白い天使
天使の声
「ねえ、あなたには何が見えているの?」
夢のような気分の中、突然声が響く。小学生くらいの女の子の声は私に話しかけてくるのだ。一人暮らしの私の部屋には誰もいるはずもないのに。
「何を見ているの?」
女の子の声は次第に確かな現実感を持つように大きくなっていく。何かを訴えるような、はたまた何かを急かすような声色で。幻聴かも分からない声だが、年端もいかない少女のただならぬ声だ。何だかいたたまれなくて私は思わず答えてしまった。
「何も見てはいないよ」
面白みのない私の解答に、数秒おいて少女は答えた
「やっぱり何も見えてないんだね」
さっきまでの勢いはどこへいったのか、しゅんとした様子が声から伝わってくる。どうしたというのだろう。もう何がなんだか訳が分からない。直後、ぽんと肩に感触。全身から冷や汗が吹き出る。声も出ないほど恐怖は防衛本能を爆発させ、私は思わずベッドまで飛びず退った。
「こんにちは!やっと会えたね」
少女が私がさっきまでいた部屋のど真ん中に立っていた。13歳ほど見た目で、シュッとした輪郭に長いまつ毛のくっついた大きく綺麗な瞳。艶やかな長い黒髪。薄い唇には微笑を浮かべ、色白の肌は白いワンピースに包まれている。
「お、おばけ ですか?」
突然の出来事でパニックになった私はすっとんきょんな声と顔でそう聞いた
「違うよ。あたしはあなた達のものだよ」
少女は大きな瞳をぱちくりさせて、ニッコリと笑って答えた。意味が、分からなかった。可憐な見た目とは反対な不気味さがあって、この少女から目が離せない。
そもそもどうしてこんなことになったんだろう。ぐちゃぐちゃになった頭の中を整理するように過去を思い起こす。藤田真理子、20歳、地元東京、初めての一人暮らし。仕事に明け暮れ1k6畳の洋室で最低限の家具に囲まれ、寝て、仕事に行く毎日。思い返すと何となく気が滅入ってきた。いや、気にするな続けよう。今は2023年7月26日午後21:00で部屋でぼーっと壁を見つめていたら少女が突然召喚!だめだここいらで思考がエラーを起こす。どうやっても整理なんてつかない。
「迎えに来たんだよ。孝太郎」
少女は静かにそう呟いた。
直後、部屋の扉が突然開いた。黒いフードを深く被った背の低い男。顔はフードに隠れてよく見えない。右手にナイフを握りしめていた。男はゆったりとした動きで部屋の中に入ってきた。明らかな命の危機に私の思考の歯車は錆び付いてしまったようで動かない
男が突然に少女を襲った。ナイフを振り上げて、悲鳴が聞こえなくなるまで動かなくなるまで何度もナイフを振り下ろして少女の身体を切り裂く。すぐ隣で起こっている残忍な行為、自分へ迫る死の匂いにもなぜか現実感を感じなかった。
固まっている私に男はゆらゆらと近付いてくる。抵抗する間もなくナイフは私の腹部に刺ささった。感じたこともない痛みと血の熱さ。押し倒され馬乗りになった男に何度も突き刺される痛みに意識は飛びそうになる。
押し倒された時に男の顔が見えた。血色の悪い肌に腫れぼったい一重、げっそりとしたやつれた顔には見覚えがある。これは私の、俺の顔だ。