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調律師 -バランサー-  作者: 小鳥遊燦
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第1章 第24話

アナセマが腕を振ると、ソラに向けて魔力が放たれる。

彼女は得意の移動速度で軽々とそれを避け、話し始める。


「なるほど。魔力自体に消滅の能力を乗せる事も出来るんだね。(ツイ)の力とでも呼ぶことにしよう」


「黙れ。お前はここで消え去る」


足に氷を纏わせ、床を凍らせつつ滑走して彼女を追う。


「へえ、氷も変わらず使えるんだね。幻創(クオーレ)が余計に不便にならなくてよかったじゃない」


彼女の挑発に、言葉を返すこともせずに終の魔力を放ち続ける。

試しに魔力を纏わせて防御しようとするも、魔力がなんの抵抗も無く消えていくのを見て即座に距離を取る。


「なるほど、効果は無条件に消滅させる、と。デストラみたいに炎を介して無い分魔力消費は激しいけど、弱点が少ない」


こちらの能力を探るように、得た情報を口に出しながらアナセマの攻撃を避け続けるソラ。

アナセマは、冷静さを失って直情的な攻撃をし続ける。


「悪いけど、そんな攻撃じゃボクの寿命が尽きるまで撃ち続けても当たらないよ」


彼女の言う通り、アナセマの攻撃は当たるそぶりもない。

しかし、彼にとってはそれすらもどうでも良いのだ。

自分の苦しみ、恨みを発散するための攻撃。

思考や、作戦なんてものは一切ない。

子供の喧嘩と変わらない、お粗末な攻撃だった。

ソラは、それを許さない。

瞬時にアナセマの背後に移動し、回し蹴りで頭部を蹴り飛ばす。

防御など一切考えないノーガード戦法のアナセマは、そのまま自分の生成した氷に顔をこすりつける。


「頭を冷やしな。君の力はこんなもんじゃないはずだよ」


彼女は、この幻創(クオーレ)の底が知りたいのだ。

アナセマは煮えたぎる頭でそれを理解したが、今の彼にはそれすらも怒りにつながる。


「やってやろうじゃねェか。あのクソ影野郎を連れてこなかった事を後悔させてやるよ」


「デストラの口癖が移ってるよ?仲良くなれそうで良かった」


______ッチ、こいつ相手に口論しても余計に腹立つだけだ。

怒りに狂った頭で、どうすればこの女を叩き潰せるかを考える。

今の自分が相手に出せる手札となりえる(ヒント)を、一つずつ洗い出していく。


一つ、彼女は進化したこちらの能力を測りかねている。

エリフェンのように、こちらの様子を伺いながら魔力を視ているように見える。


一つ、一般的には出来ないとされている、ぶっつけ本番の幻創(クオーレ)発動を得意としている。

これはエリフェンからも異常だと太鼓判を押されたし、ソラには一度も披露していない。

一つ、彼女は自分の移動能力に絶対的な自信を持っている。

でなければ、試しに終の魔力に触れてみるなどといったイカれた行動はとらないだろう。


______やってみるか。


我の力の下で、何人たりとも動くことを許さない。

お前達に出来るのは、地べたを這いつくばって逃げる事だけだ。


唯我独尊(キャンセル)


