い面もございますが、なかなか心を預けられる方に巡り合えぬご様子。たとえ幽霊であっても、出来ることは山ほどあるように私は思います」

「心強いお言葉です。イヴネム侯も何卒お引き立てのほど、よろしくお願いいたします」


 そう言うとレドは地に伏せて頭を下げる姿勢に戻った。会話を終わりにしたいという意思表示に、しかしブレッカはもう一度だけレダに対して呼びかける。


「……私には悪魔の姿を見せられませぬか」

「ここではお供の方々が黙っておれぬでしょう。連れを預けてもおりますので」

「そう言われては何も言えぬ……旅の無事を願っておるぞ」

「領主様……ありがたきお言葉を賜りまして身に余る光栄でございます」


 また民の真似事に入ったレドの言葉を背に受けつつ従者たちの元へ戻ると、病んでいる民の一人など捨ておくように告げてブレッカは帰路に就いた。城に戻ったらどこから話をしたものかと考えつつ、ネビクのことも片隅に置いている。

 一行が完全に見えなくなったのを確認してゆっくりとレドは立ち上がった。


「あれでよろしかったのですか、レド様」

「ええ」


 シュヴァンレードの問いかけに答えると銀化を指示して体を包み込ませる。


「顔をさらしたときのブレッカ様の表情は少し心にこたえたわね。今まで驚かない人ばかりだったから、感覚が麻痺していたのかしら」

「あながち不躾な振る舞いとも言い難いのが悩ましい……呪いが進んでいることもありますから」

「そうね。気をつけましょう」


 レドはイヴネム侯の後を追うように城下へと戻っていった。



 ブレッカとの面会から三日後、ネビクの店に城からの使者が訪れて情報に対する謝礼と親書が二通届けられる。親書のうち一通はレドに宛てられたものでブレッカ直筆の署名がなされていた。読み終わった後は速やかに処分を、との注意書きも添えられて。

 ネビクはにこやかに笑みを浮かべつつ「どうやらご用件はお済みのようですな」とレドに話しかけた。


「ネビク様、お世話になりました」

「いえいえ、大切なお客様のお役に立てたのですからそれに越したことはございません」

「旅先で良い人に出会ったらこの店に立ち寄ることをお勧めしておきましょう」


 ありがとうございます、と古物商は一礼をしてから買取の代金と称し袋一杯の銀貨を手渡す。色々な思惑が絡んでいるであろう銀貨の袋をセキトに手渡すと目の前にいる古物商に礼を返した。


「もうお発ちになられますかな?」

「そうね……これでお暇させていただきます。セキトも良いかしら?」

「……ごめん、ちょっと待って姉さん」


 セキトは一枚だけ銀貨を取り出すとレドに袋を預けて外へと駆け出していく。


「どうしたのかしら?」

「子供にとって初めての旅というものは、いつでも大人では感じられぬほどの大冒険であるものですよ」


 怪訝な顔をするレドに古物商は穏やかに頷いてみせた。



 セキトは店を飛び出すと寄り道せずに裏通りの住宅街を目指す。治安が良いとは言えず店の使用人からは近寄らないようにと注意されていた区域であった。貧しい身なりの住民が行き交う通りを駆けていき、目当ての家に着くと声をかけてから中に入る。


「セキト?」

「こんにちはエーフェ」


 掃除をしていた薄着の少女に声をかけた。城下に来てから三日目、好奇心を抑えられず無断で店を出たセキトはあっという間に道に迷ってしまい困り果てていたのだが、たまたま近くにいたエーフェに声をかけられ店まで送ってもらったのが出会いのきっかけである。その夜はレドに大目玉をくらったものの、初めて出会った同世代の仲間に心を惹かれたセキトは、暇を見つけたり目を盗んだりしつつ彼女の家を訪れていた。


「おばさんはどう?」

「お母さんなら奥で休んでる。今日は特に具合が良くないの」

「お見舞いしてもいい?」

「良いわよ。お母さん、お見舞いだって」


 奥から「入って」と声が聞こえてきて、セキトが歩みを進めるとそこには床の上で横になっている痩せた女性がいた。エーフェの母、サアメである。


「こんにちは、セキト君」

「おばさん、具合はどう?」

「今日は咳が出ててね……」


 コホッコホッと咳が止まらないサアメの背中をさすると少しだけ楽になったと感謝したものの、弱々しいその姿にセキトは心配を隠さない。数年前に夫を亡くし自身も半年前から病に倒れ、家のことは全て娘任せになっているのだという。蓄えも少なく家財を売って糊口を凌いでいる有様で、出会ったときも家に残っていた物をネビクの店で売った帰りであった。

