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調律師 -バランサー-  作者: 小鳥遊燦
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第1章 第2話

ミュール帝国と、ガルダ王国の国境間に位置する地下室。

ここは『調律師(バランサー)』の拠点の一つらしく、重要そうな道具などが所狭しと並んでいる。

とはいえ、本当に狭いかと言われればそんなことはなく、今アナセマ達がいる部屋には『暗昏』のメンバー全員が余裕を持って収まっている。


「本拠地はグランデアルタの麓にあるんだけどね。仕事柄いろんな所にこうやって拠点があるよ」


「グランデアルタって......あの、凶暴な魔物ばっかり出るって言うあの馬鹿みたいにデカい山のことだよな?」


当然、アナセマは知らないから問うているのではない。あんな危険な場所に本拠地を置いているのか?正気なのか?と言っているのだ。


「そだよー。人が寄らないから便利なんだよねー」


ソラはその質問の意図を理解しているのかいないのか、手のひらサイズのネームプレートのような金属の板で手遊びをしながら答えた。


「さて、これが玖番隊の証ね」


彼女がアナセマに手渡した金属の板には、『アナセマ 終ノ玖(ツイノキュウ)』と書かれている。


「終ノ玖......これは?」


「各部隊長には、何かしらの名称がつけられるんだよ。一応、作戦中はそれで呼び合うようにしてもらってる」


だから、影ノ壱と呼ばれていた男がカゲマルと呼ばれた時、彼はソラに苦言を呈したのだろう。

この女性の適当さにはほとほとあきれ返るが、ふとアナセマは思う。


「なんで(ツイ)なんだ?(ヒョウ)とか(トウ)とかいろいろあっただろ」


「これ以上部隊を増やすつもりはないって事だったり?まま、気にしないで」


アナセマはそんな言い方をされれば余計に気になるだろうと思ったが、この短い期間でソラという女性は喋らないと決めたら絶対に喋らない人物だと分かっている。


アナセマは早々に諦めて次の質問に移る。


「で、俺たちはこれから何を?」


「まずは皆を『調律師(バランサー)』に慣らさないとね。隊長と他のメンバーは一旦別行動してもらうから、アナセマ君以外はカゲマルに付いていってね。カゲマル」


「こちらに」


ソラの呼びかけ1つで影から現れたダークエルフの男は、つい先ほどと変わらない、頭を垂れた態勢で現れた。


「とりあえずこの人達を貴方の隊で使って。しばらくしたら次は参番隊ね」


その発言を聞いて、一番苦し気な表情を見せたのはアナセマでもカゲマルでもない。

『暗昏』の面々だ。ついさっき組み伏せられた相手と共に戦うのは、大分複雑な心情だろう。


「御意に。行くぞ新人共」


マリーを含む『暗昏』の9人は、カゲマルに連れられて行った。

彼女が先ほどしていた、心配そうな暗い表情はもうどこかへ消えたようだ。アナセマをちらりと見て、微笑んでいた。


「良い婚約者ちゃんだね」


「ああ。俺には勿体ないよ」


「やっぱりボクにしとく?きっとあの子より強いよ」


それは言われずとも分かっている事だ。ソラも分かって言っている。


「悪いが、俺があいつに惚れた部分は力でも年齢でもないんだ」


「あ、ひどーい!女の子に年齢の話なんて!」


そんな話をしていると、トントン、と扉がノックされる音が部屋に響いた。


「弐番隊副隊長、エリフェンです」


「あぁ、待ってたよ。入って」


ソラが入るように促し、扉が開かれた。

そこにいたのは、エルフの女性だ。アナセマはエルフの年齢には詳しくないが、人間でいえば20代前半といった若さに見える。

眼と同じ色の緑色のミディアムロングヘアから、雪のように白い尖った耳が覗く。

端的に言えば、とても綺麗な女性だ。ソラのような神性も感じず、親しみやすい美女といえる。


「ほら、見とれてないで。これから帝国を消す任務をやってもらう上で、ウチでのルールとかやり方を教えてくれる隊長補佐。エリフェンね」


「み、見とれてない。玖番隊隊長......じゃなくて、終ノ玖、アナセマだ。よろしく」


「はい。弐番隊副隊長、エリフェンです。よろしくお願いします」


随分お堅そうな女性だな、とアナセマは思う。しかし、それはアナセマの持つエルフのイメージと一致していた。


「なあ、エリフェン。お前、菜食主義だったりするか?」


「......質問の意図が分かりませんが、我々エルフは人間と変わらない食性をしています」


なあんだ、と少し残念に思うアナセマ。少しは人を見る目があると思っていたが、まだまだなようだ。


「ですが、私は野菜の方が好きですね」


______お、意外とそうでもないな。

そんな呑気な事を考えていた。


△▼△▼△▼△▼△


場所を移動し、王国の北部にある料亭の個室にて。


「エリフェン、お前のとこの隊長ってどんな人なんだ?」


「ハーフリングの女性です。部隊長名は眼ノ弐(マナコノニ)、『調律師(バランサー)』のブレーンです」


聞くに弐番隊は文官が多め、この副隊長の雰囲気も頷けるというものだ。