アナセマがそう唱えると、念の為に距離を取ろうとしたソラの表情が変わった。


「......幻創(クオーレ)が、使えない」


急いで距離を取ろうと走り始めるソラに、アナセマはまた終の魔力を飛ばした。

彼女は足が速いわけではない。

しっかりと彼女を見据えた攻撃は寸分違わず彼女に追いつき......。


「ぐッ......」


「カゲマル!」


ほんの一瞬、影だけがアナセマの唯我独尊(キャンセル)の範囲を外れた。

その一瞬でカゲマルがソラの影から飛び出し、彼女の代わりに攻撃を受けたのだ。


「無意識に出したのが腕で助かった」


そう言ってソラの影に入っていくカゲマルには、もう右腕が無かった。

今の攻撃で跡形も残さず消え去ってしまったのだ。


「連れてきてたんだなァ、影野郎」


先ほどクソを付けて挑発されたことを覚えていたか、クソと付けずに挑発をするアナセマ。


「迂闊だったね。捌番隊の研究で、付与された魔法やらを消すって分かってたのに。進化したんだから魔法自体を消すかもしれないことくらいは予想できた」


珍しく悔しそうに、反省を口にするソラ。

捌番隊という言葉から、前に自分が凍らせた魔道具から機能が消えていた事を思い出したアナセマ。


「片鱗はあったって事だな。まあ、そんな事はどうでも良い。死ねよ」


アナセマが再度、唯我独尊(キャンセル)の範囲内に彼女を取り込もうと滑りだした瞬間。


ピシャ。


初め、アナセマは何の音がしたかわからなかった。

しかし、手をこちらに向けたソラと、熱を持った自分の腹部を見て気が付いた。

自分が撃ち抜かれたことに。

ドサ、と音を立てて倒れ、か細い息をする。


「いや、カゲマルには申し訳ない事をしたよ。ボクのせいで腕を一本失わせてしまった。治るといいけど」


部下の心配をしつつ、アナセマの傍によって来る彼女を睨み付ける。


「何で、何で殺した......」


「君の幻創(クオーレ)を進化させるため。分かってるでしょ?アナセマ君の幻創(クオーレ)ってマイナスの感情が力になる」


だから、幸せを感じている部分は進化に邪魔だったと彼女は言う。


「ってことで、ボクとしてはもうマリーちゃんを元気にしてあげてもいいんだ」


「......は?何言ってん、だよ」


マリーは死んだ。何度も確認したのだから、それに間違いはない。

であるならば、彼女はふざけているか馬鹿げた何かかのどちらかだ。


「ボク、一つだけ死者をよみがえらせる使い捨ての魔道具を持ってる。君が望むなら、使ってあげても良い」


「本当か......?」


縋るように、マリーの脚にしがみつく。


「あいつだけが、あいつだけが俺の支えになってくれるんだ。お願いだ、助けてくれ」


______そんなアナが好きなんだよ?

マリーの声が、頭の中で反響し続けている。

あの声を、もう一度聞けるのならば。

鬼だろうが、悪魔だろうが魂を売り渡す覚悟でいるのだ。


「でも、ボクとしてはアナセマ君がマリーちゃんを助けても得が無いんだ」


その言葉に、アナセマとしては返す言葉がない。

______さっきと一緒だ。俺があいつに出せる手札を考えろ。

考えを巡らせ、アナセマがとれる行動は。


「お願いします、もう一度調律師(バランサー)として働かせてください。始隊長の目標が達成されるまで死ぬ気で働きます。だから、助けてください......」


地面に額をこすりつけ、涙を流しながら彼女に懇願する事だけだった。


「まあ、ボクは最初から戻ってくるなら歓迎するって言ったわけだし。全然それは良いんだけど」


それはそれとして、カゲマルの腕を吹き飛ばしたことと、街を消滅させた事の責任を取らなくてはならないと言う。

彼女は、蘇生用の魔道具を使うタイミングはこちらで考えておく事、仕事の内容でどうしていくか決めると言った。


「アナセマ君の幻創(クオーレ)で凍らせておけば、人間の機能が低下することはないだろうから。まずは仕事を頑張ってもらっても良いかな?」


「分かった。何でも言え」


アナセマだって、マリーを殺した彼女に懇願し、服従するのは何より辛かった。

しかし、辛いだけでマリーが帰ってくるなら、いくらでも、どんなことでも耐えられる。

そんな思いを胸にアナセマは、玖番隊隊長・終ノ玖として調律師(バランサー)に戻ったのだった。


△▼△▼△▼△▼△


一連の出来事から暫くが経ち、エリフェンは正式に玖番隊へと移籍した。

というより、弐番隊隊長から「今のぬしには、エリフェンが必要じゃ」と言われてしまったが故の移籍なのだが。

帝国に残った現皇帝反対勢力の制圧や、神樹の森から送られてくる暗殺者などの処分という、随分と傭兵らしい仕事をして過ごしていた。

服装も、エリフェンの着ていた隊服をソラから支給してもらった。

あのマリーとお揃いの外套は、着る気分にならなかったからだ。


「隊長、始隊長から伝言です。『神樹の森の精鋭が向かって来ているから帝都に戻ってこい』と」


「分かった。エリフェンも付いて来い」


「了解しました」


必要最低限の会話だけをし、魔装馬(グラーロ)に乗って帝都に向けて走らせるアナセマ。

彼が向かった方向を、エリフェンは憐憫を孕んだ目で見つめる。


「アナセマ隊長。貴方は、変わってしまいました。『暗昏』の隊員がどう呼びかけようと、貴方があの時のような笑顔を見せる事は無くなりました。疲れなど知らないかのように、最速で仕事を終わらせてさらに仕事を持ってくる。貴方はどうなりたいのですか?」


