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調律師 -バランサー-  作者: 小鳥遊燦
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第1章 第10話

アナセマ達が子供達を救おうと奥の部屋へ向かった頃。

マリー達一行は未だ証拠の奪取及び工場の破壊、という任務を達成できないでいる。

その理由は、これだ。


「右翼側、拘束魔法用意!三、二、一、今!とどめもさしておいて!左翼側、障壁が薄くなってる!霧で補強するからこの間に再展開!」


マリーは霧を操りつつ、辺り一帯の状況を把握して指示を出し続ける。

この工場を守る護衛でまだ動ける者が二十五人、既に処理したのが三十二人。

こちらの被害は軽微で、このままの戦況なら戦い続ける事になんら問題はない。

______しっかし、随分と丁重なお出迎えだねー。確かに広いから、人数が多いのも分かるんだけどさ。

彼女らの目標は工場。アナセマ達が向かった屋敷とは段違いの広さだ。

その上、製鉄所なので屋敷とは違い護衛を置くことに理由付けが必要ない。

故に敵の人数が増えるのも仕方ないのだ。

尤も、ぼやきたくなるような状況であることには変わりはないのだが。


霧よ(バインド)


戦況に余裕がある際は、このように拘束をしたりもしているがあまりにも数が多いし、最も大きな問題は......。


「クソ!魂よ!呼びかけに応えろ!」


「左翼寄り中央、魔薬の摂取確認!」


隊員の報告が耳に届くと、急いで霧でその方向の障壁を補強する。


「最優先で撃破!障壁はこっちで維持する!」


魔薬を用いた魔法は、いくら精鋭の傭兵である元『暗昏』のメンバーといえども一対一は荷が重い。

中には相手出来る者もいるが、怪我をして戦闘を継続できなくなっても困るので最低二人は魔薬使用者の対処に回している。

そうなると、いくら霧で戦いやすい陣形を組んだとしても九人で対応できるギリギリの状況になる。

そこで、もう一人魔薬を使ったらどうなるか。


「魂よ!」


「吹き飛べ!小爆発(ロワーボム)


当然、隊員のそれぞれがそうならないように立ちまわるのだ。

隊員の一人が小さい爆発を起こし、薬を持っている手を大きく弾く。

伊達に長い間傭兵をしていない。優先順位を付けて他の補助をしつつ、自分の担当している場所を守る事など造作もなくこなしてみせる。

それが『暗昏』の強みであり、かつて幻創(クオーレ)持ちが居なかった頃からの戦い方だ。


「ジャックさん、ナイス!霧よ(ストンプ)


マリーは即座に魔薬を飲もうとしていた敵を地面に押し付け、身動きを封じる。


______薬を飲むタイミングを合わせないのはなんでだ?自我を失う覚悟が出来ていない......いや、違うな。

この護衛達は、恐らくルーンエルド公爵の子飼いの騎士だ。

であるならば、ここで何をしているか分かっている。

それでいて尚この場所を守っているのだ。


「ここを守りきった時に、魔薬を使っていたら処分されちゃうもんね。利益が無くなっちゃったらアンタらみたいな屑がここを守ってる意味がない」


止むを得ずルーンエルド公爵に従っているように見える護衛は、今の所マリーの眼には映っていない。


「そろそろ増援もなさそうだし、少しの間だけど『調律師(バランサー)』の元で練習した戦術を試してみよっか。皆行くよ!」


「「「「「「「「おう!」」」」」」」」


纏え、迷いの霧を。

操れ、その慈愛を以て。

我らの名において、其れは導きの風となろう。


導きの錫杖(ロウム)


