第十一話 商人
旅は順調に進む。最初こそ旅に不慣れなところを見せたセキトだったが三日で馴染み、足取りも軽く初めて見る世界に日々目を輝かせていた。
レドの方ものんびりとした徒歩での旅にどこか安らぎを覚えている。今までが急ぎ足だっただけに、銀化もせず仲間とゆっくり歩ける旅の良さを感じずにはいられない。シュヴァンレードのこともあって、なるべく彼に寄り添う時間も欲しかった。
旅の途中、セキトからシュヴァンレードへ質問が飛んでくる。
「仮面さんが戦った相手ですごいと思った敵はいた?」
「それはどの相手にも言える話ではある。命を賭けて戦う相手は皆凄いと言えるが、その中で特に印象に残っている相手を上げるのならば、あの魔剣だろうな」
「魔剣?」
「ああ、人の生き血を求めあらゆる存在を断とうと彷徨っていたらしい」
仮面の語りにレドが「初耳ね」と前置きしたうえでそれは呪いによるものなのかと訊ねると、少し間を取ってから自信なさげに否定した。
「起源を知り得ぬ以上はどうとでも言えるでしょう。ただ、あれはもはや呪いというよりそういう類の存在だったのではと思います」
「どうやって戦ったの?」
「私というよりは私の主人がそうしたのだが……まともに戦っては勝機がないと悟り防御に徹する構えを見せた上で相手を岩場に誘い込んだ」
そして背後の岩壁ごと斬らんと襲いかかってきたところを紙一重の差で横に身を投げ出して避け、魔剣が岩にめり込んでいる所をへし折ってどうにか退けることが出来たと語る。
「下手をしなくても折られていたのはこちらだったかも知れない。打ち合いの最中に感じた奴の意思は、ただこちらを真二つに断ちたいという末恐ろしいものだった」
「でも凄いよ、その魔剣に折られなかったんだから」
「ははは、確かにそうだな。相手の気配に竦みはしたが同時に負けられぬとも思ったよ。私が先に折れては主人も守れない、気持ちで相手に負けぬようにとそれだけを思って戦った」
実感が込められた言葉にレドは「あなたらしい姿勢ね」と言葉を贈った。簡単には折れぬ姿勢を貫いてきた彼のことを知れば知るほどに寄せる信頼は深まっていく。セキトもその姿勢を今の自分に求めはじめている様子を見せていた。
一行は街道からは距離を取りつつもそれに沿って進み、出発から二週間ほどでイヴネム侯の城下に到達する。警戒は比較的緩めで、城門付近を観察してきたセキトも見張りの兵士が誰かを呼び止める様子はほとんど見られなかったと語り、危険は小さいと判断したレドは城下へ入ることを提案し仮面もそれに賛成した。
「あとは状況が急変しないことを祈りましょう」
「捕まらないことでも祈るつもり?」
「違うわ。ここで待ち人に遭ったらどうしよう、ということ」
微笑みながら語るレドだが、そう長く滞在することは無いとも感じている。来るまでの過程で何度か旅人と思わぬ遭遇をしてしまうこともあったが、彼らの口からは特に政変などの噂もなくシュヴァンレードの感覚でも業歪の気配は感じられない。もし入るときに問題が生じたらこだわらずに立ち去るつもりだった。
姉弟を装い城門に近づくと流石に素通りとはいかず、顔を覆った姿を兵士に見咎められる。
「病を得て遠方の名医の元へ?」
「はい。弟は付き添いです」
検問に当たっている兵士に頷く。
「どこまで行くつもりだ?」
「ケイニア候領でございます」
「遠すぎる。ここにも医者はいるぞ」
「いえ、その方でないと手に負えぬでしょう……」
レドが仮面との同化が終わり銀に染まった左耳と肌の一部をさらすと、兵士は怯えたように一歩後退した。
「……まさか、流行り病ではないだろうな?」
「あら、それでしたら弟はどうなりますの?」
「それもそうか……だが、なるべく早くここを去るように。もし病が広がっては大変だからな」
「仰せの通りにいたします」
耳元を隠し直し兵士に会釈するとゆっくりと中へ進んでいき、完全に離れたところでセキトがレドに確認する。