「じゃあ普段は拠点から動かないのか?」


「いえ、隊長は存外武闘派ですので。肉弾戦なら隊長の中でも上位だと思いますよ」


そんな事があるのだろうか。

ハーフリングといえば、人間の半分から7割ほどの身長しかない種族だ。

射程(レンジ)も、筋力量も人間にすら劣るはずなのだが。

まさか異常な巨人だったりするのだろうか、と邪推するアナセマに、一言付け加えるエリフェン。


「ハーフリングと聞いて、初めに浮かんだような姿をしてますよ。ただ、彼女は魔力で自分の身体を強化するのが得意なだけです」


予想が外れて少し残念そうにしたアナセマだったが、化け物のようなハーフリングに会う事がないのには安堵した。


「さておき、アナセマ様はこのまま無駄な話を続けるのと任務の詳細を聞くの、どちらがお望みでしょうか?」


「......悪かったよ。それと、様付けなんていいよ。生まれも育ちも大したことないただの傭兵だし」


実際はただ居心地がよくないだけなのだが、そう言うのも少し憚られた。

その雰囲気を感じ取ったのか、性分なのでと言いつつも、さん付けされる事となった。


「まず、アナセマさんがどれだけの事を知っているか確認しながら、任務の詳しい説明をしていきます。質問もしてくださって構いません」


そう言って、この大陸の地理から説明し始めた。アナセマとしても、自分の知識との齟齬をなくす為に黙って聞くことにした。


「大陸の中心にそびえる霊峰、グランデアルタ。その北部側の麓に、『調律師(バランサー)』の本拠地・『光霊殿』があります」


早速特大のカミングアウトだが、先ほど麓にあるという所までは聞いていたので、大きな驚きはない。


「そして、グランデアルタを囲むように4陣営の地域があります。東に(セント)ルナ王国......通称聖王国、西にミュール帝国、南にガルダ王国とその周辺にある小国、北にエルフの住まう国です」


これはアナセマも頭に入っている。単純な軍事力で言うなら、聖王国、ガルダ王国、ミュール帝国、エルフの国の順になるとも。

ただ、聖王国は特殊な状況でなければ戦力を国外に出さないので攻めることはなく、エルフの国は防衛戦なら最強と言われている。

故に、時と場所によって戦力は変わるのであまり鵜呑みにするべきではないとアナセマは思っている。


「賢明ですね。実際に帝国も王国も傭兵を雇っているわけですし、国内の戦力など指標になるか怪しいものです」


彼女の誉め言葉を初めて聞いたことで少々面食らってしまったアナセマだったが、エリフェンは気にも留めず話を続ける。


「そして、初めに狙うのは国外からの戦力です」


彼女が言うには、今回の帝国は余りにも羽振りが良すぎるらしい。

『暗昏』を含め、数多くの有名な傭兵団に声をかけ、その全てに依頼を出しているとのことだ。

人道的ではない手段で金を集めているのはほぼ確定しており、あとはその確証を得る段階。


「帝国の南東、ディアナ辺境伯が治める領地に陣取る傭兵団『業火絢爛』を討伐し、辺境伯本人と議論の場を用意します」


「ちょ、ちょっと待て。『業火絢爛』って、破壊においては超一流だがイカレた奴ばっかりのあの傭兵団か?あいつらが陣取ってるって言ったのか?」


それは明らかにおかしい。『業火絢爛』は、相手の陣地に送り込んで初めて力を発揮できるタイプの傭兵団だ。

指示した奴は相当の馬鹿か何かだぞ、とあきれてみせる。


「残念ながら、愚昧な者の指示なのは間違いないようですがね。なんにせよ、それを討伐しないことには辺境伯の下までたどり着けないでしょう」


「......まぁあいつらをやるの自体は構わないが、何故そのディアナ辺境伯とやらと会わにゃならない?そいつも敵には変わりないんだろう?」


「簡単な話です。敵を崩すのに一番手っ取り早い方法は、中から崩す方法というだけです」


つまり、辺境伯をこちら側に引き込むわけだ。

確かに、これが上手くいくなら必要な情報も手に入れやすいだろう。


「上手くいくなら、な。ついさっき領内の仲間を殺されて、仲間になりますなんて奴はいないだろ」


「だから傭兵だけを狙うのです。お前たちの仲間は殺していない、その意味が分かるか?と言えば聡いあの男ならわかるでしょう」


脅すつもりなのかと絶句しかけるが、アナセマは何かがひっかかる。

彼女は、聡いあの男ならと言ったのだ。ただ脅すだけならそんな言い方をする必要がない。


「どうせ交渉は私がしますから、知る必要はありませんが......せっかくですから、考えてみてください。答え合わせはその場で出来ますから」


「随分俺で遊ぶのが楽しいみたいだな?」


アナセマは少々むくれて見せるが、エリフェンは一切気にした様子はない。


「加入したばかりとはいえ、『調律師(バランサー)』の隊長なのです。副隊長以下の頭脳など軽く超えていただかないと困りますので」


「最強のブレーンの下で学び続けた奴と、独学の参謀かぶれを一緒にしないでくれ。いずれグレるぞ」


その場合はまた、壱ノ影の世話になる事になりますね、と恐ろしい言葉が聞こえた気がしたアナセマは、真面目に彼女の話を聞くことにした。

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