エリフェンの呟きは誰にも届かず、一人空しく白い息を吐くだけ。

魔装馬(グラーロ)に飛び乗り、アナセマの背中を追いかけた。


休みも無く走り続け、帝都に着くとすぐに帝城跡、調律師(バランサー)の館と仮称されている館の玖番隊の隊長室に向かう。

彼にとって、そこだけが安息の地だ。

入ってすぐ、金属製のベッドに布が敷かれている。

そこは少し盛り上がっており、誰かが入っている事を意味している。


「ただいま。今戻った」


アナセマが布を外すと、氷に覆われたマリーが顔を出す。

頭にあたる部分を撫で、僅かに微笑むと彼はまた布をかぶせる。


「ごめんな、暗い所にずっと寝かせてて」


マリーのいない間、アナセマは罪悪感と焦燥感の両方と戦い続ける。

二度と同じ過ちを繰り返さない為に、アナセマは強くなることを決心した。

どんな相手だろうと、マリーを守り抜く事が出来る力を求めて戦うのだ。


「精鋭、か。始隊長がわざわざ呼ぶって事は、多少はやるんだろうが」


アナセマは呟き、部屋を出てソラの待つ部屋へと向かった。


「始隊長、来たぞ」


「うん、待ってたよ。作戦の説明をするから座って」


ソラは、今回の敵の面倒な所は数だと言う。

雑兵まで含めば三桁人いるらしく、『業火絢爛』のフェンほどの使い手は十人近くいるらしい。


「作戦内容は、その敵を一番位が高そうなエルフ一人を残して全員殺す事。アナセマ君の攻撃範囲なら出来るかと思って呼び出したんだ。一応他の隊にも声はかけられるけど、君たちだけで出来る?」


フェンほどの使い手ならば、氷だけだと同時に相手するのは四、五人が限界だ。

雑兵はどうにでもなるが、精鋭にもなると魔力を使えば氷のダメージを軽減できる。

そんな相手だ、かつてなら「無茶言うな、増員しろ」と文句を言っていたところだろう。

しかし、そんな言葉は彼の辞書からは削除されたのだ。


「問題ない。エリフェン、討ちもらしを任せる」


「分かりました......隊長」


エリフェンは、既に歩き出していたアナセマを引き留める。

彼の、その痛々しい姿が見ていられなかったからだ。


「無茶、しないでください。貴方を心配する人だっているんですよ」


作戦に冷静に取り組む、根を詰めすぎるなと言われる側のはずのエリフェンが掛けた言葉。

今の彼には、それは届かない。彼は止めた足をまた進めて、部屋を後にした。


「始隊長。あれで、良かったんですか?」


エリフェンがソラに問いかける。彼女にとって恩人であるソラだが、あの仕打ちは少々......というか、かなり気の毒ではないかと思っている。


「そうだねぇ、可哀想ではある。でも悪いけど、ボクの目標の妨げになることの方が問題だった。あの子が幻創(クオーレ)を進化させないことには、ボクの目標は達成されない......はずなんだ」