「あれで良かったの?」
「今回はね」
「そう言えば姉さんはいくつなんだっけ?」
ごく普通に姉と呼んでくる姿勢に彼女は穏やかに笑みを浮かべた。彼の方も気に入ったのかも知れない。
「二十を過ぎて二年くらいね」
「そうは見えないよ」
「あら、年増とでも言いたいの?」
「そうじゃなくて、姉弟でも不思議じゃないくらいって思ってたから……」
「嘘よ。怒ってないから安心して」
話しながら二人は古物商の所へ向かう。セノから譲られた手持ちの品をいくつか売って当座を乗り切る必要があり、事前に聞いていた大通りの一角にある店へと入った。
店員はレドを見るなり胡散臭げな視線を送り「お品物は?」と上辺だけの言葉を投げかけるが、動じることなくランブルックのドールから教わった合言葉を口にする。
「沈黙は吉兆、古きを新しく、銀は金となる、伝手はそれを伝えん」
「……外部の方ですか。少々お待ちを」
他の客がいないことを確かめた店員は動揺を表に出しつつ一旦奥に下がり、ややあってから店主らしき茶色の服を着た人物が姿を見せる。丁寧に髪を整え顔つきの引き締まった初老の男は、覆面の女をじっくりと観察すると落ち着いた声で話を切り出した。
「何をご用命ですかな?」
「手持ちのものを数点ほど買い取りいただけないでしょうか?」
「それでは足りぬでしょう? 必要とあれば少々の上乗せも可能ですが」
返す当てもございませぬ故、とレドが返すと店主は「左様でございますか」と判断を保留にした上で「堅実な貸し借りでございますな」と称賛しながらも、彼女の見立てに足りぬ視点を指摘する。
「ですが、それではこの先行き詰まるでしょうな。貨幣とは自然に湧いて出てくるものではありませぬ。人の交わりの中で徐々に掘り起こされていくものなのですよ」
あなた様はこの先も人との交わりをなるべく控える旅になるでしょうから、と意味ありげに笑う店主の姿を見たレドは大きくため息をついた。ここまでの顛末については、ほぼ筒抜けであるらしい。
「こうなる前にあなたのような商人と知り合えていたら、さぞかし楽だったでしょうね」
「勿体ないお言葉ですよ。今夜は場所をお貸しできますので、ゆっくりお休みください」
「あなたのお名前は?」
「ネビクと申します。以後お見知り置きのほどを、レド様」
勧めに頷くとレドはセキトとともに店の奥へと進んでいく。
夕方になり、店の奥にあるネビクの住居で食事を勧められ、もてなしに感謝しつつ彼から最近の事情を聞いていた。同席しているセキトは今までに見たこともないような上等な料理に夢中で、話にあまり気が向いていない。
「ドゥーリッド領が解体……ですか」
「ええ、あなた様には残念なお知らせになりますが」
ネビクの話を聞いたレドは心中でほぞを噛んでいる。自分とナヴィードの犯した愚行が最悪の結果を招いてしまった事実を改めて突きつけられて、次の言葉が上手く出てこなかった。
「……前ドゥーリッド侯はさぞかしお怒りでしたでしょうね」
「そこまでは聞き及びませんが、あまり良い気分ではなかったでしょう。しかし、解体が周知された以上はあまり強硬な反対もなさらなかったかと思いますよ」
一人娘を亡くして政務への情熱を失い、多大な賠償金を手に諸侯の庇護下で余生を過ごしている前ドゥーリッド侯には、今更かつての領土に対する執着も残ってはいないのでしょう、という見解を示した。
「姉さん、やっぱり子供がいなくなると寂しくなるものなの?」
「寂しくないと言ったら嘘になるでしょうね……大丈夫よセキト、お母さんはあなたが帰ってくるまで元気に待っているから」
会話が落ち着いたのを見て口を開いたセキトの頭を軽く撫でる姿を見て、ネビクは興味深く頷いてみせる。
「これはなかなかですな。かねて聞いていたケイニアの賢姉妹についてのお話に偽りは無かったということですか」