詠唱が終わると同時に辺り一帯の霧が一気に集まり、マリー以外の隊員全員に覆い被さる。

それがローブのようになり、顔の下半分を隠すマスク、更には大きな魔女の帽子のような物が出来上がる。

大きな爪やスケート靴のような武器となる部分は無いが、これはまるで、アナセマの身にまとう白雪(ホワイトコート)だ。

そしてマリーの手には装備の代わりに、二メートル弱の錫杖が握られている。


「さ、早く終わらせてね!」


彼女の言葉と共に隊員は障壁を解除し、攻撃に専念する。


「ウインドカッター!」

「ロックシュート!」

「サンダーボルト!」


数々の魔法が敵を撃ち、彼らは倒れていく。

反撃の魔法も、霧のローブが易々と弾いて消え去る。


「アナみたいな魔力持ってるわけじゃないから、あんまりゆっくりされると困るからね」


錫杖を持ったまま、動かずに魔力を注ぎ続けるマリー。


「あの女がこの魔法の中心だ!狙え!」


一人だけそうしていると、嫌でも幻創(クオーレ)の仕組みに気付く者が出てくる。

そうなると当然、マリーを狙いに来る。魔法使いでない護衛達が矢を放ち、無防備なマリーはただそれを見据えている。


「させるわけないだろ!」


隊員の一人が自らの身体を矢とマリーの間に入れ、霧のローブによって矢を消し去る。


「タイミングバッチリ!次もよろしくね!」


「任せな、マリー嬢!」


こうなると、敵に勝ち目は無くなる。

元々防御に割かれていた魔力は全て攻撃となり、ただでさえ防御を突破するのが難しかったというのに、唯一の幻創(クオーレ)使いがそれに専念している。

敵が全滅するのに、大した時間はかからなかった。


「私が動けなくなる代わりに、全員にアナの身にまとう白雪(ホワイトコート)モドキを付与する。実戦は初めてだったけど、敵がこれ以上来ないって分かっていればかなり使い勝手が良い能力だね」


常時展開型であるが故に、装備を纏っている誰が攻撃を喰らおうとも魔力が減るのが難点だが、相手の攻撃を喰らう事無く倒せばそれも問題にはならない。


「マリー嬢。証拠と思われる書類、十分な量が集まりました」


「よし、じゃあさっさと潰して帰ろうか。そこの人たち、死にたくなかったら五分の間にこの建物から避難してね!」


任務のうちとはいえ、図らずもアナセマと似たような勧告を出す。

こうして、マリー達の初の任務は成功に終わった。


△▼△▼△▼△▼△


バキッ......。


金属製の扉に付いた大きな錠を凍らせて破壊し、ゆっくりと扉を開く。

小さく漏れる悲鳴、すすり泣く音が聞こえてくる。

ここに目的の子供たちがいるのは間違いないと思いつつ中を見ると、およそ清潔にされているとは思えない臭いと酷い景色が広がっている。

数人毎に分けられた鉄の檻に、生存に最低限必要な設備がそれぞれ設置してあるだけの部屋が何部屋もあるようだ。

その中には、ボロ布と呼んでも差し支えない服を着た多種多様な種族の男女の子供たちが囚われていた。

アナセマがざっと見た感じ、二十人ほどか。


「獣人、エルフ......あの子はドワーフか。珍しい種族もいるんだな」


「隊長、一切の説明も無く見ていると、この子達も警戒します」


尤もな意見を受け、改めて胸に空気を取り込む。


「俺達は、帝国の依頼でお前達を助けに来た傭兵だ。外の奴らも全員倒してきたから、もう安心だ。安全な所へ案内するから準備をしてくれ」


アナセマは一息に言い放ち、氷で椅子を作りだして座る。

子供達はと言えば、言った事が理解できない者が約半分、理解して即座に動き出した子供が約半分。残った少しの子供たちは、心神喪失しているのかアナセマの言葉が耳にも入っていないようだ。