彼女の金色の眼から放たれる、射抜くような眼差し。


「始隊長。貴方には何が見えているんですか?私には、始隊長は眼ノ弐とはまた別の何かが見えているような気がしてならないのです」


「なかなか鋭いね。流石元弐番隊副隊長」


彼女のおどけた答えに、また真実は分からないままかと肩を落とすエリフェン。

しかし、今回はどういう風の吹き回しか、ソラの言葉には続きがあった。


今の(・・)ボクには、何も見えてないよ。でも、ボクは確かに向いている方向がある」


言葉の意図を掴みかねる表現だが、今まで一切分からなかったソラの力の真実に一歩近づく。

それがエリフェンの、弐番隊としての血が騒ぐ。


「可哀想な隊長クンを支えてくれてる、エリフェンにサービス。じゃ、頑張って。早くいかないとあの子が全部やっちゃうよ」


今のアナセマなら、エリフェンが居ようと居なかろうと作戦を開始してしまうだろう。

それに気づいた彼女は、ハッとして急いで部屋を飛び出した。


「あと少し......あと少しな気がする。ボクの目標はそう遠くない所にいる」


何百年の生を経て、やっと目の前まで来たその目標に。


「落っことしたりなんてしない。絶対に逃がさないよ、アナセマ君」


彼女の眼は、眩く輝いていた。


△▼△▼△▼△▼△


「『調律師(バランサー)』だな!我ら、神樹様より力を賜りし血族の、世界の頂点に限りなく近い......」


魔法使いらしきエルフの集団のうち、一番前にいる豪華な装備の男が話始める。

しかし、当然興味の無いアナセマは話を途中で打ち切る。


「黙ってろ。お前らの種族も、所属も、性別も、年齢も、戦う理由も......何も興味がない。俺がお前らに求めるのは、おとなしく死んでくれることだけだ」


高速で詠唱をはじめ、唯我独尊(キャンセル)を発動する。

この能力は、自分が許可した相手以外の魔法及び幻創(クオーレ)の使用を無効化する、というものだった。

常時展開型であるため、魔力を多く使う魔法などを連発されれば先にこちらの魔力が尽きてしまう。

故に、唯我独尊(キャンセル)を発動してすぐにまた詠唱を開始する。


その身体が塵も残さず消え、己の生きた証全てが水泡に帰する。

夢も、希望も、力も、誇りも全て。

貴様らに、我の前に立つ資格など無いのだ。

深い悲しみを、教えてやろう。


救済を受け入れろ(メメント・モリ)


黒い魔力が一瞬で駆け巡り、べちゃくちゃと講釈を垂れていた男を残して全ての隊員が消滅......するかと思われたのだが。

奥の方にも一人、範囲外にいたエルフがいたようだ。


「......ッチ、面倒だな。氷でも良いか」


そこまで言って、近づこうとする前にエリフェンの魔力を感じて立ち止まる。


「何、魔法が使えない!?貴様、何をした!」


あまりの反応の遅さに笑ってしまいそうになるが、顎で背後を見るように促す。

エルフの男は、恐る恐る首を後ろに向けた。


「ななな、何だとォ!?」


腰が抜けてしまったようで、尻もちをついてアナセマを恐怖の目で見る。

「『調律師(バランサー)』に喧嘩を売るってのはこういう事だ。死を悼む事も出来ず、自分が生きた証など何も残らず、そのまま消えていく」

淡々と語るアナセマに、恐ろしくなったのか這いつくばったまま逃げようとするので氷で縄を作って縛り付ける。


「隊長、残った雑兵も始末してきました」


「ああ、助かった」


エリフェンが討ち漏らしの一人を処理してくれたようで、さきほどエルフがいたところには焦げ跡のようなものがついている。

偉そうなエルフの頭を蹴り飛ばして気絶させ、のそのそと帰路につく。


「なあエリフェン」


アナセマは問いかける。


「何ですか?隊長」


「『調律師(バランサー)』って、どういう意味だと思う?」


そのまま意味を取るなら、調律をする者の事だ。

しかし、世界の各地で争いを起こし、暴力の無い世界を作る為に戦うのを調律とは呼び難い。


「......無理があるかもしれませんが、この名を付けた始隊長にとってはこれが調律なのかも、とも思います。暴力という乱れた音を、無くそうとしているのかもしれません」


彼女の意見に、うんうんと頷いて話を聞いているアナセマ。


「俺は、調律とバランスって言葉に違和感を覚えたんだ。調律なら正解も奏でたい音楽によって変わるはずだし、均衡(バランス)なら既に世界は均衡を保っていた」


帝国の件は例外としてな、と補足をしながら続ける。


「多分始隊長は俺達に、自分なりの調律をしてほしいんだと思う。きっと、あいつが最後に求めてるのは平和なんてものじゃない」


彼女は暴力の無い世界、と言ったが平和とは一度も口にしていないのだ。


「そして、その各々の調律がバランスを保った時、あいつの欲する何かがそこにあるんだと思う」


だからこそ隊長の人数も決めてあり、これ以上増やさないと言う。

優秀な者が居れば、増やしてもいいはずなのに、だ。


「そんなこと俺は、マリーを助けられればどうでもいい。だが、あいつにほえ面かかせてやらなきゃ気持ちよく辞められないからな。本当の目的を探りたいんだ」


感情を失ったかのように作戦を遂行し続けたアナセマが、何故急にこんな話をしてくれたのか。

エリフェンにはわからなかったが、彼女は本心を以てそれに応えた。


「お手伝いさせてください。隊長」


「そうか」


______ありがとう。


そう、聞こえた気がした。

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