「これはまたかなり昔の話を覚えていらっしゃいますのね」
「ついさっきまで忘れていましたが、御本人を前にしたら急に頭に浮かびまして」
口がお上手ですわ、と言いつつも油断ならないと気を引き締め直す。知られているからには無駄かもしれないとはいえ、それでも必要以上に相手のペースで話すのは避けるべきだと考え、仮面の意思も同じ考えだった。
雰囲気が変わったことを察知したのか、ネビクは後頭を掻き上げるような仕草をとる。
「……少々口が過ぎましたかな」
「ネビク様はどこまでつながりをお持ちですの?」
「商いをしていると様々なところにつながりを持つものですよ」
伝手ではないのですね、というレドの確認に彼は違いますよと答え、あくまでも商いの上でやり取りをさせていただいているだけです、と説明した。
「彼らが何を考えているのかに興味はありません。ですが倍額での購入、半値以下の買い取りでも良いから取引をしたいとまで仰るお客様を無下に扱えば、普通の商いにも支障が出ます故」
「取引の機会はあくまで等しく、ということで良いのかしら?」
「そういうところですな。無論イヴネム侯より認可を受けてのことですが」
イヴネム侯ブレッカ・ラグナ・イヴネムのことをレドはよく知らない。会ったのは結婚騒動の調停に動いていた時の一度きりで、良くも悪くも話題に上らない人物であったがネビクは彼のことを高く評価している。
「見るべきものがない領土を過不足なく治め、臣下や民からの信頼も厚い。もう少し背伸びするところを見たいとは思いますが、まずまず名君とお呼びするに値する御方です」
「そんなにすごい人なの?」
「どんなことでも個人の評価と世の中の評価とが重ならない点はあるものだよ。現に姉君はあまりご存知でなかっただろう?」
いまいち理解できていない顔の少年を穏やかに諭すと、緩めていた表情を改め商談に移った。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか。大切な取引先との符丁を口にされた以上、こちらとしては取引を拒む理由はございません。ですが、それとは別に貴女を試させていただきたいのです」
「試す、とは?」
「先程も申しましたが、誰にも取引の機会を等しく与えるというのが私の考えです。その代わりというわけではありませんが、お客様が信頼できる人物かどうかの査定は厳しくさせて頂いております」
どういう事情があるにせよ同盟全域に手配のかけられた方を無条件で信用しては示しがつきませんので、と瞳を覗き込まれたレドは目を逸らすことなく受け止める。
「何をすればよろしいのかしら?」
「私が最も信頼を置いている御方とお会いしていただけますでしょうか?」
「イヴネム侯ですわね?」
「ご賢察いただけましたことを嬉しく思います」
商人は抜け目なく笑ってみせ、それを見たレドもそれにつられて疲れたように笑顔を浮かべた。まだまだ駆け引きの修業が足りないと思うしかない。
「……あの、喉が渇いたんだけど姉さん」
「あら、ごめんなさいセキト。すみませんが水をいただけますか?」
「お安い御用ですよ。レド様もお早く料理をお召し上がりください」
そういって自ら席を立ち水を汲んでくるように家人に指示を出すネビクの姿に、試すというのはあくまで建前なのだろうとレドは察していた。
あるいは自分をイヴネム侯に引き合わせることで何が起こるのか、彼自身も知りたいのかも知れない。少しずつ揺れ動きつつある恵みの地の今後を測るためにも。
心配する仮面の意思に大丈夫よと伝えたあと、料理の味は感じられたかしらと冗談を思い浮かべて、最後に取っておいた甘いソースの焼肉をゆっくりと味わった。どうやらしばらくはこの店に滞在しなければならないらしい。
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