「隊長......本当に口下手なんですね」


エリフェンが呆れたようにアナセマを睨む。

そして、アナセマに見ててください、としゃがんみこんで子供達に目線を合わせた。


「元居た場所に帰してあげます。返事の出来ないほど弱った子は、私達で運びますから自分で準備の出来る子だけ準備してください」


そう言うと、子供たちはゆっくりと顔をあげ、エリフェンの顔を見た。

今までここに来ていたような恐ろしい大人たちとは違う、優しい表情に子供たちは少し心を開いたようで、先ほどのアナセマの言葉で動かなかった子供達も大半が準備を始めた。


「あ、あの!」


「ん?」


アナセマの言葉で一番に動き出した、十四、五歳に見える少女が二人に檻越しに声をかける。

それに反応したアナセマの声でヒ、と小さな悲鳴をあげるが、しっかりと心を据えた目をしている。


「私達の他に一人、皇帝陛下の所に連れていかれた方がいるんです!助けてください!」


売り物の筈の子供たちを敢えて皇帝の元まで連れて行く。

嫌な予感しかしない二人だったが、詳しく話を聞くために一旦は安全な所まで案内する事となった。

ちなみに、一人で歩けない子供は、エリフェンの作り出した草の台車で運ぶこととなる。

汎用性のない自分の幻創(クオーレ)を恨みつつ、台車を作ったのは私なのだから、運ぶくらいはしてくださいと力仕事を任せられたアナセマだった。




屋敷の地下を出て、階段を上っていくと共に気温が下がっていく。


「冷た、あ、いえ、何でもないです」


「あぁ、すまん。忘れてた」


子供達はボロ布のような服しか来ていないうえ、裸足で歩いているのだ。

それを失念していたアナセマは思い出したように氷を溶かしていく。


「すごい......有名な魔法使いなんですか?」


憧れの表情をアナセマに向けるエルフの少女に、彼は面白くもなさそうに答える。


「少しはな。きっとこれからもっと有名になるさ」


______世界を相手にするんだもんな、ウチの隊長サマは。

少しずつ温かくなっていく辺りの空気に、上気したのか顔を赤くする少女。


「それなら、お嬢様の事も安心して任せられます」


「......お嬢様、ねぇ」


アナセマは、更なる面倒事を予感していた。

しかし、ひとまずは子供達を預ける為マリー達と合流する事になった。




子供達を乗せた馬車と共に進むこと数時間、合流地点の街が見えてくる。


「襲撃場所が近くて助かったな。ディアナ辺境伯のとこまで連れて行くってなったら二週間はかかってただろうし」


魔装馬(グラーロ)では馬車は運べませんからね。どれだけ急がせてもこの任務で馬車は邪魔になります」


魔装馬(グラーロ)。馬を魔道具で改造し、圧倒的な速度と持続力を付与した歩兵用の移動手段だ。

通常の軍馬の十倍ほどの走行距離を誇るが、改造の為にかかるコストが高すぎる事、改造に適応できる強い馬がとても希少な事から非常時の移動手段や、超少数で行う作戦などにしか用いられないのだ。


「お、出迎えがあるってことはあっちも成功か。安心した」


「『調律師(バランサー)』に失敗などありません」


はいはい、といつも通りのエリフェンを流しつつ隊員達と合流する。


「お疲れ!そっちの馬車に子供達が?」


「そっちもお疲れ。ああ、でもまだ皇帝に連れて行かれたのが一人いるらしい。詳しく聞きたいからひとまずは子供達を身綺麗にしてやろう」


身体に不調、不快がある状態で気持ちよく話してくれる筈もない。

まずは身支度、話はそれからだ。


「マリー副隊長」


子供達の移送を始めようかというその時、エリフェンがマリーに声をかける。

唐突な呼びかけに、一瞬動きを止めてそちらを見るマリー。


「え、はい!どうしたんですか?」


「自隊の隊長と離れて作戦を決行した場合、安全に合流した際には即座にその報告をするようにしてください。合流してすぐに伝達の齟齬が見つかるのと、あとから見つかるのとでは大きく違いますので」


元々は伝達をしていない状態で死に至り、確認のために多大な時間を弄した例があるが故のルールなのだが、奔放な隊はほとんど守っていないそうだ。


「情報を管理しているのが自分達ではないからと言って、あまりにも杜撰なのです。お二人は、そうならないようにお願いします。特に参番隊のようには」


隊同士での確執があるのか、エリフェンは心底不快そうな表情だった。

そんな彼女の様子を見て、弐番隊に嫌われない為にも情報の管理には気を遣おうと思った二人。大した手間でもないし、と早速報告を始める。


「隊長!こちら玖番隊副隊長、仰せつかりました工場の襲撃、及び資料の奪取に成功しました!部隊の被害は軽微、完全勝利にございます!」


______騎士達がやってるの見て、やってみたかったんだろうな。仕方ない、乗ってやるか。


「ご苦労、では続く任務に備えて英気を養え。資料に関してはエリフェンにまとめて渡すように」


「「「「「「「「「|了解しました、上官どの(サー・イェッサー)!!」」」」」」」」」


マリーの悪ノリに、他の隊員がノる形で胸に拳を当て、敬礼をする。

それが馬鹿馬鹿しくて、思わず笑ってしまうアナセマ達。

笑い声が聞こえたのか、馬車からチラリと顔を出すエルフの少女。


「着いたのですか......?」


「ああ。今から街に入って、詳しい話を聞かせてもらおうと思ってる」


アナセマのその言葉に、ぽろぽろと涙を流し始める少女。

今まであの酷い環境で、何をされてきたのかは想像に難くない。

もう、自分達は駄目なのではないかと思っていた矢先に見えた細い希望。

その一縷の望みが身を結んだ事を実感し、無意識に流れてしまう涙。

______絶対に、許せねぇ。

そこにいた傭兵達の、心は一つだった。

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