 セキトはサアメの姿に母の姿を重ねる。苦しみに呪いと病の区別はない。サアメが母の姿なら、エーフェの姿は自分自身である。とても他人事には思えず、せめてイヴネム城下にいる間はと買い物や掃除、看病を手伝っていた。


「セキト君、今日は何の用かしら?」

「あの、もし良かったら、これ……」


 手に握りしめていた銀貨を手渡そうとするが、サアメは「それはあなたが持っていなさい」と優しく押し留める。


「どうして?」

「あなたは旅人でしょう? 旅をする者はむやみに手持ちを恵んではいけないわ」


 昔の彼女は行商人として同盟各地を旅しながら生活していたのだが、北東諸領に滞在して商売していたとき、助けを求めてきた物乞いに気まぐれでごく僅かな路銀を恵んだところ、周囲にいた別の物乞いたちに脅迫され身ぐるみを剥がされそうになったらしい。


「なんで……そんな酷いことされたの? 何も悪いことしてないのに」

「悪いことをしてないからよ。悪いことをしないなら、その人は安全。だから何をしても許される。脅迫をしようが、暴行をしようがね」

「……」


 セキトは何も言えなくなった。それが間違っていないことを自身が一番良く知っている。見ず知らずの怪しい旅人を家に泊めたばかりに自分たちは不幸な呪いを背負ってしまった。勿論仮面のレドの様に優しく尽くしてくれる人もいるのだが、それを利用して悪事を働こうという人も確実にいる。


「その時は仲間の行商に助けられて何とかなったけど、あちこちを巡るのがすっかり嫌になってしまってね。イヴネムまで来たところで旅を止めて暮らすようになったの」


 この先も旅をしていくのなら安易に人へ施してはならないと諭されるが、このままでは帰れない。セノに別れを告げたときのように心残りは無いようにしたかった。

 ふと、名案が浮かぶ。「姉さん」ならこうするだろうと心の中で小さく頷くと、表で掃除をしているエーフェに声をかけた。


「どうしたのセキト?」

「エーフェ、昨日もネビクさんのお店に来たよね?」

「うん?」


 首を傾げる少女ににっこり微笑むと持っていた銀貨を手渡す。


「店番の人が手違いで普段より少なく代金を渡しちゃったんだって。だから、僕に届けてくれって」

「えっ? でも……」

「間違えちゃった反省の分も込みだって。ただ、ネビクさんの信用に関わるからこのことは内緒にしてくれって言ってた」


 一息で言い切っていた。全部嘘のでっち上げだが、それでも何とか二人に銀貨を渡したいという一心で必死に考えた筋書きである。

 呆気にとられていたエーフェであったが、セキトの背後にいる母の顔が穏やかに微笑んでいるのを見て、自身も仕方なさそうに微笑みながら銀貨を受け取った。


「ありがとうセキト。わざわざ届けてくれて」

「大したことないよ」

「……いつここを出るの?」

「……うん、明日にはもういない、と思う……」


 そう、と言葉に頷いたエーフェは一途な男の子の手を取って軽く口づけした。


「……エーフェ?」

「いつでもいいし、旅の途中でも構わないから、またここに帰ってきて。短い間しか一緒に居られなかったけど、私、セキトのことをきっと忘れない」

「次にセキト君が来るまでには私も体を良くしておかないとね。あなたのお母さんともお話をしたいもの」

「……うん、約束するよエーフェ! 僕、きっと帰ってくる」


 セキトは二人にお辞儀をすると元気よく駆け出していく。その背中をエーフェはいつまでも追いかけていた。

 店でレドと合流したセキトは名残を惜しみつつイヴネムの城下を離れていく。


「セキト、何かしら良い事をしたと顔に書いてあるわね?」

「そうですねレド様。決意を固めた男の顔です」

「冷やかさないでよ二人共。何でもないったら」


 レドたちから言葉で小突かれてセキトは恥ずかしそうに顔を赤く染めた。詳細は語っていないのだが、態度が雄弁に行動の結果を物語っていることには気付いていない。

 シュヴァンレードにはレドの意識が亡き夫のナヴィードに向けられているのがおぼろげに伝わってくる。彼は相当な奥手であったらしく軽いいたずらにも顔を赤く染め、更にそこから口づけを交わすのには大変な時間が必要だったと暖かな気持ちで回想している。

 仮面はその様子に口を出さない。気持ちを隠さないようにと主君からは何度も注意されているが、それでもつい気持ちを隠そうとしてしまう。自分の奥底を知られることに対する恐れが、呪いとは別に精神を蝕みつつあった。

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